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その瞳が映す景色に、  作者:
第一部
6/40

ーーー


「…あれ、スイじゃん」


 スイは久しく聞いていなかったその声に、思わず顔を顰めそうになるけれど、繋がれた手から伝わる温もりになんとか堪えることに成功した。


「……ソラ」


 背中から聞こえた、聞きたくなかったその声に振り返れば、やはりそこには数ヶ月しか違わない異母兄、藤壱ソラが立っていた。


 伸ばしている黒髪を縛り、二重の赤い瞳はスイの隣に立つライへと注がれる。


 スイの母親はスイが3歳の時に亡くなり、父親であるジツがその後すぐに再婚した後妻の子供がソラだった。


 スイと数ヶ月しか違わないということは、ジツはスイの母が居ながらも別の女性と懇意にしていたということだ。


 しかも、ソラはスイよりも数ヶ月早く生まれている。


 その事実が、スイにはとても悍ましく思えて仕方が無い。


 生まれつき魔力の多かったソラは、昨年、成人である18歳を迎えると同時に藤壱家当主でもあるジツから正式な後継として認められていた。


 再婚後、藤壱家の女主人となった継母は、藤壱家と帝族でもあった前妻の血を引くスイのことが妬ましく、幼いスイに酷く冷たく当たった。


 そんなスイを見兼ねて、スイの祖父に当たるモクがスイを引き取り、スイの人間離れした武術の才能に目を見張ることとなる。


「へー、この子があの、青の一族の末裔ね。確かに綺麗な顔してんな」


 ソラから注がれる不躾な視線から庇うように、スイはライを自身の背中で隠した。


「じろじろ見るな」

「なーに、固いこと言って。相変わらずだねえ」

「煩い。それより、何の用だ」

「別に。珍しい髪色の子が歩いてるから誰かなーと思って見てみたら、スイも一緒だったってわけ」

「そうか、じゃあもういいだろう。早く帰れよ」


 スイは幼い頃から、ソラとはそりが合わなかった。


 母親が亡くなるまで、スイは藤壱家の後継として育てられていた。


 名家としての教養や、軍人を輩出してきた本家故の、厳しい稽古。


 それら全てが、突然現れたソラに取って代わられたのだ。


 後継に少しも未練は無かったけれど、新しく女主人となった継母は、酷く傲慢でやりたい放題だった。


 継母に骨抜きなジツは好き勝手する継母のことも、ソラのことも、一切咎めることは無く、そんな彼らにスイは嫌気がさしていた。


 だから、モクに引き取られた時はスイは心の底から安堵した。


 そして誓ったのだ、藤壱家とは関わらずに生きていく、と。


「そんな釣れないこと言うなよー」


 スイよりも少しだけ背丈の低いソラが馴れ馴れしく、スイの肩に手を回す。


 その腕を振り払いながら、スイは少し不安そうな顔をしているライの手を引いた。


「…ライ、行こう」

「待てって、スイ。俺も、青の一族の護衛候補だったのは知ってるだろ?」

「……それが?」

「えっとー、ライちゃんだったっけ。俺も君の護衛候補だったんだよ。どう?今からでも、魔力の無いスイは辞めて、俺にするのは」


 その言葉にスイは言いようのない、怒りの感情が込み上げる。


 幼い頃から何かにつけて喧嘩を売ってくるソラに、ずっとスイは辟易していた。


 だからこそ、本家から離れてモクの元で過ごしてきたのに。


 あの雪の日の後、ソラも護衛候補なのだと耳にしてから、スイは初めて、たったひとつ、モクに願い事をした。


「スイと違って俺なら魔力も多いし、武術だって優秀だよ」


 ソラを見上げるライが何と答えるのか、その答えを聞きたくなくて、スイはライを見ることが出来ない。


「いえ、私はスイがいいです」


 学校の教室で別れる時に見せた、心細そうな表情をしていたライからは想像出来ないような、凛とした声がその場に響く。


「…魔力なんて無くても、スイがいい」


 スイもまた、ずっと魔力が無いことに劣等感を感じて生きてきた。


 名家である藤壱家の正式な血統な筈なのに、スイには魔力が殆ど無く、更には灰色の瞳。


 誰もが僅かながらも魔力を持って生まれる筈のこの世界で、スイはそれを持たずに生まれてきた。


 同じく、灰色の瞳を持ち魔力の無いモクの言葉が、スイの頭を過った。


『魔力のある無しじゃない、瞳の色でも無い、大切な何かを護れるか。それだけが、生きていく上で一番重要なことだと、私は思うよ』


 先の戦争で名を馳せた軍人でもあった祖父のその言葉で、スイは時折、俯きながらも前を向いて生きてくることが出来た。


『いつかきっと、スイも大切な何かに出逢えるよ』


 そうして、出逢ったのだ。


 あの冷たく寒い雪が舞う日に、スイはその大切なものを見つけた。


 スイの腕の中で小さく震えながら、声も無く涙を溢した少女。


 ライを護る為に、ただその為に、スイはそれまで以上に厳しい稽古に没頭した。


 国の要人の護衛につく軍人は、国立軍の中でも一般兵とは異なり並大抵の努力では成り得ない。


 教養や作法、武術や体術など、様々な要素が求められる。


 成人前の青の一族であるライもまた、国の要人のひとりだった。


 そんなライの護衛につく、その目的の為にスイはライと初めて出会ったあの雪の日の後、更にモクに頼み込んであらゆる分野の専門家の指導を受けた。


 正式な護衛が決まるのはライが魔法施設を出る時で、それまで、5年しか、時間が無かったのだ。


「……そう、ざんねーん。まあ、また気が変わったらいつでも言ってよ。これから、会うこともあるだろうし」


 ソラもまた藤壱家後継としての教育を受けていて、スイよりは遅かったものの15歳の時には国立軍入りを果たしていた。


 そんなソラも護衛候補だと聞いて、スイは居ても立っても居られなかった。


 モクと過ごす日々の中で、スイが初めて、たったひとつ願ったこと。


『……青の一族の護衛になりたいんだ。あの子を、護ってあげたい』


 引き取ってから我儘ひとつ言わずにいたスイの、初めての願いを叶える為に、モクは自身の持ち得る権力の全てを使い、ソラを護衛につかせようとしていた実の息子であるジツを捩じ伏せた。


「じゃあ、またね。スイも、たまには本家にも顔を出しなよ」

「……」


 何も言わないスイを予想していたのだろう、ソラは可笑しそうに笑って去っていく。


「スイ、帰ろう」

「……あ、ああ」


 去っていくソラの背中をぼんやりと見ているスイの手を、ライが弱く引いた。


「……ごめん、ソラは俺の兄なんだ」


 見るからに憔悴しているスイを、ライが不思議そうに見上げる。


「…あんまり似てないんだね。それより、早く帰ろう。私、早く、林檎飴食べてみたい」


 そう言うライの後ろでは、いつの間にか夕陽と混ざった空が少しずつ、夜へと溶け始めていた。


「……ああ」


 スイは、繋がれたままのライの小さな掌を見つめる。


 あの時よりも長くなった、白くて綺麗な指が並んでいる。


 その手を、自身の不恰好な掌で包み込む。


 スイよりも少し冷たいその温もりを確かめながら、ソラでは無くスイを選んだライの言葉がスイの頭を離れない。

 

 スイはライと共に、七桜家の大きな門を目指して歩き始めた。


――

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