序章 その出来事は、ハジマリとなり得るか
人は誰だって、変わり映えのしない毎日に内心飽き飽きして、ちょっとした非日常を求め続けるのかもしれない。ただ、それを口には出さないだけで。
藤川留花 ふじかわるかも、実はそんな一人だったのかもしれない。彼女は枯れ葉でほとんど覆われ、道幅すらわからない道路上に、車を止めた。枯れ葉に交じってペットボトルやら紙ごみやらが転がっている様子を横目に、彼女は空を見上げる。
木々が生い茂るちょっとした森の入口のようなその場所の木々からは、夕日の木漏れ日が差し込んでいた。少し肌寒い。つい最近までは9月でも猛暑日が続いていたというのに。彼女は悪態をつきながら助手席から上着を引っ張り出し、それを羽織って森の入口へと足を踏み入れた。
申し訳程度に舗装された枯れ葉で埋もれた道を進んでいくとすぐに、まるで人の足で歩くことを想定していないような、急な下り坂が続いているのが見えた。留花は、一瞬ためらったものの、せっかくここまで来たのだからと歩を進める。きっと明日の朝は、ふくらはぎを襲う鈍い痛みで目覚めるのだろう。まだ20代とはいえ普段仕事でもオフの日でもほとんど出歩かない彼女の足は、急な坂道への負担に膝から下にかけて悲鳴を上げた。前へつんのめりながら、彼女は歩き続け、数分かけて坂を下りきった。
下りきった先の左手には、石造りの階段が頂上が見えないくらい長い距離で続いている。階段の途中には、同じく石造りの鳥居。階段は、自分の目が古ぼけているのかと疑うほどに、色がくすんでしまい、そのくすんだ色の上に数えきれないくらいの枯れ葉が折り重なっている。留花は右手を目の上に日よけのように掲げて階段を眺め、大きなため息をつく。それから一歩ずつ、かみしめるようにして歩き始めた。