107 ファイナル・バトル①
【Final Battle 最後の戦い①】
モモの提案によるウェスト・ゾーン侵攻作戦は、前回のようにウェスト・ゾーンの沿岸からエスピリティラにおけるアモン軍の本拠地『ナイリヤ』を目指すのではなく、『ナイリヤ』を直撃することを主目的とした。
そのための“陽動作戦”として、動員できるすべてのアライアンス軍- 400万を超える大軍団を二手に分け- ジャーヒリーヤとパンナハムの率いるジン族部隊40万を主力部隊とし、これに元悪霊軍の軍団80万、それにサンクライロームのアスクレピオス軍60万と善霊になった元悪霊軍の軍団60万を合わせた合計兵力240万を北方軍とし
フリズスゴレルロームの側近神ヴァルゴスとグレモランの軍80万と善霊になった元悪霊軍の軍団70万、それにグラニトルゾリオのゴレンの率いる50万の軍と元悪霊軍の軍団30万を合わせた― 総兵力230万を東方軍とした。
北方軍は『ナイリヤ』の北200キロ、東方軍は同じく『ナイリヤ』の北200キロの地点にゲート魔法で移動し、『ナイリヤ』目ざして進軍を開始した。
仰天したのはアモンだった。|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》を使ってマジュツ師たちを皆殺しにし、エイダを捕らえさせるために|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》とシャジュードをライトムーンに送り込み、同時に大軍をイーストゾーンに攻め込ませ、一気にイーストゾーンを征服するはずだったのが、|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》たちもシャジュードたちも、は何の連絡もなしに消息が途絶え、イーストゾーンに攻め込ませた大軍も全滅してしまったのだ。
しかし、アモンは、エイダ軍はウェスト・ゾーン遠征軍がほぼ壊滅させられるという大損害を受けているため、エイダ軍を立て直すのに最低半年程度は必要だと見て、次の侵略計画を練っていたところに、『ナイリヤ』から200キロという目と鼻の先にエイダ軍の大群が突然出現し、『ナイリヤ』を目ざして侵攻を始めたと急の連絡があったのだ。それも北方と東方の2ヶ所から!
モモの提案した計画によるアライアンス軍による、ウェスト・ゾーン侵攻が開始する直前、アモンはダークムーンにあるダークパレス宮殿の広間で悪霊将軍たちを集めて会議を開いていた。
会議の主題は悪霊軍の再編だ。再編と言えば聞こえはいいが、要するに、悪霊軍の立て直しだ。
今回の侵攻作戦で、アモンはイーストゾーンでもっとも重要な都市と町である、グラニトルゾリオ、アキュアローム、フリズスゴレルローム、それにサンクメライ・ロームを制圧すべく、440万にも上る大軍を派遣した。
さらに、アモンの悪霊軍にとって目の上の瘤であるマジュツ師たちを皆殺しにし、エイダ捕らえるために|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》とシャジュードたちをライトムーンに送り込むことを決めた。
「今回は絶対にイーストゾーンを征服できる!」
満を持しての大作戦であり、アモン自身、大勝利を信じて疑わなかった。
だが―
戦力はほぼ残ってないはずのエイダ軍によって、440万もの悪霊軍が全滅してしまった。
それだけではなかった。ウェスト・ゾーンに侵攻して来たエイダ軍を|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》たちによって壊滅させたあと、沿岸の防衛を増強するために送り込んだ150万の大軍― 第一闇妃マーラウルの子たちで、三男のケントウルス、四男オリオウルス、それに末娘のデーヴィヤナたちが将軍として率いていた― も詳細がわからないまま突然全滅してしまったのだ。
|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》たちからの最後の連絡では、ライトムーンはもぬけの殻ということだった。エイダの宮殿らしいものもなく、ライトムーンの地表に町はあるが、誰一人住んでいないと報告をして来た。
そして、それが最後の連絡となった。
なぜ、エイダがライトムーンにいないのか、最強の悪霊であった|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》たちとその分身であるシャジュードたちに何が起こったのか...
なに一つわからなかった。
............
............
アモンは驚愕した。
そして頭を掻きむしるほど苛立ち、困惑し、混乱した。
なにより、最愛の娘の一人であるデーヴィヤナを失ったショックは大きかった。
前回のイーストゾーン侵攻作戦では、マーラウルの長女であるガィアも失っていた。
ガィアもデーヴィヤナもアモン最愛の娘たちだった。それを二人も失ったのだ。
戦いに損失はつきものだが、愛する娘たちを失うということが、これほど心を深く傷つけるとは想像もしなかった。
アモンは、エスピリティラの世界征服を目指して、常に軍を最優先とする方針をとって来た。
財政の50パーセント以上を軍に充て、軍はそれによって将兵の育成・訓練・増強、それに武器生産や兵站能力の整備・増強を続けて来た。
そして悪霊将兵たちにも、常に闇の父・アモンへの絶対忠誠、エスピリティラの世界統一の大理想を喧伝し、この大理想を実現する手段としての戦争の必要性を謳い、大理想のために死すことが、悪霊としての最大の名誉であり、これ以上のアモンに対する忠誠はないと教育して来た。
第一闇妃マーラウル、 第二闇妃マーラ・サンユッタ、 第三闇妃シーヴァの子らも、これらの思想に強く影響されて育ち、それぞれアモンの信頼する将軍になった。
アモンとしては、娘たちには軍人になって欲しくなかったが、エイダ打倒、イーストゾーン制圧を常に聞かされて育った娘たちは、アモンの心の中の願いに反して、全員悪霊軍の将軍となってしまった。
「現在のわが軍の戦力は、正規軍は200万弱、予備兵力280万、親衛隊50万、それにタッバーゾロン《巨大バッタ》軍の800万を合計しますと1330万となっております」
悪霊軍の参謀長とでも言える統括総長であるラークシャサ将軍がアモンに説明する。
「しかし、予備兵力は、陛下もご存じの通り、兵役任務を解かれた年配悪霊兵たちおよび16歳以下の若年悪霊兵ですので、戦闘能力はそれほど高くありませんし、タッバーゾロン《巨大バッタ》軍に至っては...」
「タッバーゾロン《巨大バッタ》軍のことはもういい。奴らは食料を大量に喰らうだけの脳ナシどもだ。アスラ、会議後、タッバーゾロン《巨大バッタ》どもをすべて皆殺しにしろ!」
「はい...」
大闇将軍と呼ばれ、悪霊たちからもその残忍さで恐れられるアスラの返事が、なぜか元気ない。
アモンは、ちょっと不可解といった目でアスラを見たが、アスラはアモンが見ていることに気がつかず、何やら考え事をしているようだ。
アモンは少し気になったが、今はそれどころではない。
重要な会議をしているのだ。
アスラは、父のアモンに知らせずにエリーニュスの三人の娘を凌辱し、殺した。
さらに、捕虜にしてエイダ軍の情報を聞き出すべきだった亜麻色の髪の耳の長い少女も犯して殺した...
アモンがそのことを知れば、逆上してアスラを死刑にするだろう。
だが...
あの四人の娘は消えてしまった。
髪の毛一本、血の跡も残さずに。
“あれは夢ではない。あの時、あそこには、俺さえも想像できないような“力”を持つ誰かが介入したのだ…”
そう思うと、ぞ―ッとした。
アスラの力をも超える“力”を持つ強敵が迫っていることを感じ、首筋から脇から冷たい汗が流れた。
「して、新規招集でどれほど集められる?」
「はっ。生産部門および一般からも招集するとして、6ヶ月で500万動員することが可能です。この期間には、訓練、教育が含まれております」
「数が圧倒的に少な過ぎる!」
「陛下... これは生産部門と一般家庭から、それぞれ30パーセント招集した数字です。これ以上増やせば、食料生産、武器生産等に大きな影響が出ることになります...」
「構わん。一時的な生産量低下はやむを得ん!不足するようであれば、アスラが始末したタッバーゾロン《巨大バッタ》どもでレーションを作らせるがよい。貴重なプロテイン源となるだろう!」
アモンの冷酷さに、会議室にいた将軍たちはいまさらながら冷や汗をかいた。
「...... そこまでおっしゃるのでしたら、50パーセント招集した場合は830万動員可能となります」
「60パーセントに増やせ!」
「1000万ですか... わかりました。早速、増員計画を変更いたします」
ラークシャサ将軍も父・アモンに逆らっても仕方がないことを重々承知していた。
彼がやらなければ、アモンはほかの者に命令するだけだ。
「それで、エイダ軍の最新情報は入ったのか?」
「はっ。わが侵攻軍を迎え撃ったのが、どのエイダ軍なのかはまだわかっておらず、目下、鋭意調査中です」
アスラ大闇将軍が答える。
「何が鋭意調査中だ!生ぬるい!戦いはスピードだ。調査をしている者を替えろ!」
「はっ。しかし、エイダ軍はウェスト・ゾーンに攻め込ませた遠征軍が、|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》たちによって壊滅させられているので、こちらと同じように、立ち直るのに半年から1年程度はかかると見ております」
「だからこそ、エイダ軍が立ち直り、軍を再編する前に攻撃せねばならんのだ。それをお前たちはわかっておらん!」
「陛下、私たちにフリズスゴレルロームへの突撃を許可ください!」
ダークバイオレット色の長い髪のマーラ・アンダカ将軍がアモンに申し出る。
「ならん!いくらおまえたち個人の戦闘能力が優れていたとしても、たかが40万ほどの軍で突撃するのは無駄死にしに行くようなものだ!」
「し、しかし、父上、私たちの軍は精鋭ですっ!親衛隊を凌ぐ精強揃いです!」
ラズベリー色の髪の次女のマーラ・ラマシュトゥもアモンに食い下がる。
「エイダは、|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》を倒し、400万以上のわが軍を壊滅させたのだぞ?敵がどのようなものかもわからないところに、お前たちを生かせるわけにはいかん!」
「ガィアもデーヴィヤナも立派に戦って死にました。父上、私たちにも誇りをもって戦い、誇りをもって斃される任務をお与えください!」
チェリーピンクの髪の三女マーラ・フレースヴェルダが身を乗り出して歎願する。
しかし、アモンは首を縦に振らなかった。
「ならんと言ったら、ならん!おまえたちは、作戦で割り当てられた任務を遂行するのだ。これ以上そのことを言うと軍令違反で監禁させるぞ!」
三姉妹とも黙るしかなかった。
正直言って、アモンはこれ以上、愛する娘たちを戦地に送りたくなかった。
なぜなら、6人の子どもを失い、さらに3人の養女― エリーニュス三姉妹を失った第一闇妃マーラウルはアモンと口論をし、口も利かなくなったからだ。
第一闇妃マーラウルの子たちは、長男ウラノスはかなり以前に逃亡して行方不明、次男のダイモニオンと長女のガィアは先の戦いで戦死し、残っていた三男のケントウルスと四男オリオウルス、それに末娘のデーヴィヤナも今回の戦いで戦死してしまった。
彼女がわが娘同様に大事に育てて来たアレークター、ティーラポネー、それにメグアイラの三姉妹は、前の侵攻作戦のときに死んでしまった。だが、今回の戦いにて、|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》たちはこのエリーニュス三姉妹と遭遇し、彼女たちを殺したとの報告があった。
エリーニュス三姉妹を殺したのは、|シャイターン・ ポゼスピリト《極悪なる悪霊神》たちの独断であり、アモンの命令ではなかったが、「生きていたが殺した」などとマーラウルに言う訳にはいかないので黙っていたのだ。
すべての子どもが死んだことを知ったマーラウルは嘆き悲しみ、アモンを強くなじった。
「あなたが自分の欲望のために無謀な戦いを始め、私の子どもたちを巻き込んだせいで、争いが嫌なウラノスは逃げだしていまだ行方不明、ダイモニオンとガィアは死んでしまい、今度はケントウルスとオリオウルスとデーヴィヤナまで死んでしまいました。あなたは、私の愛する子どもたちを全部殺してしまったのですよ!?どう、責任を取るつもりですか?」
「戦いに死はつきものだ!おまえの子どもたちは余の子どもでもある。彼らは立派に戦って名誉の戦死を遂げたのだ。おまえはそれを誇りに思わなくてはならない。子どもはまた作ればいい...」
「なにが名誉の戦死ですか!それはあなたにとって都合の良い解釈です!私は、あなたの子どもはもう欲しくありません!金輪際、わたしには話しかけないでください!」
以来、アモンを寝室に寄せ付けないどころか、食事さえいっしょにとらなくなってしまい、アモンは苦々しい思い出毎日を送っていた。
「それでは、前回および今回の戦いで亡くなった将軍たちの補充について述べます...」
ラークシャサ将軍が次の議題について話を始めようとしたとき、突然、慌ただしい足音とともに、一人の将校が会議室に飛びこんで来た。
「陛下っ、エイダ軍が『ナイリヤ』の北方200キロ突如現れたと、ベレト将軍から緊急連絡がありました!」
「なにっ?して、エイダ軍の兵力数は?」
バタバタバタ…
駆けて来る足音が聞こえ、さらに別の将校が飛びこんで来た。
「アモン陛下、『ナイリヤ』の西方200キロの地点にエイダ軍の大軍が突然出現したとクロケル将軍より緊急連絡がありました!」
「敵の兵力は?」
今度はアスラが訊く。
ベレト将軍もクロケル将軍もアスラ軍団の将軍であり、アスラから『ナイリヤ』の防衛を任されていた。
「第一報では100万を超すとのことです!」
「北方の敵も100万以上とベレト将軍は言っております!」




