第五話
ゼロは特になんの理由もなしに監督の仕事場へ通い続けた。
仕事が少ないから雇わないと断られると、報酬はいらないからと押し切って強引に手伝いをかってでた。
六日目からは、子どもたちをかわいそうと思うことをやめた。監督の言うとおり、利害は完全に一致しているようで、もちろん子どもたちは何も考えてはいないが、現状にすっかり満足している者がほとんど。
昼間のあいだは外や監督の家で遊べるし、好きなら本も多少は読ませてもらえる。
寝食は保障されているし、むしろそれだけでこの子どもたちは幸運な方なのだろう。
灰を入れた壺を埋めた後、楽しそうに声を上げて雪遊びをする子どもたちをゼロは複雑そうな目で見守った。ゆるやかに、何かが蝕まれていくのを目の当たりにしているようで、歯がゆさとか虚しさとか、そういったものが浮かぶのだった。
子どもたちから離れた林にある切り株に腰を下ろし、煙草を吸っていると、さく、と雪を踏む、ふたり分の足音。
「ほんとーに仲がいいね」
ふたりの方に煙が行かないように、少し顔を背ける。
うん、とジェシが無邪気に頷くのが横目で見えた。
ふと空気が動く。
ぼんやりと煙を追っていた視線を動かすと、すぐ横にリリィが立っていた。ジェシと並んでいたところから一歩踏み出して。
目があったので、煙草を口から離し雪の上に落とす。
「また、見つけたの」
寒そうな薄い手袋をした右手を差し出される。
「スノードロップ ?」
リリィの手の中で潰れたのか、少し不恰好な花が乗っていた。
「あげる」まっすぐな目でずい、と押し出してくる。仕方なく受け取った。
「なんで?」
「あげる」
「・・・・・ありがとう」
戸惑うように手の上の花を見つめながら礼を言う。
うん、とそっけなく頷いて、リリィは踵を返した。
ジェシの手をとりふたりで雪原に戻っていってしまう。
「なんだ・・・?」
ゼロはあっけに取られてそれを見送った。手の平に乗せたちっぽけな花に目を落とす。
「スノードロップ ーー」
短い茎の部分を持って、くるりと回す。降りしきる雪片に同化して消えていくように思えて、ゼロはそれをポケットに押し込んだ。
もう一本煙草を取り出してくわえ、火をつける。
希望ね、と呟く乾いた声は、煙と共に宙に浮かび、雪片にかき消された。
どれくらい長くそうしていただろうか。ぼんやりとしていたゼロはふと我にかえり、すっかり短くなった煙草を雪の上に落とした。
切り株から重い腰をあげ、歩き出す。
ポケットに手を突っ込み、指先に硬貨と花弁を感じながら、遠くに見える焼却炉に背を向けた。
「・・・・・それは本当なのか?」
「うん。だって本人にも確認したし」
「・・・わかった。情報感謝する」
「今日の分の酒代払ってよ」
苦い顔をしながら代金をテーブルに置いてくれる。
楽しそうに喉の奥でくつくつ笑うと、ゼロはひらりと友人に手を振った。
「もう仕事だろ。またね」
「ああ」
ドアベルを鳴らして、黒づくめの服を着た友人は店を出ていく。
ゼロはふと表情を消した。
「これからどうするかな」
グラスを目の前で揺らしてみる。煙草とブランデー。そう挑むように言った少女の声が耳に蘇る。まっすぐ見つめるのにどこか虚無の瞳。
「だって・・・スノードロップだよ。スノードロップってさ。気づいてたのかなぁ」
がらんとした店内で独りごちた自分が急におかしくなって、ゼロはふ、と笑みをもらした。
「まあ、いいや」
グラスに最後の酒をついで、飲み干すとゼロは立ち上がった。ポケットからすっかり萎れた小さい花を出す。茎の部分を指につまんでもう一度くるりと回すと、それをテーブルの上に置いた。
「また会えたら会えたで、嬉しいだろうな」
他人事のように呟いて、手袋をはめる。
そしてゼロも店を出て行った。
雪は、まだやまない。




