筋肉痛と親父とサンドバック
宿屋で死んだように眠ったシャンスは宿の天窓から差し込む日の光によって目を覚ます。
「いだだだだだだだだだ…眩し…いだだだだだだ…」
「おはようシャンス。いいお昼だね。」
すでに太陽は子午線を通過して真上からシャンスを照らしていた。
「めっちゃ寝たな…今日は故郷に戻って親父に剣を教えてもらわなきゃ。」
故郷へは勇者ではなく、シャンスとして帰るため、以前着ていた村人Aの服装に着替える。
質素なよれよれのシャツに質素なズボンを履いて、シャンスは宿から王国の門へと向かう。
「牛も羊もほったらかしで村出ちゃったからなぁ。怒られるんだろうなぁ。」
親父のげんこつが飛んでくるのを想像し、シャンスは身震いしながら村への道を歩いていく。
誰にも絡まれることなくシャンスは無事村へとたどり着いた。
そして自分の家がある山の上へ足を進める。
「あらシャンス。親父さんがカンカンになって探してたよ。一体どこに行ってたんだい?」
「ちょっと用事が出来ちゃって…これから謝りに行くところだよ。」
昔からの知り合いであるおばさんに話しかけられ、親父が怒っていることを知った。
「こりゃ2発だな…」
げんこつの数が増えたことを察したシャンスであった。
「こっの!!!馬鹿もんがああああああああ!!!!!」
「いっでええええええ!!!」
…三発でした。
「急におらんくなったと思ったら剣を教えろじゃあ??ちょけるんも大概にせえよ!この馬鹿息子が!」
火山のように噴火する白髪を後ろでまとめた老人、フォルスが仁王立ちで頭を押さえるシャンスを見下ろしている。
「三発も殴らなくていいだろうが!!クソ親父が!!」
「親に向かってクソとはなんじゃあ!!二度と口きけんようにしちゃろうか!!!」
売り言葉に買い言葉、二人の喧嘩はどんどん白熱していく。
「にゃあー」
見かねたチャトラが鳴き声をあげる。
「かわ…ごほん…なんじゃあこの猫は、どこから拾ってきたんじゃ。」
「『いにしえの森』でちょっとな。」
…さっきよりも強い衝撃が頭に走り、シャンスは壁にたたきつけられる。
「かっ…はっ…」
「お前みたいな低レベルでいにしえの森に入ったんか!どれだけワシに心配かければええんじゃ!!親不孝者もここまでくると笑えてくるわ!!」
鬼の形相で怒鳴るフォルスが拳を血が出るまで握っていた。
フォルスは若くして妻カデルを亡くし、シャンスのことを実の息子のように男で一つで育ててきた。自分の身は自分で守れるよう、剣術を教えようとしたが、シャンスは牛さんと遊ぶ!といって真面目に取り組まなかった。
フォルスはカデルと出会い、農場を始める前は国王直属の騎士団の団長をしていた。そのことはシャンスは知らない。
「悪かったよ…でも引けない理由があったんだ。これだけは曲げられなかった。」
フォルスは目を見開き、騎士団を引退した後、魔王が王国を襲った時のことを思い出す。
「もういいじゃない!あなたはもう騎士団団長じゃない。私を…置いていかないで…」
「すまんな。カデル。王国には俺の弟子や国王様がおられる。見捨てて生きていくことは自分が一番許せん。これだけは曲げられん。」
昔の自分とシャンスが重なって見えていた。
「ふん。お前の実力では早死にするだけだぞ。」
「分かってる…よく分かってる。」
ポーションで傷はふさがっているが、リコリスに貫かれた足に目を向ける。
「そのために帰ってきたんだ。」
シャンスはまっすぐな目でフォルスを見つめる。
「覚悟だけはできとるようじゃな。もう牛と遊ぶ暇はないぞ。」
フォルスがため息をつき、家の裏にある修練場へと向かう。
シャンスとフォルスが修練場の中心に対峙し、フォルスの手には木刀が握られている。
「これからワシがお前をボッコボコにする。お前はそれを防げ。」
「あの…??お父さん…??今ボッコボコって言いましたかねぇ?」
「ボッコンボッコンのギッタンギッタンにしてやる。」
「どこのガキ大将だよ!!これのどこが修行なん…」
シャンスが喋り終わる前にフォルスが木刀の柄でシャンスの腹を突いた。
「がっ…ごほっごほっ…」
「お前が完全に防げるようなるまで続ける。」
腹を押さえてせき込むシャンスを容赦ない剣筋が襲う。
防ぎようのない攻撃を必死に腕で受け止めるがフォルスの木刀は容赦ないダメージをシャンスの腕に蓄積させる。
「いってぇ…ふざけんな!!親父のサンドバックになった覚えはねぇぞ!」
「口を動かす暇があるなら手を動かせ。防げ。躱せ。反撃しろ。」
「無茶言うんじゃねぇ!!フェアじゃねえだろうが!俺にも木刀を…いってぇ!!!」
シャンスの反論を無視し、黙々と剣を振るフォルス。
袈裟切り、突き、横薙ぎ、逆袈裟。様々な方向から斬撃を繰り出す。
「うあっ…ほんとにちょっと待って??…あのっ…」
「実践でもそう言って待ってもらうか?」
フォルスが振り上げた木刀がシャンスの顎を打ち上げる。
脳が震え、シャンスはその場に倒れる。
「続きはまた明日だな。」
気絶したシャンスを担いで家へと戻る。
「なーう!」
「これも意味があることじゃけぇ。そんなに睨まないでくれ。」
フォルスに撫でられたチャトラは気持ちよさそうににゃあーと鳴いてフォルスの肩に飛び乗った。
「かわ…ごほんごほん。シャンスが起きたらごはんにしよう。」
チャトラのかわいさにやられかけたフォルスが口元を押さえながらキッチンの方へと向かっていった。




