乙女(仮)が聖女になる方法
眷属についてはこんなところかしらぁ♡
他に聞きたい事は?
え?眷属に性別はあるかですって?
……今、私の顔を見て質問思いついたでしょう。片方づつ握りつぶしとく?
やぁねぇ、冗談よ。冗談♡怯えないで。
そうそう、眷属の性別ね。
基本は、召喚者と反対の性別になるわね。パートナーとして召喚されるから、性別を変える事で別の見方での助言を与えるためと言われているわ。
ん?召喚者が2人以上いる場合?あら、いい質問ねぇん。
その場合は、主となる召喚者の性別によるわね。
召喚する際の魔具の持ち主か魔力を多く注いだ者のいずれかね。
まあ、ただこれは基本だから例外もあるわよ。
大きめの窓からは、光が差し込んで、光と魔力を貯めたと言う瓶は、キラキラと金色に輝いていた。
ネフラの断末魔が聞こえなくなり、静寂に包まれた店内でアンさんが口を開く。
「さぁてと、そろそろ夜の準備しなきゃ」
おかしいな?いつもなら仕込み終わってる時間なのに。
急に来ちゃって迷惑かけたかなとチラリとアンさんを見る。
すると、察しの良い彼女(?)は少し苦笑しながら答えてくれた。
「あらあら、ヒスイちゃん達のせいじゃないわよぉ。今日はちょっと、色々、準備があって♡」
「なんで?抜きにくい髭でもあった?」
「……頼むから歯に衣を着せてちょうだい。
やぁねぇ♡ほら、もうすぐベナとマカの結婚式があるでしょう。その準備よん」
ベナさんとマカさんは金の桜桃亭の従業員。ベナさんは男装のエルフの楽師で、マカさんは紫紺のドレスが良く似合うハスキーボイスの唄歌いだ。
金の桜桃亭には、色んなヒトが色んな理由でここにいた。
アンさん曰く「生きていれば大なり小なり秘密はあるものよ。悪いモノじゃなければ、ウチに来てもらってかまわないわ」との事らしい。
なお、悪いモノかどうかは、オカ……性別を超越した勘で大体分かるんだって。
「二人の結婚式か〜、ご馳走も出るんでしょ。アンさんの料理美味しいから楽しみ」
アンさんは街一番の料理上手だからね。作る料理はどれも美味しいの。
特に「ナスとジャガイモの重ね焼き」は絶品だ。
やわらかな味のベシャメルソースに揚げ焼きのナスとジャガイモとアンさん特製‼︎ふくよかな味わいのミートソースで作り上げる重ね焼き。
野菜と肉そして2つのソースが絡み合い、舌の上でなんとも言えない美味しさを作り上げていた。
熱々の表面にスプーンを入れレバとトロリとしたチーズが湯気を立ててトロりと流れる。
不思議な事に、この料理は冷めてもその味を損なう事なく美味しかった。
王都からも人が来るとかあまりの美味しさに富豪が求婚したなんて話もあるらしい。
もっとも、その富豪はアンさんの性別を知って土下座で王都へ逃げ帰ったらしい。なお、アンさん的には「乗り越えられない障壁に負けた悲恋」と言うことになってる。
「も〜、ヒスイちゃんたらぁ、仮にも乙女なんだからねっ。食い意地ばかり張らないのよ。それに結婚式には聖女のお仕事もあるでしょ。大丈夫なの?」
「あー、えーっとね。それは……」
アンさんに乙女(仮)とか言われると複雑な気分だ。
でも、それよりも重要な事を突かれて思わず目をそらす。
「……その様子じゃ。大丈夫じゃなさそうね」
アンさんの言ってた「聖女のお仕事」が「聖女見習い」の私の一番の問題点…「見習い」がいつまでたっても取れない理由。
「聖女」は退魔や破邪の力に優れた女性魔導師や僧侶を指す。
魔物の出るこの村では、師匠のような魔力の強い者は「大聖女」と呼ばれ重宝される。
見習いだけど私も魔力だけは強いので魔物を倒すのは問題ない。
ただ、その他の聖女の仕事がね。うん。これが、まあびっくりするくらいできない。
冠婚葬祭では、調整した魔力を練り上げ行う儀式が多くあるの。今回の結婚式のような場合、魔法具により光魔法を調整して魔力を空に打ち上げる儀式。
この時練り上げる魔力は大きすぎても小さ過ぎてもいけない。しかも、空の上の月の真ん中と方向まで決まっている。
この儀式、通常の聖女なら夜空に手を向けて魔力を放出するだけで済む。
しかし、私の場合……魔力を放てば方向は定まらず、一度ぶっ放せば暴発した大砲並みの魔力が出る。
魔物退治ならいざ知らず、結婚式が焦土と化すなんてちっともしゃれにならない。
「聖女の仕事が、魔物を倒すだけだったらいいのに」
ため息をつきながら机に突っ伏した頭の上からアンさんの声が聞こえる。
「通常はそっちの方が難しいんだけどねぇ。まぁ、一度は成功した事もあるじゃない。まだ、少しだけど時間はあるし、頑張って」
そう、私は儀式と同じ魔法を成功させたことはある。励ましの声が聞こえるが、私は机からは顔を上げずにこたえた。
「成功って言っても子供の時のことだもん……。今より魔力量も少ないし、しかも、意味も分かってなかったから気楽に使ってたしさぁ……」
「気楽に……ってねぇ。あの時、ヒスイちゃんが媒介にした魔法具ってかなり高価なものよ」
アンさんが少し呆れたような声を出した。
うん、知ってる。あの時、いつも何事も動じない師匠がめちゃくちゃ動じてたもん。あんなに狼狽えた師匠を見たのは後にも先にもあれきりだ。
「こんにちは。借金……」って数日はぶつぶつ呟いてた。あと、しばらく夕飯のおかずが1品減った。
とにかく当時は使えたとしても今はなんでか使えない。
突っ伏しすぎて生暖かくなった机の上でグルグル考えてると耳元で「コトリ」と音がした。
「考えすぎるとできるものもできなくなるわよん。はい、コレ。サービスよ♡」
アンさんの言葉とともに、ふわりとカカオの香りが鼻腔をくすぐる。
その正体を頭に思い浮かべて私は。ガバリと顔を上げた。
「ココアだ‼︎アンさん、ありがとう」
そうだよね。
悩んでたってしょうがない。
真っ直ぐ進めば、必ず光は見えてくる!!
「その食い意地は、やっぱり乙女としてどうかと思うんだけど。まぁ、切り替えが早いのがヒスイちゃんのいいトコよね」
また本物の乙女として不本意な事を言われた気もする。けれど、それより、今はココアだ。
私の大好物。街一番のオカマもとい料理上手のアンさんが作ってくれるココア。これを飲んで元気を出さずにいられようか。
箱詰めにされてるネフラも、結婚式の儀式の成功もぜーんぶ忘れて今はこの味を堪能しよう。
舌先に広がる優しい味わい。甘く芳しい香。魅惑の味、恋の味なんて誰かが言ってた絶品ココア。
……あれ?なんでだろう?
全部忘れるはずなのに、ココアに没頭しようとしてるのに脳裏に浮かんだジェイドの優しい微笑みだけが頭から離れない。