聖女(見習い)と眷属とイケメンの日常
いらっしゃ〜い。あらん?初めてみるお客様方ねぇ。
ようこそ、金の……ちょっとぉ、なんで紹介途中にマッハで扉閉めるのよ。
え?あたし?あたしはアン・ダゴン。この「金の桜桃亭」の店主よん。マスターでもママでも、オネェさんでも好きに呼んでねぇん。
ちょっとお、流石に「胡麻団子の化け物」はヤメテ。
深夜3時のワケありオトメに過度な高クオリティ求めないで。
性別?ノンノン、レディーにそんなもん尋ねるんじゃないわ。潰すわよ♡
さあて、そんなに緊張しないで座ってちょうだい。
お酒?お食事?それとも……そう、情報が欲しいの……じゃあ、奥の席で、ゆっくりね。
コトコトとお鍋の煮えた音がする。
蓋を空ければやわらかな湯気が立ちのぼり、ミルクの優しいの香りがふわんと鼻をくすぐる。
「これなら食べられるかな?一口でもいいから」
赤いにんじん、みどりのブロッコリー、ほっこり黄色いじゃがいも......木皿に浮かぶ優しい色合い。
鶏肉をスプーンですくえば、トロトロに煮込まれたそれは、ほろりと骨から離れた。まるでそのやわらかさを主張するかのように。
ふわふわと湯気を立てるひと匙のシチュー。
それを祈るような気持ちで口元に持っていった。
ぱくり。
ゆっくり、ゆっくりそれを咀嚼して……そして、こくんと飲み込んだ音が聞こえた。
シチューから立ち昇る湯気で顔は見えない。
けれども湯気の向こうの君が微笑んだ気がしたの。
「ヒスイ、ヒスイ。もう朝ですよ」
瞼の裏に金色の日差しを感じる。
耳をくすぐる穏やかな呼び声。
まだ眠い目をうっすら開けるとまるで夜を含んだような藍色の毛先が映る。優しく微笑む銀色の瞳。
ぼんやりした頭で綺麗だなぁなんて考えて、ふわふわとした温かさにもう一度まどろ......
ぼふっ‼︎
.
‥
…
.....〜〜〜‼︎‼︎
「プッハァ!?ちょっと、ネフラっ。何してくれんのよ。息が止まるかと思ったわよっ」
顔に乗っかったそのやたらとふわふわな白い綿毛を引き離し、私は思わず叫んだ。
危なっ。これ下手したら死んじゃうやつじゃん。
抗議の目で見れば、綿毛はツンと首......らしきものをそらしてソッポを向いている。
『あら、ヤダ。あんたがいつまでも起きないからでしょう。むしろ、朝から私の麗しい毛並みを堪能できる事を喜びなさいな』
「む〜、朝っぱらからなんなのよ」
口を尖らせむくりと起き上がると毛玉みたいになったネフラがコロコロと転がっていったのが見えた。
ふんづかまえてやろうか。そう思ってたら後ろからくすくすと優しい笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ。おはようございます、ヒスイ。今日も元気ですね。まあ、ネフラのやり方は少々強引ですが、君もこれでしっかりと目が覚めたでしょう」
少々というか、だいぶ強引なんですけど。
まあ、仕方ない、捕まえるのは諦めて起きるかぁ。お腹もいい具合に空いてるし、それに……朝からジェイド笑顔も見れたしね。
「ジェイド、おはよう。すぐに着替えてくるから、ご飯にしよっ」
ベットから飛び起きて、すぐに洗面所はいる。窓見れば爽やかな青空とキラキラ金色の太陽。
こういう日は、なにかいいことあるに違いない。
目の前の鏡には、綺麗な金髪の女の子。
もちろん、私。
うん。こうやって見ると私って美少女よね〜。目は大きくて、ぱっちりしてるし、綺麗な緑色だし。我ながらちょっと、見とれてみる。
私の名前もこの目の色から付けたってお師匠様も言ってたもんね。
あ、お師匠様って、言うのは私の魔法のお師匠様ね。私がまだ赤子の時から育ててくれてるの。
このお師匠様がまたすごい人でーー。
ドアを開けようとしてピタリと立ち止まる。ドアの外から2人というか1人と一匹(?)の話し声が聞こえてきた。
「あれ?ヒスイの身支度がいつもより遅いような」
穏やかなジェイドの声。
どうやら私はちょっと自分に見惚れすぎたらしい。
『あのバカ娘、自分に見とれてるとかじゃないの〜?ジェイドちゃん、ほっときなさいよ。食い意地のはったバカ娘が朝食を抜くはずないんだから』
あの綿毛め、朝の人の顔に乗っかっただけじゃ飽きたらず、何て失礼な事を……いや、見惚れは事実だけど。
ううん、それより何より人の事をバカ娘って、なんなの⁉︎しかも、2回よ、2回、あの毛玉、仮にも主人にとる態度じゃないでしょ。決めた、あいつはもうとっちめる。
よおしっ、さっきみたいに逃げらんないように、一気に捕まえてやるからね。
「ちょっと、ネフラっ。何、失礼な事を言ってんのよ。布団と一緒に干しーー」
バンっと扉を力任せに開けながら、私は息を飲んだ。
美しい銀色の切れ長の目、大いけれどシャープな体には肩口を翡翠で止めたビロードのマントがよく似合う。朝日に佇む妖艶な美しさを持つ彼。
そして……
そんなイケメンにぐっるぐるに絡まりまくった、やたらに白くてふっわっふわなデッカイ綿毛が目の前にある。
なんだこの状況。
こんがりカリカリだけど黄身はふんわりなベーコンエッグ、少し固めのバケットにはバターを添えて。
優しい甘さのコーンスープ、レタスの上には輪切りの真っ赤なトマト。
朝ごはんは幸せの味……のはずなんだけど。
食卓では私がモソモソとパンを食べる音だけが響く。
……うぅ、気まずい。
皿の影からジェイドをちらりと見る。
スープの湯気でよく見えないけど、普段から感情を表に出さない彼がより無表情になってるだろうって事は想像ができた。
私の真向かいにいる彼はジェイド。見ての通りのイケメンで私と同じくお師匠様の弟子。
そして、無類のもふもふ好き。うん、本人は隠してるみたいだけど、バレバレ。めっちゃバレバレ。
さっきの顛末はこんな感じ。
私の身支度中に、ジェイドはこっそりとネフラをもふってその毛並みを堪能していたらしい。
ジェイドは私が戻る前にネフラを床に降ろそうとしてたんネフラがなかなか彼を離さず。
そこに、私が一気に扉を開けて……結果、あの惨状である。
あ、元凶のネフラは布団と一緒に干しておいた。
別にもふもふ好きとか恥じる事じゃないと思うんだけど、彼にとってはそうじゃないらしい。
よくこっそりと、細心の注意を払いながらネフラをもふもふしてる。普通にバレてるけど。
ちなみに、ネフラは私の眷属。
契約者に常につき従い幸福をもたらす光属性の精霊ケサランパサラン。
日の光と魔力を含んだ白粉を糧とする。
光の精霊だから、干しても問題はないんだけど、本人いわく「布団なんかと干されるなんて私のプライドが許さないわ‼︎きちんと、単体で干しなさい‼︎」という事らしい。
干し過ぎるとやたら、フワッフワに膨張するから注意は必要。
ちなみに性別は雌雄同体。しかし、心は乙女らしい。
ジェイドにばかり懐いてるけど、一応、ネフラは私の眷属だから基本は側にいなきゃならないんだよね。
だから、さっきの戸を隔てた状態はジェイドが私が見ていない状態でネフラをモフモフモフする数少ないチャンスだったみたいなんだけどさ。
はぁ、この状況、めっちゃ気まずい。
いくら事故っていうかほぼ毛玉のせいとは言え……私よりも絶対ジェイドの方が気まずいよね。
よーしっ、ここは私から話しかけようっ。なんとかジェイドを傷つけないように。
ここは明るく
『ヘーイ、いい絡まり具合だったよ』
ううむ、これは軽すぎ。
『どう、もふ味堪能できたー?』
いや、これは傷抉り出してるでしょ。
『実は、メガネかけ忘れてたんだけど何があったのか』
そもそも、私、目悪くないじゃん。一発で嘘とバレるわ。
いつのまにか空にしていた皿を目の前に頭の中でぐるぐる考える。けれども、いい案なんてそうそう浮かんでこない。なんて切り出そう。
「ヒスイ。えっと……その、食事は終わりましたか」
ジェイドの声にパッと顔をあげて彼を見る。
「あ、うん。ジェイド。えっとね」
「あの、ヒスイ。その、さっきは」
「ごめんねっ」「すみません」
私とジェイド。二人の口から同時に出た謝罪の言葉に思わずお互い顔を見合わせる。
「あ、ええと。さっきは、取り乱してしまって、その、ヒスイのせいではないのに......」
「あ、ううん、私がいきなりドア開けたからっ……」
重なる二人の謝罪の言葉に再び顔を見合わせた。
一瞬、吹き出したいような気分になったけど、ここは我慢、我慢。
「仲直りしてくれる?」
そう問えば、彼は相変わらず無表情だけど、なんだかホッとした様子でうなづいてくれた。
「ありがとう、ジェイド」
謝罪の言葉だけれど、彼と私のタイミングが同じなのがなんだか嬉しい。
私の言葉に見せた彼の柔らな笑みが眩しく見える。
『なによぉ〜。人のことこんなにしておいてぇ。あたしのジェイドちゃんといい雰囲気作ってぇ‼︎‼︎』
頭の中にネフラの声が響いた。こいつ直接脳内に・・・・・・!
うっさいなー、いい感じのとこでなんなのよー。
そして、窓に目を向けて私は絶句した。
手から足から(あの毛玉に手足があるのかは知らないけど)白い羊毛みたいなふわふわした毛を伸ばして、無理やり窓に貼り付きながらジト目で睨む物干しには干されたままの毛玉妖怪の姿があった。
……ああ、ネフラの事をすっかり忘れてた。私も、そして、ジェイドも。
日の光を浴びて膨張したネフラがそこにいた。
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