魔女の告白(3)
雨の日は目に見えて客足が落ちる。そりゃあもうガタ落ちだ。こんな日に外に出たがるのは急な用事がある人間か物好きしかいない。
案の定、まだ時間も早いせいか店の中は閑古鳥が鳴いている。
昨日の夜から降り始めた雨は雨足こそ弱いものの、真っ黒な雲からは今も止む様子も無くしとしとと雨が降り注いでいる。
父さんは早くも調理場を放棄して裏口の軒先で退屈そうに鳥の羽を毟り、レイジは客席に座ってテーブルに肘をつき、ぼんやりと虚空を見つめて何やら考え事をしていた。
かくいう私も客席に座って湿気で真っ白になった窓を眺めながら溜息をついている次第だ。
雨の日は嫌いだ。もともと巻き毛気味の髪が湿気で羊の毛のようにもこもこになる。無理やり縛って束ねた髪を人差し指でくるくると弄り回しながら私は更に溜息をついた。
「あいつの事を気にかけてやってくれルーシー」
ぼーっとしていると先のニルの言葉を思い出した。
ニルはあの後飲み食いした代金を迷惑量込みだと言ってかなり多めに置いて帰って行った。帰りしな「また来る」とも言っていたのでそう遠くないうちに会う事になるだろう。
しかし「気にかけてくれ」と言われてもね。どうすりゃいいんだろ。…なんか尻を叩けとかなんとかも言ってたな。酔っぱらってたせいであんまり思い出せないけど。
横目にちらとレイジを見ると相変わらず間抜け面を晒して虚空を見つめていた。
「秋も近いってのに、そのうえ雨だなんて気が滅入っちゃうわね」
「あ、…ああ。そうだね」
自分が話しかけられたと思わなかったのか、考え事をしすぎて聞こえなかったのか、一瞬間があってから返事が返ってきた。
「なあに?考え事?」
「そんな大層なものじゃないよ。僕も雨が憂鬱だなって思ってただけさ」
「そ」
そこで会話が止まる。どうにも喋り辛い。
別に喧嘩してるとかいうわけじゃない。…わけじゃないと思う。
あれからもう1週間近く経っている。クッキーの件を引き摺っているわけじゃない。ニルとも…まあ仲良く?はなった。レイジは何も言ってこないし、いつも通りだ。
そう。いつも通りだから困ってるのよね。
ただ、私はずっとレイジの頬を叩いた事を謝る機を逃し続けていた。私を探しに行ったレイジをほったらかして飲んだくれていた事もだ。普通に考えたらこんな失礼な話も無いわよね…。でも全部ニルが悪い。うん。
そんなわけで私は若干バツの悪い気分で毎日を過ごしていた。
レイジが文句の一つでも言ってくれれば、謝るなりニルに責任転嫁するなりできるのに。きっと気にしてないんだろう。ニルも言っていたがレイジは争い事が嫌いなんだ。多分自分が殴られて問題が解決するなら喜んで殴られるタイプの人間だ。だいぶ分かってきた。わかってきた、が。そんなとこが、
「むかつく」
つい声に出てしまっていた。おっとしまったと辺りを見回すとレイジと目が合った。バッチリ聞こえていたみたい。
「むかつく」
聞こえてたんなら仕方ない。レイジと目を合わせてもう一度言ってみる。今度はレイジが辺りをきょろきょろと見回した。あんたしか居ないでしょここには。
「えっ?僕何かしたかなルーシー」
「何もしないからムカついてんのよ。なんでバカにされて叩かれて文句の一つも言って来ないのよ」
「あぁ、ニルが来た時のアレか。正直忘れてたよ。いいよ別に気にしてないし」
「それがムカつくって言ってるの!あたしの嫌いな言葉は一に我慢で二に自己犠牲よ。殴られたら殴り返す権利があると思うわ」
「暴力は悲しみの連鎖を生むだけだよルーシー。僕に殴れって言うのかい?」
「そうよ。殴って殴られて、それでおあいこ。カンタンなことじゃない」
「気軽に言ってくれるなあ…」
レイジの顔は嫌がっているというより、迷惑そうな表情だ。
「女だから殴れないって言うの?あたしそういうの嫌いだわ」
「…わかったよ。後で文句言いっこ無しだからね」
「もちろんよ」
「いくよ…目を瞑って」
立ち上がったレイジが右手を平手にして近づけてくる。あたしはギュっと目を瞑った。でも、覚悟していた平手は飛んでこず、優しく私の左頬に触れるだけだった。
馬鹿にして!そう思い目を開けると目の前にあったのは少し屈んだレイジの顔。その唇が私の右頬に少しだけ触れた。
「!!!!?」
「女だろうが男だろうが殴る拳なんて僕は持ってないよルーシー。パーシヴァルさんを殴り返せなかった事、忘れてないだろう?」
「ギャーッ!!」
私は思わずレイジのお尻を叩いた。スパァンという心地いい乾いた音が店内に木霊する。
そして私は階段を駆け上がって自室に逃げ込んだ。
手が届かなかったから思わずお尻を叩いてしまったが、ニルが言っていたのはこういう事じゃないと思う。
相変わらず外は雨がしとしと降り続いていて、右頬が妙に熱かった。
更新が久しぶりすぎて雰囲気が何か違うなーってなるかもしれません。
そうんな時は違うんだよなーってコメント下さい。




