ーーー
「ライ様、入学式がもう直ぐ始まりますよ!会場まで一緒に行きましょう」
「…うん」
滞りなく終わった入学式は、ライにとっては苦行としか言いようが無かっただろうなと、トウは思う。
式の間中、ライには無数の視線が向けられ、囁かれる声の殆どがライに関することだった。
ライの隣に並ぶトウにも届くくらいだから、きっとライにも届いているだろう。
この春、あの青の一族の最後の末裔が入学するという噂は、帝国中に広がっていた。
帝国中の年頃の男子の居る家の主や本人が、この春に入学することを決めたと聞く。
女子の入学も例年に比べて多く、入学式が行われた広い筈の会場は溢れ返る新入生たちで狭く感じられる程だった。
強すぎる魔力を持ちこの春まで隠されていたライの姿を見た者は、今まで全くと言っていいほど居なかった。
書物でしか見たことのなかった青の一族の、銀色の髪がこんなにも美しくて、濃淡の違う青い瞳がこんなにも透き通っているのだと、誰が想像出来ただろう。
そんな儚げな、近寄り難い程に整ったその容姿のライに声を掛ける強者は、まだ現れていない。
トウとライが教室までの廊下を歩いてる今も、生徒たちの視線は一心にライに向けられているけれど。
戻ってきた教室の椅子に座り、溜息を吐くライの隣の椅子を引いてトウもまた座った。
窓際に座ったライの銀色を、太陽の光が照らす。
「ライ様、大丈夫ですか?」
「……うん」
「今日はこれで終わりですし、気をつけて帰ってくださいね」
力無く頷くライのその姿が、今にも消えてしまいそうで、トウは何故か不安になる。
「トウ」
不意に、ライの左右で違う青い瞳が、トウを真っ直ぐに見つめてくる。
青い眼差しが、トウを貫く。
その瞳にトウが映っていて、トウはまるで動けなかった。
「ありがとう、一緒に居てくれて。トウが居なかったら、もう通わなかったかもしれない」
小さな時から憧れていた、青の一族の末裔のライがトウの名前を呼んでいて、トウが居るから通えるのだと言っている。
その事実が夢みたいで、トウは返事も出来なくて、ライを見つめたまま呆けてしまう。
「……トウ?」
「え、あ、えっと、」
「どうしたの?大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ、です」
「そう?」
ふふ、と可愛らしく笑うライが眩しくて、トウは目が眩むようだった。
悲しくもないのに視界が揺れるのはどうしてだろう、そんなことを考えながらトウは何故か胸がいっぱいになる。
「ライ」
不意に、同じ教室にいる男子生徒たちよりも低い声がライの名を呼ぶ。
朝と同じ扉の前に立つスイを認めたライが、ほんの微かに安堵の表情を見せたのを、トウは見逃さなかった。
トウに向ける表情とも、それまで固かった表情とも違う、ライ自身も気付いていないであろうほんの僅かな、微かな変化。
「スイ」
「終わったんだろう?迎えに来た」
「うん。じゃあ、トウ、今日は本当にありがとう」
「いえ、また明日も会えるの楽しみにしてますね」
立ち上がったライの耳に付いている白い、耳飾りの石が揺れた。
トウはそれを見ただけで、ライが何の目的の為に付けているかを悟った。
手を振ってスイと共に出て行くライを、トウもまた手を振り返しながら見送る。
史実に載っている、青の一族の歴史は凄惨で悲惨なものだったと、トウははたと思い出す。
一族の女性が産む女児は、まるで上書きするように強い魔力を持ち、その強さに耐え切れずに母親は産むのと同時に儚くなるのが常だった。
あらゆる国のあらゆる民族が、宝を産み出す一族の女性を奪い、利用し、消費した。
その結果、青の一族は少しずつ絶えていき、最後の血を引く女性はライただひとりになった。
殆ど戦争なんて無くなった今の時代でも、国立軍人と魔術師は憧れの存在だ。
魔術師の中でも数少ない国家魔術師は、七桜家とその分家が殆どを占めていて、七桜家直属の分家に産まれたトウもまた、魔術師に憧れていた。
自分が叶えることが出来ないから、余計に憧れていたのかもしれない。
でも。
ライがいつか産むかもしれない女児を手に入れる為に、帝国内だけに限らず、あらゆる国の者たちがライを狙っている。
もし、ライ自身から求められることが出来れば、ライを手に入れる正当な理由が出来る。
そんな思惑があるからなのだろう、今年の入学生は10歳も15歳も男子が圧倒的に多かった。
トウは、先程初めて見たライの、見ているこちらが照れてしまうような、そんな可愛らしい微笑みを思い出す。
きっとライは全て理解しているんだろう、自分が周囲から見てどんな存在なのか。
でも、だからこそ、ライが幸せになれる未来が訪れたら良いのに、と願わずにいられない。
願わくば、重く悲しい、絶えゆく運命を生きるライが、少しでも多くの時間を笑って生きていけるように、と。
ーー