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 雑用など裏方の仕事は心配ないが、マキをお客の前に連れていくかどうかは、麻美を大いに悩ませた。社長から許可はもらっているものの、なかなか踏み出すことができなかった。


 一方、麻美もマキを初めて見たときは、先入観から違和感だらけであったが、次の日に彼女を見たときに印象が変わった。マキがデスクに着いてパソコンを操作しているのを見たとき、完全に人間だと錯覚してしまったのだ。麻美が「これはロボットだ」と思いなおさねばならないほどだった。


 ただ、マキがじっとしているときと、動いているときはいい。人と会話をし始めるとやはり違和感があった。相手がこの違和感から「変わった人だな」と思うか、「ロボットだ」と思うかは、見た人の経験によるところが大きかった。



 *******



「いい? 今回のご葬儀は、お客様としゃべっちゃダメ。話しかけられても、わたしが代わりに答えるからね」


 わかりました、と喪服に身を包んだマキが答える。今回は見学ということにし、喪主にだけマキのことを話して、ほかの遺族には黙っておくことにした。今日、麻美が世話をする葬儀の故人は、九〇歳近い婦人だ。遺族にも特に困ったような人はおらず、トラブルも少ないだろうと予測した。


 故人は熱心なプロテスタントだったようだが、葬儀は教会ではなく、ゆとり会館が契約しているセレモニーホールで行われた。プロテスタントの祭壇は簡素なもので、仏式のようにごてごてと飾らなくていいので楽なものである。


 白ユリとカーネーションで飾られた祭壇、テープで流れるオルガンと、参列者全員による讃美歌。葬儀が進んでいる最中、受付の隣で麻美はマキを見つめた。彼女は手を組んでじっと祭壇を見つめている。思った通り、喪服はおそろしく似合っている。祭壇をセッティングするときも、ぎこちない動きながらもよく働いてくれた。今のところ、遺族にロボットだと知られた雰囲気もない。


 案外、ロボットも悪くないのかもしれない、と麻美は思った。だが、マキが両手を合わせて祈っているところを想像すると、違和感を覚えた。それは彼女がロボットだからではない。マキが目を閉じて、両手を合わせているだけで、麻美自身、十分にマキの気持ちを感じてしまうのだった。相手はロボットだと言うのに、彼女が祈っているという事実を、麻美は受け入れざるを得なかった。


 気にしすぎなのかもしれない。自分がロボットが苦手だから、神経質になっているのかも。


 麻美が頭を振っていると、建物の入り口から親子連れの参列者がやってきた。キリスト教の葬儀では、参列者は焼香を上げるのではなく、百合を献花台に置く。麻美は親子連れを案内した。おそらく彼らは故人の信者仲間だろう。迷うことなく、献花台に百合を置く。


 そのとき、母親の後ろをついてきていた子どもが、マキを見つめた。マキは子どもに気がついて微笑んだ。おそらくそれは、マキに付けられていた基本的な機能だったのだろう。麻美が感心するほど自然な笑みだった。

 だが、子どもはマキを指さして声を上げた。


 あ、ロボットだ――。


 その高くて無邪気な声が、なぜかハッキリと式場内に響いてしまい、麻美は笑みを浮かべたまま凍りついた。ほかの参列者は気がつかなかったのに、なぜわかったのだろう。これは後からわかったことだが、どうもこのくらいの年齢の子どもが、いちばんロボットの不自然さに敏感らしい。


 式場内にいた、何人かの遺族がこちらに振り向いた。麻美は、これ以上マキを表に出せないと判断し、マキに車に戻るよう指示する。


 その前に、ホール内にいた初老の男がやってきた。たしか故人の弟で、宮本という男だ。

 宮本はマキの方に寄って尋ねた。


「すまないが、トレイはどこかね?」


 麻美はあわてて代わりに応える。

「あ、あちらでございます」

「この人に聞いとるんだよ。トイレはどこかね?」


 麻美は凍りつきながらマキのほうを見た。マキはさっぱり言葉を返そうとせず、ただ男性を見つめている。数秒後、麻美はようやく気が付いた。自分が「遺族と話すな」と命令したので、マキはそれを守っているのだ。麻美はあわてて「マキ、答えて」とつぶやいた。マキはゆっくりと笑みを作った。


「あちらでございます」

「本当にロボットか!」


 宮本は顔を真っ赤にして声を荒げた。


「おたくは葬式にロボットを持ち込むんか。頭おかしいんとちがうか」


「申し訳ありません。こちらのロボットは支援用と言いますか、重いものを運ぶための支援だけに使っておりますので――」


「だったらなんでここにいる? ロボットが姉貴に触ったら承知せんぞ」

 宮本はじろりとマキをにらみつける。


「おまえ、人の葬式なんかわからんやろ。ロボットに人の死なんかわかるんか」

「宮本様」

 マキは静かに口を開いた。


「私にも、ご遺族の方の気持ちがわかります。人の死がわかります。ロボットも死ぬことがありますから」


 麻美は目を見開いた。マキの黒い目が、少しだけうるんでいるように見えた。

 宮本は居心地が悪くなったのか、マキから目をそらし、ドスドスと式場内に戻っていった。麻美は一度礼をしてから、マキを入り口まで引っ張り、外の車に戻るよう命令した。

 マキは「はい」とだけ答えた。


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