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姉と暮らせば。  作者: 竜頭蛇尾ッドソン
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四話

 理科室であれこれやっていると、気づいたときにはもう十一時を回っていた。部屋の中は、さっきよりずいぶんと賑やかになっている。

 まあ賑やかと言っても、十人ばかりの学生がうろうろしながら、思い思いに実験器具をいじったりしているだけだし、何よりここの部員は騒いだりしないので、はっきり言ってしまえば静かなのだが、それでも、数理部の部活でこれだけ人が集まるのはなかなか稀なので、賑やかなように感じられたのだ。


「二宮。」


 と、俺の二つ前の机で中和滴定の実験をしていた宮下が、不意にこちらに寄って来た。


「そっちの工作は順調ですか?」


 俺にはわかる、こいつが俺に敬語を使うのは、俺をおちょくってるサインだ。


「ああ、順調だよ。そっちも、順調そうじゃん。」


「ええまあ。今度のコンペでは優勝を狙ってるからね・・・・覚悟しておけよ?二宮。」


 見苦しいほどに敵意むき出しである。

 もう察していると思うが、この宮下という男は俺のことを異様にライバル視しているのだ。どうせ、いつも自分の一歩先を行く俺の存在は、こいつにとっては面白くないんだろう。


 それに、彼にとっては俺たちの名前のことも面白くないらしい。

 俺は二宮 忍で、こいつは宮下 忍。以前、『二人の名前が似てて紛らわしい』とかいう議論がクラスで起きたときに、誰かがポロッと、『二() 忍の()だから宮下 忍って覚えればいいんだよ』なんて言ったのを未だに根に持っているようだ。


 その発言をした奴の性格もなかなか酷いもんだと思うが、それをずっと根に持ったままというのも、何だか惨めな気がする。別に気にしなければいいだけの話なのに・・・まあでも、そういう意地を張りたくなるのも、この年頃の、特に男にはよくあることなのかもしれない。まあ、どうでもいいか。


「そうか、一緒に頑張ろうな。コンペでそっちと張り合えるように、俺ももっと頑張るよ。」


 俺はそう言って、彼の目を鋭く見据えながら、口元をニヤリと歪めた。これは俺なりに考えた嫌みだ。下手に出てるとずっと絡まれそうな気がしたので、いつもよりちょっと強めに出てみたのだ。でもやっぱり、こういうことを言うのは気分が悪い。それにサユリ姉からも『人には優しくしないといけないよ』なんていわれてたっけ。今後は気をつけよう。


「・・・ああ、じゃ、頑張って。」


 顔には出さなかったが、宮下は俺の発言に相当気圧されたようで、そそくさと実験に戻って行った。


 そういえばさっきから『コンペ』という言葉が度々登場しているが、それについてちょっと説明しておこう。

 コンペというのは、この周辺地域の高校と教育委員会が年に一度合同で行う、『美月ヶ丘科学コンクール』のことである。『科学コンクール』と言っても、そんなに大層なものじゃない。酔狂な生徒たちが自分たちの自由研究を発表して、その良し悪しを表彰するという、まあ、変に熱心な教員が考え出しそうな地域のイベントだ。当然、我らが美月ヶ丘高校数理部の部員も、これに出場することになっている。


 ちなみに、昨年の優勝は俺で、二番目が宮下の率いるケミスト三人組だった。ここでも彼は、俺に闘志を燃やしているらしい。全く、ご苦労なこった。

 そもそも、人と張り合おうと思う時点で、既に自分が負けていることを大っぴらに認めているような気がするのだが、あいつはそれに気づいてないんだろうか?一度言ってやろうかな・・・いや、止めとこう。そんなことしたら、あいつは間違いなく激怒する。普段からめんどくさい奴なのに、これ以上面倒くさくなられたんじゃ、とてもかなわない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


 十二時を過ぎたころ、部活の時間が終わったことを知らせに、若い男の先生―――数理部顧問が理科室までやって来た。

 ほかの運動部、特に野球部なんかは午後までみっちり部活が入っているが、数理部の顧問はやる気がないので、基本的に生徒を早く帰したがるのである。


 どうせあいつは、今日も帰ってソシャゲ三昧するんだろうな、なんてことを考えながら、俺は帰りの支度を整えて、理科室を後にした。



「あ、いたいた。お~い、忍~!」

 廊下に出た途端、右の方から、何やら騒がしい呼び声が聞こえてきた。はっと振り向くと、廊下の奥の方で、色の浅黒い刈り上げ頭ののっぽが両手を大げさに振っている。


「あれ、友也?」


 突然のことだったので、少し頓狂な声が出た。

 そののっぽは俺の顔を見るなりこちらに駆け寄ってきて、「よう、忍!」と、俺の肩を叩いた。


 この青年は高橋 友也という、俺が中学の時からの幼馴染である。綽名は『焦げパン』。とにかく、色が黒い。そんでもって割と目が大きいもんだから、やたらに白目が光る。パッと見、俺とは気の合いそうもない典型的なスポーツ男子だが、とてもいいやつなので俺はすごく気に入ってる。何より、俺の数少ない貴重な友人だ。


「どうしたんだよ友也、お前剣道部だろ?午後まで練習あるんじゃねえの?」


「いや、それがさ、なんか先生に急用ができたとかで、午後の練習は無くなったんだよ。」


 彼は嬉しそうにそう言うと、誰に向けてともなく、下唇を噛みながら右手を握りしめて小さくガッツポーズをした。


「へえ、そりゃよかったな。」


「おうよ!そんでなんだけどさ、俺、母さんに、『今日は六時まで部活だから』って言っちゃってさ。ほら、お前も知ってる通り、うちは両親共働きだろ?だから今、家が開いてなくてさ。今日は親が帰ってくるまで帰れなんだわ。」


 やたら回りくどくたらたらと説明するのが、こいつの悪い癖だ。こんなに長々と喋っても、言いたいことは最後のほんの一文だけなのである。


「だから、今日、夕方までお前んちに上げてくんない?」


 ほら来た。最初からそれだけ言えばいいのに。


「な、良いだろ?久しぶりにゲームでもしようぜ!」


「だめだ。」


「え、なんでだよ。」


「とにかく、だめ。」


 ちょっと可哀そうだが、家に上げたりなんかすれば、俺とサユリ姉が二人暮らしをしてることがバレてしまう。それは絶対に避けたい。まあ、友也のことだから仮にバレても周りに言いふらしたりしないだろうが・・・とにかく、なんか嫌だ。『え、お前こんな美人と一つ屋根の下で暮らしてるんですかww』みたいなことをニヤニヤして言われたら堪ったもんじゃない。


「えぇ~・・・そうか、困ったな・・・」


「・・・家には上げられないけど、夕方まで外で遊ぶってんなら付き合えるぞ。」


 俺なりに考えた、二人にとっての最善策がそれだった。これなら、サユリ姉のこともバレる心配がないし、友也も夕方まで暇しなくて済む。一石二鳥だ。


「え、マジ?・・・外で遊ぶ、か。良いなそれ!そうしよう!」


「良し、そんじゃ決まりだな。行こうぜ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 学校を出た俺達は、夏の日差しにひいこら言いながら、住宅街の外縁を走る国道を南へと下って行った。目標地点は、その先にある商店街のアーケード。


 高校生が商店街を目指すなんてのは、何だか色気が無いと思うかもしれないが、あそこはすごく良いところだ。ゲームセンターもあるし、カラオケもある。最近ではカフェなんかも出来たらしい。一時期客足が遠のいたので、若い世代の集客に躍起になって、そういう店舗をわざわざ誘致したのだ。

 おかげで、今では中高生のいい遊び場と化している。


「ふい~~、ようやくついたな。」


 灼けるような夏の陽光から逃げるようにアーケードの丸屋根の下に駆け込んで、とりあえず一息。どちらの口からともなく、そんな安堵の一言が漏れた。


 額の汗を拭うと、少し粘り気のある盛夏の南風(はえ)が二人の間をするりと流れて、商店街の雑踏に消えて行った。後には日に焼けたアスファルトの埃っぽい匂いが残り、季節はまさに、夏真っ盛り。

 端正に敷かれた朱と白の市松模様のタイルの上を行く人々も、装い涼しく、半袖、肩だし、半ズボンなんて物を着ている。


「どうする、久し振りにカラオケでも行く?それとも、ゲーセン?」


「友也の好きなほうでいいよ。」


「お、そうか、わりぃな。そんじゃ、どっちにするかな~。」


 歩きながらそんな話をしていると、どことなく浮足立つような、そんな感じがした。

 『夏休み』、今聞けば、なかなかいい響きをもった言葉だ。やっぱり、こうやって外に出て友達と遊ぶのは、気が休まって良い。家に籠っていると、サユリ姉にどぎまぎさせられっぱなしで全然落ち着かないもんな。


「あ、シノ君!」


 そうそう、サユリ姉はこんな感じで話しかけてきては、俺をからかって・・・・うん?今、サユリ姉の声がどこかから聞こえたような・・・気のせいだよな?サユリ姉がこんなところに居る訳・・・・


「シノ君!」


 その瞬間、横の方から誰かが抱き着いてきた。嫌な予感。一瞬、心臓の筋肉がピンと張りつめて、俺の中の時間が止まる。

 まさか―――そう思いながら、抱き着いてきた何者かの方を見ると、目に入ったのは滑らかなロングの茶髪に溶け落ちそうな垂れ目。それは寸分の違い無く、サユリ姉だった。


「うわ!サユリ姉!なんでここに!」


「えへへ、ちょっとね、魚屋さんに頼んでおいたものを取りに来たの。そしたら、シノ君が歩いてるんだもん!お姉ちゃん嬉しい!やっぱり、私たちは通じ合ってるんだね!相思相愛だね!」


「え?忍、この人と知り合い?」


 すっかり会話の流れにおいて行かれた様子の友也が、俺の肩をちょっと叩いてそう聞いてきた。


「え、まあ、知り合いだけど・・・」


「あれ?君はもしかして、シノ君のお友達の友也君かな?ちょっと見ない間に大きくなったね!いつも私の弟がお世話になってます。」


 友也の存在に気づき、いったん俺から離れてぺこりと頭を下げるサユリ姉。いつになく大人びた感じのゆったりしたお辞儀だった。サユリ姉は俺に対しては距離感ゼロだが、他の人に対しては年の割に礼節を深く心得ているのである。


「え、あ、いえいえこちらこそ。」


 友也、お前までお辞儀をする必要はないんだぞ。こんな人通りのど真ん中で二人の人間が向かい合ってお辞儀してたら結構な通行の妨げになるだろ。気づけ親友よ。


「それであの、失礼かもしれないんですけど、どちら様ですか?なんか、俺のことも知ってるみたいですけど・・・」


「あれ?覚えてない?・・・そっか、友也君と最後に会ったのは結構前だもんね、覚えてなくても当然か。えっと、私は、宮下忍の姉の早百合です。サユリさんでも、サユリちゃんでも、好きなように呼んでね、友也君。」


「サユリ・・・・え、サユリ?あなたもしかして、あのサユリさんですか?」


 どうやら友也も、彼女のことを思い出したらしい。まだ言ってなかったが、友也は前に一度だけ、サユリ姉にあったことがある。

 あれは俺が中一の夏休み、当時十六歳のサユリ姉と同棲しているときだった。当時のサユリ姉は、初々しいというかなんというか、まだそこまで俺にベタベタしてこなかったので、普通に友達を家に上げたりしても問題なかったのだ。なので俺は、ほぼ唯一の友人だった友也を家に呼んで、一度だけ一緒に遊んだことがあった。彼女と友也はその時に知り合ったのである。

 懐かしいな。結局、友也は部活の関係で忙しくなって、それきり夏休みにうちに遊びに来たことは無かったが、それでも、記憶の片隅ではちゃんとサユリ姉のことを覚えていたようだ。


「そう!そのサユリ。久しぶりだね友也君。」


 屈託なく微笑むサユリ姉を、友也はただただぽかんと見ているのだった。


 








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