表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉と暮らせば。  作者: 竜頭蛇尾ッドソン
3/4

三話

こんにちは。評価をしてくださった方、本当にありがとうございます。励みになりました。今回の話までは書き溜めておいた文章(貯金と呼ばせていただきます)があったので、割とスムーズに連載を繋げることが出来ましたが、次回からは貯金がなくなりますので、二日から三日おきの投稿になると思います。ご了承ください。

 窓の外から降り注ぐ小鳥のさえずりが、寝惚けた俺の鼓膜に朝の訪れを知らせる。「ああそうか、もう朝になったのか。」なんて呟きが、頭の中で勝手に起こった。

 二日目の朝、静かな夜明け。滑らかな麻のシーツと寝間着が擦れる音が煩く感じられるほどに、この部屋の空気には動きがない。こんな朝も、悪くないと思う。

 俺の頭は穏やかな朝の気配をしっかりと感じ取った。だが、体の方はまだそれを認めたくないらしい。瞼を開く力も、体を起こす力も、一向に湧いてくる気配が無い。これほどまで睡魔に沈湎(ちんめん)した朝は初めてだ。


―――まあ、それもしょうがないか。昨日の夜はサユリ姉が俺の布団に潜り込んできた所為で、なかなか寝付けなかったからな。全く、本当に昨夜は肝をつぶした。

 あんなふうに俺をからかっておきながら、サユリ姉は三十分もしないうちに可愛い寝息を立てて眠りに落ちたんだから、ホント、いい御身分だ。おかげでこっちは緊張して眠れなかったってのに・・・


 そんな批判を入口に、俺の思考は鈍く回転を始めた。だが、体の方はやっぱり目覚めてくれない。今日は用事があって朝から学校に行かなければいけないのに、どうしても瞼が開かず、俺はもう一度掛け布団を抱き寄せて、その中に顔を押し込めたのだった。掛け布団の中は柔らかくて、温かくて、それはもう心地が良かった。二度寝特有のねっとりした睡魔が俺の思考に影を落とし始め、意識が遠ざかる。本当に、布団なんてのは悪魔の発明だと思う。


 ただ、そこでふと、俺の中に疑念が生じた。

―――俺、昨日掛け布団なんて使ったっけ?いつもの俺なら、夏の熱帯夜をやり過ごすために、寝るときはタオルケット一枚しか使わないはずである。確か、俺は昨日もそうしていたはずだ。つまり、俺が今顔をうずめているこのやわらかい物は掛け布団ではない。じゃあ、これは一体何なんだ?


 疑問に思った俺は、目を瞑ったまま、とりあえずその物体を触ってみた。感触は、ただただ柔らかい羽毛布団のような感じ。だけど、少し力をこめて握ってみると、豊かな弾力が指を押し返してくる。今までに遭遇したことの無いさわり心地だった。

 こうなるともはや、指先の感覚だけでそれを特定することはできそうも無い。俺は仕方なく、ゆっくりと目を開けて、この柔らかい物の正体を確かめた。・・・そして後悔した。


「あ、シノ君。おはよ~。」

 目を開けると、目の前には何か壁の様なものがあって、その上部から、サユリ姉の顔上半分だけが見えた。

 少しして視界が定まってくると、俺はその壁の正体に気付いた。胸だ、サユリ姉の。俺は寝惚けたまま、こともあろうにサユリ姉の胸に顔をうずめていたのである。

 そしてまたすぐに気づく。さっきの掛け布団の様なものの正体もまた、サユリ姉の胸だ。

 それに気づいたとたん、ふと思考の奥の方から危険信号が上がってきて、俺は自分の手元を確認した。すると、俺の手の中には、サユリ姉の豊満なそれが、しっかり握られていたのだった。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 そう、俺は寝惚けながら、サユリ姉の胸を揉んでいたのである。赤面するしかなかった。


「わお、どうしたのシノ君。」


「さ、サユリ姉!あ、俺、え、そのサユリ姉の・・・」


 混乱で言葉がまとまらない。どうも、俺は焦るとだめらしい。いや、こんなことになって平然としていられる方がおかしいか。


「え?私の、何?」


「む、むむむ胸を・・・」


「ああ、ふふふ。シノ君、すっごく幸せそうな顔してたよ?」


 あたふたする俺を抱きしめたまま、サユリ姉は嬉しそうに笑った。


「急に顔をうずめてくるんだもん、お姉ちゃんびっくりしちゃった。でも、久し振りにシノ君の可愛い寝顔を間近で見られて大満足だよ~。よしよし、いい子いい子♪」


 そう言って、俺の頭を撫でながら、彼女はまた笑う。

 俺は、それはもう恥ずかしかった。望遠鏡を逆さに覗いたみたいに視界が遠くなっていくような心地さえした。昨日さんざん拒絶しておきながら、寝惚けてサユリ姉の胸を触り、しかも、ことの始終を全てしっかり彼女に見られてしまったのだ。ホント、死んだほうがましだと思う。


・・・っていうかそもそも、サユリ姉はなぜ起きていながら俺の愚行を止めなかったのか?止めてくれさえすれば俺は救われたのに・・・


 いや、仕方ない。彼女はそういう人なのだ。俺が何をしようが《弟の可愛い悪戯》程度の認識で受け流してしまう。有難いことではあるのだが、今回ばかりはさすがに止めて欲しかった。


「さてと、シノ君も目覚めたことだし、お姉ちゃんは朝ごはんの準備してくるね。」


 呆然とベッドに横たわる俺を尻目に、サユリ姉は起き上がり、「シノ君も、学校に遅れないように早く来てね。」と言い残して部屋を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 全くホントに、今日は寝起きから気を揉んだ。(正確には揉んだのは気だけではないが・・・)まあ、それもこれも俺が寝惚けていたのが悪いのだが、それにしてもサユリ姉には困ったものだ。俺は思春期の男子で彼女は年頃の乙女なのだから、もう少し慎重にというか、ちょうどいい感じの距離感を保って欲しい。同衾(どうきん)とか、マジで勘弁。間違いが起きたら、一体どうするつもりなのだろう?


「シノ君、はい、あ~ん。」

 一通りの身支度を終え、リビングダイニングに朝食を食べに来た俺は、席に着くなりサユリ姉から攻撃を受けた。やはり俺達の間には距離感が足りない。


「や、止めろよ、一人で食えるから。」


 昨日の夕飯でも俺はこの『あ~ん攻撃』を食らったが、今朝は起き抜けの事件のせいもあって、妙にむず痒い感じがして、俺は若干赤面しながら拒否したのだった。


「え?そうなの・・・う~ん、シノ君がそう言うなら・・・しょうがないか。」


 おっと、これは一体どうしたことか、普段の彼女なら「もう、恥ずかしがり屋さんだな~」なんて眉が溶け落ちそうに笑いながら、強引に料理を口の中にねじ込んで来る筈なのだが・・・さすがのサユリ姉も、今朝の事件にはさすがに参ったということか?

 それならそれで、まあいいのだが・・・何だろう、若干物足りない気もする。俺までどうかしてしまったみたいだ。


 彼女との食事はその後、多少(と言っても普通よりもかなり多め)の談笑を交えながら、普通に進行した。俺はこの後すぐに学校での用事を控えていたので、いつもより急ぎ目に朝食を掻き込み、歯を磨きに席を立った。

 彼女もそれからほどなくして食事を終えたらしく、身支度を整えた俺が玄関に向かう為にダイニングの前を通った時にはせっせと皿を洗っていたのだが、俺の姿を見るなり手を止めて、暇でもないだろうに、わざわざ玄関先まで見送りに来てくれたのだった。


「じゃあ、行ってきます。」


「いってらっしゃい、気をつけてね?変な人について行っちゃだめだよ?それから、横断歩道を渡るときはちゃんと左右を確認して・・・」


「ははは、分かってるよ。」


 長くなりそうだったので、適当に苦笑で誤魔化して、俺はサユリ姉に背を向けた。


「・・・いってらっしゃい。」


 道路に向かって一歩目を踏み出したとき、不意にサユリ姉の優しい声が聞こえてきて、俺の背中を見送る彼女のおっとりした笑顔が頭の中にふっと浮かんだ。そしたらなんだか急に恥ずかしくなってきて、俺は無言のまま振り返ることも無く、でもちょっと振り返ってみたい気もしながら、夏の朝の街を学校に向け、ずんずんと進んで行くのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 俺の通う学校は、住宅街のはずれ、俺の家から徒歩で十分ほどの所にある、全校生徒約五百人の公立高校だ。

 名前は美月ヶ丘(みつきがおか)高校。偏差値は別に高くもなく低くもなくそこそこといったところ。まあとにかく、普通の学校である。

 四角く固めた鉄筋コンクリートの塊に、ありきたりな白い塗装を施して、アルミサッシの窓を張り付けたような見た目の校舎、その前に広がる黄土色のグラウンド、なに一つとっても特色のない、記憶にも感性にも訴えるものがない学校である。《つまらない》という形容が一番ふさわしいかもしれない。もしくは《空気のような学校》と言っても間違いじゃないだろう。


 失礼、俺は学校があまり好きではないので、つい批判に興が乗りすぎてしまった。話を戻そう。


 さて、家を出て十分後、学校に着いた俺は、玄関前の誰とも分からん銅像を一瞥して、すぐに足を理科室へと向けた。今日は部活があるのだ。

 俺が所属する部活―――数理部は、理科室を根城に日々実験や勉強、ペダンチックなおしゃべりに耽っている物好き集団である。

 部員は皆基本的に運動が嫌いで、割と勉強ができるがクラスでは冴えない連中ばかりだ。冴える好青年達はことごとく運動部に吸収され、運動が嫌いだけど青春を謳歌したいイマドキ女子や男子は文芸部やら軽音部やらに行ってしまうので、数理部は自然と冴えない連中の掃き溜めになるのである。


 でもまあ、俺はこの部活が嫌いではない。他の部活動は好きになれそうもなかったが、この数理部はかなり気に入っている。


 煌めく太陽の下、仲間と共に勝利を目指して一つになり、日に焼けた浅黒い肌と筋肉で女子にワーキャー騒がれる青春―――下らん。


 趣味の合うオタク仲間と語り合ったり、バンドを結成してチャラさと勢いでモテる青春―――実に、つまらん。


 冴えないながらも高尚な趣向を持った友人と共に学問に励み、夏は涼しく冬は暖かい理科室で自由気ままに過ごす青春―――最高じゃないか!


 要するに、冴えない変わり者の俺にとって、この数理部というのは、まさに魚にとっての水、相性抜群のピッタリな部活なのだ。


 理科室の中には、すでに三人の生徒がいた。彼らは俺と同級の仲良し三人組、『化学者(ケミスト)』だ。三人とも化学が好きなので、そう呼ばれている。

 三人の中で一番背が高くて割と顔立ちのいい眼鏡の男は、宮下 忍という、俺と同じ五組に所属する、二学年で二番目の頭脳を誇る秀才である。(一番は俺。いやほんと、冗談抜きで。)その周りにくっついてる二人は、組が違うから名前はよくわからないが、一人が『ヤキソバ』で、もう一人が『もやし』とかいう綽名だった筈だ。


 綽名から分かる通り、宮下以外の二人は本当に冴えない、ザ・数理部男子である。

 イケメンでもなければ明るくもない。そんなんだから、”チリチリした茶髪が焼きそばみたいだからヤキソバ”とか、”青白いからもやし”とか、雑な感じに面白くもない綽名をつけられるのだ。


 一方で、そんな冴えない二人を取り巻きに持つ宮下は、数理部には珍しく、クラスでも割と冴えたイメージで通っている。顔立ちが良いというのもあるし、何より、やたらに自分は頭が良いと宣伝したがるので、皆がなんとなく『そうか、あいつは頭がいいのか』なんて具合に錯覚しているのだ。

 ”錯覚”なんて言うと聞こえが悪いかもしれないが、俺に言わせれば、皆が持つ『宮下頭良いイメージ』は錯覚以外の何物でもない。もしそうじゃなかったら、模試でも定期テストでも常に学年一位に輝く俺が、二学年の中で成績二番のあいつより名が通っていないのはおかしいだろう。(顔の問題とか、そういう無粋なことは言わないように。俺はこれでも顔立ちは悪くない。・・・と自負している。うん、たぶん、それほど悪くない。)


「あ、二宮、()()()()。」

 理科室の戸を開けた俺の顔を見るなり、宮下は綺麗にそろった白い歯を見せながら、にっと笑った。”おはよう”の四字を一つ一つやたら丁寧に発音するのがこいつの癖だ。たぶん気取ってるんだろう。


「ああ、おはよ。」

 そうそう、普通子供同士の挨拶と言ったらこんな感じに適当でいいのだ。



 


 

 


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ