36 カイラーサ・マウンティンズ(中編)
早速、手分けしてテントを立てる者、キャンプファイヤーで燃やす薪を集める者、食事の用意をする者、それから食料になる魚や森の動物を狩るものと分担して作業にかかる。
ミアは一応、用心のために浮遊魔術であたりに危険な獣がいないかを見て回る。
リュウやレオタロウたちがテントを立てている間、レンとユリアは森の中へ入って行った。
しばらくすると「ブギーッ!ブギーッ!」と甲高い鳴き声が聞こえ、レンがジャバルドみたいな動物を2匹仕留めて、念動力で浮かせて運んで来た。
ジャバルドに似ているが、体色は赤褐色に白色斑でジャバルドよりかなり小型だが、それでも50キロはあるだろう。ラィアが「斑点があるからハンテンジャバルドだね!」と言ったので、ハンテンジャバルドと呼ぶことにした。
ラィアがソーウェッノーズをすると、緑色の小さな花火のようなモノが動物から飛び出し、森へ消えて行った。
そこにあたりを偵察に行っていたミアがもどって来た。
「ここから北西2キロくらいのところに岩塩地帯があるわ!たくさんケモノたちが岩塩を舐めに来ていたわ」と報告した。
ビルとモモコとマユラたちは、さっそく獲物のハンテンジャバルドの血抜きをし、ハンテンジャバルドの毛皮についた泥などを洗い流す。腹を切り裂き、腸を取り去り、腹腔に溜まった血を洗い流してから皮を剥ぐ。
それから解体だ。解体は、最初にあばら骨と前足を繋いでいる筋膜を切る。ついで背骨に切り込みを入れ、背ロース肉を骨から外す。それから後ろ足も、股関節・腰のあたりの筋膜を切って分離する。
クリスティラたちは解体作業を見ていたが、最初に皮を剥ぎはじめたときにラィアとロリィは青くなって逃げだして行ってしまった。
ただ、気持ち悪くなって逃げだしたと思われないように、洗濯をするという口実で。
「リュウ、レン、レオタロウ、ビル、洗濯ものはない?」
「今日は私たち、ハイ・パラスピリトが男のパンツを洗ってあげるわよ!」
「じゃあ、オレたちは女の子のパンティやブラを洗ってやるよ!」
「そうだ、そうだ。お互い協力し合わないとな!」
「なに言っているの? ハイ・パラスピリトは、そんなモノ使わないんだからね!」
「そうよ!自分の恋人のでも洗ってあげたら?」
それを聞いたユリアやアイやミア。
「結構よ!自分の下着は自分で洗うわ!」
「それに結婚もしてないのに男のパンツなんて洗えないしっ!」
「女の子の下着洗うなんてヘンタイよ、ヘンタイ!」
総スカンを食らってしまった男の子たちだった。
「余った肉は保存食にしましょう!」
ミアが岩塩を発見したと報告したのを思い出して、マユラがジャーキーを作ることを提案したのだ。
解体して手ごろな大きさに切った肉は、夕食に食べる分を除いて、カイラーサ山脈超えに必要となる保存食を作ることにする。
保存食の作り方はオート御殿にいたときにオートの妻であるケイラやイクシー、マーギュたちに習った。肉を4センチ幅の厚さに切り、レンとミアが岩塩を取りに行き、その塩を軽くふって火の上に渡した木の枝に差し、燻るのだ。本来の燻製のように一週間も燻っている時間はないが、二、三日はもつ。
2匹のハンテンジャバルドから採れた肉40キロほどのうち、10キロを夕食用に分け、残りをジャーキーにする。これはクリスティラもアキュアマイアも手伝った。解体作業は誰でもできるわけではないので、元マザー・パラスピリトたちはラィアやロリィのように逃げだしはしなかったが、アキュアマイアは吐き気を堪えている顔だったのだが、肉を薄く切る仕事をほかの者がやっている間、彼女たちは一生懸命に塩をふるのを手伝っていた。
「ラィアさん、ロリィさん、いつまでも服を洗っていないで少しはお手伝いをしてください!」
クリスティラに呼ばれて、渋々と塩をふる手伝いをはじめた。
みんなでやったので、30キロの肉のジャーキ化作業は五芒星がまだ西の空にある時間に終わった。五芒星が日没するまでには、まだ2時間ほどあるので、レオタロウとビルをテントと荷物の番に残し、みんなでボルホーンに乗ってミアが発見したという岩塩があるところまで行ってみた。
上空から見た感じでは山の地肌が表れているようだったが、近くまで行ってみると茶色っぽい岩のような岩塩の塊がゴロゴロしており、傾斜地の下には池があり、そこにさまざまな種類の鳥や獣たちが来て、塩を舐めたり、水を飲んだりしていた。
「あれ見て!キリンみたいに首が長いけどメチャ大きい動物がいるわ!」
「あいつはカバみたいだけどゾウみたいに鼻が長いな!」
「あそこにいるのは嘴があるヒツジみたい!」
「あれ見て!なんか白っぽくてかわいいのがいるわっ!」
「あ、本当ですね!かわいいです!」
「わたし一匹ペットに連れて行こうかな!」
みんな大騒ぎだ。
キリンのような動物は、体がキリンの3倍ほどあり、高さは20メートルほどある。
悠々と池の周りにある高い木の葉を食べているが、頭にライオンのようなタテガミがあるのが特徴だ。
親のそばに子どがいるが、それでさえキリンほどの高さだ。
カバのようなものは長い鼻を使って水を飲んだり、自分の体にかけたりしているが、短足でキバはないが、その代わり鼻の上に1メートルはあろうかと思われるツノをもっていた。
平べったい嘴をもっているヤツは、全身を白い毛で覆われていてヒツジそっくりだ。
そして女の子たちの注目を集めたのが、ふかふかの白い毛に覆われており、ウサギみたいな耳をもち二本足で走り回っている。翼をもっているが、飛べるのかどうかわからない。走るときにバサバサと広げて走ってはいるが。
動物たちは、ボルホーンが近寄ってもまったく驚かず、“変わった仲間が来たな?”みたいなノンビリした顔で見ながら水を飲んだり、岩塩を舐めたり、草葉をムシャムシャやっている。
動物たちを驚かせないように、少し離れたところに降りる。
「あのかわいいの、『モフモフドリ』って呼ぶことにするわっ!」
「あ、それぴったりね、ユリア!」
「じゃあ、あの首の長い奴はタテガミオオキリンだな!」
「あ、それもグッドネーミングね!」
「じゃあ... あのカバみたいでゾウのような鼻をもっているやつは...」
「「「「「「「「「ゾウカバ!」」」」」」」」」
全員一致で決まった。
「最後に、あの平べったい嘴のヤツは?」
「カモノヒツジ!」
「アヒルヒツジ!」
「シャモジヒツジ!」
意見が分かれたが、「ヒツジ」とつけることでは一致した。
多数決で「シャモジヒツジ」と命名された。
「って... 私たち勝手に名前付けているけど、エスピリテラは別名で呼ばれているんじゃ...」
アイがそう言いかけたとき、ミアがアラートを発した。
「テントにいるレオタロウお兄ちゃんとビルが危ないわっ!」
(みんなーっ、早く来てくれ―っ!バケモノが現れた――っ!)
(モモコさーん、こちら危ないです――っ!)
直後にレオタロウとビルコックからの念話が響いた。
「ティーナちゃん、ティーナ・ロケット!」
「はーい!」
ティーナがユリアのペンダントから飛び出し、たちまちロケットを作り上げる。
「ユリアさん、ボルホーンは私とラィアが連れて帰りますから、アキュアマイアさん、シルレイさん、それにロリィさんも連れて急いでテントへ帰ってくださいっ!」
クリスティラが素早くハイ・パラスピリトたちを分ける。
「はいっ! じゃあ、レン、みんなを乗せて!」
レンが問答無用で念動力でみんなをティーナ・ロケットのシートに乗せる。
「ひゃーっ?」
「ひぇーっ!」
「きゃっ!」
突然体が浮かんでティーナ・ロケットに運ばれたのでロリィとアキュアマイアとシルレイが驚く。
「みんなシートベルトを締めたな?」
「まだよ!」
「今、締めています!」
「あ、ちょっと待って!」
「よし、ティーナちゃん、発射音は動物たちを驚かせるからいらないよ? じゃあ出発ーっ!」
「つまんなーい!」
シュ――――っ!
空気を切る音だけでティーナ・ロケットが打ち出された。
飛行中にレンが念動力でテントの方角に機首を向け、角度を調整する。
5秒とかからずにティーナ・ロケットは滝の場所に着いた。
ティーナ・ロケットの上から、悍ましいバケモノの姿が見えた。
不気味な色をしたバケモノは大蛇のようだったが、無数の首を持って、それぞれがレオタロウとビルコックを襲っている。
レオタロウとビルコックが必死に襲い来る首たちと戦っているが、明らかに不利で二人とも腕や足にすでに傷を覆っているようだ。
「行くぞーっ!」レンが叫んだ!
「おーう!」
「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」
ミアは真っ先に飛行魔術で上空へ舞い上がった。
上空から全体を見て指示を出すのだ。
リュウはュウは胸の前で両腕を交差すると、
「ヘンシーン!」と叫んだ。
身長175センチのリュウの身体がたちまち5メートルの大きさの月白色の白龍に変化した。
(えっ、な、なんですか、その“ヘンシーン!”というのは?)
(キャーっ! リュウ、ステキ―!)
アキュアマイアが驚き、すでにダーマガの戦いのときに白龍化を見ているロリィが黄色い声をあげる。
(リュウ、あまりカッコつけるな!ズルいぞ?!)
(リュウさま、ステキっ♪)
レンが口を尖らせ、シルレイがうっとりする。
リュウの背中から透明に近い月白色の翼が出て、手にフラガラッハの剣を手にしてバケモノに向かって飛んで行く。頭には、ゴールドとブルーが混じった美しい毛と後部頭には冠羽のようなゴールドの羽が生えている。
レンはバケモノから50メートルほど離れたところにみんなを念動力を使って軟着陸させた。
ユリアはレンの念動力で移動している間にファイアーアローをバケモノ目がけて十発ほど打ち込んだ。
シュシュシュシュシューっ!
アイも雷属性攻撃魔法『雷禍』を空中移動中に無詠唱で発現し、バケモノを攻撃する。
ピシャ――ッ
ドドドドド―――ン!
レンはテントのところに置いてあった30本の棒手裏剣をバケモノ目がけて高速で飛ばす。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ――――ッ
ズバ――っ!
リュウがフラガラッハの剣でバケモノの首をたたっ斬る。
ユリアのファイアーアローがバケモノに突き刺さるがバケモノは感じないようだ。
そして、アイの『雷禍』もバケモノの部分を焼き焦がしたが... なんと見る見るうちに回復しいていくではないか!
さらに驚くことに、リュウが切った首のところから新しい首がまた生えて来た!
レンの棒手裏剣もバケモノを傷つけはするが、すぐに傷がふさがってしまう。
「な、なんだ、このバケモノは?」
「不死か?」
ユリアたちが応援に駆けつけ、モモコとマユラが近接戦いに加わったのを機に、レオタロウとビルコックは離れたところにいる リディアーヌ の場所に走って行って治療魔法をかけてもらう。
(このバケモノの脳を支配しようとしていますけど、とても強い意志をもっているようでうまく操作できません!)
(なんとか動きを少し遅くできる程度です!)
アキュアマイアとシルレイが全員に念話で伝える。
そういえば、9つある首のうち、3つは動きがのろくなっている。
「こいつはヒュドラだ!」
「えっ、リュウ、ヒュドラって... 伝説の怪物じゃなかったの?」
「お父さんたちが話してくれただろう? アルフヘイムを奪還する戦いの時に、魔王が炎の巨人を精霊界から呼び寄せたって...」
「あ!そんな話してたわ!」
「ヒュドラも架空の怪物ではなくて、テラだかどこかの世界に実際に現れたことがあったに違いない!」
「ヒュドラの退治法は...」
「切り落とした首の胴体を焼くこと!」
「そうだ!」
「レン、モモコ姉とマユラをヒュドラの首めがけて念動力で飛ばせ!ティーナちゃん、二人のガードを頼む! ユリアとアイはモモコ姉とマユラが切った胴体を焼いてくれっ!」
「よしっ、私はオーケーだよ!」
「私も!」
モモコ姉とマユラが即答する。
「ティーナもオーケーよ!」
「それ、行け――っ!」
レンが二人をそれぞれヒュドラの二つの首を目がけて飛ばす。
ティーナが分身術で二つに分かれてモモコ姉とマユラをバリアーでガードする。
モモコが怪力でフォシャールでヒュドラの首をたたっ切る。
マユラは爆裂弾をヒュドラの開いた口に投げ込んだ。
そしてリュウは飛んで接近し、ふたたびフラガラッハの剣で首を断ち切った。
ズバっ!
ズバっ!
ズバっ!
ド――ン!
リュウとモモコとマユラが3つの首を切った。
その直後に、マユラの爆裂弾が破裂し、首の一つが吹っ飛んだ。
ユリアは数十のファイアーアローを首を切られた切り口に打ち込み、アイは『ファイアーストリーム』を二つの首の切り口に見舞った。
ボボボボ―――!
ボボボボ―――!
ユリアのファイアーアローが命中した胴が燃え出し、アイが『ファイアーストリーム』攻撃をした胴が焼け焦がれた。
リュウとモモコとマユラは、ヒュドラの攻撃が届かないところへ避難して、攻撃の効果を見守っている。
「グァ――――ッ!」
「グェ――――ッ!」
「ギャァ――――ッ!」
ヒュドラが苦しそうにのたうっているが、新しい首は生えて来そうにない。
「よしっ!うまく行きそうだっ!続いて残りの首を片付けるぞ!」
「よし、やろう!」
「やりましょう!」
「オレもやるぞ!」
リディアーヌ に治療してもらったレオタロウが叫びながら7メートルのグレイブをもって走って来る。
「ボクもやります!」
ビルコックも身長ほどある剣をもってあとに続く。
レンも忙しくなった。
4人をそれぞれヒュドラの首めがけて飛ばさなければならないのだ。
忙しくなったのはティーナも同じだった。
さらに分身して4人のガードをしなければならなくなった。
しかし、創造主の1京分の1の能力をもつ母・シーノの子であるティーナは、シーノママの百分の1というすごい能力を持っているので、そんなことは昼寝をしながらでも出来る。
「死ねーっ!」
「くたばれバケモノーっ!」
「これでも食らいなさいーっ!」
「このクソったれーっ!」
「このウンコたれーっ!」
5人がそれぞれ大声で叫びながら、それぞれ首を切り落とし、素早く退避する。
ズバっ!ズバっ!ズバっ!ズバっ!ズバっ!
ユリアがファイアーアローを数十本、目にも止まらない速射でバケモノに打ち込む。
シュシュシュシュシューっ!
アイもファイアーストリームでバケモノの胴を焼く。
ゴゴゴゴゴ――――ッ…
残るのはもっとも大きい首だ。
こいつがヒュドラのメーンヘッド(本体)というべきか、素早く動きながら紫色の息を巻き散らかしている。
「近くに寄ったらダメよ!あれは毒の息だからっ!」
ミアが上空から警報を出す。
「オレがやるーっ!」
リュウが身を翻して息をとめて高速で接近し、フラガラッハの剣を一振りしたが…
なんと、ヒュドラのメーンヘッドは信じられない速さでフラガラッハの剣の一撃を避けた。
それでも完全にかわし切れなかったようで、首筋から紫色の血を流しはじめたが、傷を負ったことで怒り狂ったヒュドラは首をあらゆる方向にふりまわすので、リュウも狙いを定めることができない。
「クソっ!」
そこにクリスティラがラィアとともにボルホーンを連れて帰って来た。
ボルホーンが驚かないように、ボルホーンの脳の操作をして「全然心配ない」と思い込ませると、
アキュアマイアたちのところに走って来て叫んだ。
「ハイ・パラスピリト全員で力を合わせてヒュドラの首の動きを封じましょう!」
「名案ね!」
「はい!」
「はいっ!」
5人のハイ・パラスピリトの力で、さしものヒュドラのメーンヘッドも動きが目に見えて鈍った。
三度、リュウが高速で接近し、フラガラッハの剣をふるう。
その直前、ヒュドラは鋭い爪のある前足をあげてフラガラッハの剣を受け止めた!
しかし、フラガラッハの剣の威力はヒュドラの鋼鉄のような爪を5、6本切断する。
が…
すぐにまた再生する。
そして、すでに焼き焦がされた8つ胴が徐々に再生しつつあるのが見える。
「早くメーンヘッドをやっつけないと、またほかの首が再生してしまうわっ!」
ユリアが叫ぶ。
「私にまかせてっ!」
アイが叫び、詠唱をはじめた。
彼女が詠唱をするというのは珍しいことだ。
母親譲りの天才魔術師であるアイは、ほとんど無詠唱で魔術を使えるからだ。
「アイ?なにをしようって...」
ユリアが言いかけたとき、滝の下にある池を囲むようにある岩場の大きな岩が― 縦横10メートル以上あり、厚さが5メートルほどある大石、重量はたぶん千トン近いだろう― 持ち上がった、と見るや空を飛んでヒュドラのメーンヘッドの上に落ちた。
ズシ―――ン!
「!」
「!...」
「ゲゲッ!アイ... すげェ!」
「アイちゃん!」
ヒュドラはしばらくビクビクっと巨大なシッポを動かしていたが、やがて動かなくなってしまった。
「さすが天才魔術師アイミさまの娘ね...」
モモコが唖然としてつぶやいた。
「アイの魔術にはオレも負けたよ!」
レンもボヤいている。
「ふぅ... 『山落とし』っていう魔術だけど... やったことなかったのよ...」
さすがのアイも魔素をかなり使ったようで、ふらふらっとしてひざをついてしまった。
「よくやったわ、アイ!」
「ほんと。アイちゃんがいなかったら大変だったよ!」
マユラとモモコが駆け寄ってアイを支えてテントへ向かった。
本章で触れている「ミューロィナ」と「レオ王」のロマンスに関心のある方は 『ミィテラ・オデュッセイア第1部』https://novel18.syosetu.com/n1209fs/でご覧になれます。
なお、「ミューロィナとレオ王の出会い」の章はhttps://novel18.syosetu.com/n1209fs/27/です。




