43 エンゲージメント・セレモニー
【Engagement Ceremony 華燭の典】
その日の夜。
モモコとビルコックはラダントゥースにお願いして、摩天楼で婚約式を挙げた。
ミイラの世界に帰ったとしても、レオ王は二人の結婚を承認しない可能性が高いとモモコは考え、ユリアたちも彼女の考えに同意した。
そこで、ラダントゥースとクリスティラに頼んで親代わりにになってもらい、ラダントゥースの好意で大ホールで華々しく行われることになった。
華々しく行われたというのは、モモコもビルコックも盛大に行うつもりも金もなかったのだが、ラダントゥースが気前よく、婚約式を理由に “パーティー”を開いたのだ。
それには、ユリアたちがフリスゴレスロームに甚大な被害をもたらすことが確実であったオロチを退治したこと、それにアイたちに魔術を教えてもらっていると言うことへの感謝の意味もあった。
ラダントゥースはモモコとビルコックが親代わりになって欲しいと頼んだとき、
「おお、それはたいへん光栄なことだ!少なくとも、エスピリテラにいる限り、モモコ殿とビルコック殿は、吾が輩を父親と思っていいぞ?」
男神はたいへんよろこび、クリスティラも親代わりを頼まれたことをよろこんだ。
「わたくしでよろしければ。 あなたたちには、こうして旅に同行させていただいて、何から何までとてもお世話になっていますので、こういう形でそのお礼を何百分の一かでもお返しできれば幸いです」
婚約式にはユリアたちも全員“立会人”として参加することになった。
ラダントゥースの計らいで、モモコとビルコックには、フリスゴレスロームの一流の仕立て屋が婚約衣装を作った。
モモコとビルコックの婚約式には、ラダントゥースをはじめ、側近神たち、高位のミノアングォ人たちが参加して行われた。
マザー・パラスピリト・クリスティラが祭司を務め、厳粛に元祖母とエイダへの感謝の言葉が述べられた。
婚約者であるモモコとビルコックは、エスピリテラにおける高貴なる者の衣装であるシーストゥニカを着ていた。モモコのトゥニカは、薄いピンクで、金糸と黄金片と宝石が降り込まれた超高級品で、肩から床に3メートルほど引きずるほどの長い赤マントを羽織っており、頭にはヴェールのついた美しい黄金製のティアラをかぶっていた。これらは男神の妻キアヌーラ妃からの贈り物だった。
それに対してビルコックのは、薄青色で、こちらは銀糸と銀片が織りこまれたトゥニカで、腰に五芒星を象った黄金製のプレートのあるベルトを締めており、装飾用のこれも黄金製の剣を下げていた。
ビルコックも、やはり肩から床に3メートル引きずる青いマントを羽織っており、頭には銀製の冠をかぶっていた。こちらは男神からの贈り物だ。
モモコとビルコックは、“創造主さま”へのお祈りをしたあとで、おたがいに腕をクロスさせてリキュールを飲み、それからラダントゥースの音頭で全員乾杯をしてから豪勢で賑やかな婚約パーティーがはじまった。
モモコとビルコックは“婚約”したというので、パーティーが始まってから3時間ほどのちに、ラダントゥースが用意させたゴージャスな閨房で婚約後、正式な(?)ファーストナイトを過ごすことになった。
ところが、メイドに案内されて閨房に行ったはずのビルコックが、10分もしないうちにそっともどって来て、クリスティラの横に来た。
「あら、ビルコックさん、婚約者を待ちぼうけにさせてはいけませんわ?」
「いえ、今、バスルームにいますから出るまでには時間がかかります。ボクはちょっとラダントゥースさまにお話ししたいことがあると断って出て来たのです」
「ラダントゥースさまは、前の方ですわ」
「...... いえ、本当はクリスティラさまにお話があるのです...」
「えっ? わたくしに? 何でしょう」
なんだかビルは話しにくそうだ。
「ボクは... ボクはモモコがボクと結婚することで、ミィテラの世界へ帰りづらくなって欲しくないのです...」
「じゃあ、どうしたいのですか? エスピリテラに引き留めると言うのも無理が...」
「ボクは... ボクは、ダトーゥ族であることに誇りを持っていますが、モモコのためなら...」
そこまで聞いて、勘のいいクリスティラは気づいた。
「ダトーゥ族であることを捨ててもいいというのですね?」
「はい!」
「...... どうして、そんなことがわたくしに出来ると考えたのですか?」
「男神さまが、アキュアマイアさまを妻にできるのなら、あの巨体を小さくしてもいいと言ったのを聞いたからです。男神にできることならば、マザー・パラスピリトであるクリスティラさまにも出来るはずだと思ったのです!」
「たしかに出来ます。でも、それは1時間や1日で出来ることではありませんよ? わたくしたちマザー・パラスピリトは進化・変化の方向性を決め、そのプロセスを加速させることはできますが、一朝一夕では出来ません。それに、もし将来、元にもどりたいと思ってももどれないかも知れないのですよ? それでもいいのですか。それだけの覚悟があるのですか?」
「あります!」
ビルコックの決意が固いことを知ると、クリスティラは彼の目をしっかりと見て言った。
「では、アキュアマイア、シルレイ、それにラィアとロリィの力も借りましょう。そうすれば進化や変化にかかる時間も短縮できるはずです」
しばらくして、ビルコックはマザー・パラスピリトたちの部屋にいた。
部屋にはアキュアマイア、シルレイ、それにラィアとロリィがいた。
この前のことに懲りて、アキュアマイアも誰もお酒を飲んでいない。みんな素面だった。
「それではいいですか?」
クリスティラがみんなを見渡して言う。
「いいわ、クリスちゃん!」
「オーケーです!」
「「はい!」」
「い、いいです!」
寝室の窓際に置かれた椅子に腰かけたビルコックも返事をする。
「それでは始めます!」
座ったビルコックを半円形に囲むような形でクリスティラたちは彼を見つめた。
彼女たちの後頭部から放たれている青白いオーラがさらに強くなった。
ビルコックは体が次第に熱くなってくるのを感じた。
熱さはさらに増し、ビルコックは体中から汗が噴き出すのを感じた。
ポタポタと汗が顎を伝って落ち、パジャマは汗でべっちゃりとくっついた。
そして...
意識が遠くなってしまった。
目を開けるとクリスティラたちが心配そうに彼を覗きこんでいた。
天井の照明が見える。
ハッとして起きると、マザーパラピリストの部屋のベッドに寝かされていた。
「あら、目が覚めたようですわね!」
「だいじょうぶみたい」
「よかったですわ!」
クリスティラたちが安堵の声を上げる。
「も、もう、終わったんですか? って、今、何時ですか?」
「はい。終わりました。今は、たぶん午前零時くらいですわ」
「心配しなくても、モモコさんは私の脳操作でお休み中よ!」
みなさん、どうもお疲れさまでした。 ビルコックさん、終わりましたよ」
ビルコックが慌てて身体を起こして、自分の身体を見た。
着ているパジャマは別のものだった。
おそらく、汗をかいてぬれたので替えてくれたのだろう。
だが、前に来ていたパジャマより、腕がメッチャ細いし、腹の部分もスマートになっている。
バッと掛けてあるシーツを捲る。
パジャマのズボンの紐をほどいて、下半身を見る。
「あ、ビル... アレはもう... 前のダトーゥ族のみたいに長いモノじゃなくなってるよ」
「でも、心配しないで。ちゃんと機能はするから!」
ラィアとロリイが、ビルコックがショックを受けたと思って、理由と慰め(?)をしてくれている。
「いえ、それは心配していません... 足も細くなっている!」
ビルコックが顔を輝かせた。
「ヤドラレ人の方向で調整したので、身体と機能はヤドラレ人と変わらないはずです」
「それに5人のハイ・パラスピリトがやったので、時間が大幅に短縮されたのよ!」
クリスティラとアキュアマイアが補足する。
「そ、そうですか。ありがとうございました!」
「お礼を言うのは早すぎます。お礼は結果が出てからにしてください」
「... わかりました。でも心から感謝します!」
そう言ってビルコックはアキュアマイアやシルレイたちにも礼を言って部屋を飛び出した。
「クリスティラちゃん、あの子、あれで解決するのかしら?」
「あらあら、マザー・パラスピリトとは思えない言葉ですね? ハイ・パラスピリトが5人も力を合わせたら、希望通りの変化を起こすことができるのは当然でしょう?」
「それはそうですね!」
「これでビル君が幸せになればいいですね!」
ラィアとロリィは楽観的だ。
「じゃあ、パーティーにもどりましょう。あまりヒマどるとラダントゥースさまに失礼ですし...」
「それはいいんだけど... あのさ、今、アイさんがラダントゥースたちやヴァルゴースたちに魔術を教えているでしょう?」
「それがなにか?」
「この際、わたしたちも教えてもらってはどうかと思っているのよ!」
「...... そうですね。脳操作ができないバケモノを相手にするためには、私たちも魔術を覚える必要がありますわね」
「でも、私たちに魔術が覚えられるのでしょうか?」
「そうですよね。ラダントゥースさまたちは、もう三日間も習っているみたいだけど、まったく結果出てないみたいだし...」
「わたしたち魔術なんで使えないんじゃない?」
しかし、シルレイもロリィもアキュアマイアも懐疑的のようだ。
「そんなことはないと思うわ!イキモノの進化や変化が出るのにさえ、かなりの期間が必要なのですから、魔術も出来るようになるまでには日数が必要なのかも知れません!」
「ラィアさんの言う通りです。アイさんも言ったように、わたくしたちパラスピリトには魔術の素質があります。ただ、わたくしたちはその素質の極一部しか使ってないか、もしくは眠ったままになっているのだと思います」
「つまり、クリスちゃんは、何かのキッカケがあれば、魔術の才能が目が覚めるかも知れないと言いたいわけね?」
「確実に魔術の才能が目覚めるかどうかは、わかりません。でも、何もしなくては何も起こりません。やってみてダメだったら、それで諦めもつくでしょうし、もし、出来たら、今後、わたくしたちは闇の勢力に対して効果的な力をもつことになります」
「やるしかないってことね!」
「はい」
「やりましょう!」
「うん。やろうよ!」
「ラィアには負けないぞ!」
「私もロリィには負けないわ!」
そのころ、男神がモモコとビルコックのために用意させた閨房では、モモコがビルコックに起こされて、婚約初夜を迎えていた。
「う-ん... 私、いつの間にか寝っちゃったみたい...」
寝ぼけ眼で起きたモモコ。
「って、あなた誰よっ?!」
ベッドに寝ているモモコを優しい目で見ているヤドラレ人の男がいた!
モモコは、バッと一挙動でベッドから跳ね起き、ベッドを挟んで男とは反対側に着地すると、壁に立てかけてあったグレイブを手にとった。
さすが鬼人族の母を持つだけあって、ビルなどは逆立ちをしてもマネできない反射速度と運動神経だ。
「モモコさん、ボクです、ビルです!」
「なに言ってるの、ビルがそんなイケメン・ヤドラレ人みたいな顔しているわけ...」
グレイブを構え、いつでも切りかかれる姿勢のままで怖い顔をして言いかけて、まじまじと、そこに立っているパジャマを着たイケメン・ヤドラレ人の顔を見た。
ふつうのヤドラレ人よりは、かなりガタイが筋肉質で、手足もかなり太いのがパジャマを着ていてもわかる。
だが、その顔は
その優しい目は
いつも、モモコが見慣れたあの恋しいビルのものだった。
「え? ええっ、ビル?」
「はい。ボクです。ビルコックです」
「本当にビルなの?」
「ダトーゥ族のギガタンコックの息子のビルライデンコックです!」
ガタン!
モモコがグレイブを落とした。
「ビ...ビル。あなた、その顔...その身体、どうしたの? まさかパラスピリトになって、ヤドラレ人に寄生いちゃったの?」
「とんでもありません。そんなことは、マザーパラピリストさましか出来ないでしょう」
「あ... じゃあ、もしかして、クリスティラさまにお願いして、身体を変えてもらったの?」
「さすがモモコさん、その通りです」
「ウーン、バカぁ! そんなことしなくてもよかったのに!」
鬼速でビルに飛びついたモモコ。
それをしっかりと抱きとめるイケメン・ビル。
「ボクは、モモコさんのためなら、たとえ火の中であろうと水の中であろうと飛び込みます!」
「うれし――い!」
チュー……
モモコが、熱烈なキスをする。
「ああ、ビル、ビル!好きよ!愛しているわ!」
「ボクも好きです!とてもとても愛しています!」
ビルの唇は熱かった。
いや、唇だけではなく、ビルの身体全体が熱をもっていた。
何かが、ビルの中で変化していた。




