第1話 ダメジョブマイスター
キーンコーンカーンコーン。
ファンタジー世界の中の教室っぽい空間に、予鈴が鳴り響いた。
窓際の席の俺は、ぼーっと窓の外の景色を眺めていた。
雲が真横とか下の方に見える――まるでここが天空に浮いているみたいだ。
実際、ここは浮遊都市にある学校という設定だ。
教室にいる生徒たちは俺の一年E組のクラスメート。
みんなの恰好はガチガチのフルアーマーの騎士だったり、皮鎧の軽戦士風だったり、とんがり帽子の魔法使い風だったり。
俺だって深い藍色のフード付きローブを着ている。ジョブが魔法職だから。
ここはゲームの中だから、服装の規定はない。
一応装備としての学生服は配布されているが。
世成学園の目玉であるVRMMORPGのアンリミテッド・ワールド(通称UW)。
今俺は家からUWにログインして、授業の開始を待っているところだった。
ゲーム内設定的には、プレイヤーは世界の中心の海の空高くに浮かぶ浮遊都市ティルーナの魔法学院の生徒ということになっていて、そこで普通の学校と同じような授業を受ける。通学が家から徒歩0分ってのは凄い。
リアルな校舎とかもいらんし、電脳空間の有効活用といいますか、日本全国どこからでも通えるわけだし。教科書とかも全部ゲーム内アイテムで電子書籍みたいなものだし。
ペーパーレス、ボーダーレス、校舎レスの未来志向とか先生が言ってた。
いろいろ実験的なことをやってる学校なんだなーと。
学校を運営する資本が、元をたどればゲーム関連の企業連合らしい。
ゲーム業界が教育業界とコラボしてみた。
ゲームの新しい可能性を探っている。
教育業界としてもゲームとの融合でこの少子化社会での生き残りを模索する。
世間的に言うとそんな感じらしい。
俺は小難しいことはどうでもよくて、面白いゲームを楽しめればそれでいいかなと。
さて普通の学校が授業やってる時間は、俺達もこの空間で授業だ。
それが終わったら自由行動。
クエストやったりレベル上げしたり、普通にネトゲやる感じになる。
もう入学から一か月くらいが経って、このシステムにも慣れてきた。
「高代くん、ちょっといい?」
と、俺のところにやって来たのは、クラス委員の前田さんだ。
ちょっとツンとしたような雰囲気だけど、結構な美人で大和なでしこって感じ。
このUWはモーション周りのシステムのために、ゲーム内のキャラに自分の容姿が反映される。けど髪色や髪型のエディットは可能だ。
前田さんはそういうのやってないみたいだ。すげー真面目な感じがする。
まあ俺も髪色いじってないし、いじらなきゃダメな理由もないが。
「ん? おー何か用?」
「高代くんのレベル、クラスの平均よりだいぶ低いみたいだけど、何か困っているの?」
今の俺のキャラレベルは4。ジョブは紋章術師だった。
「え? ああ――ちょっと待った」
俺はシステムウィンドウを呼び出し、コンフィグ設定から簡易ステータス表示をオンに切り替える。
前田琴美(1-E)
レベル18 学者 ステータスアイコンなし。
ついでに教室を見渡してみる。
みんな大体15~20くらいまでに収まっている。
あー。大分差がついたなー。
「強制はしないけど、高代くんも追いついてミッションに協力して欲しいの。レベル上げなら手伝うから」
入学してからすぐ、一発目の大規模イベントとして一年生の全員にクラス対抗ミッションが発動されて、今も継続中だった。
内容はモンスターが大発生してるトリニスティ島に乗り込んでボスを倒すってもの。
どこかのクラスがそれを倒した時点で終了する対抗レース形式だ。
勝ったクラスには全員にゲーム内ボーナスがある。
で、前田さんはクラス委員で攻略リーダーだし、みんなをまとめなきゃいけない。
だけど俺的には、なるべくレベル上げたくないんだよ。
一応、入学式のちょっと前にアキラからメールで連絡があった。
どうもリアルでケガしたらしく、入院になるから学校行くのが遅れるって話だった。
俺達が家に置いてるVRの端末が病院にも持ち込めればよかったんだけど……
まあサイズがでかいからなあ、日焼けマシン的に中にすっぽり入るやつだし。
入院先に持ち込みってのはなかなか難しいだろうな。
気にせずに先にガンガンやっといてって言われたけど、やっぱアキラと一緒にこのゲームやろうって約束したし、暫くレベル上げずに待ってようかなってさ。
ネトゲの初期って、一番手探りでワクワクするポイントだしな。
その面白い時期は、やっぱアキラと共有したいなーと。熱い友情だねこれ。
しかし、俺に気を遣ってくれる前田さんには申し訳ない。
彼女も好きで攻略リーダーやってるわけじゃなく、入試の成績が良かったからクラス委員に指名されて、で、クラス委員だから攻略リーダーにって流れだし。
ゲーム経験はオフゲーメインで、ネトゲは初めてらしいし、なのに一生懸命やってるんだから、協力するべきなんだが――うーん……
「あーごめんな、別に困りごとがあるわけじゃねーんだ。頑張って追いつくから」
結局俺は歯切れの悪い答えしか返せなかった。
そんな俺を見て、ちょっと離れた席から声がかかった。
「おーい、ことみーことみー」
矢野優奈(1-E)
レベル24 聖騎士 ステータスアイコンなし。
うぉーレベル高い。クラスで一番高いかもな? うちのクラスのエースだな。
ジョブもパーティの中心である盾役の聖騎士。花形だよなー。
ただし見た目はギャル風っていうかギャルだ。今時ちょっと珍しい。
つまりギャルパラディンだな。ちょっとけだるそうな雰囲気だけど、可愛い子だ。
「何? 優奈」
「高代ならほっといても大丈夫大丈夫ー。心配いらないって」
聞いたところ、放課後はミッションクリアのためにみんなで集まってレベル上げしてることが多いみたいだ。
矢野さんはいろんなパーティーに入ってやって、盾役やってるらしい。
敵の攻撃を一手に引き受けて、味方に攻撃がいかないように守るのが盾役の役目。
ここが安定してると他が割と適当でも何とかなる。最重要ポジションだ。
矢野さんは結構上手いらしい。聞くとネトゲ経験は豊富みたいだった。
ちなみに前田さんの学者は攻撃役で、俺の紋章術師は支援役に分類される。
「優奈、どうして心配いらないの?」
「んっと。こう見えても高代って、ネトゲの世界じゃちょっとした有名プレイヤーなワケで。通称ダメジョブマイスターのレン。いろんなゲームで不遇中の不遇ジョブ使って、トッププレイヤーの一角に食い込んでたんだよね。EFとか、デモクエとかさ」
前にクラスメートと雑談してた時にどんなゲームやってたとかの話になった。
それで話しているうちに、彼女が俺のことを知っていたのが分かった。
別ゲーをやっていた自分を知ってるやつが普通にいる。
ましてや普通にそれを教室で話す。
ゲーム好きが集まる学校ならではの光景だと思う。
ここには、廃ゲーマーであることは隠すとべしという不文律が無い。
ゲーマーにとって居心地いい世界なのは確かだ。
余計な気を遣わないでいいから。
「高代くん、本当なの?」
「いやそんな有名ってほどじゃねーよ。単に趣味なだけで」
こう、ダメって思われてる存在を何とか輝かせるのが好きなんだ、俺。
両親の野球好きに影響されて野球に例えると、野村再生工場とかロートル左腕魔改造とかトライアウトからの復活とか、育成枠からの覚醒とか、そういうのにロマンを感じる。
不遇ジョブは触ってるヤツも少ないから、一番新たな発見に出会いやすいしな。
とはいえ、どうにもならないってことも結構ある。
いま矢野さんが成功例を挙げていたが、同じくらい失敗例もある。
そのほとんどで、アキラと一緒にやって来たんだよな。
「んーでよ、ここきてUWやってもキッチリ不遇ジョブ選んでんじゃん? これはなんかやらかす予兆なのは確定的に明らか……って期待してんの、あたし。だから好きにやらせてていいと思うなーっと」
このUWでも不遇ジョブはいくつかあり、一まとめにボンクラーズと呼ばれる。
俺の選んだ紋章術師は、ボンクラーズのリーダーと目される存在だった。