見えざる町(1)
グズついた天気はそのままに今も雨が降ったり止んだりしている。
今日は雨は降ってはいないものの、空は厚く黒い雲が覆ったままだ。日に日に雨が冷たく感じる。この雲が去ったらもう季節はすっかり秋になっているに違いない。薪の用意も考えなければならない時期だ。
そういえば去年は暖炉の煤払いをやっていない気がする。いつも通り煙突掃除夫に頼んでもいいけど、レイジに言ったらやってくれないかしら。
朝。ベッドに入ったまま、寝ぼけた頭で取り留めのない事を考えていると、天井がごそごそ鳴った。レイジが起き出したらしい。今日は週一の定休日だというのに早起きなんて殊勝な事だ。どこか出かけるのだろうか。
考えてみるとレイジが定休日に何をしているか私は知らない。昼過ぎまで寝ているからだ。それは「休日というのは休むためにあるのよ」という亡き母の言葉を実践しているのであって決して怠惰ゆえではない。ああ偉大なり母の箴言。おかげ様で休日に家族で出かけた思い出があまり無い。
パジャマのまま廊下に出るとまさにレイジが屋根裏から降りてくるところだった。
「おはようルーシー」
「おはようレイジ。どこかお出かけ?」
「うん、まあ…休みだし散歩にでも」
「そ」
散歩ねえ…。散歩には向かない日和だけど。と、ジト目を向けているとレイジは「じゃあ」と狭い廊下にも関わらず私の横をするりとかわして階下へ降りて行った。
父さんとレイジが挨拶を交わしている間に私は手早く普段着のワンピースに着替え、髪を雑にくくり、店を出たレイジの後を追った。
特に急ぐような様子もなく、しかしはっきりと目的を持った様子で歩みを進めて行くレイジ。私は物陰に潜みつつ、その後をつける。
中央広場を抜け、北の大通りへ向かう。行先はケイトの店か?…と思ったらその逆の並びの食品売り場が目的のようだ。露店に並んだ数々の食材からレイジは迷わず脱穀済みの大麦が詰まった麻袋を一つ担ぎ、支払いを済ませると来た道を戻って行った。
大麦?ウチでは使わないけどな…。パンはケイトのとこから買ってるし。と思っていると意外にもレイジは中央広場を左に曲がり、街の正門へ向かって行った。まさか街の外へでるつもり!?
困った。門の外に出るのはいいのだが、入る時が問題だ。イーストガーデン市民が街を出るのはフリーパスだが、入る時には市民票が必要なのだ。市民以外の者が入る場合はギルドや役所で発行された一時通行証か、さもなければ高い高い入場料が必要になる。厳しいがこの決まりによってイーストガーデンの秩序は保たれているのだ。
レイジはすたすたと町の出口に向かって進んでいく。おそらくそのつもりで市民票を持って出掛けたのだろう。ええいままよ!レイジもいるしなんとかなるでしょ。
レイジが門をくぐったのを見計らって私も門に近づく。私はそこで、正門付近でちょっとした騒ぎが起きている事に気付いた。通行証を持っていない者がゴネているのである。
歳の頃は私とそう変わらないか。いや、もうすこし若そうだ。16か15かといったところか。黒に近い藍のドレスに裾から覗く白のレースと、長いウェーブの金髪にがよく映える。きっとどこかの貴族の子だろう。高そうな服だ。
その子供が「なんで入れないのよ!」とか「私を誰だと思ってるの!?」などととカン高い声でまくし立て、それをライオンのタテガミのような髪をした筋骨隆々の兵士がなだめている。あれはウチの常連のライオネルさんだ。部下を引き連れては度々飲みに来てくれる太客なので見間違えるはずもない。
こう言っては何だが、こういうのはよくある事だ。お貴族様ならたぶん金で解決するのだろう。ありふれた門番の日常を横目に私は門の外に消えたレイジの後を追った。
東の門の外は整備された街道が山間まで真っすぐに伸びている。私は行った事が無いが、この道を進んで行くと山々の間を縫ってノースガーデンからは南にある王都に辿り着くんだそうだ。
レイジはそんな街道からは外れ、背の高い雑草と木が生い茂る街の外を壁に沿って歩いて行く。全く整備されていないが誰か通る人が居るのだろう、外壁の傍には木々をうまく避けて獣道のようなものが出来ていた。レイジはそこを麻袋を担いだまま進んで行く。見失わないように追いかけるものの、スカートの裾が木の枝に引っかかったりして上手く通れない。こんな事ならもっと動きやすい服装で来たのに。
既にレイジを見失っていたが、獣道をなんとか進んでいくとレイジの目的地はすぐに見つかった。そこに集落があったからだ。




