2-2-3 俺はあの日遭った事故のことを思い出す
「今日の健一郎の入学式、楽しみだな」
「そうね」
入学式の日、俺は両親と一緒に車で入学式に出席するために荒波高校に向かっていた。
だが国道に入って少ししたところで渋滞にはまってしまい停車していた。
「しまったな。入学式にこのままだと間に合わないかもな」
「どうしましょう・・・・・・抜け道はないの?」
「この辺はここが渋滞してたらどこ走っても渋滞してるからな」
両親が渋滞をどう抜けるか話していたその時、後ろから大型トレーラーがノーブレーキで突っ込んできた。
後ろから追突された勢いで前にいた2トントラックに俺が乗っていた車が追突しトラックとトレーラーに挟まれる形となった。
そして更に2トントラックが前の車に追突する形となって結果的に5台が絡む多重追突事故に発展した。
運転席と助手席に乗っていた俺の両親は事故の衝撃を吸収しきれないほどに変形した前部と座席に挟まれる形となり、車内から救出されたもののその場で死亡が確認された。
俺自身も追突された衝撃で潰れた後部座席から何とか助け出されたものの、意識不明の重体で搬送され、緊急手術を受けた後3ヶ月ほど生死の狭間を集中治療室で彷徨った。
結果的に奇跡的に俺の意識は戻った。
俺が意識を取り戻して1ヶ月くらい経った時に両親が死んだこと、事故の原因が大型トレーラーの運転手が突然原因不明の体の変調によって意識を失ったことが原因であることを入院中に親戚や伊良湖家の人、医師から聞いて知った。
それから更に1ヶ月後くらいに事故を起こしたトレーラーの運転手を雇っていた運送会社の社長と幹部が俺の病室まで謝罪に来た。
その際に事故を起こした企業として責任もって俺が成人するまでの生活費と学費を払うことを約束する書類を出してきたので内容を確認してサインをした。
ちなみにこの約束はきちんと今でも守られており、毎月養育費名目で俺が指定した口座に運送会社の名前で振り込まれている。
俺の意識が戻ってから退院するまでの間、両親を失った俺を巡って誰が引き取るのかということで親戚同士が大揉めしたらしい。
その原因は実の父の遺産総額だったそうだ。借金をすべて返済しても生涯賃金の平均くらいの額が残っていたらしい。
親戚はそれを目当てに俺の引き取りについて争っていたのだ。
だが、事故で両親を亡くしたことを知った実の父の友人だった伊良湖家が俺が前住んでいた家で行われた親戚同士の話し合いに突然来て俺を引き取ると名乗り出たそうだ。
その時今の父が実の父が生前書いていた遺言を親戚に見せたらしい。
その内容は、俺が相続する額以外は今の父にすべて相続する旨を書いたものだったと後で聞いた。
しかもその遺言はきちんと法律で定められた書き方によって作られていたとのこと。
俺の親戚はやはりその内容に納得がいかないとしつこく今の父に食い下がった。
しかし遺言が法的に有効な書き方で書いてある以上どうしようもなく、結果として伊良湖家が遺産を相続し
「お前らみたいな遺産目当てでこいつに近づくようなヤツらにはこいつは任せておけん。こいつは俺が面倒を見る」
と俺の親戚に宣言して親戚を全員黙らせて今の父は俺を養子として家に迎え入れた。
その話を病室で今の父から聞かされた時は正直よく知らない人の家に引き取られるのかと憂鬱になった。
そしてふと考えたらそうなるってことは高校を転校しないといけないじゃん、思った。
編入試験とか色々めんどくさいから受けたくないと思っていたのだが、伊良湖家が今通ってる高校からそこまで遠くない距離だと知って試験を受けなくていいと安堵したのと同時にこんな偶然があるのかと驚いた記憶がある。
俺はその話を聞いた後、治療・リハビリ・検査を繰り返して五体満足で退院することができた。
結果として俺は事故に遭ったせいで9か月ほど学校を休むこととなった。
退院時に医師が話していたのだが、俺は事故で受けた外傷があまりに多いうえにひどくいつ死んでもおかしくなかったそうだ。
そして事故で脳に強い衝撃がかかったために俺の脳に異常が起きている可能性があること、数年たってからそれが出る可能性があることの説明を受けた。
俺が退院した直後に事故を起こして逮捕された運転手に対する判決が言い渡された。
判決は業務上過失致死罪で懲役5年の実刑判決だった。
人を殺しておいて5年で出られるとかヌルすぎるだろ、と思ったが調べてみるとそれが法で定められた量刑の上限だと知って俺はこの国の法律に失望した。
入院中に今の父が代理で俺の休学届を学校に提出していたらしい。
なので俺は退院直後に復学届を出して復学した。
ただ、不慮の事故が理由とは言え9ヶ月もの間学校に来なかったことに変わりはないため俺は留年が確定していた。
だが今の父が校長と教育委員会に俺の処遇について話し合いをしてくれたため、3学期の定期試験で一定以上の成績を出したらという条件で進級を認められることとなった。
俺はそれを聞いた直後から必死に勉強し、何とか遅れを取り戻し一定以上の成績を試験で出したため
進級することができた。
今までの人生であそこまで努力したことはないしこれからで言っても大学入試と就活くらいだろう。
本当にあれはきつかった。
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と俺は伊良湖家で暮らすことになった顛末とその後について思い出しながらバイト先に向かう。
「・・・・・・・・・・そういやあの時乗ってた車が燃料が軽油だったから火災が起きなかったもののもし俺があの時乗ってたのがガソリン車だったら」
俺は想像するのも嫌になるような仮定を考えていたらバイト先に到着した。
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