56 ミート・ウイズ・エイダ(後編)
ハプニングに遭いながらも5分後にライトムーンに着いた。
ライトムーン到着後は、入り組んだマナ・トロポーズの中をアスクレピオスの的確な案内でしばらく流れ続けエイダの宮殿『|ルークラインテン・パレス《月の光りで導く宮殿》』に到着した。
『ルークラインテン・パレス』は、サンクメライ・タワーのようにウォンブ・ホロスのマナ・トロポーズ利用のための発着駅的なステーションではなかった。
おそらく、アモンの悪霊軍団に攻め込まれた時のことを考えて、ウォンブ・ホロスから離れたところにパレスを建てたのだろう。
『ルークラインテン・パレス』はライトムーンの地下にある宮殿だった。
マナ・トロポーズから出ると、そこにはアスクレピオス並みのオシャレなガーディアンがいた。
「クリスティラさま、アキュアマイアさま、シルレイさま、ラィアさま、ロリィさま、それにユリアさまたちご一行、ようこそ『ルークラインテン・パレス』へいらっしゃいました!私はアイオーンと申します。ライトムーンの警備を司っている者です」
アイオーンと名乗ったガーディアンは、キラキラ光るローヤルブルー色のチュニックを着て、手にはメイスを持ち、頭には見事な装飾の入ったタイアーラをつけていた。
アイオーンの後ろには、20人ほどガーディアンがいた。中には女ガーディアンの姿も見えるが、ほんの4人ほどだ。
「それでは、あとはアイオーンにまかせて、私はサンクメライ・タワーへもどります」
アスクレピオスはそう言うと、クリスティラたちがお礼を言う間もなくマナ・トロポーズの中へ消えて行った。
「みなさん、『ルークラインテン・パレス』は初めてでしょうから、少し注意すべきことを最初に申し上げます。ライトムーンの重力はエスピリティラの半分しかありませんので、飛んだり跳ねたり走ったりするは出来るだけお控えください。そうでないと頭にコブを作る羽目になってしまいます...」
アイオーンは、みんなを前に注意点を言った。
それからハイ・パラスピリトたちを見渡すと訊いた。
「シルレイさまはどなたですか?」
「あ... 私です」
「『ファゴシトードン』に飲み込まれたハイ・パラスピリトがいるとアスクレピオスから連絡があったので心配していたのですが...」
「あ、すみません、ご心配をかけまして。『ファゴシトードン』が私の口に吸い付いて離れないので手で払ったら、怒ったらしく飲み込まれてしまいました...」
「ほぅ... 『ファゴシトードン』が執拗にあなたにキスをするとは...」
そう言って、アイオーンはシルレイの髪から足までを鑑賞するように見た。
「失礼ですが、シルレイさまは、今排卵期ではありませんか? 『ファゴシトードン』のオスは、排卵期のメスを見ると頭に血がのぼって、見境なく自分の中に取り入れてタネを植え付ける習性があるのですよ」
「ええっ?!」
「な、なんだと?じゃ、じゃあ、シルレイは『ファゴシトードン』に種付けされたと...」
「いえいえ、ご安心ください。種付けされたとしても、種族が違いますので妊娠はしません。ただ、種付けをされると繭にくるまれて大事にされますけどね...」
「!」
「くっ!」
シルレイが目に見えてオロオロしはじめ、レンがワナワナと手をふるわせていると、アキュアマイアが落ち着いた声で言った。
「レン、心配することはないわ。シルレイは妊娠してないわよ!」
「えっ?」
「今、ちょっとシルレイの体の中を調べさせてもらったのよ。子宮と卵管の様子を見たんだけど、卵細胞は卵管にあるけど未授精状態よ。周りに『ファゴシトードン』のモノらしいオタマジャクシがかなりいるけど、でっか過ぎて卵細胞には入れないみたい...」
「ひぇええええ――――っ! アキュアマイアさま、そのオタマジャクシ、皆殺しにしてくださいっ!」
「ちょっと待って... チチンプイプイ 頭でっかいの、頭でっかいの、消えてなくなーれ!」
「な、なんだ、そのチチンプイプイと言うのは?」レンが面食らって訊く。
「いちいちうるさいわね、レン! これはユリアから習ったおまじないの言葉よ!よし、これで巨大オタマジャクシを眠らせたわ!」
「ありがとうございますっ!」
「ほッ よかった... って、なんでオタマジャクシを皆殺しにしないで眠らせたんだよ?」
「殺すなんてことは、マザーパラピリストである私には、最悪の事態でもなければやれないことよ。だから眠らせてやったの」
「じゃ、じゃあ、オタマジャクシたちは、シルレイの中でいつまで眠りつづけるんだ?」
「たぶん、ウ〇チといっしょに排出されるはずよ」
「ウ、ウ〇チ!」
「ウ〇チ!」
レンが目を丸くし、シルレイが真っ赤になる。
「そ、そうか。それで安心した」
「お礼は体で払ってもらうわよ、レン?」
「お、おう、いいとも、アキュア!夜にたっぷりとお礼をさせてもらうぜ!」
アイオーンたちは、一部始終を呆れた顔をして見ていた。
「やれやれ... 妊娠はしないと言いましたのに...」
「それでもイヤですっ!」
「オレも嫌だな。見も知らぬ... いや、どんなヤツかは知っているが、ほかのオスのオタマジャクシがシルレイの中を我が物顔で泳ぎまわったり、寝ていたりしているなんて」
「私はレンさまだけのものです! フギュっ!...」
また熱いベーゼを人前もはばからずにするバカップルだった。
エイダはクリスティラたちの目前にいた。
エントランスホールでのハプニングのあと、出迎えに来たアイオーンたちに案内されて、豪華絢爛なルークラインテン・パレスの中を歩き、さらに地下深くの階にある神殿のような広いホールに到着した。
エイダは、その神殿のようなホール奥の五重になった段上に侍女-ハイ・パラスピリトだ-らしい美しい女性たちにかしずかれて玉座に座っていた。
エイダは茶色の髪と茶色の瞳をした美女だった。
美女ではあるが、しかし、ブロンドの髪と蒼い目をもつクリスティラや水色の髪と目をもつアキュアマイアたち― たぶん、このハイ・パラスピリトたちはエスピリティラでも一、二位を争う美女であることは確かだが― ほど目を引く美女ではなく、ちょっと地味な感じがする美女だった。
ラィアやロリィ、シルレイなどの方が、よほど美女に見えるが、これはおそらくエイダが注目をされるのを避けているためだろう。しかし、エイダが発する威厳、意志の強さは、クリスティラたちをしっかりと見つめる目や表情からも見て取れた。
クリスティラたちが、アイオーンたちに先導されてホールに入ると、エイダは玉座から立ち上がり、五段の壇を転げるようにして駆け下り、クリスティラたちに向かって小走りで走って来た。
突然のことにおどろき、かしずいていた侍女たちが声を上げながら後を追う。
「エイダさまー!」
「光のお母さまー!そんなに急がれては転びますーっ!ひゃーっ」
ドテン、ゴロゴロ…
「光のお母さまっ、そんなに走られては... きゃっ!」
すってん、ゴロゴロ…
エイダのあとを追って段を急いで降りていた侍女たちが数人、派手に転んで壇の下に投げ出される。
光の母エイダは、後ろで起こっていることには全く構わずに、両手を広げてクリスティラたちに飛びつくようにして抱きしめた。
「おお、わが娘たち!...」
「お母さま!」
「お母さまっ!」
「エイダさま!」
「エイダさまーっ!」
「光のお母さまーっ!」
エイダはクリスティラとアキュアマイアをヒシと抱き、あとで抱きついて来たシルレイ、ラィア、ロリィをも両腕の中に抱え込んでいる。
「お母さま... お会いしたかったですぅ... えっ、えっ、え――――ん!」
滅多に泣かないクリスティラが涙で顔をグシャグシャにして、まるで子どものように泣いている。
「光のお母さま!本当にお母さまなんだ!わ―――――ん!わ―――――ん!」
アキュアマイアも涙と鼻水を出して泣いている。
シルレイもラィアもロリィも泣き止まない。
周りにいる侍女たちももらい泣きをしている。
アイオーンたちも感動の表情だ。4人の女ガーディアンたちも涙を流して泣いている。
女性は同性の感情を共有しやすいのだ。
感動の出会いは10分ほど続いただろうか。
「クリスティラ、アキュアマイア、よく今まで頑張ってくれましたね!シルレイとラィアとロリィも私の孫娘として立派にマザー・パラスピリトを支えてくれましたね!あなたたちは、わたくしの誇りです。自慢の娘であり、孫娘です!」
「恐縮です、おかあさま。過分なお褒め言葉をいただいて...」
「ほらほら、クリスちゃん、そんな他人行儀の言葉はなしよ? お母さんと娘と孫たちの出会いなんだから! さあ、こんな面白くもなんともないセレモニー用のホールから出て、くつろげる部屋に行きましょう!」
エイダはぐっとくだけた口調になって、クリスティラたちを別室に案内する。
「はい!」
「はいっ!」
「「「はい!」」」
エイダが先に立って案内して入った部屋は、床にふかふかの絨毯が敷き詰められ、暖炉には火があり、ゆったりとくつろげるソファーのある部屋だった。
エイダ用のひときわ大きいソファーに彼女が座ると、彼女を半円形に囲む形でみんなが座った。
ユリアたちはずっと後ろのソファーに座る。重力がエスピリティラの半分しかないからか、座っていても何だか体が浮き上がりそうな感じだ。
「この場であらためて、ユリアさん、リュウさん、アイさん、レンさん、ミアさん、レオタロウさん、モモコさん、マユラさん、リディアーヌさんに、わたくしの娘たちと孫娘たちを守ってくださり、また今回の旅に同伴させていただいたことに心からお礼を述べます。それと、ビルコックさん、あなたにもお礼を言います。どうもありがとうございました」
「お礼なんて...」
ユリアは面はゆい気持ちで口ごもった。
「あはははっ!エスピリティラって、エイダさまのお母さまが創ったらしいけど、メチャ面白い世界じゃない?」
「モモコさん!?」
モモコが笑いながらエイダさまを前に言うのに、驚いているビル。
「ふふふ。さすがミィテラの世界で名を馳せた鬼人族で武勇の誉れ高い戦士をお母さまにもっているだけあって、モモコさんは勇敢で剛毅な女性のようですね!」
「えっ、ソフィア母さんのことを知っているの?」
「すべての情報がわたくしに入っていますのよ、モモコさん。ビルコックさんと異種族結婚をする決意であることも、レオ王さまの勘当も厭わずに婚約をしたことも!」
「ひぇーっ、エイダさまって千里眼を持っているかテレパシーでも使えるんじゃないの?」
「それに似たようなものです。孫娘のシルレイが、レンさんととても熱い仲であることも知っていますわ!」
「きゃっ、は、恥ずかしいですっ!」
「そこまでお見通しとは...!」
「アキュアちゃんもレンさんにとても愛されているようですしね?」
「いやん、お母さま!こんなところで言わないで!」
「わが子の幸せを願わない母はいませんからね」
エイダはそこまで言って、クリスティラを見た。
「クリスちゃんは... また、そのうちに良い人が現れますわ。あなたは心根のよい娘で、真っすぐな性格ですし、リーダーの素質もありますからね。そのうち、きっとステキな人が現れますよ。決して焦ることはありません。3万年も待ったのでしょう?あと数年待つことになるとしても、あなたにとってはそれは一瞬と変わりないのですから!」
「はい... ありがとうございます」
その会話を頭を下げて聞いていたのはリュウだった。
「話しは変わりますが... あ、みなさん、お茶が冷めないうちに召し上がれ。このお菓子も美味しいですわよ」
エイダは先ほどハイ・パラスピリトたちが持って来たお茶とお菓子を勧める。
「アイさんとミアさんとリディアーヌさんが、フリスゴレスロームで私の息子であるラダントゥースや側近神たちに魔術を教えたことはクリューからの報告で聞いています。魔術は、弟との戦いを決する重要な戦術になりそうです。わたくしの娘たちが、魔術の資質のある者たちを覚醒させたということは、たいへん重要なことです」
クリスティラたちも大きく頷き、アイたちも頷いている。
「クリスちゃんは、わたくしに会いたいために旅に出たそうですけど、これもオリジン・マザーさまの思し召しかも知れませんね...」
そう言って、ティ―カップのお茶を一口飲み、ユリアたちを見て話を続けた。
「思し召しと言えば、わたくしも知らないミィテラの世界からユリアさんたち、“勇者の子たち”がこのエスピリティラに来たというのも不思議なことだと思います...」
「そうかな... オレたちは、ただパパたちがしたような冒険がしたくてエスピリティラに来ただけなんだけど...」
「あなたたちの創造主エターナルさまにお願いしてでしょう?レオタロウさん」
「そ、そうだけど... よく知っているなぁ!」
レオタロウが目を丸くし、ほかの子どもたちも驚いている。
「わたくしも、まだよくわからないところがあるのですけど... あなたたちが敬う創造主さまと、オリジン・マザーは、とても共通点があるように感じるのです...」
「そう言えば、ミィテラの世界もパパやレオおじさまやイザベルおばさまがやって来られたテラの世界を創られたという創造主エターナルさまと、エスピリティラを創られたというオリジン・マザーは似ていますね」
ユリアも頷いて言う。
「わたくしも、機会があればオリジン・マザーさまにお訊きしたいと思っています...」
エイダは何か考えるているような顔をして言った。
「わたくしもほかのハイ・パラスピリトたちも、オリジン・マザーさまには一度もお目にかかったことはないのですが、オリジン・マザーさまは、現在、エイダさまと一緒に住んでおられるのですか?」
クリスティラが、みんなが知りたいと思っていることを訊いた。
「オリジン・マザーさまは、生きていらっしゃるのですよね?」アキュアマイアも訊く。
「それについては、今は何も答えることはできません...」
「.........」
「.........」
「.........」
クリスティラたちは黙ってしまった。
今は言えない理由があるのだろう。
それはアモンの悪霊軍団がオリジン・マザーを略奪しにやって来るのを恐れて居場所を言わないのか、それともすでに亡くなっているのか...
少々途方に暮れたクリスティラたちだった。
そんな娘たちを見たエイダは、何を思ったのか、突然、後ろの方にいるユリアたちに目を向けてまったく別のことを話しはじめた。
「ミィテラの世界から来られたユリアさんたちは、このエスピリティラという世界がどのような世界か、まだよく理解できてないところもあるでしょうね?」
「はい。かなりわかって来たとは思いますけど、まだまだわからない、不思議なことの多い世界だと思います... たとえば、今回、初めて知ったマナ・トロポーズにしても、壁の厚さが30メートルもあるウォンブ・ホロスをどうしてくぐり抜けられたのかは、まだわかりませんし...」
「そのような疑問をもつのはもっともなことです。エスピリティラは、あなたたちが生きて来た世界と比べて、理解しがたいところもあると思うのですけど...」
そこまで言って言葉を切って、しばし考えていたが、口を開いて続けた。
「ユリアさんたちは、エスピリティラが、別名“精霊界”とも呼ばれていることをご存じですか?」
「ええ。それは知っています...」
「つまり、エスピリティラは物質世界ではなく、精神の世界、すなわち精霊の世界なのです」
「......!」
「えっ?物質の世界じゃない?」
「イテっ!そうは言っても、つねると痛いぜ?」
「ツノを捻られると泣きごとも言うしね!」
「モモコ姉っ、そんな話、ここで持ち出さないでくれよ!」
「まあ、今、わたくしが説明しても納得行かないでしょう。そのうち、機会があればお話しすることもあるでしょう」
なぜかエイダは今はそれ以上話したくないようだった。
そのあとで、夕食の時間をはさんで、エイダとはさまざまなことを話した。
彼女は、クリスティラたちとユリアたちに、イーストゾーンのすべてのマザー・パラスピリトやファザー・パラスピリトたちを、アモンの悪霊軍団との戦いの戦列に参加するように説得して欲しいとクリスティラとユリアたちに頼んだ。そして、戦いに参加するハイ・パラスピリトたちには、是非とも“秘密兵器”である魔術を教えて欲しいと。
もちろん、クリスティラたちもユリアたちも二つ返事でその使命を引き受けた。




