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その瞳が映す景色に、  作者:
第一部
11/40

ーーー


 ヨウがライに用意したと思われる、檸檬色のワンピースを着てライは姿見の前に立つ。


 ライの後ろに立つ、ライより少し年上だろうか、お仕着せを着た少女が鏡越しに熱い視線を向けてライを見つめていた。


「ライ様、とってもお似合いです!はあ、本当に美しい……!」

「…ありがとう」


 いつもはひとつに括られている長い銀髪は、ハーフアップにされて残りは緩く巻かれている。


 薄く施された化粧は、ライの人間離れした美貌を更に際立たせていた。


 ライがそのワンピースを着た辺りでやってきた彼女は白雲家の使用人のひとりで、シンに命じられてライの身支度の世話にきたのだという。


 彼女がライの髪の毛を纏め、化粧を施した時間はごく僅かで、その手捌きはとても熟れていた。


「シン様とスイ様がお待ちですよ!どうぞ、ダイニングへ」

「…うん」


 廊下を歩きながら、ライは胸元でふわふわと揺れる髪の毛に落ち着かない。


 この檸檬色だって、何故か鞄にはこれしか入っていなかったから仕方なく着たものの、似合っている気がしない。


 スイはなんと言うだろう。


 この姿を見た瞬間にあの秀麗な顔を歪められたら心が折れるかもしれない、ライは密かに溜息を吐いた。


「ライ様、こちらです!」


 食欲を感じさせる、香ばしい匂いが濃くなった部屋の扉を、使用人の彼女がゆっくりと開ける。


 大きなダイニングテーブルを挟んで向かい合って座っているスイとシンが揃って、足を踏み入れたライを見たのが分かった。


 ふたりの視線が刺さる。


「ああ、ライ様。おはようございます。そのお洋服、似合ってますね。髪の毛も、とても可愛い」


 すかさず、シンが破顔してそう言うものだから、無意識にライの顔に熱が集まる。


「あ、ありがとうございます」


 そう言うシンの向かい側に座るスイの灰色の瞳は、ライを捉えたまま動かない。


 スイも今日は白いシャツに濃い緑色のズボンを履いていて、私服姿のスイは何度も見ている筈なのに、やはり雰囲気が違って見える。


「……スイ?」

「あ、ああ。うん、ライ、可愛い」


 恐る恐るスイの名を呼べば、スイは慌てたようにライからその瞳を逸らした。


 スイの耳が僅かに赤くなっているのに、同じく顔が赤くなっているライは気付かなかった。


「さあ、ライ様もこちらへどうぞ。お腹が空いたでしょう。食べましょうか」


 そんなふたりを見て微笑むシンの明るい声にライは迷った末に、スイの隣の椅子を引いた。


 ライが着席するや否や運ばれてきた食事には、外国の果物や野菜が並んでいる。


「討伐も無事に終わったことですし、おふたりでお出掛けしてきては?近くに海があるのですが、今の季節とても気持ちが良いですよ」


 開け放たれた窓からは確かに、湿度の低い心地良い風が流れ込んでいる。


 ライがちらりと隣を見れば、スイもまたライを見ていた。


「……行こうか」

「…うん」


 スイの灰色の瞳が細められる。


 ライは、スイのその表情を見ると嬉しいような、名前の分からない感情が込み上げる。


 どこからか、ライの黒く薄汚れた心が、あと数年、成人するまでなら許される筈だと囁く。


 ライはその囁きに気付かない振りをして、柔らかく焼き上げられた玉子焼きを口に入れた。


ーーー


 高く、青く晴れた空と、紺碧の海が遠くで混ざり合う。


 微かに潮を孕んだ風が、ライとスイを撫でていく。


 壮大なその景色に、ライは何故だろうか、胸が苦しくて泣き出しそうになる。


「俺、海は初めて見た」

「……私も」


 ライの隣に立つスイもまた、紺碧の海を見惚れるように眺めていた。


 そんなスイを横目に入れて、ライは更に胸が締め付けられる。


「……スイ」

「うん?」


 無意識に下がったライの視線の先には、見慣れない細かい砂が一面に広がっている。


「…昨日の夜のことなんだけど、」


 なんと言ったらいいのだろう。


 スイと共に居たいけれど、危険には晒したく無くて。


 上げた視線の先でスイがライを見下ろしているのに、ライの唇は言葉の続きを紡ぐことが出来ない。


「ライー!」


 不意に聞こえたライの名を呼ぶその声に、ライの思考は途切れる。


 砂浜に立つライとスイを見下ろすように、高台に誰かが立っている。


 逆光で顔は定かでないけれど、着ているものは見慣れた紺色をしていて、その意匠は国家魔術師を表すものだった。


「ライー、僕だよ!ハクだよ!」

「……ハク?」


 手を振りながら階段を下りて、ライとスイの立つ砂浜へと歩いてくる青年は確かに、数年間施設で共に過ごした彼に見える。


「ライ、久しぶり!」


 癖のない短い黒髪が、潮風に揺れる。


 少し大き目のその瞳は鮮やかな赤色をしていて、ライを真っ直ぐに見下ろしていた。


「……本当に、ハクなの?どうして此処に?」

「ライが討伐した魔物の後処理に来たんだよ。スイ様、初めまして。僕は、七桜家分家の空水(そらみず)ハクです」

「…藤壱スイです」


 朗らかに微笑んで、スイに掌を差し出すハクに、ライは戸惑いが隠せなかった。


 魔物討伐の後処理に国家魔術師が赴くことはまず、有り得ない。


 現にライは討伐に向かうことはあっても、後処理をしたことは一度も無かった。


「ハク、本当に後処理に来たの?」

「そうだよ。ライが討伐に向かったって聞いて、どうしても会いたくて来ちゃった」


 スイと握り合わせた掌を解きながら、少し大人びたようにも見えるハクは2年前と同じように微笑んだ。


「来たのは、僕ひとりじゃないけどね。他にも魔術師が居るんだ、それにもう後処理は終わったよ」


 13歳で保護されたハクは、一般家の出身にも関らず強い魔力をその身に宿していた。


 ライが13歳の時に、5年間過ごした施設を出たハクは、七桜家分家の空水家に養子に迎えられ、国家魔術師として働いていた。


「それにしても、本当に久しぶりだね!ずっと会いたかったんだよ。そのワンピースもすごく似合ってる!また、綺麗になったね」


 ハクは懐かしそうにその赤い瞳を細めて、ライの銀色の頭を撫でる。


 ライは隣に居るスイを視界の隅に入れながら、突然の再会にやはり戸惑いが勝っていた。


 ハクはそんな様子のライを意に介さず、スイへと向き合った。


「スイ様、差し出がましいお願いだと分かっていますが、半日だけライの護衛を代わって頂けませんか?」

「……でも、」

「お願いです!こう見えて僕も国家魔術師の端くれですし、スイ様には及びませんが国立軍の第二軍相応だと隊長にお墨付きを頂いてます。絶対にライを危険に晒さないとお約束しますので、どうか、お願いします」


 ハクの懇願に、スイは無表情のままにライを見下ろした。


 ライは複雑な心境でスイを見上げる。


「……分かりました」


 スイの小さな承諾に、ライの胸は何故か小さくちくりと痛む。


「ありがとうございます!必ず無事に白雲の屋敷まで送り届けますので。じゃあ、ライ、行こう」


 スイを見上げるライの右手を、ハクの大きな掌が掴んだ。


 ライを見るスイの瞳とライの瞳が重なって、離れる。


 ハクに手を引かれて、スイの姿は直ぐに小さくなっていく。


ーーー


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