ゾンビパニックで真っ先にゾンビになった俺
その日はどうにも朝から具合が悪かった。全身がだるくて、頭もボーっとする。
熱を測ってみると、なんと三八度五分もあるではないか。どうやら風邪をひいたらしい。
兎に角こんな日は寝るに限ると、母さんからスポーツドリンクを渡され、温かくしながら寝る事しばし。
さらに熱が上がってきたのか、なんだかフワフワしてきた。すでに身体の感覚は殆ど無く、重力から解き放たれたような浮遊感と、謎の幸福感が俺を包む。
――――あぁ、ヤバい。なにこれぇ。きもちぃぃ…………。
謎の幸福感と浮遊感が最高潮に達し、俺は天にも昇るような快感の中、意識を失った。
「うぁぁぁ……」
「隆司? どうしたの? ダメじゃないちゃんと寝てなきゃ」
「ぁぁぁぁ……」
「隆司……? きゃぁ! どうしたの隆司、こらっ、やめなさい!」
「ぁぁぁアグッ!」
「痛い痛い痛い! やめて隆司! お願い、やめて…………ァァァァ」
――――広めなきゃ。この幸せを。
――――こんなに気持ちいいこと、独り占めするのはよくないよね。
――――お腹も減らない。劣等感も感じない。頭フワフワ、とってもハッピィィ!!
さあ。
――――み ん な こ っ ち に お い で よァァァァ……
街が、燃えている。
今の世界で人々は大きく二つに分けられる。即ち、逃げる人と、追う人。
どうしてみんな逃げちゃうんだろう? 俺たちはみんなに幸せになってほしいだけなのに。
「クソッ! ゾンビどもに囲まれた! 火力を一か所に集中させろ! 何としても突破するぞ!」
鳴り響く銃声。倒れるなかまたち。
でも大丈夫。何をされても全然痛くないし、むしろすっごくハッピーだから。
「クソッ、クソッ、クソッ! 何で、何で死なないんだよ! 頭部を破壊して死なないゾンビとかアリかよ畜生!」
「ァァァァ……」
何を当たり前のことを。もう死んでるんだから、頭が壊れたくらいで死ぬはずないじゃないか。
「ァァァァ……ガブッ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!! やめろ! やめてくれ! い、いやだ! まだ死にたくない! 死にたくな……ァァァァ」
おめでとう! 今日から君も俺たちのなかまだ! さぁ、みんなでハッピィになろうぜぇ!
ありがとう! 最高の気分だ! もっともっとこの幸せを広げていこう!
閃光、熱線、衝撃波。
人類が生み出した叡智の炎。全てを破壊しつくす最終兵器が街を、世界を焼く。
「やったぞ! これでゾンビどもは丸焦げだ! はっは、ざまあみろ!」
「衛星画像、回復します! ……なっ!?」
「そ、そんな……嘘だ」
「クソッたれ! なんてこった! 奴ら、核でも滅びないのか!? ふざけるな!」
「ゾンビだ! ゾンビが侵入したぞ! ぎゃぁ!」
「大統領! 逃げましょう!」
「当然だ! 私が死ねばアメリカが終わる!」
ああ、可哀想に。下手に権力なんて持ってしまったから、死ぬのが怖いんだね。
でも、大丈夫。死ぬのは全然、怖い事じゃないんだよ。むしろとても素晴らしいことなんだ。
ほら、あなたもハッピーになりましょう!
「ゥぅぅぅ……」
「危ない! 大統領! ……ぐぁっ! くっ、こ、ここまでか……ァァァ」
「くっ! に、逃げなければ! 私だけでも逃げなければ、彼らの死が無駄に……っ!」
「ヴァァア!」
「やめろ! やめてくれ! わ、私には、まだ為さねばならないことが…………ゥォォォ」
ああ、最っ高の気分だ。もう大統領とかそんなのどうでもいいや。
そうだ、この幸せな気持ち、SNSで拡散しちゃお! ウェーイ!
『やあ皆、元気かい? 俺は全然元気じゃないけどな。今日も最高にクソッたれな一日が始まりそうで気が滅入っちまうぜHAHAHA!
この放送を聞いてるまだ元気なやつに親切なDJからの最後のメッセージだ。
奴らに人類の武器は通用しない。いいか? 銃も、爆弾も、全部だ! 当然、核兵器だって効きゃしねぇ。だって、奴らすでに死んでるからな! ハッハァ!
何処に逃げても無駄さ。あいつら海底を歩いてどこにでも行くからな。安全な土地なんてこの世界にはもうどこにもない』
――――ドンドンドンッ!!
『聞いたか今の。俺も放送室の外に出待ちのファンがうじゃうじゃ待ってる。もう、逃げ場がねぇ。
全く、おまえら、今になって俺の魅力に気付いたのか? おせぇよ!
まあ、兎に角だ。今も無駄な抵抗を続けてる奴らにアドバイス。
――――諦めろ。もうどうしようもない。終末のラッパはもう鳴らされた後だ。俺としては潔くお手元の豆鉄砲でテメェの脳みそぶちまけちまうのをお勧めするぜ』
――――バキンッ!
『ああ、悪い。もう時間切れみたいだ。それじゃあ、皆、悔いのない最後を。seeYou! ――――パァン!』