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魔女の告白(2)

店に戻る頃には辺りはもう真っ暗。いつもなら店の壁には松明が掲げられ、店の中からは喧噪が聞こえている筈だ。だがどういう訳か店は静かなまま。あの魔女の声も聞こえない。

 恐る恐る表に回ると松明は無く、代わりにドアノブに「臨時休業」の札が掛かっていた。ふだん父さんの用事や在庫の都合で臨時休業が無いわけではないが、今日の場合はたぶんきっと私とあの魔女のせいだろう。父さんの怒った顔を思い浮かべると気が重い。


そろそろと裏口から店の中に入ると、相変わらず魔女が一人で静かにちびちびと酒を飲んでいた。


「おう小娘か。こっち来い」


テーブルに突っ伏すように方肘を付き、据わった目で手招きをする魔女。さっきの事なんか意にも介してないようだ。私は露骨に嫌な顔をして見せた。


「まあまあ、座れ。飲み直そうじゃないか」


これじゃあ、あたしが一方的に怒って馬鹿みたいじゃない。今日は店を休むというなら付き合ったげるわ。

私は樽から蜂蜜酒ミードを満杯に注いだカップを持って魔女の対面に座った。


「レイジは?」

「何を言うとるんじゃ、お前を探しに行ったんじゃぞ? 会わんかったのか。…まあそのうち戻ってくるじゃろ、放っとけ。親父さんは店を休むと言って、友人誘って飲みに行くと言って出ってたわい」


「飲むなら自分とこで飲めばいいのに」

「まあ、女子供に聞かれたくない話もあるんじゃろう、男というのはそういうものよ」

「子供扱いしないでくれる?」


ぐいっと一口、カップをあおる。ストレートの蜂蜜酒が喉を焼いた。エールよりもワインよりも私は蜂蜜酒が好きだ。名前から想像するねっとりとした甘さは無く、スッキリとした味わいの奥にほのかな蜂蜜の風味がある。


「おっ、イケる口じゃな嬢。…いやルーシー」

「ルーシアよ。気安く呼ばないで」

「しかしあいつはお前の事ルーシーと呼んでおったぞ。いいではないかこの際」

「あいつって、レイジの事? ずいぶん仲いいのね」

「長い付き合いじゃからな。なんじゃ、気になるか?」


目を細めてからかって来る。本当に嫌な奴だ。


「そりゃあレイジったら何か月も一緒に居るのに自分の事なーんも言わないんだもの。気にならないって言ったらウソになるけど。…ええと、あんた…ニル?とはどういう関係なの?」


確かレイジはこの魔女の事をニルと呼んでいたはずだ。


「おう、聞きたいか。しかしあいつが言いたくないものをわしが言っていいものかどうか…」


酩酊していてもレイジに配慮する判断能力は残っているらしい。その配慮が昼間の私にも欲しかったところだ。


「あいつは何と言うておった?」

「ぜーんぜん。自分のこと何も言わないのよ。えっと確か…役目から逃げてきたとか、罪を犯したとか何とか。それだけ」

「本当になんも言うとらんのじゃなあの男…おっと、」


酒が空になったようだ。私に向けてニルがカップを突き出して来る。

やれやれと立って厨房に向かうと「肴も頼む」と声がかかった。そういや昼間食べてたバゲットがテーブルには無かったけど、どうしたんだろう。


「バゲットはどうしたのよ」

「ああ、あのパンか。たいそう美味かったぞ」

「食べたの!?全部!?」

「うむ」


どうなってるんだこいつの腹は。そりゃあ父さんも店を閉めるわけだ。料理に必要な材料が無いんだもの。

調理の必要がない、ナッツやチーズ、燻製肉の盛り合わせとエールのおかわりを持ってテーブルに戻る。ニルが嬉しそうにカップを受け取った。


「えーと、何じゃっけ……そうそう、わしとレイジじゃな。そうさな、有り体に言うと同僚といったところじゃな。レイジが職場から逃げたから連れ戻しに来たという訳じゃ」

「連れ戻しに…」


考えた事も無かった。レイジはずっとここに居るんだと思っていた。そりゃあそんなに長く一緒に居たわけじゃないけど。でもここの仕事が嫌だとか帰りたいとかそういう素振りなんて見せた事がない。むしろ居心地がいいのだろうと思っていた。


「じゃあレイジ連れていくの?」

「さあの…あいつ次第じゃな。ワシとて無理に連れていくつもりはない。急を要す事態が起きん限りはな」


私はほっとした。いきなり居なくなられると困る。レイジが居てくれて仕事が楽な事もあるけど、それより……


「…なんじゃルーシー。お主、レイジに惚れておるのか」

「ちっ、違うわよ!」


どいつもこいつも。私を何だと思ってるんだ。


「寂しいだけよ!…その、急に居なくなられたら」


そうだ。もう家族も同然の人間が急に居なくなったら寂しいじゃない。それにレイジとは一度別れたらもう二度と会えない気がする。星空を見つめていたあの寂しそうな横顔を思い出すと何故だかそんな気がした。

 しかし今日は暑いな。久しぶりで調子に乗って蜂蜜酒を飲みすぎたかもしれない。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。酔いを紛らわせようとナッツをまとめて握って口に放り込んだ。うん。胡桃クルミおいしい。


「そうか…。じゃがマジメな話、案外似合うとるのかもしれんぞ、お主ら」

「だーかーらー!」

「まあ聞け。真面目な話だと言うとるじゃろうが。からかって言っておるのではないわ」


口を尖らせて反論しかけた私は急に真面目な顔をしたニルに遮られた。


「あいつの陰気さはお主も知っとるじゃろ。もしかしたら奴には支えるパートナーが足りておらんのやもしれん」

「パートナー? 同僚なんでしょ? ニルが一緒に居たんじゃないの?」

「同僚みたいなもんじゃが一緒に居るわけではない。…いやむしろ敵と言った方が近かったかもじゃな。まあ派閥が違うとかそういう感じじゃ。わしとあいつは古くからの付き合いじゃが、そこまで仲が良い訳でもない。…むしろ嫌われておるかもしれんの。本心はわからんが」

「嫌われてる? そんな風には見えなかったけど」

「あいつは誰にでもああじゃ。争う事が苦手なんじゃな。そこがあいつの悪いところじゃ」


私はいつかのパーシヴァルさんとレイジのやり取りを思い出して少し納得した。


「まあ、それに…わしはあいつに酷い事をした」

「酷い事?」

「奴は罪を犯したと言っておったんじゃろう? その一つがそれじゃ。アレは半分わしのせいみたいなもんじゃ」


ニルは目を閉じ、こめかみを掻いた。たぶん、後悔しているのだろう。


「そんなわけで、じゃ。あいつは後悔と懺悔の中を生きておる。陰気さの原因がそれよ。じゃがそんなものは生きる上で何の生産性も生まん。確かに傷を癒す時間も必要じゃろう…だが、あいつのそれは度を越えておる。じゃからあいつには道を正すパートナーが必要なのかもしれん。間違ったらケツを叩いてわからせるパートナーがな。お主のような」

「うーん……」

「お主の好き嫌いをどうこう言うつもりは無い。わしが思った事を言うとるだけじゃ。ただ…」

「ただ?」


ニルはカップに残ったエールをぐいっと一気に呷った。



「どうかあいつの事を気にかけてやってくれルーシー。わしには出来ん事じゃ」

お酒は20歳になってから。(異世界には特にそういう法律はありません)

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