腹黒妹と童貞兄が入れ替わったら……
「ね、お兄ちゃん。ちょっといい?」
ついさっき私はあるいいものを手に入れたから、お兄ちゃんに見せた。
「觀瑠か。あんな顔、何かいいことでもあるの? というか、あの変な箱は何?」
彼は伊澤陽呂。私の2つ上の兄。今は高校3年生で、受験勉強熱心しているようだけど、今私は遠慮なく邪魔させてもらう。いつでもお兄ちゃんから時間を取れるのは、私みたいな可愛い妹の特権だ。
「聞いて驚け。実は、これは『入れ替わり装置』なの!」
私は自分の持ってきた手乗りサイズの黒い箱をお兄ちゃんに見せびらかしながらそう伝えた。
「入れ替わり? って、どういうこと?」
これだけ言ってお兄ちゃんはまだピンとこないみたい。でも詳しい説明は面倒だから手短でいいか。
「要するに、これを使って私とお兄ちゃんの体を入れ替えることができるの」
「本当? なんか漫画やアニメっぽい。あんなものどこから?」
「私はさっき黒頭巾のお婆さんを助けて、お礼としてこれをくれたの」
いいことをやっていたらいいものをもらえる。これはこの世の当たり前のことだよね。いつもいい子ぶっていてよかった。
「あれはどう考えても絶対怪しいやつじゃん! 詐欺っぽい。こんなもの早く捨てろ。どうせ出鱈目だ」
「そんなの試してみないとわからないよ」
たとえ紛い物だとしてもせっかくただでもらったのだから、別に損はないし。物は試しだ。
「大体お前はボクと入れ替わってどうするつもり?」
「そうね。じゃ逆に訊くけど、お兄ちゃんだったらもし私の体になったらどうするの?」
「先に質問をしたのはボクの方だけど!?」
実はもちろん、私はお兄ちゃんの体でやりたいことはいっぱい考えておいたよ。でも言ってしまったらヤバいことだから、こうやって質問に質問で返して誤魔化す。
「答えられないの? お兄ちゃん、まさか可愛い妹の体で変なこととかしないよね?」
「し、しないよ! てかまだ入れ替わるとは言ってないぞ」
そうだよ。私はお兄ちゃんの性格をよく知っている。私のことをちゃんと大切にして可愛がっているからね。しかも童貞だし。たとえ入れ替わって私の体を好き勝手にできても、絶対私の嫌なことなんてしないよ。本当に信頼できるお兄ちゃんだ。
「私の体、嫌なの?」
私はわざと頬を膨らませて拗ねたように顔をする。
「べ、別に。嫌なわけないよ」
「じゃ、入れ替わってみようよ」
「ボクは忙しいよ。受験勉強してるし」
「ただ本を読むだけなら、私の体でも何も変わらないじゃん。お願い。お兄ちゃん……」
ここで私は敢えて愛嬌のある声で強請ってみる。
「そこまで言うなら……」
やった! うふふ、お兄ちゃんって思った通りちょろい。
「言っておくけど、私の体で変なことしたらぶっ殺しますよ!」
このお兄ちゃんは悪いことをするとは考えられないけど、一応言っておく。
「しないってば! ていうか、入れ替わりたいのはお前の方だろう? お前こそどうするつもり?」
「私は悪いことをするような女だと思うの? お兄ちゃん」
「そ、それは……。確かにお前はいい子だ」
計画通り。今まで私はちゃんと猫をかぶって可愛い妹を演じていたから、お兄ちゃんの目からは私はただの可愛くて大人しい妹だと思っているだろう。
しかし、実は私の頭の中では、お兄ちゃんが想像できるはずのないくらいいつもいっぱいすごいことを考えているのだ。
べ、別に不潔なこととかじゃないよ。ただ……実は私は漫画を描いているの。ペンネームは『雛宇 みるみ』。まだあまり有名というほどではないけど。もちろん、お兄ちゃんには絶対秘密。
そして最近、私はいい作品を作るために、お兄ちゃんをモデルとするキャラを描いている。
どんな内容ですかって? まあ、簡単に言うと、女の子が好き好んで読むようなものだよ。もうこれ以上の説明は不要でしょう。
お兄ちゃんはあまり自覚していないかもしれないけど、実はお兄ちゃんは随分イケてるよ。どうして今まで彼女ができないのかな? きっとヘタレだよね。勉強のことばかり熱心なのに、あまりにも天然すぎるよ。
自分の妹がこんな腐……コホン、いい性格していることも全然見抜けないくらいね。
実はお兄ちゃんの体を隅々まで弄ったり詳しく調べたりしたいけど、もしいきなり私は『お兄ちゃん、服脱いで体を触らせて』とか言ったらまずいよね。
きっと私が変態女だとバレ……、誤解されちゃうから。
でもこの入れ替わり装置を使ったらお兄ちゃんの身体を自由に動かしてあっちこっち見学し放題。素晴らしいよね!
別に『悪用』じゃないよ。勉強のためだよ。実物を見ることは大事だ。こうやって私は今までよりもっと『尊い』ものを創作できるはず。さあ、妹の輝く未来のために体を捧げてね。お兄ちゃん~。
「設置完了! このボタンを押したら入れ替わりが始まるよ」
私はこの入れ替わり装置を設置した。設置や準備の方法について詳しいことは面倒くさいから省略するけど、要するにこれからボタンを押せばオッケー。
「本当に大丈夫なの?」
「説明書の通りやったから、問題ないはずだと思う」
「わかった。まだちょっと不安だけど」
「じゃ、行くぞ」
私は入れ替わり装置のスタートボタンを押して、そしてその瞬間……。
觀瑠はあの変な装置のボタンを押した瞬間、いきなり頭がくらっとして、でもすぐ治った。次に気づいたらボクは何か違和感を感じ始めた。
「あ……、あれ?」
体はなんか軽い。今ボクが発した声はなんか高くて可愛く聞こえる。手や腕が細い。それに服も……。まるで女の子だ。
「やった! これでお兄ちゃんの体ゲットね!」
目の前にボクが立っている。でも中身はボクじゃないよね。今のはボクの声だけど、口調は女っぽい。
「そっちは觀瑠なの? じゃ、やっぱりこっちはお前の体か?」
「そう。今どんな気分?」
「不思議な感じだ」
どうやら本当に入れ替わったみたいだ。今ボクは觀瑠になっている。
「よしよし」
ボクの体になった觀瑠は今のボクの頭(つまり觀瑠の頭)をなでなでしている。
「ちょっと、なんでいきなり? これはお前の体だぞ」
「そうね。こうやってお兄ちゃんの立場から見ると、私ってこんなちっちゃくて可愛い妹なのね。こんな姿を見せたら、なんかなでなでして可愛がってみたくなってしまうよ」
觀瑠の体はちっちゃいから、今ボクの視線は低い。まるで子供の頃に戻ったって感じだ。こうやって觀瑠の立場から見るとボクはこんなに大きく見えるよね。不思議な感じだ。
「ボクの声でこんな女の子みたいな口調は止めろ!」
「あ、そうだね。じゃ、コホン。可愛い妹よ、君のためならオレはこの体も捧げられる」
觀瑠は咳払いをして巫山戯たような台詞を吐き出した。
「お前な。自分で自分を褒めて恥ずかしくないの? しかも今のは全然ボクらしくないよ。なんで『オレ』だよ!?」
キャラ違うだろう。なんか全然似合わないから、止めて欲しい。
「せっかく男になれたから、『オレ』言ってみたいよね。かっこいいじゃん」
「ボクはこんなキャラじゃない!」
「そういえばなんでお兄ちゃんは一人称『オレ』を使わないの? 意外と似合うかも」
「余計なお世話だ。ボクは『ボク』のままでいい」
子供の頃からずっと『ボク』だし。実は『オレ』に変えようと考えたこともあるけど、結局なんか似合わないと思ってすぐ諦めた。
「今お兄ちゃんは私の体で『ボクっ娘』になってるね。これも悪くないかも」
「うっ……」
確かに今觀瑠の体だから、こんな口調だと『ボクっ娘』キャラにしか見えないよね。
「じゃ、これからしばらくお互いの体で過ごしてみよう」
「あ、うん。わかった」
まあ、これも悪くないかもね。しばらくこの体でいいか。
「じゃオレは部屋に戻るね」
本当に『オレ』でいいのかよ? でもまあいいか。こんな自分もなんか悪くないかも。
結局觀瑠のやつはボクの体で自分の部屋に戻ってしまったね。一体何をするつもり? 変なことしないよね?
まあ、觀瑠はとても可愛くて大人しい子だ。ボクの体で悪いことなどするわけないよ。うん、絶対しないよね? ボクはお前のことを信頼しているよ。
「それにしても、この体……」
本当に女の子の体だ。声も綺麗。なんかいい匂いがする。ボクの自慢の妹の体だからね。いきなりこんな体が自分のものになるとは思ったことなかった。
この細い手で自分の肌を触れてみたらやっぱり柔らかくて気持ちいい。下半身はなんかスースーするけど、今そんなことはまだ触れないでおこう。それにこのTシャツの下の控えめな膨らみも……。これは柔らかそう。少し触ってみたら……。
「いやいや、ボク何やってるんだ? 妹の体で変なこと考えては駄目だ!」
さっきも言ったけど、ボクは何をする気はないよ。妹を大切にしているから。いけないようなことをしてこの体を汚してしまったら、兄失格だろうね。たとえ兄だとしても勝手に妹の体を覗いたり触ったりしては……。
でも今は自分の体になってるし。ちょっとくらいなら………。少しだけ……。
「いや、そんなの駄目!」
觀瑠はボクを信頼してこの体を託したんだ。それを裏切る真似なんてできないよ。妹は絶対大切にするものだ。我慢だ。欲望に負けるな!
とにかく、体のことから離れろ。今ボクは受験勉強をしなければならないし。こんな体になっても普通に本は読めるはず。
「あれ? これは……」
あの『入れ替わり装置』はまだ部屋に置いてある。説明書もだ。
「ちょっと読んでみようかな」
説明書によれば、この装置の仕組みは『魂が入れ替わる』ことではなく、ただ『記憶が入れ替わる』ってこと。
ということは、今のボクは『陽呂の記憶が入った觀瑠』だ。つまり、人格は陽呂のものになっているけど、実は自分は觀瑠だ。ただ『自分が陽呂だと思い込んでいる觀瑠』。そして逆に今陽呂の体に觀瑠の記憶及び人格が入っているが、ただ『自分が觀瑠だと思い込んでいる陽呂』。
結局のところ、それって魂の入れ替わりとはどこが違うのか?
「難しいことはもうこの辺にしておこう」
この記憶は陽呂のものだから、今自分が陽呂だと認識している。ただこの人格は觀瑠の体に入っているだけ。身体と人格が入れ替わっているという事実は変わっていないし。
「とりあえず勉強だ」
今は觀瑠の体だけど、ボクはいつものように好きなジュースを飲みながら本を読む。ジュースがいつもと比べたらあまり甘さは薄い気がする。觀瑠がボクより甘いものが好きだからかな?
体は小さくなって、周りはちょっと大きく見えるけど、別に不便を感じるわけではない。むしろこの体は軽くて動きやすい。ボクみたいな勉強ばかりのやつとは違って、觀瑠は運動神経もいい。だからこんなに気持ちいいのか。羨ましいくらいいい体をしているね。小柄で体の起伏とかは少なめでちょっと残念だけど、ボクはこういうのが好きだよ。
とにかく、こうやって女の子の体になって悪くないかも。
でも今そんなこと考える暇はないよね。勉強だ、勉強。ボクの未来のために必ずいい大学に入るぞ!
勉強を初めて時間はしばらく経ったら、なんか尿意が……。
でもそこで問題発生だ。この体ってどうやってトイレに入るの!? アレがないよね? まだズボンを脱いで確認していないけど、あそこの感覚はいつもと違うという実感はしてる。
それにトイレに入ったら脱がなければならないよね? そして見てしまう。妹の……。
なんかヤバいよ。確かにこういう時に『せっかく女の子の体になって好き放題色々体験したい』と思う人もいるかもしれないけど、そんなことをする男は悪人だよね? ボクは決してあんな最低男にはなりたくないよ。
しかしどうすればいいの? これは生理現象だし。いいんじゃないか? 仕方ないことだよね? でも……。もうボクの馬鹿!
やっぱりできないよ。元の体に戻してもらう。觀瑠だって、ボクの体で用を足すなんて抵抗感があるはずだよね?
そういえば入れ替わり装置はさっきからずっとここに置いたままだ。もしかして今ボタンを押したらすぐ元に戻れるとか?
「試してみようか」
ちょっと嫌な予感だけど、ボクはボタンを押す。そして……。
「あれ、私の体? 元に戻ってるの?」
お兄ちゃん、このボタンを押したようだね。だから体は元に戻った。さっきせっかくいいところなのに。お兄ちゃんの体で色々体験できて、いい絵もいっぱい書けた。トイレも……。
「てか、尿意が……」
さっきお兄ちゃんの体で用を足したばかりなのに、またトイレか。
まさかお兄ちゃん、一度もトイレに入っていないの? まあ、確かに今のズボンやパンツの様子から見ればどうやら一度も脱いだことないようだ。
やっぱり本当に何もしていないのね。さすが私の信頼できるお兄ちゃん。
とりあえず早くトイレ。
「あっ!」
トイレで用が済んだら、すごくヤバいこと思いついた。さっきトイレのことばっかり考えていたから気づかなかったが、今お兄ちゃんは元の体に戻っているよね?
そしてその体は今私の部屋にいて、さっきまで私はあの部屋であの体で色々……。まだ全然片付いていないし。書いた漫画も机に置いたままだし。
つまり、今は……。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい yabai YABAI……。
「お兄ちゃん!」
私は慌てて自分の部屋に飛び込んできた……が、どうやらもう後の祭りだ。ここに仁王立ちしているお兄ちゃんが……。
「觀瑠、お前……」
「お、お兄ちゃん、顔は怖いよ……」
お兄ちゃんの視線はなんか今まで見たことないくらい冷たい。まるで『ゴミを見るような目』だよ。この可愛い妹をそんな目で見るとは……。
「ボクはお前の体を大切にしていた。なのにお前は……」
「ご、ごめんなさい! お兄ちゃん……」
「幻滅した! この変態妹!」
そして私は涙を流して必死に謝罪しようとしたけど、どうやら全然無駄みたい。
こうやって私の本性のことも、あんな漫画を書いていることも、全部お兄ちゃんにバレてしまった。あれから私は『変態妹』と呼ばれ、私たち兄妹の関係は一変した。
ちなみに入れ替わり装置はお兄ちゃんが処分したから、もう入れ替わりはできない。
人生オワタ。
~ あとがき ~
『信頼』は大切なものです。一度失ってしまったら簡単に取り戻すことはできませんね。大事にしないと。
この『入れ替わり』の設定は少し特別です。普通の一人称視点の入れ替わりものなら、入れ替わったら視点も人格と一緒に変わるはずですが、今回の『入れ替わり装置』は設定上『魂の入れ替わり』ではなく、ただ『記憶の入れ替わり』。
つまり最初から妹視点で読んでいたら、入れ替わった後は妹の体に入った兄視点になります。
というわけで、『妹は兄の体で好き勝手色々楽しんでいる』シーンの描写はありません。それを書いたら恐らくR15になってしまうので、ご想像にお任せします。