6、シャルルの決意
結局土曜日にも更新できずすみませんでした……。
春休みはよくありませんね、めっちゃ生活リズムが崩れる……。
「終わったぁ! エメ、頼んだ!」
「シャルロッテ様、とりあえずドレス脱ぎますよ!」
つつがなく会を終わらせ招待客への礼を済ませてジュリアンを見送ってから、シャルロッテたちは令嬢にあるまじきスピードで着替えを始めた。飾りを預けたあと、ドレスを脱ぎ捨て化粧を洗い落とし、コルセットを外す。代わりにサラシで胸を潰して騎士団服を着込み、男装の化粧を施した。特注の仕込み靴を履いて身長を盛れば完成だ。
「ジョンは?」
「花園の入口で殿下を出迎えて、適当に回り道してから広場に連れてくる手はずです。お付の騎士とは仲が悪いですし、いい感じに時間を稼げているはずですよ」
「みんな本当に有能……ありがとう。私の、いや僕の我儘に付き合ってくれて」
「お嬢様の数少ない我儘ですから」
エメの言葉に周りの侍女たちが笑って頷く。有能な彼女たちはその間も忙しそうに手を動かしていた。
協力者は侍女たちだけではない。第一騎士団のみんなやクロード、そしてフィリップ(お父様)。母であるルイーゼは未だに微妙そうな顔をしているが、フィリップと共に協力してくれている。政治的な側面を思えば、マティスフィアとシャルルが仲良くなることは歓迎されたものではないだろうに。
(本当に、私は恵まれている)
数多の手に背中を押されるように、シャルルは部屋を飛び出した。
(間に合ったぁ……)
「シャルル!」
「マティスフィ……うおっぷ」
「全くお前は、今までどこにいたのだ!」
顔を合わせて数秒で胸ぐらを掴まれる身にもなって欲しいと切に思いながら、シャルルは苦笑を浮かべた。素直に「会いたかった」と言えない彼はこの歳になっても可愛らしい。
「警備が必要なのは別にパーティ会場だけじゃないんですよ? 僕は僕の仕事をしていたんです」
「仕事中のお前を見てみたかったのだがな」
「残念でした」
そろそろ離してくれとやんわり身体を押し返す。身長差のせいで胸ぐらを掴まれているといつ胸がバレるかと冷や冷やするのだ。
齢十五となったマティスフィアの容貌は乙女ゲームの時から一切色褪せず、美しくそれでいてしっかりと悪そうになっていた。
細く、キツめのつり目。太陽の如き金髪は変わらず豊かで、威厳を出すためかオールバックにされている。額にはサークレットが輝き、きらびやかな装飾品に囲まれた尊顔は、それでいて全く見劣りしなかった。
(スチルや立ち絵で穴が開くほど見てたけど、現実で見ると本当にキラキラしいなぁ)
「おい、なにをしている」
「正装のマティスフィア様って久しぶりだなぁって思いまして」
「王子の尊顔を素手で触るか、貴様」
そういいつつも大人しく触られているマティスフィアを見て、本当に心を開いてくれているのだなぁと実感する。こんなに懐っこいマティスフィアは乙女ゲーム本編でもFDでも設定資料でも見たことがない。二次創作物でなら何度か見たが、ほとんど完璧超人のように描かれがちな彼の可愛い姿を、これほど拝めるのだから転生も悪くない。
「はいはい、ご尊顔の輝きで目が潰れそうですよ」
「年々私の扱いが雑になってきているな」
「慣れって恐ろしいですよねー」
許されているとはいえあまり無礼なことをするとオリヴィエールに怒られるかと思ったが、どうやら気を利かせて二人きりにしてくれているらしい。ありがたい限りだが、結果的にそちらも二人きりのオリヴィエールとジョンが大喧嘩しないか心配だ。
「魔法学園に入学すればまた会いにくくなる。出来ることならその前にお前を引き抜いておきたかったが……」
「あ、その件なんですけど。僕も魔法学園に行くことになりそうです」
勧誘話を流すように発した一言に、マティスフィアはカッと目を見開いた。
「なんだと!?」
「も、もちろん護衛騎士としてですよ?」
肩を掴まれながらも、どうどうと諌めてベンチを勧める。こんなに食いつかれるとは思ってもみなかった。
魔法学園には基本的に貴族の子息子女が入学する。ということは身の回りのことを自分で出来ない上に、その身を他者に狙われる子どもたちが寮に隔離されるわけである。当然親はそこの配慮を学園に求めるが、生徒一人ひとりに護衛と侍女を付けるなど人手が足りるわけがない。そのため生徒たちは侍女や護衛を各々の家から連れてくることが許されている。もちろん費用は実家持ちで。
その結果、侍女や護衛の数で家々が力を誇示しようとしたり、大量の使用人で学園内が大変カオスなことになっていたりするのだが……それはまた別の話。
そんなわけでフリーレン家もまた大量の使用人を連れていく。シャルロッテとクロードの二人を同時に送り出すので当たり前といえば当たり前なのだが、「もっと減らせるのでは……?」と口にしてルイーゼにしっかり怒られた。二人分にしては少ない方だと知ったときは目眩がしたものだ。
こんなにたくさんいるのならひとりくらいねじ込んでも良いだろうとフィリップに頼んだところ、娘に甘い父はあっさりそれを許可した。
学園にいても続くであろう文通をもっとスムーズにしたかったのだ。遠くのフリーレン領から届くはずの手紙が、同じ学園内から送られてきたら、さすがに疑われるだろう。
「だがお前はまだ未成年だろう」
「お嬢様のお付き扱いなら未成年でも問題ないでしょう?」
「ああ……手放す気はない、ということか……」
ブツブツと不満そうに呟くマティスフィアにシャルルはいたたまれない気持ちになる。シャルルとシャルロッテが同一人物であることを悟らせないように先程はだいぶ突き放したが、それで友人に嫌われてしまうというのは仕方の無いことでも悲しい。侯爵令嬢であるシャルロッテも、自分であることに変わりはないのだから。
「そんなに難しく考えないで、以前より会いやすくなることを喜びましょう? 僕、ついて行きたいってお嬢様に頼んだんですから」
「……お前がそう言うなら」
渋々と言った様子のマティスフィアを広場のベンチへ誘導する。並んで座れば、立っていた時ほど身長差は気にならないものだ。
「でも聞きましたよ。マティスフィア様、試験会場をうっかり炎上させかけたんでしょ?」
「氷漬けにしかけたフリーレン姉弟よりマシだと思うが?」
「僕からしたらどっちもどっちですよ」
光属性のジュリアンは別として、属性自体はありふれているシャルロッテたちは学園に入学する前に軽い審査を受ける。審査を受けている地点で学園に入学することは決まっているのだが、その後の学園生活において教師が目をつける生徒を把握するための審査だ。ここで実力を見せれば教師の弟子入りも夢じゃない。身分の比較的低い生徒にとっては大事な審査である。
だが、目をかけられる必要が無いシャルロッテたちも手を抜くわけにはいかない。ここでも家の威光を示さなければならないからだ。なので普通、結果を出して怒られるなんてことはおきないはずなのだが。
(同年代の生徒は不運過ぎるな。私たち以外にも攻略対象がいるわけだし)
「お前にも魔力があれば、共に学ぶことも出来たのだがな」
「はは、無いものねだりしても仕方ありませんよ。それにお貴族さまの中に放り込まれるなんて面倒の多そうなこと、御免です」
乙女ゲームの主人公、つまりヒロインが転入してくるのは二年目の春だ。極々稀な平民の生徒であるヒロインは実際に多くの面倒に巻き込まれる。ゲームは好きだったがあの立場にされるのは御免被りたい。
「……それでは殊更、お前を私の元に引き入れる他なくなるな」
「えっ?」
「なんとか掛け合って適当な爵位を与える方法もあったという話だ。無理にはなるが、フリーレン家に邪魔はされまい」
だがお前は貴族を面倒がるからな。そう言ってマティスフィアは髪先を弄った。まるで子どもがいじけているような仕草だ。口にしたなかなか物騒なたくらみはともかく、可愛いなぁ、という思いで胸がいっぱいになる。
「なんでそんなに僕が欲しいんですか?」
一緒に居れなくても僕はずっと君の友ですよ。そう微笑みかけてみるが、マティスフィアはムスッとしたままこちらを睨んだ。
「そう言えば私が誤魔化されると思うなよ」
「ありゃ、バレましたか」
「全く小賢しい男だな、お前は」
「僕はそんな小賢しい男を欲しがる友の気持ちが知りたいだけですよ」
子どもの時と違い、勢力を大きく広げたマティスフィアにはいつも取り巻きのような者たちがつくようになった。その中にはマティスフィアが認める程有能な人材もいると、シャルルは手紙で教わっている。少し剣が優れているだけの平民が、どうして必要だろうか。
「僕がマティスフィア様のお役に立てるとは到底……」
「それ以上言うなら口を縫い合わせるぞ」
呆れたように息を吐きながらマティスフィアはそう言った。離された毛先がふわりと揺れる。
「私がお前を求める理由などいくらでも……」
「……? どうしました?」
「……いや、秘密にしておくのも悪くないか」
ニヤッと笑った顔を見て思わずぶすくれる。こうやって面白がっている時は何をやっても絶対に教えてくれないのだ。
「お前は私の友であるのが嫌か?」
「嫌だったらこうして会ってませんけどぉー」
「ならば問題ない。私の傍にいるに値する男だ、お前はな」
答えになっていないと食い下がった所で、応えてくれないのは目に見えている。今度はシャルルがいじける番だった。
マティスフィアの勧誘は、シャルルにとっても嬉しいものだ。出来るならばすぐにでもその手を取ってしまいたい。だが、現実はそう上手くいかない。
……シャルロッテももう十五歳。フィリップは娘に甘いが、ルイーゼはもうそろそろ騎士ごっこをやめて欲しいと思い始めている。いずれ王妃となる未来に向けて、汚点になるかもしれない趣味を歓迎出来なくなっているだろう。最近顕著に浮かべる困ったような笑みはきっと、そういうことだ。
止めるよう打診される前に、シャルロッテは手を打った。学園を卒業するまで、大目に見てくれと頼み込んだのだ。学園生活のうちになんとかマティスフィアと決別すると。期間を決めたからルイーゼはまだしばらくは協力者でいてくれるだろう。
出来るだけ娘の我儘を聞こうとしてくれる両親には本当に申し訳ないが、シャルロッテは卒業するまでに婚約破棄をされる予定だ。それがどんな形で成されるかはわからないが、シャルロッテが追いやられるのならそれでよし。クロードがいるし、下手なことをしなければ家まで没落することは無いだろう。シャルロッテが一人で泥を被ればいい。
もし円満に婚約破棄をされるようであれば____シャルロッテは酷い親不孝者になる必要がある。シャルロッテとシャルル、切って離せない二人なのであればいずれ、一人になるためにどちらかを殺さねばならないのだから。
(私を殺して僕が残る。そうやって僕は、マティス様の剣になるんだ)
シャルロッテとしての自分に未練はある。それが本来の姿なんだとさえ思っている。だがシャルロッテのまま、シャルルのように生きることが許されないこの国ではこうするしかないのだ。
そう決心するほど、シャルルはマティスフィアと共に生きる未来を切望するようになっていた。
(一度は諦めたのにね)
前世越しの想いだ。以前も利口に諦めたような顔をして奥底では諦めていなかったのかもしれない。それでもすぐにその手を取れないのは、シャルロッテとして多くの大切なものが出来てしまったからだろう。
「……いつか、時間が解決してくれる問題です。だから今は、その勧誘は断らせてください。マティスフィア様の気持ちは嬉しいですけど」
「わかった……これから会える機会も増えることだしな。それに、シャルロッテ嬢が言伝を頼まれてくれたということは、フリーレン家から接触を黙認されていると捉えてしまえる」
「抜け目がないですねぇ」
「だから、ひとつだけ聞かせてくれ。お前は私の元に来る気が、あるのだよな」
それは、富も身分も家族も、自分が女であるということでさえも、投げ捨てて良いほど。
「ええ、もちろん。今は無理でも、いつか。僕は君を、友を守る剣になりたいんだ」
己の決意を固めるように、シャルルはそうマティスフィアに答えた。
主人公のなかで、マティスフィアに対する感情がもうにっちもさっちもいかなくなってきています。
恋情なのか友愛なのか忠誠心なのか本人でもわかっていません。
ツ―フェイス+前世の記憶(感情)の弊害ですね。
同じくマティスフィアも混乱を極めていくことになりますが……
ふたりの迷走を楽しみにしていただけたらと思います。
……次は定期更新したいなあ……




