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姉と暮らせば。  作者: 竜頭蛇尾ッドソン
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一話

こんにちは、作者です。この度は数ある小説のうち、私のような不肖者の作を手に取っていただいたこと、誠にありがたく思います。更新頻度はあまり早くないと思いますが、とりあえず書いて行こうと思いますので、気に入ったら評価等していただけると励みになります。

 7月23日、午後5時半。リビングの掃き出し窓の(へり)に吊るされた金魚柄の風鈴が、紅を溶かした盛夏の宵を、退屈そうに眺めている。

 窓外(そうがい)の風景は、まさに夏色一色。庭先の芝生は、健やかな緑の葉先に、西日の橙色をたっぷり溜めて、ブロック塀の向こうから頭をのぞかせる、隣の公園の銀木犀(ぎんもくせい)が、入道雲をバックに、葉陰を蒸らしている。


 日付を見てピンと来た人もいると思うが、俺は今日、高校に入って2回目の夏休みを迎えた。


 ・・・おっと、失礼。勝手に夏休みが云々とか話を進めてしまって申し訳ない。

 まずは自己紹介をしておこう。

 俺は 二宮(にのみや) (しのぶ) 十七歳。自称、割と()えてる秀才だ。まあ、今のはイキリ野郎の戯言だと思ってくれて構わない。本当のところを言えば、俺は東京の中の、都会でもなければ田舎でもないような街で、地元の高校に通っている、普通の高校二年生である。


 さて、そんな俺は、さっきも言った通り、今日の午前中に終業式を終え、今は晴れて夏休みの門口に立っている訳だが・・・俺の心は、萎えている。


 俺は、夏休みが嫌いだ。普通、夏休みと言えば、全国津々浦々の学生連中が狂喜乱舞するイベントだが、俺の場合は、我が家が抱える特殊な事情の所為で、どうにも落ち着かず、好きになれないのだ。


 まあ、特殊な事情と言っても、DVとか、父と母が別居してるとか、そういう深刻な話ではない。ただ『両親が俺を置いて旅行に行ってしまう』というだけのことである。

 我が家では、夏休みになるたびに、両親が二人そろって海外旅行に行く。やれ今年は南の島だの、アルプスの高原だのと言って出かけたきり、約一か月間、彼らが戻ってくることは無い。だがそれが、俺にとっては堪らなく落ち着かないのだ。


 この物語を読んでいる高校生諸君の中には、俺の置かれている状況を羨む人もいるかもしれない、《一人暮らしなんて最高じゃん。》ってな具合に。

 だがはっきり言おう、そんな考えは甘い。確かに両親は家から居なくなるが、一人暮らしなんて夢のまた夢だ。うちの親は変に過保護なので、俺を一人で家に置いたりしないのである。


 彼らは、俺の世話の為、この家に《姉》を派遣する。そしてこの姉が、俺の悩みの種なのだ。


―――西野 早百合 二十一歳。通称サユリ姉と呼ばれるその女性は、俺が小さいころからの知り合いである。《姉》なんて呼び方をするから勘違いされやすいが、別に血は繋がってない。ただ、昔から俺の面倒をよく見てくれた姉貴分みたいな存在なので、俺が個人的にそう呼んでいるのだ。

 さっき、『彼女が悩みの種だ』なんて言ったが、別に彼女のことを嫌っている訳じゃない。むしろ、サユリ姉のことは好きだ。可愛いし、優しいし、家事のスキルも高い。恋人にするなら文句なしの百点合格といったところだろう。事実、彼女は大学でも結構モテているらしい。


 じゃあなんで彼女が悩みの種なのか?それは・・・


「こんにちはぁ~。」

 と、そこで突然、玄関が開く音と共に、妙に鼻にかかった声が聞こえてきた。あの声は間違いない、サユリ姉の襲来だ。

 次第に近づく廊下からの足音に、思わず身構える俺。ああ、今年もついに、この瞬間がやって来てしまった・・・アーメン。


 軽やかな足音はこの部屋の前で止まり、すぐに扉が開いた。姿を現したのは、ノースリーブの白いワンピースをまとった、茶髪ロングの乙女―――サユリ姉。彼女は虚ろっぽい大きな垂れ目で俺の姿を捉えると、にっこり微笑んで、三メートルの距離をものともせずに俺に飛び掛かり、抱き着いた。


「あ~ん、シノ君!会いたかったよ~!」


「ちょっ、サユリ姉、頬ずりしないで・・・」


「えへへ~、もう、恥ずかしがるシノ君も可愛いんだから~。すりすり、すりすり~。」


 なおも嬉しそうに頬ずりを続けるサユリ姉。


―――なぜ彼女が悩みの種なのか?その答えは、彼女がこんな具合に恥ずかしげもなく俺を溺愛しているからである。


 家の中だろうが外だろうが、彼女はお構いなしで俺にベタベタする。昔は気にならなかったが、高校生ともなるとさすがに恥ずかしくてたまらない。それに、サユリ姉は超がニ三個付くほど可愛いので、こんなことをされると、変に心臓が高鳴るのだ。しかも夏休み中は、彼女を唯一制止可能な存在である親が不在。それが意味するところはつまり、今のような状況が夏休み中ずっと続くということである。これだから、夏休みは落ち着かなくて嫌なのだ。


「サユリ姉、ほんとに離れて・・・なんか、肩のあたりにすごく柔らかいものが当たってるんだけど・・・」


 サユリ姉は俺より若干背が高いので、抱き着かれると、ちょうど俺の肩のあたりに彼女の胸が当たる。思春期男子には堪らないダメ押しだ。さすがに勘弁してほしい。


「え?ああ、胸のこと?ふふふ、そんなこと気にするなんて、シノ君も男の子なんだなぁ~。あ、もしかして、興奮しちゃった?」


「し、してないし!」


「触らせてあげよっか?いいよ、私たち姉弟だもん。別にいやらしいことでもなんでもないよね。」


「べ、別にサユリ姉のおっぱいなんか触りたくないから!っていうか、むしろ気持ち悪いし!いい加減離れてよ!」


 そう言って、俺は誘惑を振り払い、サユリ姉を無理矢理押し退けた。

 危ない所だった、サユリ姉は本当に危険人物だ。たぶん今の言葉も、彼女的には冗談二割、本気八割ぐらいだったんだろう。俺が触りたいと言ったら、何のためらいもなく胸を触らせてくれたに違いない。あの豊満な胸のふくらみを・・・


「シノ君・・・そうだよね。ごめんね?変なこと言っちゃって。お姉ちゃん、気持ち悪いよね・・・嫌いになっちゃったよね・・・」


 俺に拒絶された彼女は、一瞬はっとしてから、すぐに肩を落として、悲し気な微笑を浮かべた。それを見て俺もハッとする。やばい、いくら勢いだったとはいえ、気持ち悪いはさすがに言い過ぎだ。


「い、いや、別に、嫌いになんてなってないから・・・」


「ほ、ほんとに?じゃあ、シノ君は、お姉ちゃんのこと・・・好き?」


「えっ?!いや、好きとか、嫌いとか、そういうんじゃ・・・」


「はっきり答えてよ・・・男の子でしょ?」


「うっ・・・す、好きだよ・・・」


「じゃあ、シノ君は、お姉ちゃんと付き合ってくれる?」


「・・・・・うん・・・」


 顔から火を噴くような思いで俺がその言葉を絞り出すと、サユリ姉は”してやったり”みたいな感じに悪戯っぽく微笑んで、また俺に抱き着いた。


「あ~ん!もう!シノ君可愛すぎだよ~!そんなの冗談に決まってるじゃん!からかっちゃってごめんね?でも、シノ君に好きって言ってもらえて、お姉ちゃん本当にうれしかったよ~!」


 サユリ姉のしなやかな両腕の中で、頬ずりをされながら俺は苦笑した。どうやら、今のはすべて、サユリ姉のおふざけだったらしい。

―――ああ、今年も、また夏休みが始まったなぁ・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 サユリ姉は本当に、俺を弄ぶのが上手い。俺はサユリ姉相手だとすぐにペースに乗せられてしまう。なんて言うんだろう、たぶんサユリ姉は、俺がどうすれば動揺するのか、本能的に分かっているんじゃないだろうか?いや、俺だけに限った話じゃない。彼女は男心をくすぐる天才なのだ。


 彼女の言動一つ一つには、悩ましく蠱惑的(こわくてき)な甘みが溢れている。だが勘違いしちゃいけないのは、彼女はいたってピュアだということ。彼女は純真で、別に男を貶めてどうこうしようとか、そういう汚い魂胆が裏に隠れているなんてことは決してない。いうなれば、彼女の魅力は生まれ持った天賦の才だ。そして彼女は、ほとんど無意識のうちに、それを発揮してしまうのである。本当に油断ならない。


 例えば、今の様に部屋で勉強をしているときでも気を抜けない。たとえ一人で居ようとも、サユリ姉はちょっとしたことですぐに俺のところにやってくるから、その度に俺はどぎまぎさせられる。

 ほら、言ってる傍から、階段を上る足音が聞こえてきた、きっとサユリ姉がこの部屋に向かっているんだ。俺の部屋は家の二階の、階段を上ってすぐのところにあるので、誰かが階段を上がってくるとすぐにわかる。今はサユリ姉と俺しか家に居ないので、あの足音は間違いなくサユリ姉の物だ。


 何の用なのかは、もう見当がついている。今は六時五分、いつもならサユリ姉が夕飯の準備に取り掛かり始めるころだ。たぶん、その夕飯のメニューをどうするか、俺に相談に来たのだろう。


 俺はまた少し身構えて、ドアが開くのを待った。


「シノ君。」


 部屋に入ってきた彼女は、口の端に愛嬌のある微笑を溜めながら、勉強机で宿題と格闘していた俺に近づいてきた。


「どうしたの、サユリ姉?」


「今、時間ある?」


「え?、まあ、あると言えばあるけど・・・」


 本当は宿題を片付けている最中なのだが、どうせ夏休みは長いのだ、別に今やらなくても、後で好きなだけ時間をかけられる。それに、宿題なんかよりも、サユリ姉の用事の方がよっぽど大事だ。(下手に拒否すると、さっきみたいな展開になる。)


「じゃあさ、お姉ちゃんと一緒に、お買い物に行こうよ!」驚いた。どうやらさっきの予想は見当違いだったらしい。


「え?買い物?今から?」


「うん!ほら、行こ!」


 予想外の展開にたじろぎながらも、俺は彼女に手を引かれ、家を出た。

 サユリ姉はいつものように俺と腕を組むと(これも拒否するとまたさっきみたいな展開になるので、恥ずかしいが渋々許容している。)、行先も告げずに落陽の街を歩きだした。


 どこに行くのだろう?―――もしかして、さっきの『お買い物に行こうよ!』というのは、『ショッピングデートに行こうよ!』みたいなことだろうか?サユリ姉のことだから、それも十分あり得そうだ。


 だが、よく見てみると、彼女の肩からは、白い服に紛れて、お洒落とは無縁な白い買い物袋が下がっていた。これはどうやら、デートとかそういうつもりではないらしい。おそらく、近所のスーパーまで夕飯の食材を買い足しに行くのだろう。


「えへへ、シノ君と二人でお買い物、嬉しいな~。」


 道中、彼女は不意にそう言って微笑み、俺の二の腕を一層強く抱き寄せた。ただ腕を組むのでさえ死ぬほど恥ずかしいのに、こんなことをされては、堪ったもんじゃない。それに、もしこんな風に美女とイチャイチャ歩いているところを友達に見られたら、クラスの連中から囃し立てられるに決まってる。


 心配事は尽きなかったが、それでも何とか無事に、知り合いに遭遇することなくスーパーまでたどり着くことが出来た。天運に感謝である。


 だがまだ気は抜けない。俺の友人はスーパーなんかには来ないだろうが、今の時間帯、そのお母さま方がここに買い出しに来ていることが予想されるからだ。とりあえず、細心の注意を払って周囲を警戒していないと、もし見つかったら、『まあ!忍君には立派な彼女さんがいるのねぇ!』なんてことになりかねない。そうなれば、学校での俺の立場がなくなる。絶対に嫌だ!


「どうしたの、シノ君?そんなにキョロキョロして。」


「ん?いや、ちょっとね・・・」


「変なシノ君。あ!ねえねえ、このお肉なんてどうかな?おいしそうじゃない?」


 肉類の陳列棚の前で不意にサユリ姉は立ち止まり、肩をすくめて周囲を睨み続けている俺の腕を、グイっと引き寄せた。


 彼女が手に取ったのは、分厚い黒毛和牛のステーキ肉。鮮紅の筋肉繊維の隙間にたっぷりの脂肪が入り込んで緻密な白脈を描き、染み出した肉汁が、その表面に潤いを添える。一目見ただけで分かった、こんなの美味いに決まっている。


「これ買ってこうよ。せっかく今日からシノ君との二人暮らしが始まるんだもん、そのお祝いとして、今日はパーッと行こう!」


 彼女は嬉しそうに笑って、何のためらいもなく買い物かごに肉を二つ入れた。


「こんな高い肉、買って大丈夫なの?」


 生活費の采配を一手に担っている彼女が『買おう』と言っているのだから問題は無いのだろうが、さすがに少し心配になったので、俺はそう聞いてみた。


「大丈夫!今年は夏休みに向けてバイトを増やして、いつもよりお金をためてきたから。親からの出資だけじゃ心もとないもんね。」


「そうなんだ。」サユリ姉、俺の知らないところで、いろいろやってたんだな。


「うん!年に一度きりのシノ君との同棲だもん、い~っぱい贅沢して、楽しみたくって。」


 そう言うと、サユリ姉は、しっとりした優しい微笑みを浮かべて、ぽっと頬を赤くした。その表情に、思わず心臓が跳ねる。

 ―――やばい、可愛い。


「あれ~?どうしたのシノ君、今ちょっと赤くなったよね~?」


「は、はぁっ?!別に赤くなんてなってねえし!」


「もう、恥ずかしがり屋さんだなぁ~、よしよし~。」


「ちょッ、なんで今の流れで頭撫でるんだよ!」


「だって可愛かったんだもん。」


「止めろって、なんか、周りからの視線が痛い・・・」


「大丈夫大丈夫、私はシノ君のお姉ちゃんなんだから、シノ君の頭を撫でるくらい当然のことだよ。」


「うう・・・・」


 その時、隣を通り過ぎていったおばさんが、横目で俺たちのことをちらりと見て、クスッと笑った。

 すごく恥ずかしかったけど、でも、恥じらいとは違う暖かい物が胸の底に流れたのを、俺はしっかり感じたのだった。



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