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2.とある貴族 IN 誕生パーティ


雪が積もる冬のある日、私はある令嬢の誕生パーティへと出席していた。デビュタントとはいえ相手はさる大貴族の長女だ。このようなパーティはあまり得意でないが欠席などすれば悪い噂がたつかもしれない。そうでなくとも、フリーレン侯爵からの覚えがめでたければ何かと有利だろう。

そもそも、一人娘が絶対に出席すると言って聞かなかったのだ。招待状は来ていたし、止める術はなかった。デビュー後の娘であるが親である私たちが付き添い参加することは、決して不自然ではない。親のコネを利用して早いうちから婚約者を探す家もあるくらいだ。

うちの可愛い娘には相応しい相手を私が見極め、それから社交界へ送り出そうと思っていたがまさか娘が同じ令嬢に夢中になるとは……。この主賓の登場を今か今かと待ち構え目を輝かせているうちは、恋愛などに目もくれそうにないのである意味安心である。

それにしても一令嬢主催のパーティだとは思えないほどの客だ。確実に招待客以外も押し寄せていることだろう。多くは第一王子派とお見受けするが、中立派・第二王子派も多数出席している。まるで公式の催しのようだ。


ざわり、と僅かに場の空気が乱れる。ある者たちは顔を見合わせ、ある者たちは歓迎するように顔を綻ばせる。私は動揺を表に出さぬよう努めながらその中心を見つめた。……なんとあの第二王子が従者を連れて登場したのだ。王族でありながら未だ婚約者のいない第二王子はたったひとりで入場する。すぐにご友人が彼を取り囲み、周りの者は近づけなくなってしまったが。

最後に拝見した時からずいぶんと様変わりをされた。端正な目鼻立ちに付近の令嬢の視線は自然と彼へと向く。兄である第一王子とは異なり、後ろ髪を長く伸ばしたその姿は髪色こそ違えど今は亡き彼の母を思い出させる。オルディア国の太陽とさえ呼ばれたマティルダ妃は正しく絶世の美女だった。身分は低く、側室という立場であったが学問にも通じた賢き女性だ。早世されたのが実に悔やまれる。私と同じ年代の者は皆、第二王子の顔に彼女を見出していることだろう。

しかし、フリーレン家は立場を明言をしていないとはいえ、此度の主賓は王位争いの相手である第一王子の婚約者。まさか、祝福の気持ちだけで参加したわけではあるまい。フリーレン家との繋がりを留めておくためかそれとも……。

そんな彼の元に挨拶へ向かう貴族は少なくない。ほとんどが第二王子派の者たちだ。稀に中立派、第一王子派が赴く。未だ水面下で起こっているに過ぎない継承者争いでは派閥の鞍替えもよくある話だ。繋がりを保ちたがる貴族も多いだろう。私もその中のひとりだ。


「皆様、今宵は我が娘シャルロッテのためお集まり頂き誠にありがとうございます」


音楽が止まり、よく響くフリーレン侯爵の声に私はさっと振り返る。扉の前に立つフリーレン侯爵夫妻と長男はホールの客人たちに礼をし、定型的な挨拶を述べる。遂に今回の主賓の登場だ。誰もがその扉に視線を向けている。

ゆっくりと開く扉からその姿がついに現れた。淡い青色を基調にパールをふんだんにあしらった豪奢なドレスに、所々に輝く金のアクセサリー。それらに埋もれることのない美貌に不敵な表情を浮かべて彼女は現れた。長く豊かな銀髪はまるで夜空を流れる星々の川のようだ。

フリーレン家の財力もさる事ながら当人の圧倒的存在感も凄まじい。ホールの人々の視線は釘付けとなり口々に祝福の言葉を投げかける。錚々(そうそう)たる貴族の顔ぶれを前に、それでも主賓の令嬢は悠然とした微笑を崩さなかった。


「皆様、本日は私のために遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。今日という日が迎えられましたのも我らが王、オルディア国王陛下の御威光のお陰でございます。そしてこのオルディアを支える貴族の皆様には改めて感謝を。此度の夜会を心ゆくまでお楽しみいただければ幸いでございます」


詰まることもなく挨拶を述べ、第一王子のリードを受けて彼女は前へと進む。我先にと彼女へ押し寄せる令嬢たちに、娘が混ざってしまわぬよう腕を掴んで押し止めた。……当然だが挨拶するにも暗黙の了解というものが存在する。例えばこういった時には、より高位の貴族に譲らねばあとから睨まれてしまったりするのだ。先ほど、それを推し量っているうちに第二王子にも挨拶をし損ねた。娘には悪いが先に第二王子の元へ向かおう。


「……む、貴殿は……」

「久方ぶりでございます、殿下。本日は……」

「止めよ。今日の主賓は既に現れたからな。私は招待客の一人に過ぎん」

「は……確かに、シャルロッテ殿に失礼ですな」

「貴様とてシャルロッテ嬢との縁は大事にしておきたい口だろう」


目を細め薄らと笑うその姿には優しげなマティルダ妃の面影など欠けらも無い。威圧しこちらを見透かす為政者の目だ。良い顔をされるようになったと思うが、些かやり過ぎではないだろうか。これでは無駄に敵を増やしているはずだ。現に今も、曖昧な立場の私が自分に挨拶をしてきたことに対し『第一王子派の元へ行かなくて良いのか?』と言外に問うてきた。それは『こちらに来る気があるのか』という問の裏返しでもある。無論、馬鹿正直に答える気はないので無言で微笑み返しておく。

近くに控えるご友人たちも談笑しているようで絶えずこちらを窺っているようだ。私の後ろの娘にも探りを入れている。全く、どうしたらこんな()()を作れるのか。


「私は一度(ひとたび)の縁を大切にする質でして……それは殿下であろうがシャルロッテ殿であろうが、変わらぬことでございます」

「ほう……商いに力を入れる伯爵の言葉ゆえか、重みがあるな」


私の言葉に手応えを感じたのか半身で話を聞いていた第二王子の足がこちらを向く。紫の双眸と目が合ったところで私は口を開きかけた。


「殿下ぁっ、ここにいらっしゃったのですね!」


場違いな高い声を聞き、私は口を閉ざした。殿下も少し面食らったようにちらりとそちらを見る。


「あっ……申し訳ありません。私ったらご歓談中に失礼を……」

「いえ、ベアトリス()。今夜のドレスは特にお似合いですね」

「…………」

「でしょう? これは特別なんですの! ……あの、ところで……」


ベアトリス嬢の視線が私の後ろに控える娘へと向く。社交は得意なはずの娘が少したじろいたのを見て私は苦笑した。そんなに威嚇しなくとも、ベアトリス嬢に娘をぶつけるような面倒……もとい非道な真似などしないというのに。


「殿下、長々と引き止めてしまい申し訳ありません。私はここで失礼いたします。ベアトリス嬢とどうぞご歓談を」

「……ああ。また別の場で語り合いたいものだ、伯爵」

「身に余る光栄でございます」


私たちが立ち去れば邪魔者はいないとばかりに第二王子へのアプローチを開始するベアトリス嬢。その効果のほどは殿下から発されている冷たい雰囲気で察せられると言うものだが、若いのかのぼせているのか本人は気がつく素振りがない。どう考えても未来の王妃の器ではないが、あれでも侯爵令嬢だ。都合のいい虫除けになっているのやもしれん。

……虫除けといえば。


「長く引き止めてすまなかったな。そろそろ頃合いだろう、行ってきてもいいぞ」

「お父様はシャルロッテ様とお話なさらないの?」

「もうそろそろダンスの時間だからね。タイミングを見計らって改めていくさ。……ああでも、ミレーヌ殿たちから離れないように」

「もう、お父様ったら。おふたりの邪魔は出来ませんもの、程々で離れますわ。ダンスのお相手だって、いくらでも見つけられますもの」

「そいつは困ったな……まあこれも勉強か。頑張ってきなさい、クローデット」


分かりましたわ! と顔を綻ばせながら離れていく娘に、早く良い相手を見つけてやらねばなと私は決心を強めたのだった。


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