24 ファー・イースト(前編)
【Far East遥か東へ】
一週間後。
ユリアたちは一ヶ月以上お世話になったオーンゾリオ集落をあとにして旅に出た。
東門には、名称をマモ・クラナと変えた新マザー・パラスピリト以下、8人のミモ・パラスピリトと3百人のハイ・パラスピリトたち、大勢のパラピリスト住民、それにオーン族長以下一族、主だった頭たち、それにストリギダ族のブボ・ケトゥパ族長、ヤドラレ族の大ボスバンゾウ、ダトーゥ族の女族長ギガタンコックたちまが見送りに来てくれた。
「おかあさま、どうかくれぐれもお身体を大事にされてください!」
「おかあさま、一日も早くご使命を果たされてお戻りになることを祈っています!」
「おかあさま、ご無事で旅を!」
「ユリアさん、アイさん、皆さま、クリスティラさまをよろしくお願いします!」
「リュウにレンにレオタロウ、クリスティラさまをしっかりと守るんだぞ?」
「おまえたちは旅の途中で美女に会っても、浮気しちゃダメだぞ?!」
ミモ・パラスピリトたちや|ハイ・パラスピリトたちが口々にクリスティラにお別れの言葉を言い、オーンたちも名残惜しそうに口々に別れの言葉を言う。
ユリアたちもお世話になったお礼をオーンや妻のケイラ、マーギュ、ピリュラーたち、それに、オーン御殿にお手伝いとして残ることになった元少女A~F― 今はアナ、ビナ、メル、フィラ、ベラ、エリという名前をつけてもらっている― も涙を流して男の子たちとの別れを悲しんでいる。
東へ向かう一行が利用するのは、ティーナ・ロケットでも、ラピテーズが引く馬車でもなく、四つの翼をもつ空飛ぶ馬- ボルホーンだった。
ダーマガの平原の戦いで、ヤドラレ族の戦士たちを乗せて西部劇の騎兵隊のごとく現れ、ラピテーズ・ストリギダ・ダトーゥ連合軍を壊滅の危機から救った影の立役者たちだった。
もちろん、ボルホーンたちを説得し、戦いに参加させることを可能にしたのはマザー・パラスピリトであったクリスティラの力だ。
クリスティラ、ラィア、ロリィ、ミルリ(リーア)とチルリ(ラピア)のラピテーズ姉妹、それに何とギガタンコック族長の長男の兄のビルライデンコックまでが加わったので、総勢15人というかなりの数のキャラバンになってしまった。
ビルライデンコックは弟を救ってくれたユリアたちの冒険の旅にたいへん関心をもち、いっしょに行きたいと母親に相談し、母親のギガタンコック族長も「若い時に苦労して旅をするのはいいことだよ!」と許可した。ユリアたちも一人増えるくらいは問題ないと考えたのでいっしょに旅をすることになったのだ。
ビルライデンコックは5歳だが、ダトーゥ族ではもう“若者”だそうだ。
背はまだ1.5メートルと低いがガッシリとした体をしている。
ギガタンコック族長の話によると、ダトーゥ種族もラピテーズなどと同じように“大人”になるのが速く、彼らの肉体的、精神的年齢は人族の3倍の速さで成長するのだそうだ。
なので、ダトーゥ族の5歳は、人族で言えば15歳くらいになり、20歳という母親のギガタンコックは60歳ということになる。まあ、女性であり、族長でもあるギガタンコックに「実はあなたは60歳なんですよ」と言う必要もないのだが。
「ビルライデンコックか。じゃあ、長いのでビルでいいわね?」
ユリアの提案でビルライデンコックはビルと呼ばれることになった。
ユリアたちと旅をするボルホーンたちは、全部で14匹だ。
リーダーはメスのキャッリラ(4.8歳♀)、ほかのボルホーンの名前は-
バイアリーターク(4.5歳♂)、ポトゥゥゥ(4.5歳♂)、ファーガス(4歳♂)、ワクシー(4歳♀)、エレノア(3.8歳♀)、オーヴィル(3.5歳♂スタミナ無限)、エミリウザ(3.2歳♀)、ヴィラーゴ(3歳♂)、ヴィデッタ(3歳♀)、ハンナ(3歳♀)、アーラム(2.8歳♂)、ジャネッタ(2.7歳♀)、メルトン(2.5歳♂)だ。
ボルホーン1頭には二人乗れるが、テントや食料など旅の荷物を運ぶためのボルホーンがいるし、何かで単独でボルホーンに乗ったりする場合があるかも知れないので多めの数になった。
ボルホーンの最高速度は時速200キロにもなるが、ふつうは時速80キロくらいでゆっくり飛ぶ。
下界の様子を見ながら飛ぶのもいいが、ゆっくりと街道を歩くことがあるかも知れない。
エスピリティラは、ユリアたちにとって未知の世界なのだ。
オーンゾリオ集落の東門の前に見送りに来ていた者たちに別れを告げ、ユリアたちを乗せたボルホーンは翼の音も高らかに東の空へ向かって飛び立った。
集落や見送りの人たちがどんどん小さくなる。ユリアたちの右側には先週、激しい戦いが行われたダーマガの平原、その西側にはストリギス族がようやく戻ることができたレムザー湿原の広大な沼地とそれを囲うような鬱蒼とした森、そしてそのかなたにはヤドラレ人たちの棲む森林地帯が見える。
東へ向かって行くためには、通常であれば一週間ほどかけて千五百メートル級の山脈を迂回しなければならないが、空を飛ぶボルホーンを使うことで一日で超えることができる。
ユリアとクリスティラはボルホーンたちのリーダーであるキャッリラの背に乗って話していた。
速度がそれほど速くないので、風が心地ちよい。彼女たちの前にはリュウとアイが乗っているバイアリータークが飛んでいる。
ユリアはクリスティラが “光の系統”の霊の歴史について話してくれたこと思い返していた。オーン御殿にいたときに話してくれたのだ。
「それで、クリスティラさんは、ミモ・クラナさんが最初の娘って『ダーマガの戦い』の勝利記念宴会のときおっしゃってましたけど、2千年前にクリスティラさんが最初に作ったのがミモ・クラナさんだったというわけですか?」
「エイダさまが、エスピリティラでご自分の“光の系統”の霊をベースとする生命を増やすにあたって、いくつかの高能力をもつパラスピリトを最初に造りました。それがマザー・パラスピリトと呼ばれる私たちなのです」
クリスティラの話によると、エイダさまがエスピリティラの東側- 東側 -で生命を創造し始めたのに対して、エイダさまの弟であるアモンはエスピリテラの西側を自分のテリトリーとし、そこで勢力を増やしはじめた。
東側は五つのエリアがある。
『エペロン・テルメン』 ― イーストゾーンの西
『エペロン・ヒルメン』 ― イーストゾーンの東
『エペロン・ミドリウム』 ― イーストゾーンの中心
『エペロン・アンティロン』イーストゾーンの北
『エペロン・クワンティロン』イーストゾーンの南
この中で、ラピテーズ族やストリギダ族、ヤドラレ族、ダトーゥ族たちは、イーストゾーンの西端エリア 『エペロン・テルメン』に棲んでいる。
今回の旅で目指しているのは 『エペロン・ミドリウム』- イーストゾーンの中心で、クリスティラによると、そこには元祖・母のいる場所ににもっとも近いところだそうだ。
「元祖・母・アーヴァさまが、まだ生きておられるのは確かなことです」
「クリスティラさんは、それがわかるのですね...」
「だって、もし... いなくなっていたなら... 生命は生まれないし、育たないからですよ。いくら私たちがソーウェッノーズを一生懸命やったとしても」
「元祖・母さまは、エスピリティラのすべての命の根源の方というわけですね」
「そうです。アーヴァさまがいなければ、エスピリテラには何も生まれません」
「元祖・母さまは、いったい『エペロン・ミドリウム』のどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「たぶん、ウォンブ・ホロスのあるところに行けばわかるでしょう」
「ウォンブ・ホロス?」
「はい。あのライトムーンと...」
クリスティラは東の空に浮かぶ巨大な白い月を指さし、次に西の空に浮かぶダークムーンを指差した。
「あのダークムーンをこのエスピリティラに繋いでいる巨大な管のことです。私たちは、あれをウォンブ・ホロスと呼んでいるのです」
元祖・母と呼ばれるアーヴァと元祖・父と呼ばれるイヴンが、二人の子ども- エイダとアモンを作りだした。
しかし、アモンは母に対する嫉妬から父親イヴンを殺し、姉のエイダまでも殺そうとし、その目的を達成するために悪霊を産み出し、アーヴァの殺害とエスピリティラの征服を狙った戦いを起こした。
エイダはそれを阻止すべく、善霊たちを産み出し、姉弟の間で戦いがはじまった。
それでも、アーヴァにとっては“二人とも我が子”。
だから、理由はどうであれ、二人との繋がりをウォンブ・ホロスでたもっている…
ウォンブ・ホロスの話を聞いて、ユリアは母親はいつまでも母親なのね…”と思った。
クリスティラの話を聞きながら、ユリアはミィテラにいる母メイと父カイオのことを思い出していた。
“お母さんとお父さん、元気でやっているかしら?”
ユリアの両親は常に仲のいい夫婦だとユリアは思っていた。
父のカイオはテラの世界の小国の第3王妃の三男だったと聞いた。
今は勇者王国の副王としてオムルカル州司政官をまかされている。
オムルカル州は、名前こそ州だが、その広さは100平方キロメートルほどの面積しかない勇者王国の3万倍という想像もできない広大な面積だ。
そしてその膨大な勇者王国の第二の領土の開発をまかされているのが父のカイオ副王なのだ。
父親のカイオは子どものころから、レオ王さまとイザベルおばさまとお友だちだったそうだ。
ある日、仲良しの三人はミィテラの世界に冒険の旅に来た。
それから三人がしたことは...
まさしく、“血沸き肉躍る大冒険”だった。
ユリアは何度も何度もその話を父にせがんで聞いた。
レオ王やイザベルおばさま― 彼女にとっては伯父さんと伯母さんのような存在だった- にも、会うたびに冒険の話を聞いた。
イザベルおばさまがガーンデーヴァの弓で、幾万もの魔軍と戦ったこと。
直径が50メートルにもなる“大流星矢”の破壊力。流星雨、流星嵐とイザベルおばさまが言う数千の炸裂する大火玉矢攻撃。
イザベルおばさまは、ユリアにとって“憧れの勇者”だった。
だから、15歳になったときにイザベルおばさまと同じようになるために、髪を赤く染めた。
エルフの大学者であるトンシー大先生が開発したヘアカラー・チェンジ飲み薬を使ったので、下まで赤くなってしまったのにはビックリしたが。
母親のメイ副王は、「母親譲りの金髪のどこが気に入らなくてイザベルさんと同じ髪の色にしたのよ?」と嘆いたが、年頃の娘のすることなので、それ以上は何も言わなかった。
父親のカイオも赤髪を見てちょっと驚いたようだが、ニヤっと笑って肩をすくめただけだった。
アイやミアの母親であるアイミ女王にもいく度となく、レオおじさま(レオン王をおじさまとユリアは呼んでる)とのロマンスを聞いた。
そしてユリアでさえ羨むような紫の瞳の美女―オリヴィアおばさまは、父カイオの婚約者だったということをアイミおばさまから聞いた。
「なんでもカイオさまとオリヴィアさまは、小さいころに親同士がお決めになられた婚約者同士だったそうなの」
「ええ――っ?そんな話はひとつも聞いていません!」
「ふふふ。きっとカイオさまもお話ししたくないのでしょうね。ところが、オリヴィアさまは、ある日レオさまにお会いになられて一目惚れされて... 結局、カイオさまはオリヴィアさまにフラれちゃったのよ」
「フラれた?」
「婚約解消!」
「婚約解消?」
「オリヴィアさまは、レオさまにゾッコンになって... ふふふ。私がレオさまに惚れたみたいにね。そしてレオさまとご結婚なされたの!」
私が言ったということはヒミツよ、とアイミ女王は美しい青い目でユリアにウィンクしたのだった。
父のカイオはエルフのメイと結婚し、副王となってから新たに三人の副王妃を迎えた。
それもすべて第一副王妃である母親のメイが了承した上のことだったと聞いている。
まあ、親友のレオ王が、100人も奥さんや恋人をもっているので、副王として少しでも貫禄をつけさせるためだったのだろうとユリアは考えているのだが。
* * * *
「ユリアさん、何か遠くを見ているようで私の話を聞いてないようですけど、何か想い出していらっしゃるの?」
「えっ?あ、すみません。ふと父と母がミィテラの世界でした冒険旅行のことを想い出していました...」
「あなたのお父さまとお母さまは、ミィテラの世界で勇者として名を馳せられたと言っていましたね」
「はい。まあ、ミィテラの世界における冒険の旅の主役はレオおじさまだったと思うんですけど、アイとミアのお母さまのアイミおばさまと、私がとても尊敬しているイザベルおばさまも、かなりの大活躍をなさったようです...」
「それで、あなたたちも“冒険の旅”に出たかったのですね」
「はい... 最初からグヮルボとの壮絶な戦いがあったりで... 正直言って、かなりビビりましたけど、心で願ったような展開にはなっているのですけど...」
「なにか気がかりでも?」
ちょっと眉を曇らせたユリアを見て、クリスティラが訊く。
「悪霊たちのテリトリーであるウェストゾーンに、もっとも近いエペロン・テルメンに残して来たミモ・クラナ、あ、新しいマザー・パラスピリトさまたちはだいじょうぶですよね?」
「ああ、それは心配ありません」
「そうですよね、クリスティラさんはミモ・クラナさん... あ、また間違えた、新しいマザー・パラスピリトさまに、クリスティラさんの能力のすべて伝えたんですものね!」
ユリアはあの夜の感動的な能力伝達の儀式を思い出して“よけいな心配はいらないわね...”と思ったのだが...
「うふふ...」
クリスティラはそんなユリアの心を読んだのか笑い出した。
「?」
「あれはお芝居ですよ、ユリアさん。ミモ・クラナさんもすぐ気がついたはずですけど、うまく私の芝居にあわせてくれました」
「ええ――っ? クラナさんも芝居って知っていたんですか?」
「いえ、最初は知らなかったようですけど、私が“伝達の儀式”をしてもまったく変化がなかったので、すぐにお芝居だと気がついたのでしょう。本当に賢い娘です」
「そ、そうだったんですか?でも、クリスティラさんはクラナさんの体を浮かばせたり...」
「あら、それくらいは出来ますわ。これでも元祖・母アーヴァさまの孫であり、エイダさまの娘でもあるのですから...」
ちょっぴり得意そうに、それほど大きくない胸を張る元マザー・パラスピリトだった。
「それにしても、不思議に思ったのは、『ダーマガの平原』での戦いのとき、ハイ・パラスピリトの皆さんのグヮルボたちの脳操作がうまく行かなかったときのことですね。あの時は心底、この戦い危ないかも...と思っちゃいました」
「ああ、あれですね。私も脳操作が効かなくなったのを知った時は、背筋が寒くなりました。
あれは、たぶん、グヮルボ軍のボス グヮン=グヮジルドが、部下のグヮルボたちを操作していたからだと思います」
「グヮン=グヮジルドがグヮルボの脳の操作を?」
「彼も力のある悪霊ボスだったということです...」
「.........」
二人ともしばしの間だまってしまった。
クリスティラたちハイ・パラスピリトの能力をもってしても、簡単に倒すことができない手強い敵がいるということを知ったからだ。
脳操作など、ユリアの仲間ではリディアーヌが多少は似たようなことができるが、ハイ・パラスピリトたちのレベルの比ではないだろう。
「ユリア―っ、出発の前によく確認しなかったけど、今晩、泊まれる村とかこの先にあるの―っ?」
後ろの方を飛んでいるからモモコの声がひびく。
「わからないわ―っ。このあたりから先はマップも何もないし、村や町があるかどうかも知らないのよ!」
「じゃあ暗くなったら野宿か―!」
今度はレオタロウが最後尾から叫ぶ。
彼はロリィとオーヴィルという名前のボルホーンに乗っていた。
オーヴィルは3.5歳のオスで、“スタミナ無限”という別名をもっているというのが気に入ってレオタロウは選んだのだった。
「野宿―っ!」
ロリィが目をキラキラさせている。
「わたし、野宿賛成で――す!」
「わたしも野宿さんせ――い!」
ラィアも後ろから大声で叫んでいる。
「やれやれ... ミモ・パラスピリトちゃんたちは、ピクニック気分なんだな...」
リュウが肩をすくめて苦笑いする。
「いいじゃないの、リュウ。それとも何、ユリアじゃなくて私がいっしょなのがお気に召さないの?」
いっしょに乗っているアイが冗談っぽく言う。
「いやいや、そんなことはないよ。先頭はオレとアイ、最後尾はレオタロウって決めたんだから!」
「まあ、今日はガマンして。明日はユリアと代わってあげるから」
「そう急がなくてもいいよ。どうせ旅は始まったばかりだし... それより、どうだい、今晩オレと寝ないか?」
「な、なに言っているの?私にはレンが...」
「レンはロリィともうまくやっているじゃないか?」
「そしてあなたはクリスティラさんとね?」
「...... しかたないだろ?オレはオトコなんだ!パパ似なんだ!」
リュウが、女好きの“パパ似”であることを強調する。
「そして私は女の子よ。そしてアイミママの娘よ!好きな人のことはいつまでも追うの!」
「たとえ浮気をしてもか...」
「浮気したらちょん切ってやるわ!」
「怖えぇ...」
思わず鳥肌が立ったリュウだった。
しかしアイはそんな怖いことを平然と言いながらも心の中では別のことを考えていた。
“ママはパパをとても愛していて結婚したけど... そのとき、パパにはもう7人も恋人がいたのよね…
そして結婚したあともパパは次々と新しい女性と結婚して、それだけでは足りずに恋人もたくさん作って…
パパって本当に女性が好きなのね。
レオもレオタロウも、そしてリュウも、そんなパパの血を引いているのは確か。
だから決して一人の女性だけではガマンできない。
そこのところを私もよく理解して、ママのようにパパが愛して止まない女性にならなきゃ...
レオがほかの娘と寝たってガマンしなきゃ。
レオにとって、私が一番の女の子であるためには、ママのように大らかな愛でレンを包まなきゃ…”




