83 シーソーバトル
【Seesaw Battle 一進一退の戦い】
一ヶ月前にウェスト・ゾーンへの侵攻を開始したアライアンス軍。
当初は破竹の勢いで、三方面から千キロほどウェスト・ゾーンの内陸部にまで侵攻したが、アモンも全軍を上げて迎撃態勢を敷き、アスラ軍、ケントウルス・オリオウルス・デーヴィヤナ連合軍、アンダカ・ ラマシュトゥ・ フレースヴェルダのマーラ三姉妹の軍、 ヤクシャ・ラークシャサのアスラの弟たちの軍を総動員してアライアンス軍を大きく包囲する作戦を展開しつつあった。
一方、アライアンス軍は、侵攻作戦を続けるには戦力が不足していた。
あまりに戦線を伸し過ぎると、伸びきった戦線の横を突かれるリスクがあり、そうなると前線部隊が孤立包囲されるリスクが出て来る。そのためアライアンス軍の侵攻は膠着状態に陥ってしまった。
事態を打開するためには、アライアンス軍の戦力を増強することが不可欠だったが、現状ではまだイーストゾーンの全勢力を動員するに至ってなかった。
クリスティラもラダントゥースもユリアも、まだアライアンスに参加している町の数が、クリスティラたちの予想しているイーストゾーン全体の町の数の半分にも満たないという意見で一致していた。
これらの町をアライアンスに参加させるべく交渉が、シルレイ、アキュアマイア、ラダントゥースたちを主とする交渉チームによって進められていた。
だが、それぞれの町の為政者であるマザー・パラスピリトやファザー・パラスピリトたちとの交渉は対話がメーンとなるため、おいそれと一朝一夕に理解者、同意者を増やすことはできない。
シルレイの提案で、それまでにアライアンスに参加した町のマザー・パラスピリト、ファザー・パラスピリトたち10人ほどからなる交渉チームをいくつか作り、それによって交渉スピードは上がったが、新しい同意者の町を増やすのは第一段階で、それから悪霊軍と戦えるための魔術師部隊や兵力を育成・組織するという第二段階のタスクがあり、これは町の為政者との交渉以上に時間がかかるものであり、魔術の資質がある者の発見、魔術師スキルを発動できるための脳改造、それから少なくとも3ヵ月以上はかかる魔術修練などを終えないと戦力にはならない。
兵力の方も似たようなもので、ジン族、ミノアン族やラピテーズ族などのように、ふだんから戦士を育成し、常に戦いをしていて戦い慣れしている種族は少ないため、こちらはレオタロウ、レン、リュウなどを主として、それにグラニトルゾリオのラピテーズ族戦士やヤドラレ人戦士、ストリギダ族戦士、ダトーゥ族戦士などからなる軍事顧問チームをいくつも作り、新しくアライアンスに参加した町々に派遣し、兵の軍事訓練をはじめることになった。
* * * *
クリスティラたちは、ライトムーンのどこかの地下にある『|ルークラインテン・パレス《月の光りで導く宮殿》』で“光の母”エイダと謁見していた。
“光の母”との謁見を望んだのは、クリスティラ、アキュアマイア、アンフィトリーティ、ゼピュラス、ユリア、アイ、それにダイモニオンとガィアだった。
「ウェスト・ゾーン戦線は、申し上げたような理由で、アライアンス軍の侵攻は膠着状況にあり、戦況を打開するためには、アライアンス軍が増強されるのを少なくとも3、4ヶ月ほど待たなければならなりません」
「わかりました、クリスティラさん。やはりアモンもそう簡単に侵略を許さないということですね。マナ・トロポーズを使った侵攻作戦も齟齬を来したしていると聞いています」
「はい。すでにアイオーンさまを通してご報告していますように、アモンはヴェネヌンマナ・トロポーズと悪霊たちが呼んでいるマナ・トロポーズをアライアンス軍が利用しないように、『フラグラーレ』や『ビザーロファゴシトードン』と酷似したヴェネヌンマナ・トロポーズを防衛するバケモノを投入しております」
「アモンは知恵がありますからね...」
「はい。そして、これらのバケモノはヴェネヌンマナ・トロポーズの中を封鎖する格子状のモノを作り出す能力を持たせられているため、当初の計画であったウェスト・ゾーンのマナ・トロポーズを使って、闇の父アモンの本拠地であるダークムーンへ行くことが出来るウォンブ・ホロスが設置されてある『ナイリヤ』の地まで短期間に達し、ダークムーンへ攻め込む予定でしたが、現状ではそれもしばらく先延ばしにしなければならなくなりました...」
エイダはクリスティラの説明を聞いていた。
しかし、それはクリスティラが説明するまでもなく、アイオーンなどがすでに彼女に報告していたことでエイダもすでに状況を理解していた。
「それで... クリスティラさんは、わたくしに何をして欲しいのですか?」
わざわざアライアンスのメーンキャラがエイダを尋ねて来たのだ。
念話だけでは言えない、解決できないことへの助力を歎願するために来たのに違いないとエイダは考えていた。
「エイダさまに、例のソーウェッノーズスキルをベースにしたモノで、生きている悪霊たちを殺さないでも善霊に変えることができるソーウェッノーズスキルのレベルアップ版みたいな能力を我々にあたえて欲しいと言うことです!」
ラダントゥースが、エイダの目を見つめて言った。
「ソーウェッノーズのレベルアップ版!」
エイダが少し驚いている。
「可能ですか?」
ユリアが遠慮なしに訊く。
エイダはしばらく黙ったままだったが、口を開いた。
「......... わたくしには無理ですね。そのような強烈なスキル能力をあたえるのは...」
「無理...」
クリスティラがつぶやき
「やはり無理ですか」
ユリアがゆっくり頷き
「そうであろうのう。殺さずに洗脳できるスキルなどあれば、エイダさまがとっくに使っているであろうからな...」
ラダントゥースが、半分諦め顔で言う。
「わたくしには無理ですけど、オリジン・マザーさまなら可能かも知れません」
エイダの言葉にクリスティラたちが彼女を見る。
「オリジン・マザーなら出来るかも知れないのであれば...」
「はい。クリスティラさん。念話でオリジン・マザーと連絡をとってお願いしてみます」
「オリジン・マザー から回答を得られるには、どれほどかかるのでしょうか?」
「そうですね。事が事だけに悠長に待ってもいられないでしょうから、できるだけ早く回答していただけるようにお願いして見ます」
「わかりました」
「お願いします」
「一日も早い回答を待っています」
クリスティラたちが少し安心した顔になった。
それを見てから、エイダはアイの方を見た。
「アイさんも、|シャイターン・ ポゼスピリトの一人との戦いで苦戦したと聞いています」
「あれは苦戦ではなく、明らかに私の敗北です...」
アイは気落ちした目でエイダを見ながら言う。
「分身でさえあれほどの力なのですから、本体と戦えば、10秒とかからずに殺されてしまうでしょう...」
「アモンがそれほどの悪霊を育てていたとは驚きです。それに、クリスルークと名乗っているその分身の話では、アモンは次の侵攻を企てているとか...」
「そうなんですよ、エイダさま。ルークのヤツ、『アモン陛下の次の作戦は、“肉を切らせて骨を切る”作戦とでもいいましょうか』などと恐ろしいことを言っているんですよ!」
アキュアマイアが、両手を広げてゼスチャーたっぷりに言う。
「ルークのヤツは、善霊になった今も、アモンへの忠義とかをまだもっているらしく、詳しいことは明かさないんですよ」
ラダントゥースがやれやれと言った口調で言う。
「たぶん、それはクリスルークの本体が、万一、分身が捉えられたときの用心に、詳細を共有していなかったこともあるのでしょう。しかし、クリスルークは、“自分はアライアンスの役に立つ者だ”ということをアッピールするために多少演技しているのかも知れません。でも、心配することはありません。彼は善霊となった今は、わたくしたちに害を及ぼすことはないでしょうから」
「え、そうなんですか?ルークの奴め、我々をおちょくっているかと思っておりました!」
ラダントゥースが忌々し気に言う。
「それはそうと、最初の挨拶だけで侵攻作戦についての話になってしまいましたが、 アンフィトリーティさんにゼピュラスさん、ようこそ|ルークラインテン・パレス《月の光りで導く宮殿》にいらしてくださいました!」
エイダが、海のマザーパラピリスト、アンフィトリーティとカエルゥのマザーパラピリスト、ゼピュラスを優しく見ながら微笑んだ。
「光のお母さまに会えて、とても幸せでございます」
「3万年ぶりにお会いできたなんて、とても信じられません」
アンフィトリーティとゼピュラスは、頭を深く下げ、涙を流して感激している。
『ルークラインテン・パレス』の地下深くにある広大な神殿のような大ホールで行われた謁見では、エイダはいつものようにホールの奥の五重の段上にタレイア女官長、モイラ副女官長、そのほかのハイ・パラスピリトたち美しい女性たちにかしずかれて、中央の玉座に座っていた。
エイダは茶色の髪と茶色の瞳をした美女だが、しかし、ブロンドの髪と蒼い目をもつクリスティラや水色の髪と目をもつアキュアマイアや青緑色の髪と緑色の目をもつシルレイたちほど、目を引く― たぶん、このハイ・パラスピリトたちはエスピリティラでも一、二位を争う美女であることは確かだが― 美女ではなく、ちょっと地味な感じのする美女だった。しかし、エイダが発する威厳さ、意志の強さというものは、クリスティラたちをしっかりと見つめる目や表情からも見て取れた。
エイダは玉座から立ち上がり、五段の壇を降り、アンフィトリーティとゼピュラスのそばに近づき、二人を抱擁した。タレイア女官長、モイラ副女官長、そのほかのハイ・パラスピリトたちは、クリスティラたちが最初にエイダを訪れたときに、エイダが玉座から駆け下り、クリスティラたちを抱擁したのを知っているので今回はあまりおどろきもしない。
「おお、わが娘たち、本当によく来てくれました!...」
「お母さま!」
「お母さまっ!」
エイダはアンフィトリーティとゼピュラスをヒシと抱きしめる。
「お母さま、お母さま... うっ、うっ、うぇ――――ん!」
アンフィトリーティが子どものように泣く。
「光のお母さま!光のお母さま!うれしいです、お会いできてうれしいです!」
ゼピュラスも滂沱と涙を流して感激している。
「あなたたちは、3万年もの間、海で、空で、立派に成長してくれましたね。それに今回の戦いでも、見事な働きをしてくれたと聞いています。母として本当に誇らしいことです」
今回のテオゴニア海峡におけるアスラ軍との戦い、およびウェスト・ゾーン侵攻作戦において、アンフィトリーティはアモンが海からイーストゾーンに攻め込んでくるのを阻止するために、エイダの要請に応えて海を守るための海獣リビュディスを作り出した。
しかし、アモンはリビュディスを排除するための巨大獣ケートゥスを長年かけて作り出し、それを使ってテオゴニア海峡からの侵略をはじめたが、アイの働きで巨大獣ケートゥスはすべて倒され、そのあとに続いたパイモン軍の侵攻をユリアたち魔術師部隊とともに、空からと海から攻撃し、200万のパイモン軍を壊滅させた。
一方、ゼピュラスはアライアンス軍のウェスト・ゾーン侵攻にあたって、アライアンス軍の攻撃に先立って、1万メートルの高さの巨大な「かなとこ雲」から悪霊軍に対して直径が1メートルもある雹を降り注がせ、幾千、幾万もの雷を落として悪霊軍を大混乱に陥らせ、アライアンス軍の侵攻を大いに助けた。
それらの働きに対してエイダは感謝したのだった。
アンフィトリーティとゼピュラスとのしばしの感動の抱擁のあとで、エイダはクリスティラたちも一人ひとり抱擁し、今までの戦いに対して礼を述べた。
そして最後にアイに抱擁をしたあとで、エイダはアイの両手を握って訊いた。
「それで、アイさん。あなたは|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》にどう対抗するつもりなのですか?」
「はい。|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》に勝てる魔法を見つけ出さなければなりません。勇者王国には、母やほかの魔術師が研究して実際に戦いに使った古代魔法などの書物があるのですが、私は小さかったのでどのような魔法なのか知りません。とにかく凄い魔法があるそうです。一度でも見れば覚えれる自信はあるのですが... 」
アイは母親のアイミ同様、一度見ただけで魔法を習得できるという類まれな能力をもっているのだ。
ただ、それにはその魔法を見て感じなければならない。
「そうですか... では、ミィテラの世界へもどって、その古代魔法を研究するしかないのですね?」
「はい。でも、私一人だけが帰っても、両親や宮殿の者たちに怪訝がられます。私たちは、ミィテラの世界から約一ヶ月の予定でテラという別の世界に留学していることになっているのです...」
「このティーナちゃんの生みの親のシーノちゃんの時間遅延スキルを使っているので、一応、時間的には8年間ほどはエスピリティラにいられることになっているんですけど...」
ユリアが胸に下げているペンダントを差して言った。
「ああ、守護天使さんね?じゃあ、時間遅延スキルの中で、また時間遅延スキルをかけたら、勇者王国に帰って古代魔法を研究できるのではないですか?」
「... それは難しいと思います。帰ったらシーノちゃんがすぐ気づくし、シーノちゃんが黙っていても、うちのパパとママはすごく能力が発達しているので気づかれるリスクがあります...」
「一人だけ帰ったら不審がられますからね...」
エイダもアイたちの事情がわかったようだ。
アイと話したあとで、エイダはダイモニオンとガィアの二人を見つめて言った。
「そして、ダイモニオン君にガィアちゃん。お会いするのは初めてですが、お二人は私にとっては甥と姪です。よくぞわが陣営に参加してくれました」
「エイダ伯母さま、お会いできて光栄です!」
「エイダ伯母さま、ようやく会えることが出来てうれしです!」
ダイモニオンは胸の前で両手を組み、頭を下げて、最敬礼でもって挨拶をし、ガィアは恭しくカーテシー風に右足を斜め後ろの内側に引き、左方を軽く曲げ挨拶をした。
「エイダさま... そうですよね、僕たちにとってはエイダさまは伯母さまになるんですね!」
「エイダさまって、父上から聞いて考えていたエイダ伯母さまのイメージと、実際こうしてお目にかかるエイダさまとはまったく違って... とてもお優しそうで、おどろいています」
ダイモニオンとガィアは、自分たちと血の繋がった肉親であるエイダに会えてかなり感激していた。
その様子を微笑みながら見ていたアイダは、ダイモニオンとガィアの二人の肩に手を置いて言った。
「あなた方のお父上アモンや兄弟たちとと分かれて戦うことになるのは、とても辛いことだと思います。でも、最終的には、アモンもアスラも、ほかのアモンの子らも、オリジン・マザーさまの真意を理解してくれるものと信じています!」
「いえ、 私は一度死んでいたのをリディアーヌさまに助けられ、ソーウェッノーズで善霊として生まれ変わりました。善霊となってから目が覚めたのです。私がどれほど憎悪で歪んでしまった心を持っていたのかに気づきました」
「ガィアの言う通りです。僕も善霊になってから、父がどれほど酷いことをエイダ伯母さまとイーストゾーンの民にして来たのかわかるようになりました」
「あなたたちは、悪霊として生まれ、育てられたのです。それも無理はありません。すでにわかっていると思いますが、アモンとわたくしは、エスピリティラとオリジン・マザーさまのことについて、見解に大きな相違があるため、今に至るまで諍いが続いているのですから、わたくしのことをよく言わないのも当然でしょう」
ダイモニオンとガィアはエイダの言葉を聞きながら考えていた。
父アモンは、ことあるごとにエイダの悪口を言い、非難し、憎しみを自分の子たちにもぶちまけていたが、善霊となってエイダを支えるアライアンスに参加してから気づいたことは、アモンのことをあからざまに憎しみをもって悪く言う者がいないということだった。
アモンの悪霊軍がこれまでに行って来た悪行非道の数々についての批判はあるが、アモンへの個人的な攻撃や批判はあまり聞かれないということだった。それをダイモニオンとガィアは、アライアンス軍に参加してから痛感したのだった。
感動の抱擁が終わってから一行はエイダに昼食に招待された。
みんながテーブルに着席するのを待って、エイダは椅子から立ち上がると告げた。
「ここに来る前にオリジン・マザーさまに、先ほど話の出た“悪霊を生きたままで善霊に変えるスキルについてお伺いしました...」
「え?」
「もうお願いしたのですか?」
「はい」
「それで何とおっしゃっていましたか?」
「ソーウェッヴェルザと言うスキルを伝授していただきました」
ソーウェッヴェルザスキル...」
「クリスティラさんたちの要望通り、悪霊を殺すことなく善霊に変えることのできるスキルです。原理的にはすでにクリスティラさんたちの使っていた“脳操作”能力に似たところがありますので、これを使えるのは魔術レベルの高いハイ・パラスピリトクラスということになります。ただし、脳操作能力同様、意志の強い悪霊には通じません。あくまでも普通レベルの悪霊にしか利きませんので使う時は十分に注意してください」
「朗報ですね!」
クリスティラが明るい顔をし、
「オリジン・マザーさま、対応速いわね!」
アキュアマイアが驚き、
「これで悪霊軍を皆殺しにせずとも、捕虜の対応にも苦労せずに済むというわけですな!」
ラダントゥースがよろこんだ。
どうやらエイダは大ホールから食堂に移動する際に、しばらく姿が見えなかったが、その時にオリジン・マザーと話したに違いない。
「じゃあ、クリスティラさんとかアキュアマイアさんとかラダントゥースさんとかシルレイさんとかは、ソーウェッヴェルザを使うのには問題ないという訳ですね?」ユリアが訊く。
「たぶん、アイさんたちミィテラの魔術師たちから魔術開眼してもらったハイ・パラスピリトたちは、全員、問題なく使えると思います。食事が終わってから伝授することにしましょう」
食事中の話は、もっぱらウェスト・ゾーンの地下に張り巡らされているヴェネヌンマナ・トロポーズ対策についてだった。
「ヴェネヌンマナ・トロポーズは、その名が示す通り、ウェスト・ゾーンに棲む者に悪意と憎しみを供給しています。ですから、ソーウェッヴェルザを効率的に使うためにも、今後は悪霊軍との戦いと平行してヴェネヌンマナ・トロポーズを封鎖し、マナ・トロポーズを広げて行くことが重要となります」
「もしくは、ウォンブ・ホロスがある『ナイリヤ』の地の地底深くにある『ヴェネヌン・コルディス』を破壊するかですね!」
ダイモニオンの言葉にエイダが大きく頷く。
「その通りです。ダイモニオン君やガィアちゃんがよく知っているように、『ヴェネヌン・コルディス』は言わば“憎悪”を生み出し、ヴェネヌンマナ・トロポーズを通してウェスト・ゾーン中に送りこむ“心臓”です。アモンは私に対する勢力を作り上げるにあたって、わたくしに対する憎しみを自分の作り出したウェスト・ゾーンのポゼスピリトたちの心に染みこませる目的で、『ナイリヤ』の地の底に『ヴェネヌン・コルディス』を作り、設置したのです」
「『ヴェネヌン・コルディス』... そんなものがあるなんて初めて知りました」
「だからウェスト・ゾーンの者たちは、エイダさまや私たちに対する憎しみに満ちているのね!」
「憎悪を作り出し、ウェスト・ゾーン中に拡散する... いかにもアモンの考えそうなことですな!」
クリスティラがおどろき、アキュアマイアが納得顔になり、ラダントゥースが大きく頷く。
「わたくしも最初はわかりませんでした。なぜ、ウェスト・ゾーンの者たちが、わたくしに対してこれほど憎しみを持っているかを。少し時間はかかりましたが、それがアモンの作った『ヴェネヌン・コルディス』のせいだとわかったのです...」
「つまり、アモンとの戦いを一日も早く終わらせるためには、『ヴェネヌン・コルディス』を破壊するか、アモンと話し合って平和共存を訴えるしかないという訳ですね?」
「その通りです、クリスティラさん。でも、アモンの心の内には、私に対する憎しみとオリジン・マザーさまに対する嫉妬が満ち溢れています。翻意させることはほぼ不可能でしょう」
「でも、『ヴェネヌン・コルディス』のある『ナイリヤ』の地までは、かなり距離があり、アライアンス軍が拡充される数か月後を待っても、|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》が『ヴェネヌン・コルディス』を守っているのであれば破壊はほぼ不可能です」アイがエイダを見て言う。
「アモンがなぜ|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》を使って、わがアライアンス軍を蹴散らさないのか不思議ですが、もし、アモンが彼らを前面に出して来たら、アライアンス軍は耐えられるかどうかわかりませんね...」
ユリアも|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》が容易な敵ではないということがわかっていた。
「もし... アモンが|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》を送り込んで来たら... 阻止する術はないでしょう」
|ルークラインテン・パレス《月の光りで導く宮殿》の護衛隊長アイオーンが、ぼそっとつぶやいた。




