金の桜桃(さくらんぼ)亭
もぉ、お店の奥だからって、別にとって食べたりしないわよぉ。
はい、これ、アーモンドココア。
サービスだから、これでも飲んで落ち着いてぇ。
え、あたしの存在が落ち着かない?
まあ、失礼しちゃうわね。ひっこぬくわよ♡
さぁて、情報ね。まずは何から知りたいの?
そう……眷属についてね。
神が使役する霊獣を眷属神と呼ぶのに倣い、あたし達の国では魔力により召喚し、使役する精霊や霊獣を「眷属」と呼ぶの。いわゆる「召喚精霊」の事ね。
え、なんでそう呼ばないかって、長いからじゃない?
ま、それは置いといて、眷属は召喚者を主人とし常に付き従い、それを助ける。召喚者以外の人間にも嘘をつく事はできない。
召喚には、触媒を使うわ。
この触媒はなんでもいいわけじゃなくて、かなり強い魔力を込めたものじゃなくてはいけないの。
力のある眷属を使役するには、数人がかりでなんて話もよく聞くわね。
「ふふふっ。それで今日のヒスイちゃんはそんなゴージャスな格好してるのねぇ。てっきり、バロメッツでも捕まえてきたのかと思ったわよぉ」
ハスキーな笑い声が店に響く。
ここは金の桜桃亭。
笑っているのは、艶やかな濃い茶髪にふくよかな色白のオカ……オトメ(自称)、店主のアン・ダゴンさんだ。
色白なのに顎と口周りを中心にさらに白粉を重ねているその姿は「アンダンゴ」のようだった。
ちなみにアンダンゴとは東の国のお菓子。
私も一回みただけなんだけど、アンさんにあまりに似てるので忘れられなかったんだよね。
「笑い事じゃないんだけど」
彼女(?)の笑い声に私はぶすくれながら抗議の声を上げる。
だって、初冬とはいえど羊毛みたいな綿毛は暑いし、膨張して重いし、すごく大変だった。
ジェイドと二人掛かりでなんとか運んできたんだもの。
ネフラを運んでる間、ジェイドはなんだか、始終幸せそうだったけど。
運びながら尻尾をモフモフ、手足をもっふもふ。
あれは、全力で堪能してたわ、うん。
ちなみに、その彼は、ここに着いた途端に「用事があるので」と去っていった……多分逃げた。
『まっ、オカマちゃん。失礼ね。私をあんな羊のバケモンと一緒にしないで欲しいわ』
私の抗議に続いて聞こえるネフラの声。
「ふふっ、ごめんなさぁい。でもモフラちゃんに『オカマちゃん』て言われるとなんだか複雑な気分だわぁ♡」
『あら。このアタシが親しみを込めて呼んでるのよ。光栄に思いなさいな』
「まぁ、奇遇ね。私もモフラちゃんにはシンパシーを感じてるのよ。何故かしら。前世のソウルメイトかしらん♡」
……。
濃い。
この二人(二匹?)の会話は聞いてるだけで濃い。
なんだか、お腹いっぱいというか胸焼けのような気分になる。
口が裂けても言わないけど、どっちもオカマだし、ある意味バケモ……。
「ノンノン。ヒスイちゃん、それは思うのもダ・メ」
『ちょっと、バカ娘、失礼な事考えようとしたわね』
アンさんとネフラがほぼ同時に声を上げる。
怖っ。眷属のネフラはまだ分からなくもないけど、なんでアンさんまで私の思考読んでるの⁉︎
なんなら、ネフラより早いよ。
「うふふっ。オンナには解明できないヒミツがあるのよぉっ」
また、思考を読まれだと⁉︎
……ま、まあ、アンさんなら仕方ない気が何故かする。
ちなみに、さっきアンさんが言ってたバロメッツは、植物と羊の融合したような魔物。
うちの地方だと金白色の毛皮していて高値で取引されるんだけど、すごく強いんだよね。
「捕まえてる〜」なんて簡単に言えるのはここら辺では師匠かアンさんくらいのものだ。
「また、大体は分かったわぁ。モフラちゃんを元に戻す方法を聞きにきたのよね♡」
私が頷くとアンさんはヒョイと片手でネフラを持ち上げた。
私とジェイドの二人掛かりで運んできたはずなのに、
アンさんは重さを感じないかのように軽々と持ち上げた。
やっぱり、バ……いや、あ、ううん、すごい人だ。
「力の源である光を取り込みすぎたのねぇ。魔力量以上は蓄えられないから、並の魔導師ならここまでにならないんだけど」
そう言いながら、アンさんが、キラキラと光る大小のガラス瓶と黒い箱を持ってくる。
「よいしょっと。ヒスイちゃんの場合は魔力量が多いからねぇん。一旦、光と魔力とモフラちゃんを分離するわぁん。モフラちゃーん、ちょっと、我慢してね。本当にちょーっとだけだから、1〜2時間ほどだからぁ♡」
『な、何を……。ギャーっ‼︎無理無理無理‼︎そんなのに入んないわよっ‼︎何この仕打ち‼︎オカマちゃん、このオカマ‼︎さっき、前世のソウルメイトとか言っといて‼︎しかも、そこそこ時間がなが……』
店が静寂に包まれる。
あ、完全に詰められたみたい。
うん、とりあえず、ネフラ、がーんばっ。