61 ディスクァイエティング・ムーブズ
【Disquieting Moves 不穏な動き】
一方、グラニトルゾリオでは、久しぶりに里帰りした元マザーパラピリスト・クリスティラたちを迎えて行われた歓迎会が酣だった。
執拗なバンゾウ族長の“求愛”から、何とか逃げることができたカロリエー。
ホッと一息ついていると、アスクレピオスから念話連絡が入った。
(カロリエー、そちらの状況はどうだ? 何か悪霊軍団の動きに関する情報は入ってないか?)
アスクレピオスはサンクメライ・ロームを守るガーディアンのリーダーで、彼女のボスだ。
(いえ、今のところは、まだ何の情報もありません)
(気を緩めないで警戒してくれ。ウェスト・ゾーンとの境界近くにいるイスエウロからの情報によれば、コウモリのような悪霊がしきりに境界近くまで偵察に現れているそうだ)
(コウモリに似た形の悪霊?)
(うむ。たぶんエリーニュスとか呼ばれる悪霊だろうと思う...)
(エリーニュス? 危険な悪霊なんですか?)
カロリエーの顔つきが真剣になる。
(かなり強い悪霊だ。空を飛べるしな... エリーニュスたちには、十分に気をつけなければならん。エリーニュスとは、本当の名前を出すことさえ憚られると言われるほどの悪霊だ。クリスティラさまたちには、“|エウメニデス《偽りの慈しみの女神たち》”と伝えておいた方がいい...)
(クリスティラさまは、エリーニュスのことをご存じなのですか?)
(たぶん知らないだろう)
イーストゾーンの西端にあるエペロン・テルメンでは、3ヶ月ほど前、『ダーマガの戦い』が行われ、クリスティラたちとユリアたちミィテラの世界からやって来た若者たちのおかげで、激しい戦いの末に15万匹ものグヮルボ軍を破ったとアスクレピオスは聞いていた。
しかし、味方もかなりの犠牲者が出たそうだ。
グラニトルゾリオの町からウェスト・ゾーンとの境界線までは、500キロほどしかない。
悪霊軍団が境界線を越えれば、グラニトルゾリオは目と鼻の先だ。もし、悪霊たちがグヮルボのように飛べるのであれば、1日もあれば到達する距離だ。絶対に油断はできない。
(クリスティラさま、ラィアさま、ロリィさま。ボスからの連絡では、境界付近における悪霊たちの跳梁が目立っているそうです。ボスは悪霊たちの攻勢が近いかも知れないから、十分に警戒してくださいとのことです!)
(わかりました。早速、族長たちに話して警戒を厳重にするとともに、臨戦態勢を敷いてもらいます)
クリスティラは、すぐにラピテーズ族のオーン族長、ストリギダ族のブボ・ケトゥパ族長、ヤドラレ人の中で、族長のバンゾウ、ダトーゥ族のギガタンコック族長たちに御殿の中に集まってもらって、アスクレピオスからの連絡内容を伝えた。
「なに、悪霊たちが攻めて来る?!」オーンが驚く。
「わかりました。すぐに部下に命じてストリギダ族の戦士たちに戦の準備をさせましょう。そして、境界の方へ偵察隊を出しましょう!」
ブボ・ケトゥパは、いっしょに来ていた部下たちにすぐ命令を出した。
「アタシも臨戦態勢にはいる!」
ギガタンコック族長は、そう言うとさっさと引き上げて行った。
「ワシも早く森に帰って戦いの準備をせなばならん!」
バンゾウ族長もそう言って、オーンに早馬車を貸してくれるように頼むと急いで出て行った。
オーンは弟のゴートに早馬を手配するように言ってから、次期族長候補と言われるゴレンに、至急頭たちを集めて戦いの準備をするように伝え、警戒を強めるよう命令をした。
「クリスティラさま、ユリアさんたちを呼んだ方がいいのではありませんか?」
「いえ。ユリアさんたちは、呼ぼうと思えば、マナ・トロポーズを使ってすぐに来れます。それよりも、ユリアさんたちに臨戦態勢に入るように伝えてください。アキュアマイアさんには私から伝えます」
「はい!」
「そして、ラィアさんとロリィさんは、覚えた飛行魔法を使って境界の方へ行って偵察を行ってください。もし、悪霊に攻撃されたら構わないから攻撃しなさい!」
「「はいっ!」」
二人のミモ・パラスピリトは、ようやく覚えた魔術を使える機会が来たと、はりきって外へ駆けて行き、宴会に来ていた連中が驚いた顔をしているのを後目に高速で西の空へ向かって飛び去って行った。
そのころ、フリズスゴレル・ロームでは-
レオタロウとリュウは、ラダントゥースとキアヌーラ妃の計らいで、それぞれグォルム・ナールのVIPルームでエラインとタミレスと仲睦まじく、いや、熱くイチャイチャやっていた。
ただ、リュウはタミレスだけとイチャイチャしているのではなかった。そう、ユリアもリュウとタミレスといっしょにバスルームの中で、裸になってイチャイチャしていた。
ユリアはタミレスに遅れをとるわけにはいかなかった。
彼女はリュウの最初の恋人なのだ。クリスティラがリュウに裏切られ、リュウとの関係を断ち切ったあとでも、ユリアは― 彼女自身もリュウがクリスティラにしたのは酷いことだと思っているし、クリスティラへの裏切りは彼女への裏切りとさえ感じた。
しかし...
ユリアはリュウを忘れることは出来なかった。
小さいころから知っているリュウ。
いっしょに成長して来たリュウ。
そして彼女への愛を熱く告げたリュウを忘れることなど出来るはずがなかった。
リュウをタミレスだけのものにしているわけにはいかない。
だから、タミレスがリュウと結婚すると決まった時に、ユリアも結婚することを決めたのだ。
そして、ラダントゥースがリュウとタミレスとユリアのために部屋を用意し、タミレスがバスにリュウを誘った時に、彼女もいっしょに入ったのだ。
タミレスは15歳のヤドラレ人のパラスピリトで身長は150センチちょっと。
それほど高くはないが、かなり大きい胸の持ち主だ。そして長年、自然の中で暮らして来たヤドラレ人の特性を受け継いでおり、かなり積極的だった。
タミレスとエラインは、ラダントゥースの第一王妃であるキアヌーラ付きのメイドであったころからの仲良しで、それぞれレオタロウとリュウに一目惚れして、ラダントゥースの依頼でユリアたちがドヴェルグ村へ旅をした時に案内役を命じられ、ドヴェルグ村でレオタロウとリュウに抱かれた。
性格的に、土壇場でいつも気後れしがちな年上のエラインと違って、「抱かれたいのです!」と 積極的に レオタロウにアプローチしたのはタミレスだった。
リュウは大きなバスの中にユリアとタミレスといっしょに入り、タミレスの胸を揉みながらユリアにキスをしていた。彼のもう一方の手はすでに湯の中にあるユリアの下半身に伸びていた。ユリアは湯気と気持ちよさで頭がぼーっとしていた。
(リュウさま、こちらラィアです!クリスティラさまからの伝言を伝えます。《エペロン・テルメンで悪霊の侵攻があるかも知れません。はっきりしたことが分かり次第、また連絡しますが、いつでも出撃できる準備をしておいてください》とのですっ)
ラィアから切羽詰まった連絡に、一瞬、イチャイチャを止めたリュウ。
(いいぜ!そろそろフラガラッハの剣を使ってやらないと錆びついてしまうからな!)
レオタロウは別室のベッドでエラインと愛しあっていた。
エラインは数回しか抱いたことのかない“新しい女の子”だった。
つまりレオタロウにとって、“新鮮な女の子”というわけで、運悪く?妊娠させてしまったが、まだ妊娠3ヶ月なので夫婦の営みをするのには何の支障もない。
シャイなエラインはレオタロウの好みだった。母のソフィアも姉のモモコも男顔負けの勇ましさと積極性をもっているからか、レオタロウはおとなしい娘が好きなのだ。
「ああ... レオタロウさま レオタロウさま... ハァ ハァ ハァ...」
そのエラインは恍惚の坩堝の真っただ中にいた。
激しく呼吸をし、心臓の動悸はマックスに近い。
「あああ―――――っ!」
エラインが光悦の頂点に達するのと同時にレオタロウも達した。
(レオタロウさま!こちらはロリィです。今、エペロン・テルメンにいますが、どうやら悪霊たちが攻め込んで来そうです。《いつでも出撃できる用意を》とのクリスティラさまからの伝言です!)
(おう!ようやく戦えるか!すぐに準備をするぜ! あー、腕が鳴るなーっ!)
グォルム・ナールの最上階に近いところにある男神ラダントゥースの居住区。
そこにある豪華な寝室で、ラダントゥースは久しぶりにキアヌーラを抱いていた。
ラダントゥースはフリスゴレスロームの最高権力者であり、35万人の住民を抱える都市を治めている。
フリスゴレスロームは男性優位社会であり、権力と財力をもつ男神は、そのような地位にある男がほとんどそうであるように、妻を数十人もっていた。
だが、彼が妻たちと寝ることは稀で、グラニトルやアキュアロームでクリスティラやアキュアマイアが、自分たちの娘や孫娘たちをハイ・パラスピリトとして社会のトップクラスに位置付けたのとは対照的に、フリスゴレスロームにおいてラダントゥースは男のハイ・パラスピリトを側近神として優遇し、特権をあたえ、女のハイ・パラスピリトたちは尚女官と呼んで、側室のように扱っていた。
それゆえ、ほとんど毎日毎晩、若い尚女官やお気に入りの尚女官たちと寝ていたが、妻とは夫婦の営みは久しくなかったのだ。
それが今日はレオタロウたちがやって来て、妻の元メイドたちとイチャイチャやっているのを見て、急にキアヌーラを抱きたくなった、という訳だ。
そんなわけで、久しぶりにキアヌーラを抱いたあとで満足した表情でリキュールを飲んでいたラダントゥースは、突然、クリスティラから念話で話しかけられた。
(男神さま、今、よろしいですか?)
(うん? ああ、クリスティラ殿か。どうなされた?)
(実はアスクレピオスさんから連絡があり、どうやらエペロン・テルメンに悪霊軍団が侵攻する可能性が大きいというのです...)
(悪霊軍団の侵攻?!)
(はい。それで、もし、出来れば...)
(よろしい!フリスゴレスロームの魔術師部隊を出撃準備させよう!)
(えっ?即決ですか?)
(うむ。総司令官は吾が輩だ!)
「ワーッハッハッハ!」
ラダントゥースが急に黙ったかと思ったら、急に笑い出したのでキアヌーラは怖がってベッドの端の方に逃げて行った。
アキュアパレスの最上階。
元アキュアロームのマザー・パラスピリトだったアキュアマイアの寝室で、今は新しくマザー・パラスピリトとなったアラベラの寝室だ。
アキュアマイアの熱烈-いや適切と言っておこう。適切なサポートとレンとシルレイの模範レクチャーのおかげで、ファーストタイムにつきものの問題はあったものの- ペルセーイスはDT、アラベラはショジョだったのでしかたのないことだが- なんとかうまく初体験を済ませることが出来たあとで、アラベラは安心と疲れから寝入ってしまった。
だが、ペルセーイスとアラベラの愛し合う姿を見て火が付いたアキュアマイアは、エルフの強精剤をペルセーイスに飲ませて、ペルセーイスと思いっきり抱き合っていた。
(アキュアちゃん、そちらはどう?)
久しぶりに堪能したとで、素っ裸で巨大なベッドに寝ていたアキュアマイアは、突然の念話に驚いた。
(クリスちゃん、こちらは上々よ!すべて順調に行ったわ!)
(さすがアキュアちゃんね!)
(まあね。何と言っても、ここは私の町だからね!)
(ゆっくりと休んでいるところ悪いんだけど、アスクレピオスから連絡があって、どうやらエペロン・テルメンに悪霊たちが攻め込んで来るらしいの...)
(そうか... 最近、やけに平和だなって思っていたのよ)
(それで、ラィアとロリィを偵察に行かせ、この地の者たちにも警戒をするように言ったのだけど...)
(わかったわ!私たちもいつでもそちらに駆けつけれるように準備しておく!)
(お願いするわ!)
(まかせといて!)
サンクメライ・ロームからは、アウラスとイシルスが、ガーディアンを50人送るとクリスティラに伝えて来た。
モモコとビル、アイ、ミア、リディアーヌ、マユラたちが急いでマナ・トロポーズでグラニトルゾリオにやって来た。
アイたちは、サンクメライ・ロームで、イシルスたちやガーディアンたちハイ・パラスピリトに、魔術の資質があるかどうかを調査している最中だが、現在まで判明したことは、サンクメライ・ローム にはかなりの者が魔術能力を秘めている者がいるということだそうだが、まだ上達&パワーアップするための訓練は始まってないとクリスティラに報告した。
* * * *
慌ただしい一夜が明けた時、オーン族長のラピテーズ戦士部隊、ブボ・ケトゥパ族長のストリギダ族戦士部隊、バンゾウ族長のヤドラレ人部隊、ギガタンコック族長のダトーゥ族部隊たち、総勢8万人がグラニトルゾリオ町の東10キロのところに陣列を作って待機していた。
ラダントゥースは、側近神400人、尚女官300人の魔術師部隊を準備していると伝えて来た。
(必要なポイントに、いつでも吾が輩の魔術師部隊をマナ・トロポーズで送りこめますぞ!もちろん、総司令官は吾が輩です! ワーッハッハハ!)と愉快そうに大笑いしてクリスティラに伝えて来た。
アイたちの話では、ラダントゥースの魔術師部隊は、かなり期待できるとのことだ。
一方、グラニトルゾリオのパラスピリト部隊は400人。
しかし、こちらもまだ魔術師部隊はなく、例の脳操作スキルを使うつもりだそうだ。
「もし、脳操作が利かない時は、無理をしないで逃げるようにと言っています」
クリスティラの後を継いでマザー・パラスピリトとなったマモ・クラナは、クリスティラにそう伝えた。
(ロリィ、あれは何っ?)
(えっ? あ、本当だ! 何かよくわからないけど、なんかスゴイ数ね!)
ラィアとロリィは、昨夜から一睡もしないで境界近くのギュルヴィルボルム山脈の上空を偵察飛行をしていた。イーストゾーンとウェスト・ゾーンの境には、”灼熱の山々”と呼ばれるギュルヴィルボルム山脈がある。この地域は多数の活火山がある火山地帯であり、常に噴火が起こっているため火山灰も多く、また地熱も高いため草木も生えない岩と火山灰の積もった殺風景な風景が続くところだ。
そのため、ギュルヴィルボルム山脈にはほとんど生物が住んでいない。
そのギュルヴィルボルム山脈最大の火山、シェオル山が盛んに吐き出す白い煙 -たぶん水蒸気だろう- を避けて、シェオル山の大きな火口の横を通り過ぎたときに、西方に黒い雲のように密集してこちら側へ向かって来る怪しいものを発見したのだ。
(もうちょっと近づいて、どんなモノかよく確認しましょ!)
(そうね!いい加減な報告送ってもしかたないし!)
ラィアとロリィは周囲に注意しながら謎の黒い雲に接近して行った。
距離が5キロほどになった時に、黒い雲らしいモノは、何か生き物の密集集団だとわかった。
(なに、あれ? グァルボじゃないわ...)
(見てっ!あの雲の上にいるヤツ! もっと体が大きいヤツ。 なんだか2匹がこちらへ向って来るわっ!)
(あ、ほんと! 何か大きな羽もっているわね... あれて... もしかして...)
(クリスティラさまが、アスクレピオスから聞いたという...)
「「“|エウメニデス《偽りの慈しみの女神たち》”?!」」
二人同時に叫んだ。
コウモリのような羽をしたヤツは、どんどん接近して来る。
黒い雲のような集団の上には、ほかにも十数匹いるようだが、二匹だけでラィアたちに対処できると思っているのか、ほかは接近して来ない。
(どうする?...)
ロリィがラィアを見て訊く。
(どうするって... やるっきゃないでしょ!)
(だね!ここで逃げ出しちゃあ、ミモ・パラスピリトの名を辱めるからねっ!)
コウモリのような大きな羽をもったヤツは、真っ黒な身体をして犬のような頭をもち、血走った目をしていた。
見るからにおぞましげな風貌だ。手には柄の長さが3メートルもある槍のような武器をもっている。
その槍は中心の穂の根本から両横に30センチほどの刃が両側に突き出しており、突くほかに斬ることもできるようだ。
ラィアとロリィは、刃渡り70センチの護身用剣を腰に差しているが、二人とも武器を使う気はない。覚えた魔術を使う気だ。
(ロリィ、いいこと、敵を必要以上に用心させないために...)
(わかっているわ!魔術を手加減して使えってことでしょう?)
(そう!じゃあ、行くわよ!)
(ラジャ!)
(なに、ソレ?)
(“いいわよ”って意味意味だって!)
ロリィはミアから教えてもらったのだ。
(へェ...)
その直後、ロリィは急降下をはじめた。
(ちょ、ちょっと、ロリィ、敵前逃亡するのっ?!)
(逃亡じゃないわっ!私の魔術は石や岩を使うの!)
(あ、そうか!)
ラィアもロリィに続いて急降下をはじめる。
ロリィは急降下をしながら旋回して、接近して来るエウメニデスたちに背を向けて逃げているように見せる。
“ロリィったら... なかなかの作戦ね!” ラィアも真似をして旋回して背を向ける。
二匹のエウメニデスは、ラィアたちが逃げ始めたと思って、ニヤリと笑って後を追いはじめた。
ロリィは岩くれだらけの山の斜面スレスレに飛行する。
そしてわざと少し速度を落とす。ロリィのすぐあとを飛んでいるラィアも速度を落とす。
山の斜面の反対側に出たところで、ロリィは停止し、ふり返ってエウメニデスたちが近づくのを待つ。
見ると、手をワナワナ震わせている。
“ロリィったら... まったく演技が上手なんだから!”
ラィアは感心しながら、同じように停止し、真似をして両手を震わせる。
ラィアたちを追って斜面の反対側に姿を現した二匹のエウメニデス。
震えている二人を見て、真っ赤な口を開けて笑いながら槍を振りかぶって襲って来た。
「キャヒヒヒ!」
「キャヒヒヒっ!美味しそうな肉だ!」
次の瞬間、ラィアはファイアーブレードを放った。
「燃えつくせ―――っ!」
ほぼ同時にロリィはストーン・バレット魔法で大きなスイカほどの石を高速でエウメニデスの頭目がけて飛ばした。
「これでも食らえ―――っ!」
一人のエウメニデスは凄まじい高熱の火炎で体を真っ二つにされて、訳が分からないという顔で墜落した。
もう一人も何が起こったかわからないうちに高速で飛んで来た石で粉砕されて即死し墜落した。
(ソーウェッノーズやっているヒマはないわ!)
(ないわね!さっさとトンずらしましょう!)
(ラジャ!)
今度はラィアが真似をして言うと、山肌スレスレに高速でグラニトルゾリオの方向へ向けて飛びはじめた。
あとにロリィが高速で続く。二人とも巧みに、まるで巡航ミサイルのように山と山の間を地面スレスレに飛んで視界から消えてしまった。
黒い雲のような集団の上空を飛んでいたエウメニデス軍団の先頭を飛んでいた一人のエウメニデスは、エイダの手先らしい者を追って行った二人が、もどっても来ないのにイラだっていた。
「メガイラ、あんた様子を見て来なさいっ!」
ひときわ形相がおどろおどろしいエウメニデスが、一人に命じる。
「あー!なんでアタシが行かなきゃならないのさー?」
「決まっているじゃない。アタシが長姉だからよ!」
「くっそー!私も先に生まれたかったー!」
「つべこべ言わずに行きなさい!」
「ふん!」
メガイラと呼ばれたエウメニデスは、いやいやながら集団から出ると、先ほど仲間が向って行った火山に向かった。
山影に入ってしばらくすると、メガイラが急いでもどって来た。
「たいへんよ、アレークトー姉さん、コレーとセルネーが死んでいるよ!」
「えっ?コレ―とセルネーが死んでいる? どういうことよ? それにさっきのあのエイダの手先はどうなったの?」
「知らないよ!どこにもいないんだもん!」
「もう!本当に役立たずなんだから!ティーシポネー、あんたオステイアとエマピューレを連れて見に行って!」
「わかった!オステイア、エマピューレ、行くわよ!」
「はい」
「はい!」
ティーシポネーは二人のエウメニデスを連れて、メガイラが見に行ったところに向かった。
しばらくして、エマピューレが急いで帰って来た。
「アレークトーさま、オステイアとエマピューレが死んでいます!」
「だから言ったじゃない!二人とも死んでいるって!」メガイラが拳をふって言う。
「それで私たちを偵察していたやつらは?」
「影も形もありません。ティーシポネーさまとオステイアが、あたり一帯を調査しています!」
「私も行くわ!」
アレークトーが羽音も高らかに速度をあげて、部下が死んでいるという火山に向かう。
そのあとをエマピューレと数人のエウメニデスたちが追う。
火山の裏側に着いたアレークトーが、二人のエウメニデスが死んでいるところに着地した。
あとを追って来たエマピューレたちも着地し、あたりを警戒している。
「セルネー... あんたが死ぬなんて!... この傷跡は焦げているわね!」
そこにあたりを調査し終えたらしいティーシポネーがオステイアと帰って来た。
「姉さん、コレ―は頭を砕かれているわ... たぶん、そこに転がっている石が当たったみたい」
ティーシポネーは、コレ―の近くに転がっているスイカ大の石を指さした。
たしかに血糊がベッタリ付いている。
「どこのどいつよ、いとこたちを殺したのは?」
メガイラが憤怒の形相だ。
「たぶん、あの二人の偵察員ね... 山影に逃げて、アタシたちから見えないところでコレーとセルネーを始末してから逃げて行ったんだろうね...」
「そんな強い敵がいるの?」
姉の分析にティーシポネーがつぶやく。
エウメニデスたちの上空を黒い雲のような集団が通って行く。
そのためにあたりは急に暗くなってしまった。
「アスラさまもラークシャサさまも何もおっしゃらないけど、3ヶ月半ほど前に、この東の『エペロン・テルメン』で、グヮン=グヮジルド将軍の15万のグヮルボ軍が全滅しているんだよ...」
「えっ?15万のグヮルボ軍が全滅!...」
ティーシポネーが唖然となった。
「グヮン=グヮジルド将軍って言ったら、アスラさまの部下の中でも勇猛さと残酷さで評判の将軍じゃないか?」
メガイラが驚いて言う。
「それで、グヮン=グヮジルド将軍の軍が敗れた原因はわかっているのですか、姉さま? 敵の戦略とか...」
「一切わかってないらしいわ。アスラさまが隠しているわけじゃないことは確かよ。なんでもグヮルボの生存者は一人もいなかったって噂よ」
「生存者ゼロ... そしてグヮルボを全滅させた敵の情報は皆無!...」
「あははは!いくら何でも、それは大げさだよ!」
メガイラが笑い出した。
「我らアモンさまの無敵の悪霊軍団!エイダなんかのへなちょこ軍に負けるもんですか!」
「とにかく、油断は禁物だよ!気を引き締めて『エペロン・テルメン』攻略に取り掛からなきゃ!」
「はい!」
「はい」
アレークトーはそう言うと、上空を煩いほどの羽音を鳴り響かせて通って行く黒雲のような大集団を見上げた。
“エイダの軍がどれだけいようと、5千万匹のタッバーゾロン大軍の前には、手も足も出ないだろ。『エペロン・テルメン』を制圧し、十分餌をあたえれば、タッバーゾロンたちにすぐに1億以上の軍になるわ。
まずは『エペロン・テルメン』を制圧し、そのあとで、イーストゾーンの重要エリアである『エペロン・ミドリウム』へ攻め込み、サンクメライ・ロームを陥落させる。
それから、ウォンブ・ホロスを使ってムーンライトへ攻め込み、エイダを捕らえてアモンさまに引き渡す。そうすればエスピリティラは、全てアモンさまのものになるわ…”
アレークトーは、そんなことを考えながら、下方を飛んでいる異様な姿のタッバーゾロンの大軍団を見下ろした。
チキチキチキチキチキチキチキ……
チキチキチキチキチキチキチキ……
チキチキチキチキチキチキチキ……
チキチキチキチキチキチキチキ……
チキチキチキチキチキチキチキ……
不気味な音を立てて通るタッバーゾロン軍団。
「さあ、行くがよい、タッバーゾロンたちよ!『エペロン・テルメン』を食い尽くすせ!」
“止まない者”と言う異名を持ち、畏怖される悪霊軍団エリーニュス族の族長アレークトーは、不気味な音を立てながら飛んで行く黒雲を見てニタリと笑って飛び続けた。
アレークトーがタッバーゾロンと呼んだ黒雲のような悪霊の大集団は、異様な音をふり散らしながら、なおも東を目ざして切れ目ない隊列で飛んで行く。




