38 クロシング・マウンティン
【Crossing Mountain 山越え】
翌朝も夜明け前に起床して、素早くテントをたたみ、出発の準備を終えた。
今日の目標は、カイラーサ山脈の麓、標高3千メートルのところまで到着することだ。
モフモフドリたちは何だか名残惜しそうな顔をしていたが、ミアたちが別れを告げ、ハンテンジャバルドの燻製肉をあげると嘴に咥えて、うれしそうに西の森の中へ走って行った。
あの2羽を除いて。2羽はどうやらオスとメスらしく、オスの方は『モフ』とミアが名付け、メスの方はラィアとロリィがさんざん議論したあげく『モファ』に決まった。
「さあ、3千メートル目指して出発よ!」
「「「「おーう!」」」」
「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」
ババババ―――ッ
ババババ―――ッ
ババババ―――ッ
ユリアの乗るキャッリラを先頭にして、次々と翼の音も豪快にボルホーンたちが舞い上がる。
緑の鬱蒼とした樹海を越えて速度を上げながら高度を上げていく。
ヒュドラと戦った滝が遥か後ろになる。滝の上流の渓流はカイラーサ山脈から流れているので、渓流に沿って北へ北へと向かう。
3時間後、標高3千メートルの高地に到着。
渓流の近くの丘の上にテントを張って一泊の準備をする。
ここで一日過ごし、高度に体を慣らすのだ。
渓流までは急な山を300メートルほど谷間まで降りなければならないが、ただ水浴をするだけなので問題はない。
カイラーサ山脈はもう目の前にあり、真っ白な雪と氷に包まれた峰が屏風のように屹立しているが、見えるのは中腹までで、それから上は分厚い雲に覆われていて何も見えない。
「クリスちゃんたちは、よほどのことがない限り、無理して川まで降りる必要ないわ。水がいるんだったら、レンが念動力でバケツに持ってきてくれるから」
ユリアがハイ・パラスピリトたちが高山病にかからないように注意する。
「えっ?でも、それではレンさんに申し訳ありませんわ...」
「そうよ。自分の体を洗うのは川がいいわ!」
「そうよ、そうよ、ねえ、『モファ』?」
「きゅる?」
モフモフドリが青い目をラィアとロリィに向ける。
「肝心のところだけ洗面器で洗ったらいいのよ!」
モモコが平然と言う。
「ええっ?肝心なトコロ?」
アキュアマイアが訊く。
「ここよ、ここ!」
モモコが自分の下腹部をポンポンと手でたたいて見せる。
「そ、そうね...」
あっけらかんとしたモモコの仕草に度肝を抜かれた感じのアキュアマイアだった。
「か、肝心なトコロなんて... ねェ、ロリィ?」
「そうよねェ、ラィア!」
「肝心なトコロって言うのが気に入らなかったのなら、ワ〇メちゃんって呼ぶけど?」
「ワ...ワ〇メちゃん...」
「ワ... わろえるです」
ラィアとロリィは真っ赤になってしまった。
後ろでは男の子たちが会話を聞いて笑いを必死に堪えている。
「もう... 男の子たちってイヤねェ...」
「本当ですね。知らないふりをして聞き流せばいいのに...」
こちらではマユラとリディアーヌがヒソヒソと男の子たちを批判している。
唯一、笑ってないのはビルコックだけだ。
彼はもっとも年が若いこともあり、新入りでもあるので万事謙虚なのだ。
標高3千メートルあるだけあって、日中でも涼しすぎるくらいだったが、夜になると急速に冷え込みはじめた。女の子たちは寒がって、寝袋に無理して男の子一人と女の子二人が寝ることになってしまった。
レオタロウはミアとアキュアマイアと一緒に寝袋に入り、リュウはユリアとクリスティラと寝て、レンはアイとシルレイといっしょに入り、ビルコックはガタイが大きいのでモモコとだけ寝て、残ったラィアとロリィは『モファ』と寝て、マユラはリディアーヌと『モフ』と寝ることになってしまった。
結果的には、モフモフドリは体温が高くふかふかしていて『湯たんぽ』にように暖かく、寒がりの女の子たちを喜ばせた。
そして翌日は一気にカイラーサ山脈越えを決行することになった。
最初は標高5千メートルのところまで飛行して、そこで一泊して気圧に慣れてからカイラーサ山脈越えをしようと考えていたのだが、3千メートルでさえ夜はかなり冷え込むことがわかったので、5千メートルだと確実に零下10度以下に下がると予想されたためだ。
テントの中で寝袋に寝る者は何とか凌げるが、外に一晩中いることになるボルホーンたちが凍死するかも知れない。それに5千メートルの高さのところにボルホーンが食料とする草があるかどうかもわからない。
最初にティーナ・ロケットで10人運び、それからボルホーンたちを3回に分けて、それぞれにレオタロウとクリスティラ、レンとアキュアマイア、そして最後の便にリュウとシルレイが乗ることになった。
マザー・パラスピリトたちは、ボルホーンたちがティーナロケットに乗った時に怯えないように、ボルボ―ンの脳を操作して恐怖心を除くことにした。
「よしっ!じゃあ、最初の便にはオレが乗って行って、着陸点を決める。それからここに戻って、二回目の便をガイドする。そしてまた戻って来て三回目の便をガイドする。それでいいな?」
レンがみんなに言う。
彼はティーナ・ロケットの方向を念動力で決めれるので、レンなしでは困難なカイラーサ越えは不可能だ。
「中腹から上は曇っているから、山の岸壁にぶっつけないようにしないとね...」
ユリアが心配顔で言う。
「うん。それは大丈夫だろう。ちゃんと曇る前にカイラーサ山脈を越えれる角度を見ていたから」
「たぶんじゃ困るわ。たぶんで飛行して山に衝突して死んだらどうなるのよ?」
モモコがレンを睨みつけるようにして言った。
「それならミアをレーダー代わりに連れて行ったらいいじゃないの!」
アイの提案にみんな賛成した。
「よし、じゃあシート最前列はオレとミアだ。あとは好きなシートに座ってくれ!」
みんなシートに座りベルトを締め、前のシートの後部についてあるバールハンドルをしっかりと握る。
「出発-っ!」
ド―――――ン!
「こらっ、ティーナ、ボルホーンが驚くから発射音は出すなって言ったのに!」
「もう出しちゃったよーっ!」
レンの抗議もどこ吹く風でティーナはどんどん上昇して行く。
すぐに雲海に突っ込む。
外はまるで濃霧のような雲で、それが急速に後ろに流れていく。
今回の飛行では、座席内をしっかりと気密にするようにティーナに言ってあるので気圧が減っても影響はない。ただし、酸欠になる前にふつうの気圧のところまで到達しなければならない。
ティーナ・ロケットはどんどん速度を増し、上昇していく。
レンの計算ではカイラーサ山脈の低いところ- 1万メートルのところを2千メートルの余裕をもって飛び越え、山脈の向こう側に達し、それから標高3千メートルあたりの場所に着陸するのに約8分と計算していた。
それからみんなを降ろして引き返すのに20分くらい必要だ計算していた。
中腹から上にかけては雲の中で視界ゼロなのだが、悠長に飛んでいるとロケット内が酸欠になるのだ。
人族やエルフたちの酸素必要量は1分間で成人の男で6リットルから8リットルと言われている。
したがって、10人が8分間に必要とする酸素量は: 最大で8リットルx10人x8分=640リットル にもなるのだ。
酸素タンクなどというものもないため、今回のティーナ・ロケットは通常のサイズより幅と全長を大きくして、機内のスペース(空気容量)を多くしていた。
時間を稼ぐために音速に近い速度まであげる。
「ミア、大丈夫か?」
「うん。問題ないよ!」
急な加速でみんなシートに押しつけられている。
ティーナ・ロケットはぐんぐんと上昇していき、2分ちょっとで雲の上に出た。レンの計算は正しかったようで、カイラーサの峰から数キロ離れたところを30度の角度で上昇し続けている。
遥か東には五芒星が雲海から顔をのぞかせ、空気が希薄なため強烈な6色の朝日を放っている。
ティーナ・ロケットはさらに上昇し、カイラーサ山脈の頂上の前で推力を切った。
そのまま慣性で頂上を超え、降下が始まり、数分間にわたってティーナ・ロケット内は無重力状態になった。
「ひゃーっ、変な感じーっ!」
「体が浮くわっ!?」
「おわっ?」
「エタナールさま、どうか無事で生きて着陸できますように!」
「エタナールさま、どうか無事でありますように!金輪際、浮気はしませんので」
みんな一瞬大騒ぎだ。創造主に祈る者までいる。
ティーナロケットは、まもなく雲海に再突入し、無重力状態から抜けたが、急速で降下するので体にGの変化を感じる。
視界の全く効かない雲の中をどんどん降下し、すぐに雲の下に出たが、カイラーサ山脈の北側では、雨が降っていた。
レンは着陸する場所をしばらく探していたが、川を発見し、その近くに着陸させることにした。
ズズズズズ―――っ
ソリをロケットの下から出して、川のそばに軟着陸する。
完全に停止するとキャノピーを開けて、みんながロケットから出て来た。
ロケットから出るのに慌てるあまり、シートベルトを外すのを忘れて大騒ぎする者までいた。
「いやーん、助けてーっ!わたしのオシリが無重力でシートにくっついちゃったよぉ!」
見るとロリィだ。半べそ顔になっている。
「あら、オシリのあまっている脂肪が溶けてくっついたんじゃない?」
何かにつけ競ったり、おたがいをけなし合ったりする仲のラィアが面白がってからかう。
「えええ――っ?」
「ラィアさん、ロリィさんをそうからかうものではありませんよ。ロリィさん、シートベルトを外していませんよ」
「あ、なんだ、ベルトだったのか!」
全員が降りるのを待って、レンはティーナにロケットを拡大するようにたのむ。
ボルホーンは体重も大きさも人族より大きいし、酸素量も人族の5倍必要になるからだ。
サイズ拡大後のティーナ・ロケットは、30メートルを超すサイズになってしまった!
ロケットにボルホーンを積む作業はレンが念動力を使った。
ボルホーンたちがおとなしいのを確認してから、ベルトで固定するとレンとミアがふたたび乗り込む。
2列目のシートにはレオタロウとクリスティラが乗り、その後ろに5匹のボルホーンだ。
キャノピーを閉める前にレンがユリアたちに大声で言った。
「テントと荷物を持ってくるまで、アイにバリアーでも張ってもらって雨凌ぎをしていてくれっ!」
「ちょ、ちょっとォ!私のバリアーって傘代わりなの?」
「ティーナ、出発だー!」
アイが口を尖らせたのは無視して、レンが出発ゴーの合図を出す。
ド―――――ン!
8分後、ティーナ・ロケットは北側のキャンプ地に到着した。
クリスティラのおかげでボルホーンたちは急上昇、急降下にも少しも騒ぐことなく無事に運ぶことができた。
レンとミアはすぐに引き返し、二回目もアキュアマイアのおかげで5匹のボルホーンを無事に北側に運ぶことが出来、そして最後の便もシルレイのおかげで無事に運び終えることができた。
最後のカイラーサ山脈越え飛行が終わると、男の子たちは雨の中でテントを組み立てた。
もちろん、ぬれないようにアイのバリアーの下でだ。
女の子たちは、昼食の準備にかかった。
と言っても女の子の数が多いので、モモコやマユラ、ユリアたちは雨にぬれながらも男の子たちを手伝った。
「みんないっしょがいいんじゃない?」
というユリアの提案で、女の子のテントと男の子のテントを、いっしょにくっつけて組み立てたので、中はかなり広くなった。
そうこうしているうちに、雨は次第に小降りになり、昼食を終えたころにはすっかり止んで、雲も流れ去って青空の下に、カイラーサ山脈の切り立った真っ白い峰々が見えた。




