5 オールタナティブ
【守護天使のオールタナティブ】
「アレックスとは別れたわ...」
「「「「「「「「ええーっ、別れた―――ァ?!」」」」」」」」
仲間たちが全員ハモった。
アレックスがエルフ国へ強制送還されたのが一昨日のことだったので、
ほかの仲間たちは誰も知らなかったのだ。
「よかったな!」
リュウだけがニコニコ顔だ。
「何よ、人の不幸をよろこんで。リュウったら!」
半分怒った顔のユリアだったが、心の中ではうれしかった。
リュウが念話で許しを請って来たからだ。
(ユリア、ごめん!おまえをほったらかしにしていたせいだ)
そしてリュウは続けて言った。
(おじいちゃんが何と言おうと、これからは毎週会いに来るよ!)
(約束よ!あとで指切りげんまんだからね!
(うん!約束するよ!)
雨降って地固まるだ。
これでユリアとリュウの関係もよりよくなることだろう。
歳の差はあるが。
リュウはつきあったことのある女性はユリアだけだが。
異母姉弟ではあるが。
リュウは白龍族の王子。なんとかなるだろう。
なにより、レオ王が信頼するカイオ夫妻から預かった娘なのだ。
なんとかなるだろう。
「まあ、リュウとよりを戻すというのはいいと思うんだけど...」
「パパも反対しないだろうしね!」
アイとミアが言うと、モモコも
「パパ、娘のこととなったら目の色変わるもんね... 私もカレシが出来たとき大変だったんだから!」
とモモコが“わかる、わかる”といった顔で頷いている。
「だよね!ユリアはパパの子みたいに小さいことからかわいがっていたからね!」
「それにしても、美雨おばさんに身元調査させたとはねぇ!」
ゴツン!
「イテえ!何すんだよ、モモコ姉っ?」
「そんなことは言わなくていいのっ!」
「別に隠すことでも... アイテテテ!」
怪力で思いっきりツノを捻られた。
どうやらモモコの怪力は母親譲りのようだ。
「それで... 脱線ばかりしているんだけど、あなたたち、どうやって精霊界にいくつもりなの?
アシュマナーダさまに、ゲートを開けてってお願いするの?」
「いや、アシュマナーダおばあちゃんにたのんだら、ひ孫には目がないおばあちゃんのことだから、二つ返事で開けてくれるだろうけど...」
「アシュマナーダおばあちゃんもいっしょに精霊界について来そうね...」
「そうなんだよ、ユリア。絶対におばあちゃんついて来るよ!」
「じゃあ、どっちみち行けないじゃないか!」
マックスが憮然とした顔で言ったとき
「私がゲートを開けてあげるわ!」
そう言ってドアを開けて入って来た者がいた。
美しい金髪。翡翠色の瞳。
小柄な少女だ。
「シーノちゃん!?」
「シーノさん?」
「パパの守護天使さん!」
「シーノ天使さん?」
「シーノ天使さんなんておべっか使わなくて結構よ!」
「精霊界への入口を開けれてくれるの?」
「行きたいんじゃないの?」
「「「「「「「「行きたいで―――す!」」」」」」」」
「そっか... ママが言っていたのを思い出したよ。ママが精霊界で身も心もズタズタになって戦っていたとき、守護天使が迎えに来てくれたって言っていたのを...」
「シーノちゃんだったんだ!」
「さすがシーノちゃんだね!」
「エタナールさまが遣わされた天使だけあるよね!」
「守護天使ならゲート開けられるんだ!」
子どもたちがシーノを誉めそやす。
「そんなことは朝飯前よ!」
いまだに成長途中みたいな胸を張って言う守護天使。
「ワオ!」
「やったー!」
「バンザーイ!」
「やったねー!」
みんな手に手をとって飛びあがってよろこぶ。
「精霊界だろうが、テラだろうが、ゲートを開けるのは朝飯前だけど...」
そこで言葉を切って、みんなを見回す守護天使。
その翡翠色の目が厳しい。
“パパに甘えているときの目とは大違いね…”
アイもおどろいている。
「あなたち、精霊界へ行くのはやめた方がいいわ」
「えっ、なぜ?」
「どうして?」
「なんでだよ、シーノちゃん?」
「シーノちゃんでも無理ってこと?」
子どもたちがワイワイ騒ぐ。
「シャーラップ!」
守護天使の一声でみんな黙る。
「いいこと、精霊界って、名前の通り、精霊の世界なのよ?」
「そりゃそうだろ...」
「レン、お黙り。わたしが説明し終わってから口を開くこと!」
「はい」
「精霊界ではね、物質は存在しないの。だから、物質で出来たあなたたちは、力もなにもなくなるのよ!」
「ということは...」
「白龍族でもない限り、生きれないし、ましてや精霊界の悪霊たちと戦うことも出来ないってこと」
「ゲッ!」
「それって、かなりヤバいんじゃない?」
「リュウだけしか生き延びれない世界?」
「いや、オレ、まだそんなに能力ないし!」
「いっそ、アシュマナーダおばあちゃんにたのんで、みんなを白龍族に変身してもらったら?」
ゴツン!
「イテえ!何すんだよ、モモコ姉っ?」
「アシュマナーダさまが、そんなバカなことするはずないでしょ!」
「それもそうね。そんなことをしたらレオパパに睨まれちゃうわ」
またワイワイと騒ぎ出す子どもたち。
「シャーラップ!」
守護天使の一声で、またみんな黙ってシーノを見る。
「精霊界になんか行かなくても、エタナールさまがお造りになられたばかりの『エアレンアース』という世界があるから、私はその世界に行くことを勧めるわ」
「エアレンアース? なんかカッコイイ名前の世界だな!」
「さすが創造主さまね、もう新しい世界を造っているの?」
「じゃあ、そこに行こうぜ!」
「決まったわね!」
「シャーラップ!」
三度、守護天使が声を上げる。
「あなたたち、エアレンアースへのゲートを開けるより難しいことを忘れているんじゃない?」
「?」
「?」
「??」
「もって行く武器?」
「もっていくオベントウ?」
ゴチン!
「イテっ!」
「レオタロウ、おまえはエジェクトしろ!」
「やだー!」
「次にアホなこと言ったら、その口を縫ってやるわ!」
「... 黙ります」
モモコとレオタロウのやりとりを興味深そうに見ていた守護天使。
みんなをもう一度見まわして言った。
「エアレンアースに行くって言っているけど... ピクニックに行くんじゃないから、日帰りでは帰れないのよ?あなたち、レオやカイオやママたちに何と言うつもり?」
「夏休みの海外旅行とか言うわ!」
「そんな見え透いたウソ、すぐバレるわよ?」
「.........!」
「............」
「... 考えてなかったわ」
「... 時間遅延スキルをかけてもらっても...」
「... せいぜい2、3時間ゴマかせればリミットよ!」
たった今、大喜びしたばかりの子どもたちが一斉に思案顔になる。
「どうせゲートを開けたら、遅かれ早かれ私が開けたってレオは知るはずだけどね...」
そう言いながら、守護天使は金色のまつ毛を一本抜くとフッと息をかけた。
「?」
「?」
「?」
「?」
みんな、なぜそんなことを守護天使がしたのかわからないでいる。
まつ毛はキラキラと光ながら、ゆっくりと大理石の床に落ちようとした直前に、金色の光を放ちはじめみんなの頭上を飛び回りはじめた。
「守護天使?!」
「守護天使なの?」
「ウッソー!守護天使だー!」
「すごく光っているね!」
「私はついて行ってあげれないから、私の分身をつけてあげるわ。あなたたちのガードとエアレンアースの世界のガイド役ね」
「ありがとう、シーノちゃん!」
「心強い味方だね!」
「これで鬼に金棒だね!」
レンタロウがうれしそうに叫ぶ。
「ただし、私の分身なので、私ほどの力はないけど、あなたたちのガードには十分だと思うわ」
「ありがとう、シーノちゃん!」
「生まれたばかりでまだ名前がないから、あなたたちがつけてあげて」
「わかったわ。じゃあメロディってどうかしら?」
「いや、パパがシーノちゃんに最初につけようとしたティンカーベルにちなんで...」
そこまでマックスが言ったとき、シーノが少しイヤな顔をしたのに気づいたミア。
「そんなゴテゴテした名前よりティーナっていう名前が可愛くていいと思うわ!」
「あ、それかわいいね!」
「ほんと!短いし、かわいい!」
それでティーナに決まった。
「ティーナ?まあ、いいんじゃない。どうせ私の名前じゃないんだけど... とにかく、一週間時間をあげるから、頭を絞って来週までにエアレンアースの世界へ冒険旅行に行く口実を考えておくこと。いいわね?」
「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」
「それと、ティーナは私の分身だから、私の100分の1しか能力ないということを心にとめておいてね」
「「「「「「「「ええーっ!100分の1???」」」」」」」」
ともかくも、守護天使までついて来てくれるのだ。
エアレンアースでの冒険は、さらに実現に向けて近づいたといえる。
* * *
一週間、彼らは一生懸命に理由を考えた。
夏休みを利用して... というところまでは意見が一致した。
だが、一ヶ月やそこらで終わるような冒険ではない。
それに海外旅行と言っても、ミィテラの世界中マソ電話が普及しているし、彼らとレオ、カイオ、それにママたちとは念話で連絡ができるのだ。
旅行中という国に彼らがいないことはすぐバレる。
エアレンアースに行けば念話も通じないという話だから、行ってしまえばこちらのものだが。
(しょうがないわ。シーノちゃんにお願いして時間遅延スキルをかけてもらうしか方法はないみたい...)
(それ、ティーナちゃんも使えるんじゃない?)
(それがね... ほら、シーノちゃんがティーナの能力は100分の1って言ってたでしょう?)
(うん。言っていたね)
(だから時間遅延スキルも10倍くらいにしか遅延できないんですって...)
(ということは... 1秒は10秒にしか伸ばせれないということか!)
(そうよ、リュウ)
(それでも全くできないよりはマシだけどな...)
(出来ないことは出来ないんだから仕方ないけど、もし、出来たら30日の夏休みが3千日になるんだけどね...)
(10倍じゃ300日だから1年未満だな...)
(それが、どうやらティーナちゃんは、魔素の保存量が極端に少ないらしく、30分以上能力を使うと魔素が切れちゃうらしいの)
(げげーっ!それってかなりヤバいじゃん?)
(戦いのときなら30分もあれば十分だけど...)
(私が近くにいれば、すぐに魔素を供給してあげられるんだけど)
(そうだね。アイはアイミおばさんに似て魔素タンカーだからね)
(どっちみち、ティーナちゃんの時間遅延スキルは使えないってことだな?)
(時間遅延スキルを使っても難しいよ。冒険が2年とか3年とかに伸びちゃったらどうするの?)
(.........)
(.........)
(.........)
(.........)
(.........)
(.........)
(.........)
(.........)
みんな黙ってしまった。
一週間後。
夜のライトパレスの礼拝堂にふたたび全員が集まっていた。
シーノの前でみんなしょぼんとしている。
いくら知恵を絞っても、パパとママにする言い訳を考えられなかったのだ。
「その顔では、いい口実は見つからなかったようね?」
「はい... もう、シーノちゃんに時間遅延スキルを発動してもらうしかないようです...」
「あなたたちが30日間音信不通になったら、きっとレオさまは私が手を貸したって気づくわよ?」
「...... そ、そうですね」
「アイミさまも怒ったら怖いわよ?この前、身に染みてわかったでしょう?」
「たしかに。あんなに怒ったアイミおばさま見たことなかったわ!」
「ママはめったに怒らないけど、怒ったら怖いよ!ミオンお兄さまは、オシリ叩かれたことがあるもん!」
「ミ、ミア、そんなことを女の子がいるところで言っちゃあダメだよ!」
「だって、ホントだもん!」
「まあ、いいわ。どうやっても考えつかないだろうと思って別のオルターナティブを考えて来たから」
そう言うと、シーノはみんなにもっと近寄るように言って、ヒソヒソとある策について説明しはじめた。
その週の金曜日の夜。
トンシー大先生の家で恒例的に行われる夕食会が終わったあとで会議が開かれていた。
ライトパレスの会議室のテーブルについているのは、レオ王、カイオ副王以下、イザベル、アイミをはじめとるすレオ王の妃や妻― レオ王の妻の中には王妃の称号を辞退した者がいる― たちと、カイオ副王のメイをはじめとする副王妃たち、それに彼らの子どもたちだ。
あまり広くない会議室は満員に近くなっている。
「皆さん、楽しい夕食後を少し早めに切り上げてもらって、この会議に参加していただいて感謝します」
演台で背伸びするようにして話しはじめたシーノ。
『子どもたちの夏休み― 有効な利用法の提案』というテーマで、勇者王国の王族ならび子弟たちとお話をしたい、とシーノは招集をかけたのだ。
テーブルには、提唱者であるシーノの右側にはレオ王、イザベル、アイミ、ラン、モモ、ミユ、ソフィア、オリヴィア、アナたち王妃たちが座っていて、左側にはカイオ副王、メイ、凜風、アヤカ、ユン・ユジュ副王妃、そしてアウロラも末席に座っている。
「皆さま、ご存じのように、私たちはミィテラと呼ばれるこの世界とテラと呼ばれるもう一つの世界があることを知っています。レオさま、カイオさま、イザベルさまや、エマさま、それにマーシアさまたち参謀部の方々などもテラからやって来られました。
十数年前の魔王との戦いで同盟国軍が勝利したあとで、魔族の多くが改心殿でリニョルフに生まれ変わりテラへ移住しました。
その時、ミィテラの世界とテラの世界の時間軸を正常にもどすためにゲートは閉ざされ、二つの世界の時間を同調していたエニグマ・オブジェも元来通りされました。
したがって、ミィテラの世界とテラの世界では、現在、固有の速さで時間が流れており、概算ではテラではすでに20年以上経っていると思われます。
レオさまたちのおかげでテラの世界の民主国家は平和をとりもどしました。
そして元魔族たちも安住の地に住むことができたのです。」
シーノが話しはじめたとき、レオ王たちは「うんうん。そうだったな!」とか、「いや、あのときの戦いはたいへんだった!」とか隣りに座っている王妃たちと話したりしていた。
だが、シーノの最後の締めくくりを聞いて唖然となった。
「私は、将来、勇者王国を背負うことになる若者たちに、後学のために夏休みを利用してテラへ見学旅行に行かせることを決意しました」
レオ王「えっ、なんだって、シーノ?」
イザベル王妃「シーノちゃん... あなた、私の子どもたちを勝手にテラへ送りこむってこと?」
アイミ王妃「テラに行くって... ミアはまだ12歳になったばかりなのよ?」
カイオ副王「保護者は誰が同行するんだ?」
メイ副王妃「この前、魔大陸で危ないことをしたばかりなのに... 私は信用できないわ!」
ソフィア王妃「おう、いいと思うぞ?ついでに姉弟5人全員行かせてくれ!」
ミユ王妃「行くのは構いませんけど... ジオン、ジュジュはどうするの?マユラもギャロン君を置いていくの?」
アナ王妃「リュウ、あなたおじいちゃんの白龍王学を一ヶ月もほったらかして旅行にいくの?」
ワイワイガヤガヤと会議室は騒然となった。
ドン!
レオ王がテーブルを叩いて立ち上がった。
レオ王 「とにかく、オレは反対だ!ミオンはまだいいとして、アイとミアとユリアとモモコとマユラなど、可愛いオレの娘たちを、テラになど行かせるわけにはいかん!どういしても行くというのならオレがボデイガードとしてついて行く!」
アイミ王妃「ちょ、ちょっとレオさま!ミオンはまだいいってどういうことですか?」
イザベル王「可愛い子には旅をさせよってことよ、アイミ!」
アイミ女王「それはおかしいわ!それだとミオンは可愛くないということになるじゃないですか?」
カイオ副王「レオがボデイガードとして行くのなら、ボクも行くぞ!」
メイ副王妃「大の男が二人も行かなくても、王国親衛隊かリョースアールヴを20人ほどつければいいでしょ?」
ソフィア王妃「私の5人の子どもをぜひ旅行者リストにいれてくれ!」
ミユ王妃「ジオンにマユラ、ジュジュとギャロンも連れて行きなさい。旅費はパパに出してもらうから!」
アナ王妃「リュウ、あなたおじいちゃんを一緒に連れて行きなさい。そうすれば白龍王学を毎日学べるわ!」
アウロラ「何でしたら、私とリョースアールヴがついて行ってもいいのですけど...」
ワイワイガヤガヤ…
ワイワイガヤガヤ…
「シャーラップーっ!」
ドン!
シーノが演台を叩いた。
「!...」
「!」
「!」
「!」
「!」
「!?」
「シーノちゃんが、シャーラップですって!?」
「PMSなのかしら?」