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見えざる町(3)

レイジが脱穀済の大麦を鉄鍋で炒り、私は粗熱を取って石臼で製粉する。ソフィア先生がそこに少量の砂糖と水を加えて練って手のひらサイズに丸める。どうやらこれで完成らしい。要するに焦がし麦の団子だ。今回はレイジと私が手伝ったが、いつもは子供達がやっているのだとか。


そうやって完成した見た目が完全に泥団子のような「ハッタイコウ」。やっぱり見たことも聞いたことも無い食べ物だ。…本当に食べ物なの?これ。


ソフィア先生(と、私は呼ぶ事に決めた)が声をかけると10人くらいの子供が集まった。これでこの集落の子供全員らしい。


皿に盛られたハッタイコウに子供達が我よ我よと手をつける。「こら、ちゃんと手は洗ったんだろうね」と小言を言ってるソフィア先生はまるで母親のようだ。


「ルーシーも食べる?」


「あー…うん」


どうにも食欲をそそる見た目ではないが、レイジに差し出され断りきれずに私もハッタイコウを一つ手に取った。変なものが入っていないのは作った私が一番わかっている。

……うーん……決してマズくは無い。まずくはないがこう、何と言えばいいのだろうか。素朴な味だ。それ以外に言いようがない。せめて砂糖の量をもっと増やした方がいいんじゃないか。

でも、そのハッタイコウを取りあうようにして無心に食べている子供達を見ていると味に関して何か言う気は起きなかった。


「レイジお兄ちゃんとお姉ちゃんはケッコンしてるの?」


マリの質問に思わず、はぁ!?と声を上げたらパサパサのハッタイコウが喉に詰まって私は壮大に咽せてしまった。

レイジの方を見ると「あはは」と困ったような顔でこっちを見ていた。否定しなさいよ馬鹿!

でもまあ子供の言う事だ。結婚が何かを理解しているかどうかも怪しい。ムキになって否定しても仕方ない。


「してないわよー」


「いつするの?」


「しないってば」


あくまで笑顔のまま答えると「つまんない」とマリはハッタイコウを齧る。


「その顔怖いよルーシー」


「あんたが愛想笑いで流そうとしてるからでしょ!」


「あっ、ふうふゲンカだ」


「違うって」

「違うわよ!」

声が被った。これじゃあ本当に夫婦喧嘩してるみたいじゃない!


「ふうふだ」「カイショーナシだ」「カテーホーカイだ」


子供達が囃し立てる。うん、もう帰ろう。


「じゃあソフィア先生、(あたし)はこれで…」


「ああ。よかったらまた来な」


慌ててバラックを出る。間を置かずにレイジも出てきた。


「顔怖いってばルーシー」


誰のせいだと思ってんのよ。





「休みの度にあんな事やってるの?」


「あんな事?」


「大麦を届けたり、ハッタイコウ?を作ったりよ」


「そうだけど」


帰り道。泥だらけになった靴をぐちゃぐちゃいわせながら草むらを掻き分け獣道を戻る。


「最初は先生に頼まれて麦を運んだだけだったんだけど、子供達も可愛いしそのうち率先してやるようになってね」


「でもなんであんな貧相な物を…ケイトのとこでパン買ってった方がよくない?」


「ルーシー、あの大麦代は先生や僕が出しているんだよ」


「パンが高いって事?」


「違うよ、…いや違わないけど、そういう事じゃないんだ。うーん…例えば僕らがパンを買って与え続けたとして。あの子供達が働いて、初めて自分の賃金で買った安いパンより与えられたパンの方が美味し買ったらどう思うかな」


「レイジって結構ドライな考え方するのね。私だったら『あんなに美味しいものをタダで食べさせて貰ってたんだな』って感謝すると思うわ」


「世の中ルーシーみたいに素直な人間ばかりじゃないって事だよ」

レイジは呆れたように笑った。何よ、思ったことを言っただけじゃない。それこそ世の中レイジみたいに捻くれた考えの人間ばかりじゃないと思うわ。


「でも、そんな素直なとこが好きだよ」


「ば…っ!」


そんな気障(きざ)な事を真顔で言うんじゃないわよ!!


「さて、この辺かな」


私がどう反論してやろうか考えてる間に、レイジは町の壁の方を向いて立ち止まった。正門はまだずっと先だ。


「どうしたの?」


「ルーシー、市民証持ってる?」


「ううん、まさかレイジが外に出るなんて思わなかったから。レイジは持ってるんでしょ?」


「いいや、持ってないよ。ルーシーと最初に会った時からね」


「えっ?」


言われてみればそうである。レイジは町の中で行き倒れてたのを私が拾ってきたんだった。市民証どころか通行証もお金も持ってるようには見えなかった。


「どうするのよ!二人とも市民証持ってなかったら町に入れないじゃない!」


レイジに一度私の市民証を取りに戻って貰えばいいなんて楽観的に考えてた自分を呪いたい。いくら仕事とはいえ、ライオネルさんだって顔パスで入れてくれはすまい。


「こうするのさ」


レイジが私をいきなり抱きかかえると、その体がフワリと浮き上がった!


「えっ?えっ!?」


「しっかり掴まっててよ!!」


私はレイジの首に手を回し、必死でしがみ付く。二人の体は煙が空に昇っていくように上昇を続け、やがて壁を飛び越して住宅街の暗がりに降り立った。


「????」


どうなってるの!?と私が大声を上げる前にその口をレイジが人差し指で塞いだ。


「みんなにはナイショだよ」

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