皿の中
しかし、ランハ一家とシュクラ姉妹が一堂に会するはずだった夕食の席に、ラナの姿はなかった。
「……ごめんね、ユージンさん。ハンバーグ大失敗しちゃったこと、お姉ちゃんすごくショックだったみたいで」
食後のコーヒーを飲みながら、ヘレナはユージンに向かって何度も謝った。夕食のメニューはハンバーグから急遽、魚の塩焼きに変更されていた。
「もういいよ、ヘレナ」
ユージンはコーヒー茶碗を置くと、車のキーを掴んだ。
「父さん母さん、俺ちょとその辺見てくる」
外へ出ると、薄く広がる雲の間に星がいくつか瞬いていた。
自分の赤い小型四駆に乗りかけて、ユージンは息を飲んだ。
「ラナ?」
「…………」
後ろタイヤにもたれかかるようにして、ラナが座っていた。
純白のエプロンを締めた姿で、襟の開いたシャツから伸びる日に焼けた手で膝を抱えている。
上向いた横顔が外灯の光にほんのりと照らされ、肩までの金髪が夜風にさらさらと揺れていた。
「ユージン、やっぱりあたしには無理だった」
ふてくされた子どものようなラナの声だった。
「上手くやろうと思ったんだ。なにもかも上手く──でも思い通りになどなにひとついかなくて……」
「どれ、見せてみな。どこが上手くいかなかったのさ?」
「見せられるもんか」
「そっか。じゃあ、勝手に探すよ。どうせここは俺んちだ」
「や、やめ……っ!」
ラナを置いて、ユージンは家の中へ戻った。
キッチンへ入り、調理台に残されていたものを発見する。
辺りはまさに戦火の引けた後の荒野のようであった。
その中に、皿に載せられた手つかずの料理があった。
そこへラナが飛び込んできた。
「ユージンおまえっ」
「なにも失敗なんかしてないじゃないか」
「そ、そんなことないだろっ! 焦げて真っ黒だし、歪で、塩だって入りすぎたんだ!」
「これ、きっとなにかの形にしたかったんだろ?」
ユージンは皿をじっと見つめた。
「これって……」
「そ、それはだな……あれじゃないぞ、そうだ! えーっと──」
そこへラナの手が突然伸びてきて、皿の向きがくるりと一八〇度回転した。
「桃だ! 正真正銘桃の形だ! あたしは桃にしたかったんだ!」
「桃?」
ユージンは呆気に取られた顔で、ラナを見た。
「ふうん、桃ね」
「そ、そうだ。なんだよ文句でもあるのか?」
「いやなにも」
そう言ってユージンはハンバーグを摘み上げると、ぱくりと食べた。
「ああバカっ、アホが! そんな黒焦げの高塩分なもの食いやがって! 若年成人病まっしぐらだぞっ!」
「今日店忙しくてさ。ちょうどしょっぱめのものが食べたかったんだよ」
「──死ぬぞ、あんた」
「ああ、確かに寿命は縮まったよな」
ユージンはグラスにたっぷりと汲んだ水をごくごくと飲んだ。
「本っ当に、あんたってやつは──」
ラナの右フックを、ユージンはすかさず体を逸らして避けた。
ユージンが寿命が縮まったと言った本当の理由を、ラナはまだ気づいていない。
ラナが拳で空を切る度に、純白のエプロンが右に左にひらひらと踊るように揺れる。ユージンはそれを面白がっていた。
「どうせ今夜は泊まってくんだろ?」
ラナの握り拳が空中でぴたっと止まる。
「この続きはトランプで勝負しよう。なんだかとてつもなくトランプがしたくなった。どうしてかな」
「し、知るかっ」
ラナが、ううぅ……と歯を食いしばる。
「朝まで絶対寝かさんっ!」
「受けて立つよ」
ユージンがキッチンから出て行った。
入れ替わりでヘレナが入ってくる。
「お姉ちゃん? 今までどこにいたの?」
「──車のところだ。ユージンの」
「もう、お姉ちゃんたら……お腹空いてるでしょ?」
「別に──」
キッチンの隅に、子どもたちが食べ残したマシュマロの袋が置いてあった。
「マシュマロ──」
「焼いてみんなで食べようか。炭火じゃなくてもキッチンのコンロでもそれなりに焼けるよ、お姉ちゃん」
「……ああ、チビたちも喜びそうだな」
ラナは立ち上がった。
そして、エプロンのリボンをキュッと締めなおしたのだった。
(完)




