第一話 さあ、答え合わせを始めようか(前編)
なんとかリベンジャーズとか、ぼくだけがいない何とかとか、多くの主人公たちは過去に遡り、そして彼らの望む未来を手に入れるため、過去を幾度となく変化させてきた。
しかし、どうだろう。変えられない過去が存在したとしたら、その過去は私たちの望む未来を与えてくれるのだろうか。
2035年5月21日 午前11時45分
東京都 品川区 大崎 一人の男が銃殺された。
被害者の名は山内泰然(48)、山内ホールディングス代表取締役兼社長である。山内ホールディングスは、当初大崎に点在する多数の中小企業の一つに過ぎなかったが、ここ数年財力を伸ばし、品川区を代表する大企業の一つ、2か月後、新たに池袋にも第二ビルを建設する予定だった。この急激な成長ぶりの裏では、反社会的勢力が資金援助しているのではないかとか、そういう噂が流れていた。
今回の事件が殺人であることは2つの点から結論付けられた。まず、自殺であれば、周辺に転がっているであろう凶器、今回の事件で言えば拳銃が存在していなかったこと。
次に、被害者が弾丸で打たれた際に出来た火傷痕から、ある程度離れた距離で撃たれたことが判明したからだ、
殺害現場にかけつけた本田隆俊刑事はあたりを見渡した。
被害者が殺害されたのは、山内ホールディングス所有の24階建てビル 緑化対策のため、周辺には大きなクスノキがところせましと植えられており、現場となった最上には、防音設備が備えられていた。聞くところによると、山内は大の音楽好きで、社長室でよく友人や仕事仲間を連れてきてはともに音楽を楽しんでいたらしい。
とはいえ、社長室内は低価格で販売されているCDプレイヤーが一台置いてあるだけで、部屋の様子からは、決して大の音楽好きであるようには思えなかった。
殺害現場を一通り見渡した本田刑事はいくつかの不可解な点を見つけた。まず、殺害現場となった社長室の窓が10センチほど半開きになっていた。普通、銃声が外に漏れるので犯人は窓を閉めるだろう。それに、何故か窓の端には粘着テープの後が付着していた。
次に、山内は窓に足を向け、仰向けに倒れていた。金銭目当ての強盗殺人であれば、犯人はドアを開け、その瞬間に発砲するのが自然である。だとすれば、山内は扉に足を向けて倒れているのが普通だろう。実際、天井に設置してあるファンが回っていただけで、荒らされた形跡は無かった。
「山内社長以外の指紋とかー靴跡とかは見つかりました?」
本田刑事は近くにいた鑑識に質問した。
「それは見つかりますよ。社長室は人の出入りも激しかったみたいですし。監視カメラの映像見ます?」
社長室には監視カメラは無かったが、エレベーターの搭乗口に関しカメラが設置してある。ここ数日の監視カメラ映像を早送りで見せてもらうと、確かに人の往来が激しかった。
しかし、今日山内がエレベーターから降り、彼が殺害される数時間前まで、人の往来は無かった。会社は午前9時から業務を始めるため、11時ごろに社長室付近で人の往来がないのは不可解であると考えられた。
「非常階段の監視カメラ映像は調べましたか」
犯人がエレベーター付近の監視カメラに映っていない以上、非常階段を使ったのが自然だろう。案の定、非常階段の監視カメラは、山内が殺害される30分前から動いていなかった。
遺体の第一発見者である専務 田山浩(47)は動かなくなった山内を見て泣きじゃくっていた。
「11時半ごろ、いっつも山内は私を昼食に誘いに来るのですが、今日は来ませんでした。調子でも悪いのかと社長室に行ったら、まさかこんなことに…」
田山は山内と大学生からの友人で、一緒に企業した仲だったらしい。だが、大の大人がここまで泣きじゃくるなんて、本田はどこかうさん臭さを覚えた。
「山内社長を最初に発見したとき、どんな状況でした?」
「現場を荒らしちゃいけないと思って、周りの物は動かしていません。だけど、僕はすぐ山内の下に駆け寄ったので、服とかに指紋がついてるかも…」
確かに、山内の服には田山の指紋、髪の毛等が付着していた。また、彼の手首にも田山の指紋が着いていた。生きているか脈を測ったのだろう。医療系に携わる人間でなければ、倒れている人間の脈をはかる行為は、どこか冷静さも感じられる。今現在動かなくなった友人を見て、泣きじゃくっている人間が真っ先にそんなことできるだろうか。
また、今日ビルにいた従業員に話を聞くと、今朝の朝礼で社長が、今日の朝方は一人でちょっと静かに作業をしたいから、24階は立ち入らないようにと話していたらしい。とりあえず、今日の朝社長室に人の出入りがほとんどなかった理由は分かった。
本田は、一通りの捜査を終え、現場を後にした。
午後3時ごろ本田は警視庁本部に戻り、事件をまとめていた。
今一番怪しいのは遺体の第一発見者である田山だろう。山内の企業に尽力したにも関わらず、彼は社長にはなれないと考えると、山内との確執なんかがあっただろう。だが、彼は専務という形で満足していたと本人自身語っていたし、むしろ、いつも山内が彼を昼食に誘うほど仲は良かった。何より田山は山内が殺されたとされる時間帯、ビル20階で事務作業をしており、それは監視カメラにも映っていたし、また周りの社員も彼がその時間田山とともに仕事をしていたことを証言した。
本田は内心焦っていた。田山は今日から一週間後、ドバイへと海外出張に行く予定だからだ。彼が犯人でなければ問題ないが、彼が犯人であれば、海外に逃亡、逮捕が不可能となる可能性がある。
手の進まない本田の様子を見て、本田の上司であり、刑事部長である海田は、彼を呼び出し、一枚の紙と茶封筒を渡した。その紙にはある住所が書かれていた。
「本田、もし手助けが必要なら、この場所に行け。彼女たちはきっと力になってくれるだろう。」
記されている住所を調べてみると、警察本部から歩いて行ける距離だったので、本田はちょっと行ってみることにした。
俺(本田隆俊)は、事件も行き詰っていたし、上司の言う通り、散歩がてら住所の示す場所に行ってみた。
全く…少年探偵団とかじゃないだろうな…
そんなことを思っていると、午後四時頃、古びた商店街に着いた。
今時こんな商店街…東京にまだ残っていたのか。
住所が示すのは、その商店街の一角、空いているのか閉まっているのか分からない、おんぼろのカフェだった。ボロボロに塗装がはがれ、傷がついたガラス窓の扉の下に、ラーメン屋とかでよくある“ただいま心を込めて準備中”の看板が立てかけてある。
準備も何も、この店に人は来てるのか。
まあしかし、普段チェーン店しか行かない俺からすると、こんな個人店、しかもこんなアンティークな店に入るのって勇気がいる。
だって正直、そこら辺のヤンキーより、個人店にたまにいる、無駄にプライドの高い、感じ悪いマスターの方がよっぽど怖い。
だけど、せっかく10分くらいかけて歩いてきたのだ。入らず帰るのもなんかもったいない。
俺は、こっそり扉を開けた。準備中なんて知るか。店は開いていた。
店内は、おんぼろの外観と比べれば、比較的整理されており、いわゆるアンティークな雰囲気が漂っていた。店内は正方形で狭く、四人掛けのテーブルと2掛けのテーブルがひとつずつ、店の奥には4人程度座れるカウンターがあった。窓に飾られたしなびたアネモネは、オレンジ色に照らされていた。
「あんた、表の看板が目に入らなかったの?」
カウンターの一番右に一人の女の子が足を組んで座っていた。彼女は携帯をいじりつつ俺を睨んでいた。彼女は中学、高校?くらいの金髪ツインテール、青みがかった鋭い目つきで、紺色にピンクのラインが入ったパーカーを着ていた。
俺はつい、昔見た、赤い人造人間に乗って敵と戦うあの子を思いだした。
まあ、いわゆるツンデレだな。ツンデレの攻略なら俺に任せろ。学生の頃、何回ギャルゲーでツンデレ少女を落としてきたことか。
「あの、俺はコーヒーを飲みに来たんじゃなくて…」
俺がそう言おうとした瞬間、
「あんた、もしかして先生に告白しに来たんじゃないの!?」
彼女は青ざめていた。
いや、何故そうなる。だいたい先生って誰だよ。
「いや、そうじゃなくてな。話しを聞いてくれよ。」
おれはギャルゲーで培った攻略法を生かして、彼女をなだめるよう落ち着いて言った。
「は?あんたまさか先生をふりに来たの?あんたごときが先生をフる権利なんてあるわけないでしょ。」
全く勘違いも甚だしい。ホント先生って誰だよ。
「あのさ、俺は…」
俺がそう言おうとした瞬間、
「あんたなんてお呼びじゃないわ、出ていかないと殺すわよ。」
彼女は椅子からおり、どこから出したのか、突然俺に拳銃をつきつけた。
本物じゃないよな。もしかして、こいつが事件の犯人じゃないのか。
「ここから出てくか、ここで私に殺されるか選びなさい!!」
「ちょっと話を聞けって。俺は警察だ。」
「警察がなんの用よ。私が何をしたっていうのよ。」
今職務執行妨害してるだろ。そう言いたかったが、さらにキレてきそうなのでやめた。
「今、ちょっとある事件が難航していてな。海田っていう俺の上司が、ここに行ったら事件の解決に手を貸してくれるっていうから…」
「海田?あーあのうすら禿げね。」
海田は確かにうすら禿げのおっさんである。彼女は海田と面識があるようだ。
「わ、悪かったわね。変な勘違いしちゃって。先生を呼んでくるから待ってなさい。」
彼女はうつむき、照れくさそうに言った。
全くツンデレってやつは。すぐ怒るんだから。まあ、そこがすごく萌えるんだけど…
「あぁ、別にいいって。ツンデレの対処には慣れてるから。」
思わず声に出てた。
「だ、誰がツンデレよ!」
彼女は頬を赤らめ、俺に思いっきり平手打ちをして、カウンターの奥に逃げていった。
金髪美少女の平手打ちなんてごほう…じゃなくて、俺が寛容じゃなかったらどうなっていたことか。
しばらくすると、奥からギシ、ギシという音が響いてきた。どうやらあのツンデレが先生とやらを連れてきたらしい。
ツンデレが先に顔を出した。
「先生、このばかそうな男が先生に用があるって」
全くこのツンデレは…いちいちとげのある言い方をするなぁ。
彼女が先生と呼ぶ人間は、高校生くらいの女の子だった。黒髪ボブヘアに透き通った白い肌のコントラスト。彼女は、茶色を基調としたゴスロリチックな服装に、黒のラインが入ったキャスケットを被っており、どこか知的な雰囲気が漂っていた。まるで人形のように愛くるしいその顔に、赤みがかって透き通ったジト目が、きれいに切りそろえられた前髪からのぞかせていた。
「彼女から話は聞いた。お前が私に力を貸してほしいロリコン野郎だってな。」
「お、俺はロリコンじゃな……い…。」
「まあ、そこのテーブルにでも座れ。詳しく聞こう。」
彼女は椅子に座ろうと俺の横を通り過ぎようとした瞬間、すっころんだ。何の障害物もないのに。彼女は頭を挙げ、俺を見つめていた。
「見苦しいところを見せてすまないな。私にかまわずさっさと座りたまえ。」
彼女は恥ずかしがる様子もなく、鼻血を出しながらちょっと偉そうにそう言った。
俺が思わず吹き出してしまったその刹那、ツンデレは俺の背中めがけてドロップキックを食らわせ、こう言った。
「調子乗ってんじゃないわよ!」
彼女はそう言い捨てると、先生にボックスティッシュを渡し、カウンターの奥に消えていった。
俺は、先生と呼ばれる黒髪ボブとそばにある机に座った。彼女は口を開いた。
「私の名は黒井聖果。高校生の傍ら家業で探偵?のようなものをやっている。そして、さっきツインテールの子がいただろ?あの子は黒井ゆん。まあ、私の助手というか、妹みたいなものだ。」
どうやら鼻血は止まったらしい。俺も自己紹介をすることにした。
「俺は本田隆俊。警察捜査一課の者だ。事件の話をしたいのだけれど、ちょっと先に聞いていいかい?どうして君は先生って呼ばれてるんだ?」
俺が今一番気になっていることだ。事件より。
「そんな事どうでもいいだろう。さっさと事件の内容について説明しろ。」
露骨に話をそらされた。何か触れられたくない理由でもあるのだろうか。俺はこれ以上ツッコむのをやめ、事件の概要を説明することにした。
すると、奥から黒井ゆんが飲み物とお菓子をもってやってきた。
「先生、カフェラテ持ってきたわよ!たっぷりの砂糖とミルクを入れたんだから!」
「いつもすまないな。」
「ほら、あんたには水道水を持ってきてあげたわよ。飲み物を出すだけありがたく思いなさい。」
「俺、一応客なんだけど…」
「ハァ?なんか言った?」
「なんでもございません。」
ツンデレのデレの部分が見られた瞬間だった。俺にはもちろんツンだったけど。俺はまずい水と賞味期限の切れたどら焼きをほおばりながら、話を再開した。
俺が話を終えると、黒井聖果はゆっくりと、湯気のたったカフェラテを飲み干し、俺にこう言った。
「話は全て理解した。私についてこい。」
彼女は立ち上がり、俺についてくるように言った。彼女は、俺に目を向けることなくどんどん店の奥にすすんで行くので、俺は急ぎ足でついて行った。だが、黒井聖果は初っ端で再びすっころんだので、すぐに追いついた。
彼女とともに歩いて行った先は、店の奥にある一つのエスカレーターだった。店は二階建てのおんぼろ家屋だったので、なんでわざわざエスカレーターが設置されているのか甚だ謎だった。
「乗れ。」
彼女はただそう言った。俺は乗るのをためらった。だって、おんぼろ家屋のエレベーターなんて信用できるか。絶対乗ったらひもが切れるだろ。
「事件について知りたくないのか?さっさと乗れ。」
「事件とその信用できないエレベーターに乗ることと、なんの関係があるんだよ!」
「乗ればすぐにわかる。時間がないんじゃないのか。」
彼女は俺の腕を引っ張り、無理やり乗せようとした。が、彼女のか弱く細い腕では俺をどうすることもできなかった。
俺がぐずっていると、あのツンデレツインテが突然俺の背後にやってきて、俺の背中を蹴り飛ばした。その瞬間、タイミングよくエレベーターのドアが開き、俺は押し込まれた。
俺がすぐさま出ようとすると、いつの間に乗ったのか、黒井聖果が俺の横で“閉”を押した。
「もし、先生に何か変な事したら、ぶっ殺すわよ。」
お前が俺を蹴り飛ばしたんだろ。ツンデレの声がかすかに聞こえる中、エレベーターは下に向かっていた。
俺は、遺書を書いていなかったことを後悔した。
ほんの数十秒でエレベーターのドアは開いた。やった!生きてた!エレベーターはどうやら壊れていなかったようだ。
俺は安堵の気持ちを抱いて外に出た瞬間、驚愕した。
着いた先は、あの殺人現場となった社長室だったのだ。さらに驚いたことに、俺の目の前には、あの殺された山内が窓側を向いて立っていた。
驚きの表情を隠せない俺の横で、黒井聖果は囁いた。
「さあ、答え合わせを始めようか。」
その瞬間、一つの弾丸が山内の胸部を貫いた。