麻痺と魔獣と過信とトメィトゥ
道中でゴロツキ2人を倒し、自信に拍車をかけたシャンスがレベル30ダンジョン『いにしえの森』に到着した。
勇者補正でステータスが上がったと勘違いしているシャンスだったが、さすがにレベル3でレベル30のダンジョンに無策で突っ込むほどの馬鹿ではない。
何かあった時の転移用魔法石と大量の回復ポーションを勇者の部屋から拝借してきた。
どちらもシャンスの財力では手に入らない高級品である。
「よしっ。これで何が来ても安心だ。何より、今はこの聖剣の使い方を覚えて使いこなせないと。」
シャンスは光り輝く聖剣(偽物)を抜き、その刀身をなぞる。
「力が…溢れてくる…!!」
実際には溢れていない。
ただのレベル3の村人が勇者のコスプレをしてサイリウムのような光る剣を持っているだけである。
それを知らないシャンスはダンジョンの奥へと潜っていく。
途中で綺麗な大きい花を見つけた。
青紫色のアサガオのような花にシャンスは目を奪われた。
花を愛でる趣味はないが不思議なことに花に触れたいと思ってしまった。
それもこの花の能力であり。レベルも知識もないシャンスは、花に触れる。
その瞬間体が固まり、全身に痺れが走った。
この花には茎、根、花、全てに麻痺毒の粉を纏っている。
その毒は自分より低いレベルの対象に触れられた時、対象を一定時間麻痺させ、その行動を制限する効果を持つ。
「…っ!?」
シャンスは何が起きたのか理解できず、辛うじて動かせる目だけを使って当たりを見渡した。
『いにしえの森』にはその花が至る所に存在しており、痺れた者を魔獣に捕食させ、その排出物を肥料に繁殖する『エンシェントフラワー』という魔植物である。
「や…べぇ…かい…ふく…」
体が動かないのであれば持ってきたポーションを飲むのは不可能。
さらに回復ポーションは体力は回復すれど、状態異常を治す効果はないのである。
ここに挑む冒険者は皆状態異常を無効化する指輪やそれを持っていない冒険者はパーティーを組んで全滅を回避する。
1人でのこのことやってきたシャンスは魔植物にとってまさに飛んで火に入る夏の虫だ。
体が動かなくなって5分が経過した。
『エンシェントフラワー』は『いにしえの森』全体に生息していて、その根から情報を共有し、共存している魔獣に情報を与える。
『いにしえの森』はそういうダンジョンだ。
ダンジョンに生息する魔獣、魔植物、木々が情報を共有し、奥にいる主を守るため侵入者に襲いかかってくる。
単独で、しかも花の毒が効いてしまうようなレベルの冒険者が挑んでいい難易度ではないのだ。
ましてや勇者のコスプレをした村人など、一瞬のうちに魔獣の食料になり、魔植物の肥料になるだろう。
ズシン…ズシンと地面が揺れる。
森の奥からシャンスの3倍ほどの大きさの虎のような魔獣が涎を垂らしながら未だ麻痺したままのシャンスへ近づいてくる。
治れ…治れ!!治れっ…!!
シャンスは必死に状態異常が切れるのを願う。
この世界の状態異常は効果が切れるまでの時間が存在し、その時間を左右する物…運である。
魔獣の牙がシャンスの首に届く寸前、持ち前の運で麻痺を解き、転がりながら距離をとる。
その際、聖剣を魔獣の足元に忘れてきてしまった。
魔獣は勇者の聖剣を足で踏みつけ、次の攻撃の機会を伺っている。
シャンスの武器は聖剣(偽物)1本のみ。
「あのぉ…剣…返してもらえたりとか…」
「グルォァァ!!!」
「しないですよね!!!!すみませんでした!!!!!!」
シャンスは後ろを向いて逃げようと試みたがすぐに回り込まれ、じりじりと後ろの大木へ追い詰められる。
おそらくこのまま魔獣に生きたまま食べられてしまうのだろう。
だがシャンスは勇者の名を騙ると覚悟を決め、勇者の鎧と聖剣を手にし、今ここに立っている。
シャンスは最後の手段でポケットから最終兵器を取り出す。
「と、ととと、トメィトゥ…食べますか???」
そう。カルアから貰った食べかけのトメィトゥ。
所詮村人、今まで大きな喧嘩や決闘などは一切経験がない。誰かに襲われたという記憶は、この前の魔王襲撃の時だけである。
そんなシャンスが勇者の聖剣と鎧を手に入れた所で、魔獣の群れをなぎ倒す。
なんてことはない。
シャンスは自信を持って、剣の切れ味を試しにこのダンジョンへ来たのだ。決して魔獣にトメィトゥを届けに来た訳では無い。だが、今シャンスがするべきことは現状の打破、つまり魔獣の牙から逃れることである。
シャンスはトメィトゥを魔獣の口に投げ入れた。
魔獣は一瞬警戒したものの口に入れられた物が食べ物であると認識し、食べ始める。シャンスの目をじっと見つめたまま。
「あれ???前菜かな???次メインディッシュかな???」
魔獣がシャンスに飛びかかる。
「ですよね!!こんちきしょうっ!!!」
シャンスの悲鳴が森中にこだましていた。