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小さな教会の様な建物だった。
四角い内陣の二階部分は丸くなっており、更にその上には建物よりも高い三角屋根が付いていた。
一階部分には部屋が一つと階段があり、階段を上がると丸い部屋の隅に出る。
屋根は吹き抜けになっており、頭上高くに頂天があった。
丸い部屋の真ん中には胸の高さくらいの円柱が置いてあり、そこに鉄で作られた直径二メートル程度の円形魔方陣が設置されてあった。
淡く光っているのは気のせいではあるまい。きっと今も稼働しているからだろう。
「この円盤みたいなの壊せばいいの?」
ティア姉の乱暴な質問をシルヴィは否定する。
「何が起こるか分らないので、壊さないでです。でも、これが冷却の魔方陣で間違いないと思うです」
リータは一階の部屋が気になり行ってみると、そこにも魔方陣が床に描かれていた。
こっちの魔方陣は床材の石を削って彫り込んであった。
「ティア姉、シルヴィさん、こっちにも魔方陣があります」
リータが呼ぶと、すぐに皆がやって来た。
「これは……ここがこうだから……うん。これは転送の魔方陣なのです」
「転送って、勇者が使ったのと同じやつ?」
「ティアが見たのよりは古い形ですが、基本は同じなのです」
「どこに繋がってるのかしらね。シルヴィはこれ使える?」
「構成は簡単なので、使うのに問題は無いのです。ただ、出口の状況が分らないのは怖いのです」
転送の魔方陣は物質の相互転送ではなく、物質の移動である。
入り口の物質を出口に無理矢理転送させるので、出口が岩で塞がっていても転送は実行される。すると入り口と出口の物質は混在し、質量が増加しすぎてどちらも破砕されてしまうのだ。
「シルヴィさんに抵抗感があるならリータが使ってみます」
シルヴィが慎重になるのは分るけれど、いずれにしても使ってみるしかないのだ。
しかし、シルヴィは自分が行くと言った。
「わたしが行くのです。リータが行っても帰ってこられないのです。いいですか、わたしが転送されたら誰も魔方陣の中に入っては駄目なのです」
言うが早いか、シルヴィは魔方陣に入り、力ある言葉を唱えた。
「我を誘え」
魔方陣から光が立ち上ると、シルヴィの姿が消えていく。
完全に姿が消えると同時に光が消えた。
魔法を使う時の力ある言葉とは人それぞれで違う。イメージさえしっかり出来ていれば言葉はそれを出現させる切っ掛けに過ぎないのだ。
二分くらい待っただろうか。全員が心配そうに見詰める中、魔方陣から光が立ち上り、シルヴィの姿が現れた。
どうやら成功したようで、全員が安堵した。
「どうだった?」
ティア姉が聞くも、シルヴィの答えは単純だった。
「行ってみた方が早いのです。転送しますので二人ずつ魔方陣に入るです」
あまり大きな魔方陣ではないので、三人が限界だった。
「あっ、ちょっと待ってて」
ティア姉は走って馬車まで戻ると、滅多に装着しない剣を持ってきた。腰に小型の袋も付けている。
「一応、持っていった方がいい気がするのよね」
もちろんリータは装備済みだ。
ティア姉とリータは魔方陣に入ると、できるだけ中央に寄る。
「では行くです。我を誘え」
光に包まれると周囲の情景が薄くなっていき、完全に白に包まれた。すると今度は情景が濃くなっていく。
光が消えると、そこは同じような部屋の中だった。
「部屋を出て待っているのです。――我を誘え」
シルヴィはティア姉とリータが部屋を出たのを確認すると再度転送した。
部屋の外は同じような扉が並んでいる廊下だった。
扉には番号が振られており、リータ達の出てきた扉には十五の番号が書かれていた。
ティア姉は外と思われる明かりの差す方に歩いて行く。もちろんリータも付いていった。
外の景色は荘厳と呼ぶのに躊躇しない場所だった。
雲よりも高い白い山々が周りを囲んでおり、ちょうど盆地となっている場所に建物は建っていた。
そして何よりも荘厳だったのは、神殿の様なものが空中に浮かんでいる様だった。
見上げると大きな岩石の上に神殿が建っており、その神殿の天辺からは光の線が何本も放射されていた。
「あれが冷却の魔道具のレイラインです」
いつの間に来たのか、シルヴィとアイリ、ヤスカが呆然と景色を眺めていた。
「おいおい、まさかあの天辺まで行かなきゃならねえ何て言わねえよな」
背中に背嚢を背負ったヤスカがぼやくが、それに答える者はいなかった。
冷却の魔道具に入るのは簡単だった。
どうやらこの建物は全ての冷却の魔道具の末端と繋がっているらしく、もちろん本体とも繋がっていた。
「ねえ、あの神殿みたいなのを無視して、末端の二十数基を壊した方が楽な気がしない。なんか嫌な予感がするのよね」
ティア姉が言うと、やはりシルヴィは反対した。
「末端を壊した場合、本体にどんな影響があるか分らないのです。もしかすると無差別に各地を冷却するかも知れないし、各地では無くて全土かも知れないのです」
「そうよね。何となく分ってた。本体に行かなきゃって分ってたんだけど、嫌な予感がするのよ」
「大丈夫ですよ、ティア姉。何があってもリータが守ります」
そう、リータはティア姉を守るために存在しているのだから。




