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その瞳が映す景色に、  作者:
第一部
30/40

ーーー


 白と灰と、それと銀。無色のようで、沢山の色彩を持つ雪が、舞い落ちている。


 息が、苦しい。


 ライは酷く重い瞼を、なんとかこじ開けた。


 どうやら、ライは床に倒れ込んでいるらしい。


 瞼だけでなく、体も酷く怠い。


「……」


 ライの瞳に映った景色は、見慣れないものだった。


 白い床が視界一面に広がっている。


「…起きたか?」


 僅かに顔を動かせば、誰かの靴が見えた。


 聞き覚えのあるその声は、彼のものだ。


「……ト、ウ、さま?」


 掠れる声でそう言えば、トウはしゃがみ込み、倒れるライを覗き込んだ。


 普段、無表情でいるトウは、いつになく嬉しそうな顔をしていた。


「ああ、私だよ。どうだい、気分は?」

「……」


 その問いの答えを口にするのすら難しい程に、ライの気分はとても悪い。


 ライの膨れ続ける魔力は、何かに吸い取られて、削られているのが分かる。


「私の気分は、すこぶる良いんだ。何しろ、長年の夢が漸く、叶うのだから!」


 トウがライの腕を掴んで、無理矢理に立ち上がらせた。


 ライの左足が、じゃらりと重い音を鳴らした。


「……っ」


 声にならない苦しさと痛みが、ライの体を砕くように貫いた。


「こっちだよ。素晴らしいものを見せてあげよう」


 顔を歪めるライを意に介さず、トウは半ば引き摺るようにライを歩かせる。


 ライの左足に付けられた鎖のようなものが、鈍い音を鳴らしながら付いてくる。


「……こ、れは、」


 連れてこられた先に居たのは、ライとそっくりな風貌をした女性だった。


 まるで眠るみたいに彼女の瞳はしっかりと閉じられていて、整えられた寝台の上に横たわっている。


「彼女は、君の母親だよ」


 静かに響いたトウのその言葉に、ライは目を見開いた。


「……え?」


 ――この人が、私の、母親?


「サラが君を産むのと同時に息絶えたことは、君も知っているだろう?」


 真っ白なシーツの上に、青いワンピースを着ている彼女はまるで生きているみたいに生気に満ちていて、そんな彼女をライは食い入るように見つめた。


「そのあと、私がサラの体をずっと、保存していたんだ。見たまえ、彼女はまるで眠っているみたいだろう?その美しさも、生前のままだ」


 以前、ヨウが口にしたことがある。


 ライの母親であるサラの体は、彼女の死後、行方不明になったままなのだと。


 朦朧としてきたライの意識のどこかで、悲しそうな顔をしていたヨウが過ぎった。


「ずっと、青の魔力を注いできたんだ。娘である、君のね。…知っているかい?」


 普段、無口なトウからは想像出来ない程の饒舌に、その内容に、ライは目が眩みそうだった。


「青の一族の魔力は、」


 トウの背後にある窓から、闇の中を舞う雪が見えた。


「死者を、蘇らせることが出来るんだよ」


 不意に、トウが掴んでいたライの腕を離す。


 ライは崩れるようにその場に倒れ込む。


 体に力が入らなかった。


「素晴らしい力だろう。だから、私はずっと、君の魔力を溜めて、サラに注ぎ込んできた」


 倒れるライの直ぐ側にしゃがみ、トウはライの耳に付いている耳飾りを取り外した。


 その耳飾りは、真っ白に濁っている。


「この耳飾りも、魔力を()()()為のものじゃない。()()()()ものだ」


 耳飾りを外した瞬間にまた、ライの魔力は膨れた。


「……っ、」


 魔力が膨れて、体が千切れそうだった。


「……まだ、魔力が膨れるとは。本当に、素晴らしい」


 膨れるライの魔力を、足に付けられた鎖が吸い取っていくのが分かる。


 その鎖の先は、サラの手首に繋がれていた。


「やはり、近頃の魔力暴走が効いたか。アーシェとベネットにけしかけたのは、私だよ。青の魔力は、心の揺れに弱いとね」


 トウは、恍惚の表情を浮かべてている。


 そんなトウを、ライはただ床から見上げていた。


「魔力暴走を繰り返して、無理矢理に上限を越えさせた。その分寿命は縮まるけれど、元から、君の命はサラのものだ」

「……けほっ」


 ライが込み上げる苦しさを吐き出せば、真っ赤なものが床に散らばった。


 ライは口元を拭うことすら、出来なかった。


 酷く、苦しい。


「……おや、そろそろ限界かな」


 ライはゆっくりとその瞳を閉じた。


 苦しくて、悲しくて、とても目を開けていられなかった。


 自身でも、()()()が近いことが、分かる。


 ただただ、スイに会いたかった。


「……きっと、藤壱が来るだろうから、」


 薄れゆく意識の中で、微かに、最後に聞こえたそれを、ライは聞き取ることが出来なかった。


「……そうしたら、終演だ」


 ただ、愉しげなトウの声だけが、その場に響いていた。


ーーー


「は?」


 スイの口からは、自身でも分かる程に、苛ついた冷えた声が出た。


 夜も更けて、コウとリンの誕生日会はもう数時間も前にお開きになったのだという。


 スイがその部屋へ来たときには、既に大勢の招待客は帰ったあとだった。


 静かに、虫の音が聞こえる。


 参梅家の屋敷の一室で、項垂れているリンが言った言葉をスイは理解出来なかった。


「…ライが、連れ去られた?」


 自身の口で繰り返して漸く、その意味を正しく理解すれば、スイから全ての表情が消える。


「……はい、本当に、申し訳ありません」


 今にも消えてしまいそうに青い顔をしたリンの隣には、普段着に着替えたコウが、口に手を添えて真っ赤な瞳を見開いていた。


「……そんな、お父様が、」


 呟くように囁いたコウにも、この世の終わりだと嘆かんばかりのリンにも、スイは苛立ちが隠し切れない。


 コウをライの姿に見せる魔術もトウが作り上げたものだというし、リンもトウから庭にある冬桜の花を見せるように言われたという。


 その花を見た途端にライは苦しみ出したと聞いて、スイは自身の拳を握り締めた。


「……お前たちが、全て、仕組んでいたな…!?」

「……っ!」


 スイは、椅子に座り、目の前で黙り込むリンの胸ぐらを掴み、無理矢理に立ち上がらせた。


 彼らがスイとライを引き離した時点で、全て図られていたのだ。


 スイは込み上げる怒りのままに、激昂した。


「トウ様は、どこだ?」

「……分かり、ません」

「分からない訳が無いだろ……!?」

「……っ、」


 苦しそうにスイから視線を外したリンを、スイは更に締め上げた。


 リンが顔を歪める。


「……スイ様、」


 スイはリンの胸ぐらから手を離さずに、コウの声へと顔を向けた。


 コウが声を出さなければ、スイはリンを思いのまま殴っていただろう程に、スイは苛立っていた。


「……なんだ」

「…お父様は、参梅の離れの研究所に居るかと。普段はそこに籠りっきりですから。…ご案内します」


 スイはゆっくりと、リンを掴み上げる腕を離した。


「……次、俺を騙したら、どうなるか、分かるよな?」


 呻くような低い声で呟いたスイの言葉に、コウは小さく頷いた。


 今頃、ライはどうしているだろう。


 スイは、最後に見たライの表情を思い出す。


 泣きそうな、悲しそうな顔をしていたライを、今すぐに抱き締めてやりたいのに。


 心配することなど何も無いと、安心させてやりたいだけなのに。


「…研究所はここから、そう離れていません。直ぐに車を手配させます」


 顔色の悪いリンが、そう言って部屋を出て行く。


 その後ろ姿を見送って、スイは徐ろに窓へと歩み寄った。


 真っ黒な空からは、未だはらはらと、雪が舞っている。


 ――ライ。


「……くそっ」


 酷く、胸騒ぎがした。


 この雪はきっと、ライの身に何かがあった兆しなのだろう。


 初めの魔力暴走のときだって、季節外れの雪が舞って、幼いライは抜け殻のようだった。


 スイの脳裏に、虚ろな青い瞳が過ぎる。


 何より、青の魔力の増減はライの命に直結している。


 スイは湧き上がる嫌な予感を、打ち消すことが出来ない。


 ――ライ、無事で居てくれ……!


「スイ様、お待たせしました」


 スイは駆け込んできたリンの言葉を聞くな否や、シャツのまま扉へと走った。


 漆黒の空には、月と星と、雪が輝いている。


 外に出たスイの体の熱を、吹き付ける冷たい風と雪が奪っていく。


 そんな冷たさに気付かないまま、スイは車へと乗り込んだ。


 ()()の影が、直ぐそこまで。


ーーー

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