勇者としての短い人生と意地
リコリスのツルがカルアとシャンス、チャトラに迫ってくる。
カルアはとっさにファイアボルトを詠唱するが、ツルのスピードの方がずっと速く、鞭のようにしなったツルがカルアの腹にたたきつけられる。
「んぐっ…」
胃液が喉へ上がってくる。ツルはカルアの体ごと振り抜き、カルアは後ろの木へ吹き飛ばされる。
「カルア!!」
ツルの攻撃が激しく、カルアの元へ駆け寄れない。シャンスも剣の技術は素人に近く、剣術は村にいた老人から少し指導を受けたのみ。
その指導も対人の戦闘を念頭に置いた技術のため、全方位から無数に襲ってくるツルには意味がない。
受け逃したツルがシャンスの聖剣を叩き落そうとシャンスの右手を狙う。
「がっ…」
右手に生じた衝撃に聖剣を手放してしまった。
今がチャンスとばかりに受け流されたツル達がシャンスを貫こうと襲い掛かる。
「がおっ!!」
降り注ぐ無数のツルをチャトラが咆哮で跳ね返した。
シャンスはその隙に聖剣を手に取り、カルアの元へ駆け寄る。
「カルア!!無事か!!」
「なんとか…肋骨三本ほどで止まりました…」
シャンスは回復ポーションをカルアに飲ませ、この状況を何とかしようと脳をフル回転させる。
できない…カルアを守り、リコリスを倒し、無事に生還できるビジョンが見えない。
運のステータスが高いだけの元村人。勇者の偽物には、それができるだけの実力はない。
シャンスには高い運とおせっかい焼きな性格とここぞという時の勇気がある。
絶望的な状況でシャンスは覚悟を決める。
一つだけ持ってきていた王国の門まで転移できる魔法石を取り出す。
「カルア、君は王国にこれで戻るんだ。」
「!?シャンス様は…どうされるのですか?」
「大丈夫だよ。転移の魔法石はもう一つある。ただ転移が始まるまでに時間がかかるから僕が時間を稼ぐ。カルアが転移した後、隙を見て逃げ切ってみせるさ。」
嘘だ。カルアを安心させて帰還させるための嘘である。
「絶対に帰ってきてくださいね。チャトラちゃんも一緒に。」
「当然だろう?俺は勇者だ。不可能なんてない。」
切羽詰まっているこの状況でシャンスには元勇者の口調を真似ることを忘れている。
カルアはシャンスのまっすぐな目を見て覚悟を決め、転移に魔法石を砕いた。
カルアの周りを魔力が包み、転移に向け魔力が準備を始める。
「さてと、チャトラ。俺が死んだら自由に生きるんだぞ。」
シャンスがカルアに聞こえないようチャトラに耳打ちする。
「縁起でもないこと言わないでよ。シャンスが死んじゃったら誰が僕にトメイトゥをくれるのさ。援護はするよ。」
シャンスとチャトラにツルが襲い掛かる。
シャンスはつたない剣術でツルをいなし、うち漏らしたツルをチャトラが咆哮ではじく。
2分ほどの攻防が続き、カルアの転移の準備が整う。
「シャンス様!!約束ですよ!…死なないで。」
シャンスは後ろ手で手を振る。カルアと最初に出会った時と同じように。
後ろで魔力の光が消滅したのを確認した。カルアはもう大丈夫だ。
あとは俺たちだな。
「泣ける展開だねぇ。このまま僕を倒して王国に戻り、あの女とイチャイチャするんだろう?」
「カルアと俺はそんなんじゃねぇよ。お前のくだらない妄想に付き合う義理はない。」
「そうかい。じゃああの女には君の死体を届けてやるとしよう。…彼岸花を添えてね。」
ツルが全方位からシャンス達に向かって伸びてくる。
必死でツルを弾くシャンスとチャトラ。
だがその手数はあまりにも圧倒的で、弾き損ねたツルがシャンスの足に突き刺さる。
「がああああああ!!」
「シャンス!」
チャトラの声もむなしく、足を貫かれたシャンスはそのままツルに持ち上げられる。
足を貫いたツルがシャンスより上に持ち上がったことにより傷口が重力によって広げられる。
「あああああああああ!!!」
想像を絶する痛みが足に走り、声にならない悲鳴をあげる。
「頑張ったほうだと思うよ。君の死体には称賛の手紙を添付して届けるよ。」
「趣味が…悪いと思うぜ…」
ツルがしなり、リコリスへとシャンスが投げられる。リコリスはそれを軽々とキャッチし、シャンスの首に手をかける。
「がっ…あっ…」
血液が脳に回らなくなる。意識が遠退いていく。
短い勇者生活だったな。
シャンスの頭の中に勇者になってからの記憶が過っていく。
魔王に襲われ勇者の責任を負わされ、国王のチーズを忘れ、装備を盗まれ、麻痺して…
いやろくなことねぇな?
本当に運のステータス働けと言いたくなるほど、魔王に襲われてからのシャンスは不運つづきである。
カルアは助かったんだ。それだけで…
シャンスは自分の運を呪いながら…意識を手放した。
「僕のシャンスに何をしているんだ。」
口調はそのままに、怒りを露わにした声が響き、リコリスの腕が吹き飛んだ。




