修行後の食事と味覚、そして翡翠の瞳
「うああああ!木刀が飛んでくるぅぅぅぅぅ!!」
飛び起きてシャンスは両腕を振り回す。
「情けないなぁシャンス。ふふふ。」
「チャトラ…修行…ってか親父の憂さ晴らしは終わったのか?」
「憂さ晴らしって。あれはれっきとしたシャンスの修行だよ。リコリスに剣を落とされた時に僕がいなきゃシャンスは串刺しだったよ。だから、素手でも木刀くらい捌けるようにならないと。」
「にしても素手の息子を木刀でしばくなんてとてもいい父親とは言えねぇよ。」
「聞こえてるぞ馬鹿息子。」
シャンスの部屋にフォルスが料理を持って入ってくる。
「ほれ、ビーフシチューオムライスだぞ。」
とろとろの卵が乗ったチキンライスに赤ワインでじっくり煮込んだビーフシチューを回しかけ、純白の生クリームが全体を彩っている。
「前から思ってたけどその無駄に高い見た目のセンスなんなん。」
「カデルの料理が絶滅級じゃったけぇな…やっているうちにハマったんじゃ。」
カデルはフォルスがシャンスを拾う前に病で命を落としているので会ったことはないが、フォルスから話は聞いている。
「母さん料理下手だったのか…」
「絶望級だ。生きていたなら魔王も倒せたかもしれん。」
「料理で!?」
フォルスが身震いしながらかつて振舞われたカデルの料理の数々を思い出していた。
「なーう」
チャトラが自分の分はないのかとフォルスの服を引っ張る。
「かわ…ごほん…この子は何を食べるんじゃ?」
「チャトラ?この子の好物はトメイトゥだよ。北の村のトメイトゥが甘くておいしいんだ。」
チャトラ…かわ…。心の中でチャトラの名前を復唱しながらフォルスがシャンスから貰ったトメィトゥをかじる。
「なんじゃこりゃ!!ぼっけえすいぃ(めっちゃ酸っぱい)が!サラダどころかトメイトゥソースにもできんぞ。」
「親父も王国の皆と同じ意見かよ!こんなにおいしいのになぁ。」
そういっておいしそうにトメイトゥをかじるチャトラとシャンス。
「お前は昔から味覚がおかしいんじゃ…チャトラもか…とにかく今日は休んで、明日からまた修行だぞ。」
「修行内容はまだ納得いってないけど…よろしく頼むよ師匠。」
「ボッコンボッコンのギッタンギッタンにしてやる。」
「だからどこのガキ大将だよ。」
寝室に行くフォルスを見ながらビーフシチューオムライスを口へ運ぶ。
「しょっぱ!!!!」
味覚音痴シャンスの叫びが家に響いた。
夜が深くなった頃、チャトラに起こされたシャンスは家の近くの丘へ来ていた。
「シャンスに僕は嘘をついているんだ。」
「なんだよ。嘘って。」
眠たい目を擦りながら立ったまま寝そうなシャンス。
「リコリスは僕が殺したんだ。」
衝撃的な発言をした目の前の猫は月に照らされ微笑んだ。
月は雲に隠れ、暗闇の中で翡翠色の瞳だけがシャンスをみつめていた。




