Y・type
魔導砲杖装備型術式宙域戦闘機。
それは、Lシリーズと呼ばれた。
かの〈絶望戦役〉において、二重化した恒星系、その太陽側でも、ソル側にも投入された決戦航宙戦闘機群だった。
宝石のごとき星星が煌く宇宙、しかしそれはあまりにも小さく弱弱しく、凍りついた死の世界が宇宙。
生物を育んでいたかも知れない恒星の星星。
生物を産み落としたかも知れない惑星の星星。
だがそれらを包む大世界に、宇宙に揺り篭の優しさなど欠片として存在しない。
冷酷で、残酷で、あまりにも多くの星の子供達の魂を喰らい飲む。
それこそが宇宙なのだ。
星星は揺り篭。
しかしその星星が身を寄せるのは、夢と夢の隙間に横たわる悪夢。
悪夢に乗り出す兵器がまともであるわけがなく、その担い手もまた然り。
星の子供達は、宇宙を渡るべきではなかったのだ。
悪夢に、悪意も善意もない。
存在するだけだ。
Lシリーズ、L‐8a5アンダーゾーラ。
決して終わらぬ悪夢の大宇宙を切り裂き渡る魔機兵器。
必要とされたときに目覚め。
必要とされたときに戦い。
必要な犠牲と死んでいく。
それが宿命とされているわけではない。
されど、宿命であった。
アンダーゾーラが目覚める。
それは戦いを意味していた。
恒星系の外周、もっとも外側の惑星の公転軌道よりも外を、ずっと眠ったまま漂っていたのだ。
冷たく、動かず。
甘い眠りの夢は望めない。
されど目覚めたところで、現実が楽園なんてこともありえない。
それでも、アンダーゾーラの覚醒が求められていた。
パイロットカプセルの中に押し込められている、スライム系グルーチュの粘体内で電気スパークが活性化した。
魔力炉心の出力が上昇し、アンダーゾーラ全体が身震いするかのように、機体表面へ凝固していた氷片が散り落ちる。
各スラスタの準備動作。
システムチェック。
火器管制の立ち上げに成功。
アンダーゾーラが息を吹き返す。
アンダーゾーラを覚醒させたのは、星系防宙司令部からのレーザ通信だ。
『不明艦が接近。撃破せよ』
単純な指示だが、それで充分だった。
星系内に張り巡らされた防衛監視衛星とのデータリンクにより、不明艦の位置情報が流れてくる。
アンダーゾーラのパイロットカプセルにいるグルーチュは、脳がない頭で行動した。
アンダーゾーラに刻まれた魔法術式が、宇宙空間の法則を魔界からの投影でもって書き換え、推進力を作り出す。
広域データリンクの再構築。
アンダーゾーラのデータリンクには、二種の系統が存在する。
一つは、後方司令部や監視衛星群とのリンクである、情報共有のデータリンク。
一つは、『同型』との思考同調データリンク。
「蠍座方面から接近。不明艦との触接予定五〇秒」
「了解。そちらが戦闘基準点だ」
「不明艦とレーダコンタクト」
「U‐EDFのフラワーナイト級と確認」
「警告。〈混沌の者〉に汚染されたフラワーナイト級。U‐EDFの艦籍抹消」
「了。IFFの武器封印ないこと確認」
目覚めた直後の戦闘行動。
生物的な対応とは遠いソレだ。
寝ぼけることもなく、起床の瞬間に与えられた命令に、疑問の一つももたない。
自立兵器のAIに似ていた、
だがしかし。
グルーチュは、文明から生まれてきた機械族とは違う。
連綿の星の歴史の中で整えられてきた、星の子供達の同胞だ。
多少の『改造』があったとしても変わらない。
拡大解釈されたサイボーグとして、アンダーゾーラという体を与えられていたとしてもだ。
「第一攻撃の先陣を──」
「──攻撃基点機体ロスト。撃破された。『有力』なフラワーナイト級とデータ更新」
一刻を縮めるため、全力であったアンダーゾーラのスラスターから今度は逆び、力が消えた。
慣性のまま──それでも3000km/sを超過──の航法に切り替えたのだ。
気づかれないことこそが、最大の防御だからだ。
「データ解析。一番槍は、魔導砲の直撃によって蒸発しまもよう。次元断裂による投影放射と爆縮を観測」
「警告。歪み検知」
アンダーゾーラが消えた。
視覚的に誤魔化したのではない。
超機動で見失ったのではない。
アンダーゾーラは跳んだのだ。
空間跳躍だ。
「回避成功」
古い魔法呪文でいえばソレは、ファイヤーボール。
古今東西にあった、火を投擲するような魔法。
アンダーゾーラが跳躍前にいた空間に、小太陽が輝き照らす。
アンダーゾーラの外装甲温度が急激に上昇していた。
しかし溶融、自壊するほどではない。
太陽でいっぱい。
敵性フラワーナイト級からの魔法攻撃だった。
存在しなかった小太陽が無数に生まれる。
核融合が作る灼熱をもたらす光が、四方八方に伸びていく。
「……」
パイロットカプセルのグルーチュの思考が、スパークとして駆け巡った。
とはいえその行動は、“本能”によるものが正しく近い。
グルーチュには、スライム族らしく、目も耳も鼻もないのだ。
だが見て聞ける。
グルーチュの神経ネットワーク先にある、アンダーゾーラの各種センサ、演算装置などに直結しているのだ。
グルーチュのサイボーグ体として与えられているのが、アンダーゾーラという術式戦闘機。
その一部たるグルーチュには、戦いを一々考える悠長なことはしない。
最適解の近似を本能で選びとるのだ。
だが見えない。
だが聞こえない。
全ての情報は、電気信号として送られてくる。
だがしかし。
しかし……である。
『パイロットカプセルに詰められたモノ』には、本来そんな能力はないのだ。
詰められたモノ──グルーチュは考えた。
戦闘はむしろ、考えないほうが上手くいくことを知っていたからだ。
雑念が与える戦闘未来予測への影響を遮断した。
戦闘と思考が、切り離される。
──。
それは、レーダスクリーンに表れないような僅かなノイズ。
グルーチュは思い出していたのだ。
遥かな遠い過去の記憶。
己の名を知らず、世界の外側も知らなかったときの時代だ。
グルーチュは、平原や森を彷徨っていた。
餌を探し、増えるためだ。
全てはサイボーグ化して変わった。
ゲル状の体に電極が刺さり、鋼鉄とは明らかに異質な、目や耳、皮や骨が与えられた。
大地を這うだけの存在から、戦場環境に対応した進化を『与えられた』のだ。
世界の外を知った。
「……」
言葉にしない言葉。
ターゲッティングしていた敵性フラワーナイト級は、グルーチュの戦闘用補助脳が、すでに始末していた。
術式戦闘機に備わっている、パラボラアンテナ型大型杖から放たれた火の魔法が焼き尽くしたのだ。
魔法によって生み出された宇宙の炎は、恒星の輝きと違い、明らかな攻撃性を与えられていたのだ。
グルーチュ──、一介のスライム擬きは考える。
さぁ、眠ろう。
戦いは終わったのだ。
あの頃には戻れないが、あの頃に戻るために。