第六話
太陽と煉瓦と、陽気な音楽と踊りの街で、彼らはその人を見つけた。
先に声をあげたのは、まだあどけなさの残る顔立ちの男。
そちらをみた女の方が駆け出し、慌てたように後を追う。
慣れない潮の香りに顔をしかめながら一目散に駆け寄った。
落書きだらけの白い塀の上に座り空を見上げ、無気力に足をぶらつかせている。
塀の下で止まり、息を整える。女が静かに口を開いた。
「ーーーゼロ」
彼らの少し上で動いていた足が止まる。
「・・・・これは驚いた」
昔より幾分低くなった声が降ってきた。
「覚えてるよ。リリィにジェシだろ。相変わらず仲がいいんだね」
「降りてきてよ。話がしたい」
今度はジェシが口を開く。やだよ、とゼロは軽い口調で答えた。
「降りたら、君たちは俺を殺しちゃうかもしれないでしょ」
ふたりは黙り込んだ。
「なんであんなことしたの」
硬い声でリリィが呟いた。恨んでる?ゼロは答えず聞き返す。
分からない。そんな顔をふたりしてするものだから、ゼロはおかしくなる。
「お金が欲しかったから、て言ったら怒るかな?」
リリィだけでなくジェシの眉間にもしわが寄る。
ゼロはひらひらと手をふった。
「嘘だよ。報酬としてとか・・・もらってないし、君たちの監督を売ろうとしたわけじゃない」
「じゃあなんで」
「さあ。なんでだろうね」
リリィの目が鋭くなる。ゼロは微笑んだ。
「前よりずっと人間くさくなったね。その目が見たかったのかも」
「ちゃんと答えて、ゼロ」
ジェシの険しい声。
ゼロは無視した。
「この国じゃスノードロップは咲かないね」
ふたりの顔から目をそらす。
「リリィに『希望』を託されたふりして、自由にしてあげようかなって」
ぽつりと正解のひとつを呟いた。
「俺、あの国じゃ息苦しくて、いっそ死んだほうがマシなような気がして、適当に生きて、最後の最後に偽善とか働いてさ、」
足をぶらつかせる。
「この国に逃げてきたけどダメだね。ここも息ができないや」
きつい潮の香り、痛い日差し。
「・・・・俺のこと恨んでる?ふたりを待ってて適当に生き延びてみたけど、ふたりは俺のことそんなに殺したくないみたい」
口から発せられる瞬間蒸発していくようで、自分が喋っているようには思えなかった。
気怠い声。
「ねえ、あのときは本当に意味わかってた?」
ゼロはリリィに視線を向ける。
「ーーーまだ、俺の死を望んでる?」
リリィは息をのむ。ゼロは無邪気な少年そのものの笑みを浮かべた。
「あの中でさ、」
ささやくような声。
「君たちだけは、自由にしてやりたかったんだ」
ゼロの上体が傾ぐーーー後方へ。
「ゼロ!?」
ジェシが慌てて足首をつかもうと手を伸ばす。
潮のざわめきに掻き消されそうなほど、小さな声を風がさらった。
リリィは目を見開く。
ぽちゃん、とあっけない音がして、あっけなく波に飲み込まれた。
『ーーーーーーごめんね』
スノードロップ
花言葉 〈希望〉〈あなたの死を望みます〉
間が空いての投稿になってしまい申し訳ありませんでした。
こういう雰囲気でゴリ押す話が好きです。
実態のない、残り香のように
どなたかの心の片隅にそっと引っかかるような、
そんな物語でありますように。
お読みいただきありがとうございました。




