13.同い年なら男の精神年齢は3歳下
「挨拶が遅れて申し訳ございません。お久しぶりですわ、ジュリアン様」
ドレスを摘み、子供ながらにしっかりと臣下の礼をとる。こればかりはルイーゼにしっかりと叩き込まれた。
「むしろ俺が行くべき所を……。いや、違う。面をあげよ、シャルロッテ」
「……ジュリアン様、まだスムーズとは言えませんね」
くすくすと笑いながらシャルロッテが顔を上げると、ジュリアンは顔を赤らめながら口を尖らせた。そんな2人の様子は、さながら仲の良い姉弟のようであった。
「女性を労うのは当然なのだろう?」
「女性に頭を下げさせたままじゃ、意味がありませんね」
「ぐぬぅ……」
太陽のように輝く金の髪。瞳に嵌った大粒のエメラルド。その二つに見劣りしない整ったその容姿。
彼こそが未来の聖王、ジュリアン・ドーレス・オルディア、その人である。
既に将来が楽しみである容姿をしているが、シャルロッテの前世で見ていた姿とはまだ遠い。特にぱっちりとした瞳が可愛らしい。
「そうだ、 そんなことよりシャルロッテ! 君、家庭教師もひっくり返るような魔法が使えるらしいじゃないか」
「……どこからそんな突拍子もない噂を聞いたのです」
「母上がルイーゼ殿からそう聞いたと」
ああ、とシャルロッテは空を仰いだ。
シャルロッテの魔法の才能を誰よりも喜んだのはルイーゼだった。
魔法の才能は時に、その貴族の格まで決めてしまう。故に貴族にとって重要な要素だ。そして、名門フリーレン侯爵家に嫁いだルイーゼは、魔法の才能を持たなかった。
そのためシャルロッテが産まれるまでルイーゼは自分のせいで我が子に魔法の才能がなかったら、と不安に思っていたのだという。
魔法が使えるかは生まれてすぐにわかるが、その才能の優劣は育ててみなければわからない。シャルロッテの才能が想像以上に素晴らしかったことで、ルイーゼは完全に浮かれているのだ。
「そんな、格好のいい魔法は使えませんよ」
そう拒否しても、ジュリアンは期待に目を輝かせてこちらを見ている。その表情はクロードを思い出させた。
(弟が2人いる気分だな)
一応、2人とも同い年のはずだが、シャルロッテが大人びすぎているので仕方がない。13歳と言うと前世の世界では中学生1年生くらいのはずなので彼らは年相応の反応をしているに過ぎないのだ。
前世は1人っ子だったので新鮮な気分だ、と思いながらシャルロッテはこっそり右の手袋を外した。ジュリアンの腕を引いて壁に寄り、ドレスで手を隠しながら軽く手を握る。
「これくらいなら」
そう言いながらダイヤ型の氷を差し出す。ジュリアンは同じように手袋をとり、おずおずとその氷塊を受け取った。
「凄いな……宝石のようだ」
「少し鍛錬すれば出来ますよ。氷の属性さえあれば」
「俺の魔法はこのような凄いことはできん……」
「いや、ジュリアン様の魔法の方が希少なんですからね?」
彼の属性は光。代々王家に発現しやすいとされているがその王家ですら稀にしか生まれない。実際、彼の父親である現王は風属性だ。
魔法の中で唯一、癒しの力を持つ光属性は、どの時代も重用される。ジュリアンが未来の聖王と言われる理由のひとつだ。
「俺の魔法は鍛錬も難しいからな……」
「でもまた教会から感謝状が届いたと聞きましたよ。貴方が何人もの命を救っているのですから、胸を張ってください」
背中をぽんぽん、と軽く叩くとジュリアンはふっと表情を緩めた。ふにゃりとしたその笑顔にシャルロッテも自然と微笑む。
光の魔法を鍛錬するには怪我人を治すのが1番効率的だ。しかし、戦時中でなければ王都に怪我人がごろごろいる、なんてことはありえない。
例外が教会だ。この世界では前世の世界ほど医学が発達しておらず、医者の数は少ない。そのため貴族でなければ、否、貴族でも金がなければ診てもらえない。しかし民も病気や怪我をする訳で。
オルディア教会はそういった人々に手を差し伸べた。彼らは無償で教会の一室を解放、手当・看病を行う。医者の診察には届かずとも清潔を保った病室だけで死亡率はぐっと下がるのだから、この試みは大きく評価された。王家も教会の試みを認め、今では寄付として予算を組まれている程である。
そして、その教会へ光属性を持つ王子がやって来る。病気は治せなくとも怪我を魔法で治す御子の存在は民たちの希望に違いなかった。
「ジュリアン様はジュリアン様が成すべきことを成されば良いのです。私の真似をする必要は何処にもありません」
「……ああ。ありがとう、シャルロッテ」
素直でいい子なんだけどなー、とシャルロッテは微笑みの裏で内心、唇を噛んだ。何故かはわからないがどうも彼は純粋で素直すぎる。今回自信を無くしていたのは恐らく、実の母であるジョセフィーヌ妃が原因だろう。
ジョセフィーヌ妃は優しく朗らかな人柄だがそれが故に長い付き合いであるルイーゼの言葉を簡単に信じ、ジュリアンに伝えてしまった。恐らくは「シャルロッテは王妃に相応しくなるべく日々努力しているようですよ。貴方は幸せ者ね」などというように。これをジュリアンがどう受け取ったかと言うと。
__王妃を目指すシャルロッテがそれ程努力するのならば、自分も未来の王としてもっと努力し成果を出さねば。
(そんな所か。誤解も甚だしいんだけども)
そもそもシャルロッテのここまでの努力は全て自分のためだ。間違っても“王妃になるため”ではない。と言うかむしろ早くこの立場を譲りたいと思っているほどだ。
しかし、そんなことをジュリアンがわかるはずも無く。シャルロッテへの純粋な憧れがジュリアン自身の首を絞めてしまっているのだ。シャルロッテの記憶によれば、昔から婚約者だからと2人で共に居させられ、結果として当時から少し大人びていたシャルロッテがジュリアンの世話をしていた。
幼い頃から共にあった婚約者。同年だが自分よりも才知に優れ、姉のように導いてくれていたシャルロッテを慕うなという方が酷だろう。シャルロッテに前世の記憶が戻ってからはその傾向が更に顕著なのだから。
(今となっては、ゲーム本編の2人の関係について理解できるような気がする)
ゲーム内でジュリアンとシャルロッテの仲は良好とは言えなかった。何かにつけてあれこれとジュリアンの行動に口出しするシャルロッテ。それを煩わしく思いつつも、彼女の言葉に流され行動を起こしていたジュリアン。それでも「彼女は俺を尊重する気がない」と彼は薄々気がついていた。
実際、ゲームのシャルロッテが欲しいのは“王妃の座”であってジュリアンではない。ジュリアンのその直感は正しいのだ。故に、自らの理想とする王像をジュリアンに押し付け、教育しようとする。そしてそれが、ジュリアンにとって“自分は劣っている”というコンプレックスを植え付けることになる。
未来の王としての自分を愛するシャルロッテと等身大の自分を愛してくれる主人公。当然、ジュリアンは後者を選ぶのだ。
この時のジュリアンにとってシャルロッテは癒しどころか、自身のコンプレックスを作り上げた存在なのだから。
(コンプレックスを拗らせない様に今のうちから自信を持たせて行こう)
幸い、ジュリアンの慕い方を見るにシャルロッテのことを姉と思ってくれているようだ。これならば上手いこと主人公と会わせて恋に落とし、そして初恋を応援する形で婚約破棄……。傷を最小限に抑えられる最高の手だ。
そんなふうに今後の計画を脳裏で立て、ほくそ笑んでいるシャルロッテにひとつの人影が駆けてきた。
「義姉さん!」
「あら、クロード」
可愛い義弟は顔を輝かせながらシャルロッテの元へ走り寄り……隣にジュリアンがいることに気がついて硬直した。
「し、ししし失礼しましたッ!」
「えっ」
「ちょっと。待ちなさい、クロード」
顔面蒼白にして回れ右をしようとするクロードの襟首を引っ掴み、肩を押さえてこちらを向かせる。シャルロッテの素早い動きにジュリアンは呆気に取られていた。
「王族の方とお話する時のルールは教わったでしょう? お許しもなく逃げちゃダメよ」
「あ、ああ〜ッ! そ、そうでした……」
「ジュリアン様、弟が失礼致しました」
「い、いや、大丈夫だ。気にしていない」
シャルロッテに説教されるクロードを見て、ジュリアンはこっそり親近感を覚えていた。
「こちら、義弟のクロードと申します。クロード、ジュリアン様よ」
「クロード・フリーレンと申します……!」
「ああ、件の……。よろしく、遠慮なくジュリアンと呼んでくれ」
ただでさえ人付き合いの苦手なクロードだ。第1王子であるジュリアンと会ったらパニックを起こすだろうとは思っていたが、案の定。握手をする2人を見ながらシャルロッテは苦笑した。
とはいえ同年の男の子同士だ。打ち解けるのに時間はかからないだろう。
シャルロッテの予想は見事的中する。いや、予想を超えたと言うべきだ。
シャルロッテを姉と慕う2人はやはり気があったらしく、それから後着々と友情を深めていくことになる。ゲームでの関係とかなり異なる展開に、シャルロッテがこっそり焦ったのはここだけの話だ。




