21.戦いの行方はは準備で決まる
「え? 僕に招待状? 私ではなく?」
「うむ……シャルル、君は彼らに何を話した?」
フィリップの執務室にやって来たシャルルは____急いできたので服装はシャルロッテのままだが____特大のはてなマークを浮かべた。侯爵令嬢のシャルロッテならともかく、まともな友達もいない元貴族シャルルに誰が招待状を送るというのか。
そんな疑問を浮かべているとフィリップからさらに問いを投げかけられた。
____“彼ら”が誰をさすのかを察したシャルルは思わず思いっきり顔を引き攣らせてしまった。
「招待主ってまさか……」
「一応、オリヴィエール殿からという体にはなっているがな……。第二王子の側近から招待状が来たという地点で可笑しいのは分かるだろう?」
「ですねぇ……。しかもシャルルの所属騎士団を知っているってことは思いっきり調べられてますね、これ。僕、“国境の騎士団でこの国を守る”とは言いましたけど」
「それなら第3騎士団に送るはずだからな……」
フリーレン侯爵家の騎士団は3つに分かれて存在している。まず、フリーレン侯爵家直轄の護衛部隊である第1騎士団。国境に面しない内地の領を守る第2騎士団。そして主に国境を守る第3騎士団だ。ざっくり説明するとそんな所だろう。これらの特徴上、それぞれの騎士団の所属人数はだいぶ異なる。
シャルルの所属するのは第1騎士団だ。シャルロッテが本邸から離れるわけにも行かないので無理やりねじ込んである。
シャルルの師であるガラドスは正式には第1騎士団長という立場にある。かつて英雄レベルの活躍をした彼ももう老体。最も危険な第3騎士団長の位を自身の1番弟子に譲り、今の地位にいるという訳だ。
「合同訓練の日以降彼らにあったことはありません。あの時以降、シャルルとしての活動も控えていたのに……」
訓練以外にも、シャルルは割とよくその姿で外に出ていた。街を練り歩いたり森に出たり、騎士団と共にお使いに出たこともある。そういった露出を我慢して一切やめていた。
(第二王子側に動きがないから安心していたのに……!)
「合同訓練の後、シャルルについての情報を統制しておいて本当に良かった……。第二王子に知られたら何をされるかわからないからなぁ」
「第二王子に、ですか? 取り巻きたちではなく?」
「お嬢……いえ、シャルル様。第二王子についての噂は一切お聞きになっておりませんか?」
「基本情報しか知りません。お嬢様ですら、知る機会もあまりありませんし」
シャルロッテはまだ社交界に出られない。親同士が知り合いで交流する者達は自然と第一王子派の貴族になってくるし、乙女ゲーム以上の情報を持っていないのだ。ましてや、今の評判など。
「第二王子、マティスフィア様はあの歳にして手段を選ばないお方だ。レインバーグ伯爵が事故で代替わりしたのは知っているね?」
「はい。確かそれに伴って伯爵は第一王子派から第二王子派に……まさか」
「そのまさかだ。……まあ、証拠はない。だが爵位を継いだ現レインバーグ伯爵は相当オリヴィエール殿と仲が良かったそうだ。度々邸宅へ訪れるほどに」
じわりじわりとその勢力を伸ばしている第二王子派。第一王子派の面々が爵位を鼻にかけ優位を確信して惚けている間に。
「シャルルを王宮騎士に誘ったのも勢力拡大のためだろう。フリーレン侯爵家から引き抜き、王宮騎士として育てて手柄をあげさせればあの合同訓練に来ていた子息たちへ影響を及ぼせられる。少なくとも、シャルルが叩き潰した子息たちは敵対するのを嫌がるだろうね」
「あー……頭痛くなってきました」
「はは、私は胃が痛い」
笑うフィリップの顔は青い。今にも口から血を垂らしそうだ。剣を持たせれば負け無しの彼はことのほか繊細である。
「そしてこのタイミングで君に招待状……しかも貴族の資格を失っていることになっているシャルルではこの招待は招集に近い」
「あーシャルロッテなら断れましたね……」
「シャルロッテにだったら即座に跳ね除けているさ」
どうやら正体はまだバレていないらしい。その上で探りや勧誘をしてくる可能性がある。
苦々しく顔を歪めるマルセルとフィリップにシャルルは深く頭を下げた。
「申し訳ありません。僕が不用意に目立ち過ぎました」
「いや、あの時は目立つのが仕事だったからな……むしろ、第二王子が合同訓練に来ることを掴めていなかった私の方が問題だ」
「……どちらにしても、この招集からは逃れられませんよ、御二方」
どうされますか、と問うマルセル。
どうもこうもない。行くしかないのだから。
☆
それから慌ただしく、しかし内密に準備は進められた。
まず、非公式とはいえ王族と共に過ごすのだからそれに相応しい服がいる。庶民に近いシャルルが良い服を持っているのも不自然だが、これまでの設定に“シャルロッテのお気に入り”も足すことにして無理やり辻褄を合わせた。クロードと共に合同訓練に出かけたのだからこれ位の無理は通るだろう。
その設定を利用して、エメにもついてきてもらうことになった。粗相をしないようシャルロッテからつけてもらったという体で。
更に、護衛としてジョンも。馬車なんて使えないので馬で行くことになると、エメを乗せていく人が必要だからだ。見習いとはいえ騎士に護衛を付けるのは難しかったのでこういう形をとった。
ガラドスがついて来たがったがそんな大物を連れてきたら怪しまれてしまう。同じ理由でマルセルも不可だ。
そしてそろそろ、シャルロッテの体自体にも問題が出てくる。
「この時ほどこの乏しい胸に感謝した日はないなぁ……」
「そんな悲しいこと仰らないでくださいな。せっかく豊乳効果のあるお菓子を取り寄せておりますのに」
「ちょっと待って聞き捨てならないんだけど」
とんでもない告白をされながら、エメにサラシを巻いてもらう。今まで食べてきたお菓子の内、果たしてどれがそんな妙なブツだったというのか。
13歳にもなれば女性は女性らしく胸も膨らみ始め、身体も丸みを帯びてくる。シャルロッテは比較的発育に乏しくスラリとしているが、触れられたらバレかねない。一応胸は潰しておく。
(そういえば乙女ゲームでもシャルロッテはスレンダー系美人だったけど、エメのお菓子の効果はなかったということなのだろうか……)
それとも既に分岐済みだろうか。どちらにせよ、前世から凹凸に乏しい体をしていたシャルロッテは、もう少し育ってくれても良いんだぞと自身の体に念を送る。
「お嬢様は第二王子とお嬢様として出会ったことはありましたっけ」
「……一応? 身内のパーティとはいえどあからさまに第二王子を避けるみたいな事はしていないはずだからどこかですれ違っているかもしれない」
「正面から顔をマジマジと見られたことは」
「ない。断言できる」
というか、初めてまともに会話したのがシャルルとして、というのが何とも言い難い。立場上シャルロッテは交流しにくいとはいえ。
「一応前髪の雰囲気は変えておきましょう。あとはいつも通りひとつに結わえて……」
エメや他の侍女たちの仕事は流石だ。気がつけば、あっという間に“少しおめかししたシャルル”が出来上がっていた。無茶なお願いだったというのに彼女らは見事応えてみせた。
(しかし、本当に狙いは探りを入れることなのだろうか)
それならばこんな強硬手段を取る必要もない。もしシャルロッテとシャルルが同一人物だと思っているなら尚更だ。おそらく、そこの2人をイコールで結んでいない可能性は高い。
だとするならばシャルルの引き抜き、少なくとも引き抜くための準備と言ったところか。
(それにしたってこんな方法とれば侯爵家から警戒されることは目に見えているだろうに)
解せない、とシャルルは首を傾げながらマーレに跨るのだった。




