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その瞳が映す景色に、  作者:
第一部
15/40

ーーー


 再び汽車に乗り着いたリョクの屋敷は、小さな池を囲むようにある小さな村の一画にあった。


 田んぼに映り込むリョクの屋敷はとても大きい。


 その屋敷の敷地の中へと、ライは迷いなく入っていく。


 スイはふたり分の荷物を持ち直して、ライの後ろを追いかけた。


 先程、スイが買って縛った深緑の髪紐が銀髪にとても映えている。


 ライが歩く度に揺れるその先を、ライは汽車の中でもよく眺めていたから、気に入ってくれたのだとスイはひとり勝手に思っている。


「お祖父様、ライです」


 その大きな屋敷の大きな玄関の前で、ライがリョクを呼ぶ。


 暫くすると、その扉がゆっくりと開かれて大柄な人物が現れた。


 短い黒髪は未だ艶があり、短く刈り上げられている。


 魔術師と聞いていたから、スイは都で見かける細身の彼らを想像していたが、リョクは思っていた以上にしっかりとした体格をしていた。


「ライ、よく来たな」

「はい。お祖父様、こちらが藤壱家のスイです。私の護衛をしてくださってます」


 リョクの真っ赤な瞳がライから、スイに移される。


 リョクは、腹の底に響くような低い声をしていた。


「はじめまして。藤壱スイです」

「ああ、ヨウから聞いている。とりあえず、ふたりとも上がってくれ」



 先に入ったライに続いてスイも玄関の中へと足を踏み入れた。


 広い玄関は綺麗に掃除されていて、物は殆ど無い。


 リョクが入った部屋には囲炉裏があり、都より冷え込むからだろう、小さな火が焚べてあった。


 障子は開け放たれていて、遥か昔からそこに立つのだろう大きな楠の木が見えた。


「使用人は居ないんだ。適当に座ってくれ」


 囲炉裏の前に、どかりとリョクが胡座をかく。


 スイはリョクに向かい合うように座ったライの隣に座り、自身の横にふたりの荷物を置いた。


「お祖父様、トウ様はどちらに?」


 耳飾りの石の交換の為に寄ったのに、肝心のトウが居ないことにはスイも気が付いていた。


 ライがそっと屋敷の中を窺いながら尋ねる。


「もう、ゲンに居る」

「お屋敷で交換するんじゃないんですね」

「ああ、急にゲンに変更すると言い出した」

「そうですか」


 聞き慣れない言葉に不思議そうな表情をしていたのだろう、ライがスイを見て微笑んだ。


「スイ、ゲンっていうのは私が保護されてた施設のことで、一般にはあまり言われないんだけど、関係者の間ではゲンで通ってるの」

「そうなんだ」


 その場所はヨウとリョクしか知り得ず、ライの双子の兄たちですら知らなかった筈だとスイは思い出す。


 今から向かい直すのだろうか。


「早速だが、ライ。向かってくれるか?多分、トウが痺れを切らして待ってる」

「そうですね、分かりました」


 ライは少し苦笑するとすっと立ち上がってスイを見たあと、リョクへとその青い瞳を移した。


「その間、スイは?」

「ああ、彼に少し、話がある」


 リョクの牡丹のように赤い瞳が、スイを真っ直ぐに見据える。


 スイもまた、リョクを見つめた。


「…そうですか」


 再びスイを見下ろしたあと、ライは開け放たれた先の縁側へと視線を向けた。


「…じゃあ、スイ、またあとで」

「……え?」


 そう言うと、ライは縁側へと歩いていく。


 外を向いて立ったかと思ったら、突然その場の空間が歪んでその中へと一歩踏み出すと、ライは一瞬で消えてしまった。


「……なっ」

「大丈夫だ」


 思わず立ち上がりそうになったスイへ、リョクの低い声が掛かった。


「ゲンはどこにでも存在していて、どこにも存在していない」


 リョクのその言葉が哲学的で、スイは少し混乱した。


 しかし、ライの師であるリョクが落ち着き払って座ったままでいるのだから、きっとライはゲンに向かったのだろうとスイは再びそこに座り直した。


 風が木の葉を揺らす音が、とても近くに聞こえる。


「……スイくんと言ったか、」


 呟くように聞こえたリョクの小さな声に、スイは囲炉裏の炎を見つめていた瞳をリョクへと向ける。


 リョクはやはり、真っ直ぐにスイを見据えていた。


「君は、ライのことを好ましく思っているのか?」


 随分と直接的だな、とスイは内心苦笑した。


「そう、見えましたか?」

「ああ」

「……そうですね。…俺は、ライのことが好きです。ライの笑顔を護る為なら、何だってします」


 それは確かに、スイの本心からの言葉だった。


 その言葉に、リョクは聞こえるか聞こえないくらいの嘆息をもらす。


「私は、反対だ」


 静かに、でも酷くはっきりと聞こえたその言葉がスイを貫いた。


「…どうしてですか?」

「ライは、青の一族だ」

「知っています」

「青の一族の最期を、君は知っているか?」


 向けられた真っ赤な瞳に、その言葉に、思わずスイは息が詰まる。


「青の一族の女性は、その強すぎる魔力のせいで短命だ。私たちが生きる年月よりも、ライの人生は遥かに短い」


 スイは知らなかった真実に、目を見張った。


「20歳を過ぎたあと、彼女たちの魔力は急激に減っていき、その早さに、体が付いていかない。逆に、増え続ける間に亡くなる女性も多かった。ライは魔力を抑えているから、今は体に負担なく生活出来ているけれど、20歳を過ぎたら、どうなるか分からない。抑える術はあっても、維持する術が無い」


 だから、20歳を迎える前の若い女性たちが狙われてきた。


 しかし、減っていく間の魔力も一般魔術師に比べれば、とても強い。


 故に、複数の国で彼女たちが兵器として利用された過去もある。


 どこまでも悲しい一族だと、スイはリョクから視線を外して小さく見える炎を見たあと、ゆっくりと瞳を閉じた。


 スイを見上げて、微笑むライがスイの脳裏に浮かぶ。


 左右で濃淡の違う青い瞳にスイが映り込み、嬉しそうに微笑む、いつかのライが。


「……それでも、」


 ゆっくりと瞳を開き、スイは再びその灰色の瞳をリョクへと向けた。


「それでも、俺はライと共に生きる未来を望みます。それが例え、短い時間だったとしても」


 スイとリョクの間を、静かな木の葉の音が流れる。


「ライも、俺を必要としてくれるのであれば、俺はずっと、ライの傍に居たい。彼女を笑わせてあげたい。楽しいことも、悲しいことも、その全てを分かち合いたい」

「……君は、それでいいのか?ライはきっと、君よりも早く死ぬ」


 ライがこの世界から居なくなる、そんな現実は受け入れたくないけれど、恐らくそう遠くない未来に訪れるのだろう。


「…そう、かもしれません。でも、俺が共に生きていきたいと、笑顔が見たいと望むのは、きっとこの先もずっと、ライだけです」


 そう長くない時間を生きるライを、スイが何ものからも護り、何の不安も心配も無く、出来ることならいつだって笑顔で、ただ、生き抜いて欲しい。


 そして、そんなライの傍には、スイが居たい。


 揺るがないスイを見て、リョクは先程とは打って変わって大きく嘆息をもらした。


「……君も、ヨウと同じだな」

「ヨウ様と?」

「……ああ」


 リョクは静かに、開けられた障子の向こうに広がる緑へとその目を向ける。


「当時、ヨウも、君と同じようなことを言ったよ」


 サラ・ベネット。


 ライの母親であり、ヨウの妻。


 ヨウがサラを初めて見つけたとき、サラの銀色の髪の毛は無造作に短く切られ、着ている衣服は至る所が擦り切れていて見るからに無残な姿だった。


 奴隷のように扱われていたアーシェ国から決死の思いで逃げ出したサラは、当時アーシェ国との国境付近にあった七桜家の屋敷の広い敷地の中で倒れていた。


 アーシェ国は、長年ゼン帝国と争い続けていた過激な国であった。


 そんなサラを助けたヨウと、サラが想い合うのにそう時間はかからなかった。


「私はその時も、反対したんだ。サラはその時22歳で、我が国との戦に兵器として駆り出されていた。なんとか逃げ出せたけれど、もし生きているのが知られればアーシェが再びサラを探すと思った。そんな危険な人物を匿うことは出来ないと。そう言えば、ヨウはサラを連れて七桜の屋敷を出て行ったんだ」


 リョクは遠くを見つめたまま、続ける。


「サラのこれからの人生を、自分が護り、彩ってみせると言って」


 その赤い瞳は、現在(いま)を見ているのか、それとも過去を見ているのか。


 リョクは再び、スイを見据える。


「それから暫くしてアーシェとの戦争は終わり、私は必死にヨウを探した。魔力の多いヨウは七桜の後継者だったからだ。ヨウとサラは遠く深い森の奥に隠れるように暮らしていて、見つけた時には歩き始めたフウとカイが居た。私は、ヨウとサラ、子供たちも皆、屋敷に連れ戻した。その時に聞かされたんだ、サラの命がそう長くないこと。サラのお腹の中に、小さな命があることを」


 それが、ライだったのだろう。


「私はフウとカイの為にもなんとかならないかと、あらゆる文献を読み漁り、ベネット国にも行った。それでも、サラが短命なことは揺るがなかったし、もし、産まれてくる子が女児ならば、サラはその時点で亡くなるのだと突きつけられるだけだった」


 不意に吹いた強い風が、小さく燃え続ける囲炉裏の炎を揺らす。


「お腹の大きくなったサラが、私に言ったんだ。青の一族の血を引いて産まれて、辛いことも多かったけれど、ヨウと出会えて、ヨウと日々を過ごせて、幸せだった。誰よりも先に逝くけれど、ヨウや子供たちに会えて幸せだったと。だから、お腹の子もまた、幸せになって欲しいと、空の上からいつだって願っていると」


 スイが見つめるリョクの赤い瞳が揺れているのは、炎が揺れているからなのだろうか。


「だから、私はライにも幸せになって欲しいんだ。……勿論、スイくん、君にも」


 ゆっくりと、リョクがスイから視線を外して囲炉裏を見た。


「…ライの人生は、とても厳しく悲しいことが多い。それでも、想い続けてくれる誰かがいるなら、きっと、ライも幸せになれると私は思っている。……君を試すようなことを言って、すまなかった」


 リョクはライの厳しい未来を知っても尚、スイがライを想い続けることが出来るか試したのだ。


 その意図を理解して、スイは心から安堵した。


「……では、合格ですか?」


 スイのその言葉に、リョクが初めて破顔した。


「想い合っているのなら、反対はしない」


 幾分か柔らかくなった口調でリョクがそう口にして、スイは、無意識に力んでいたらしい体の力が抜ける。


 風が楠の木の葉を揺らす音が、微かに聞こえる。


「……スイくん、」


 安堵したのも束の間、一転、リョクの低い声が一層、低くなる。


「?……はい」

「……アーシェとベネットが、秘密裏で軍事協定を結んだらしい。もしかしたら、ライを狙ってくるかもしれない」


 スイは再び、息を飲んだ。


「君は優秀だと聞いている。だが、気をつけてくれ」

「……はい」


 強い風が、囲炉裏の炎を消してしまいそうに揺らす。


 まるでその時が分かっていたかのように、ライが消えた場所の空間が再び歪んで、その中からライが縁側へと降り立った。


 スイもリョクも、その姿に気が付きライを見つめた。


 そんなライは、スイとリョクを見て、ふんわりと微笑んだ。


「ただいま」

「……おかえり、ライ」

「うん、お話は終わったの?」


 ライは縁側から歩いてくると、再びスイの隣へと座り、そう尋ねる。


「…ああ」

「そう」

「交換は無事に終わったか?」

「はい。トウ様は相変わらず、直ぐに帰ってしまいました」

「そうか」


 苦笑するライを見れば、その耳元では、透明になった石が差し込む陽の光を反射させていた。


 スイは隣に座り微笑むライを見つめて、心の奥から誓う。


 ライがもう二度と、この青い瞳から雫が溢れることが無いように、絶対にライの笑顔を護り抜く、と。


 消えそうだった炎は確かに、小さくも強く燃え続けている。


ーーー

ライさんの名前は、漢字で蕾と書きます。


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