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(葬儀用ロボット!?)
麻美は口に含んでいた昼食の米を吹き出しそうになった。あわてて口元を押さえて呼吸を落ち着かせる。
「それって、お客様のペットロボットを供養する、とかじゃないですよね」
「ちゃうちゃう。葬式するロボットのことや。ひつぎの磨きも、祭壇の設営もな」
葬儀屋『ゆとり会館』の社長が、書類で顔を仰ぎながら笑う。事務室にいる社員が仕事の手を止めて話に参加するが、麻美はまだ口をはさめずにいた。
「それはうちがロボットを雇うってことですか」
「いや雇うというか、そういうロボット作っとる会社があるねん。その開発の手伝いやな。ロボットの実施研修で、うちが補助金もらうねん」
「でも、いつかは雇っちゃうと」
さあ、使えるようになったらなあ、と社長がコキコキと首を鳴らす。いまデスクで昼食をとっているのは、麻美ともう一人の職員だけで、他の職員は仕事の手を止めて雑談に付き合っていた。
「介護とかホテルのロボットは聞きますけど、葬儀屋にロボットはなぁ、需要ありますかいね。そんなに人手足りませんか」
「葬式は金をかけへん方向に向かっていく一方や。夜中の電話番でもやってくれたらありがたいやろ。それでホトケの送迎までやってもろたら、わしら人間はもういらんかもしれんな。ガハハ」
なぜ社長は笑っていられるのだろう、と微妙な空気が職場に下りる。もしかしたら葬儀屋という人間の仕事が奪われるかもしれないのだ。
「どうせいつかはロボットが導入される。その前に先手うって、介護ロボットと連携してくれたら、老後から最期まで看取ってくれるロボットができるかもしれんな」
「ハイハイハイ!」
ここで初めて麻美は抗議した。高校卒業したあとにすぐ、『ゆとり会館』に入社して六年、社内では一番の若手だった。
「そんなこと、お客様が納得しますか? ロボットがご遺体を運び出したら、たぶん怒りだしますよ。そりゃ生きてるうちは、『自分の葬式はロボットで簡単にすませてくれ』って仰るかもしれませんけど、ご遺族が納得しないと思います」
麻美としては強めに抗議したつもりだったが、他の社員は苦笑した。
「元気いっぱいの麻美ちゃんが抗議してますよ」
「若いっちゅうのに保守的やなあ」
麻美は心の中で悪態をついた。そりゃベテランの人たちは、ロボットができないような特殊な仕事ができるかもしれない。ただ麻美はまだぺーぺーで、基本的な仕事しかできないのである。
社長は麻美の方に向き直った。
「そやけど、その葬儀屋ロボットの教育係は、きみやで」
麻美は思わず「えっ」と叫んだ。これから葬儀屋ロボットを遠目から眺めないといけないのか、事務所を離れて外回りに励もうかと考えていたときだった。
「でもこの子、そうとう機械オンチですよ」
「これからこういうロボット使うのは、若いやつやろ。わしは説明聞いてもなんもわからんかった。それに、そろそろ麻美も手下を持っていいころや」
麻美は片手で口元を覆った。部下を持つなら人間の部下が良かった。
あとで他の職員がなぐさめてくれたが、社長の決定は変わりそうになかった。
*****
「マキと申します。どうぞよろしくおねがいします」
数日後、担当者とともにやってきた葬儀ロボット・マキは、麻美の前でぺこりと頭を下げた。
麻美が抱いたマキの第一印象は、これはロボットだ、ということだった。その直後、これは本当にロボットなのだろうか、と少し不安に思った。
背は麻美より高く、女性の平均身長よりは少し大きい。後ろでひとつにまとめた黒髪、卵のような肌。葬儀屋で嫌われる若々しい容姿ではない。いまは白のブラウスと紺のジャケットを身に着けているが、おそらく喪服を着ればビシっとサマになるだろう。
しかし、麻美は顔に笑みを貼りつけたまま、マキに視線を向けられなかった。
「本日からマキをよろしくおねがいします」
背広をだらしなく来たメガネの担当者、佐々木が頭を下げる。彼は麻美を見たあと、微妙に口元を緩ませた。事前の打ち合わせで、この男が何者なのかはわかっている。
「ゆとり会館」の事務デスクから少し離れた応接スペースで、麻美と社長、マキと佐々木が席に着く。麻美は横目でマキを見た。イスを引いて座る彼女の挙動はなめらかで、人間のそれとほとんど変わらなかった。
簡単な受け入れの打ち合わせをしたあと、社長は笑いながら席を立ってしまった。事前の打ち合わせで大体の事情を知っているのか、麻美に気を使ったのかはわからない。そもそもすでにロボットに飽きてしまったのではないかと麻美は心配になる。
社長がいなくなったあと、麻美はマキと佐々木を連れだして倉庫に向かった。棺や祭壇の道具を置いてある場所で、佐々木は埃の臭いをくんくんとかぎながらつぶやいた。
「すごいな。やっぱりこんなとこでもちゃんとした設備ってあるんだな」
「……」
こんなところってなんだ。小さな葬儀屋で悪かったな。
急になれなれしくなった彼を麻美はにらむ。それでもいい。麻美とて接客のプロだが、今回は敬語を使うのも面倒になってきた。それほど言いたいことが山ほどある。
葬儀屋ロボットのマキを製作した企業の社員、佐々木は、麻美の中学の同級生だった。事前の打ち合わせでお互いの素性に気づいたとたん、佐々木は妙に親しげに話しかけてきた。同級生と言っても、学生時代に彼と話した記憶などほとんどない。麻美は女子集団に入っていたし、佐々木はどちらかというと内向的で、休み時間中にひとりで絵を描いていたりする男だった。
麻美の職場、「ゆとり会館」は、麻美の実家から近いところにある。地元の葬儀屋に就職している以上、葬儀でも同級生に会うことはしばしばあるが、仕事相手として会うのはこれが初めてだった。
麻美はマキと佐々木に向き直った。正直どちらとも目を合わせたくないが、まだ人間の佐々木のほうがマシであった。マキはさきほどからきょろきょろと倉庫内の備品を眺めている。麻美は眉をひそめた。
「そんなことはどうでもいいのよ。本当のところ、このロボットは何ができるの?」
「フジサキ、本当に機械が苦手なんだな。まあ、そういう人のほうがこっちはありがたいけど」
佐々木は眼鏡をいじってニヤニヤと笑う。こういうところが大嫌いだ。こんなめんどくさい技術者をよこさなくてもいいじゃないか。そもそも作り手がここに来る必要はないはずだ。営業担当者はいないのか。
佐々木は麻美の鋭い視線に気がついたらしく、肩をすくめた。それからマキの方を手で示した。麻美は渋い顔をして、おそるおそるマキに尋ねた。
「あなたは、なにができるの」
マキは動かしていた首をこちらに向け、微笑んだ。
「一通りの研修は受けております。電話応対や、式場設備の準備、あまり痛んでいないご遺体の運搬などができます。病院やお寺のごあいさつ回りなどは、まだ一人ではできかねます」
「さっきも言ってたけど、電話応対なんてできるの? 会話ってロボットが一番苦手なんでしょ」
「事前に多くの電話の会話パターンを学習しています。例外的なパターンは、そのつど対応を教えていただければ覚えます」
「……それって、人間の新人と同じってことだよね。ロボットの意味あるの」
「人間と違うところは、教育したロボットは量産できるところだ」
佐々木が代わりに答える。
「マキに教えれば教えた分だけ、データを後継機が継いでくれる。ひとりに教えれば多くのロボットが学習できる。いろんなロボットが学習した経験を、ロボットは共有することもできる。
あと、ロボットは疲れないから、その気になれば二十四時間、電話番ができる。こっちのほうが重要かな、葬儀屋にとっては」
麻美はマキの胸元を見た。製作者の佐々木は、自信があるのかないのかよくわからない態度だった。おそらく、学習させたことについては自慢したいものの、本当に現場で通用するかどうかは、半信半疑と言ったところだろう。葬儀屋が受ける電話には、病院や警察からかかってくるものもあるが、半分は遺族から直接受けるものだ。故人を突然亡くし、取り乱して泣いている遺族もいるくらいだ。
麻美は額を抑えた。
「頭イタイ。怖いから電話とるのはまた今度にして。ちょっと練習するから」
「わかりました。ご指導よろしくおねがいします」
ぺこりと頭を下げるマキに対して、麻美は目を閉じた。