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俺が銃器店を抜け出した理由(ワケ)  作者: 榛原ユリト
【SS】ラナの手料理
38/39

姉妹が我が家にやってきた

ショートショートのコメディです。

本編とは雰囲気がだいぶ違うので、本文へ進む際にはどうぞ自己責任でお願いします!

 姉の名はラナ。妹の名はヘレナ。


 二人はまるで本の中から飛び出してきたヒロインのような、

〝跳ねっ返り〟と〝思いやり〟の姉妹である。


 そして特筆すべきは、彼女たちが持つ、決して無視のできない欠点についてだ。


 それはユージンがこれまでに出会ったことのないほどの、トンデモ姉妹でもあるという点だった。


==========



「まあ、いらっしゃい。待っていたのよ、さあどうぞ入って」


 玄関のチャイムを鳴らして間もなく、ドアが大きく開いてニナ=ランハが出迎えた。


「ど、どうも、本日はお招きいただき……」


「〝どうも〟じゃないでしょ、お姉ちゃん」


 声を振り絞ってなんとか最初の挨拶をこなそうとしていたラナであったが、毎度のように後ろから妹の指導が入る。


「わ、わかってるっ、これから礼儀正しく言うところだったんだ! いちいち話の首を折るなヘレナ」


「ブゥーッ。マイナス一点」


「ン? ──────あ、ああっ、ミスった……もう、首でも腰でも鼻でもどこでもいいだろっ。今日二度目かよっ!」


「アイス一個ね♪」


 どうやら妹はとうとう姉を徹底的に教育する気でいるようだ。

 しかも減点法。


 ヘレナは柄に小花を散らしたワンピースの前で両手を組み、それから一礼する。


「こんにちは、ニナさん。今日はお世話になります」


「こんにちは、ヘレナ。ラナも、そんなに固くならなくてもいいのよ。今日は気楽にくつろいでちょうだいね」


 ニナが微笑みかける。

 ラナも慌ててジーンズを履いた脚を揃えて頭を下げた。


 ラナも十八歳である。

 時と場合によっては、女らしさを装う必要があると頭ではわかってはいる。

 だが、つい数ヶ月前までミリタリーパンツとTシャツ姿でフルオートや三点撃ちのマシンガンを携え野山を駆け回っていたのだ。

 全ては妹を守るために。


 柔らかなニナの声に導かれ、ラナは妹からの教えを思い出して一度深呼吸をした。


「……お、お邪魔します」






「ジーンは六時半には店を閉めてリビングに戻るわ」


 姉妹を家の中へと案内しながら、ニナが言った。


 ユージンは家と棟続きの銃器店で父親のジルと商売の真っ最中である。

 時計を見ると、午後四時を回るところだった。


「本当に手ぶらで来てしまってよかったんでしょうか?」


 ヘレナが心配そうに言った。


「ええ。その代わりといってはなんだけど、夕飯を作るのを手伝ってちょうだいね。今夜はハンバーグにしようと思ってるの。二人ともハンバーグは好きかしら?」


「──もちろん、好物だ」


「わたしも、大好きです!」


 ハンバーグ──そのたっぷりと肉汁が滴るアツアツの一皿を彷彿とさせる言葉に、姉妹の喉が思わずゴクリと鳴った。


「お姉ちゃん、お行儀悪いよぉ」


「おまえなんかもう腹の虫まで大合唱してるだろうが」


「うふふ。じゃあ、お茶を飲み終えたら作り始めましょうか」


 ニナが淹れた紅茶を心ゆくまで堪能した後で、ラナとヘレナはキッチンに通された。


 ──しかし、ここからが戦場だった。


「どうぞ。お古で申しわけないけど、これを使ってね」


 ニナに満面の笑みで渡された純白のひらひらした布を、ラナはパラリと目の前に広げた。


「う……これは──」


「わあっ、かあわいいっ!」


 絶句したラナと、目を輝かせたヘレナ。

 ヘレナも、自分に渡された布を広げて、早速身に着けてみる。


「フリルとリボンがいっぱい! こんなエプロンつけてみたかったの! そうだよね、お姉ちゃん!」


「さりげなくあたしを巻き込むなヘレナ」


 ラナは青ざめていた。

 こんなデコレーションケーキみたいな乙女エプロンなど、広告でしか見たことがない。

 スカートさえ敬遠しているラナなのだ。

 衝撃の対面に、それを握っている手までが小刻みに震えていた。


「わたしが結んであげるね」


 ヘレナに言われ、ほとんど棒立ちだったラナはされるがままになる。


「そういえば、前はお姉ちゃんがこんな風に防弾ベストをわたしに着せてくれたよね。今度はわたしが着せてあげる番だよ」


 しみじみとヘレナが言った。


「ヘレナ──」


「さあ、準備はいいかしら?」


 調理台の上に材料を並べてニナが姉妹を呼んだ。


「手順はわかるかしら? 炒めた刻み玉ねぎと、ひき肉、玉子、ほぐしたパン、塩コショウやナツメグと一緒に混ぜて、形を整えたら焼くだけよ。二人とも得意料理とかある?」


「たくさんあります!」


 ヘレナが張り切って手を上げた。

 が、なぜかラナは不安げに慌て出す。


「まあ、なにが得意なの?」


「えーっと──撃ってしめたばかりの蛇の丸焼きとか、川で捕ったカニを生きたまま空き缶に放り込んで、ぽいっと焚き火に投入……」


「わああ──っと、ニ、ニナさん! 誤解しないでくれ、ヘレナが得意なのはアウトドア料理ばかりなんだ」


 ラナがふるふると首を横に振ると、腰のリボンや裾のフリルまでが一緒に揺れた。


「マイナス一点だよな今のは確実に!」


 姉は妹に耳打ちした。


「どうして?」


「『どうして?』だと?」


 姉の頭が混乱する。


「だってこの場合は、サンドイッチとか玉子料理とかクッキーとか……そういう女の子らしい答えを返すのが正解じゃないのか? 違うのか? アイスはあたしのものだよな?」


「嘘ついたら舌を抜かれるんだよ。お姉ちゃん」


 自分は『マイナス一点』を連発してくるくせに、いざ自分の番となるとヘレナは必死のゼスチャーで訴える。

 狡くないかそれ。


 けれど、一方のニナは一瞬驚いた顔をしただけですぐに両手をパチンと打ち鳴らした。


「アウトドアはわたしも主人も大好きよ! でもいざ料理となると、いつもワンパターンになっちゃって。ちょうどよかったわ、今度教えてもらおうかしら!」


 話が合ったニナとヘレナは、きゃっきゃと手を握り合っている。


 わけがわからない。


 しかしニナの懐の広さに、ラナは胸を撫で下ろした。

 姉として、ラナはどんなことがあっても命がけで大切な妹を守ると心に決めている。

 身上が元でヘレナが人に幻滅されるのは、ラナとしても耐えがたいものがあるのだ。


「──じゃあ、二人はハンバーグをお願いね。わたしは付け合せやパスタを作るわ。あ、その前に粉チーズを切らしていたから、ちょっと買い物に出てくるわね。すぐ戻るわ」


 二歳からジュニアスクール四年の子どもたちをリビングに残して、ニナは買い物に出かけてしまった。


 キッチンには姉妹だけが残された。


「う~ん、まずなにからやろうかな?」


「ここはとっとと役割分担して、ニナが帰ってくる前に下ごしらえを終わらせるぞ」


「うん、そうだね!」


「いくぞ! ──じゃんけんぽん! アイコで……」


 命運は別れた。


「お姉ちゃん、玉ねぎのみじん切りね」


「くっそ……絶対そう来ると思った」


 ヘレナは鼻歌交じりでひき肉の包みを開き始める。


 しかたなくラナは玉ねぎの皮を剥き、まな板の上に置いた。


 そして、腰の後ろに手を回し、シャツの裾に隠れていたホルスターから最高装弾数三十三発の自動連射マシンピストルを抜き取る。


 当然、サイレンサーも取りつけた。

 キッチンの壁際までするすると後退して安全装置を解除。

 スライドを引き、ためらうことなく照準を合わせて、撃った。


 ポスポスポスン……ビシャドギャンッ!!


「な、なにしてるのお姉ちゃんっ!?」


 慌ててヘレナが振り返ると、確かに微塵になって飛び散った玉ねぎがキッチンの壁を汚していた。


「微塵切りだ」


「切ってないよそれっ!」


 その時、キッチンの入り口に人の気配を感じた。


 姉妹が振り返ると、ジュニアスクール二年のマーサがおやつのキャンディー片手に立っていた。


「なんかすごい音したけど?」


「な、なんともないよ。お姉ちゃんがね、お肉を入れるボールをヘディングしちゃったの、アハハ」


「ふーん……まあいいや。汚したら、拭いといてね。お母さんに叱られるから」


 れろれろとキャンディーを嘗め回しながら、つまんなそうにマーサは行ってしまった。


「嘘つきは舌を抜かれるんじゃなかったのかヘレナ」


「咄嗟にあれ以上、どう言い訳するのかなぁっ!?」


 壁に飛び散った玉ねぎを拭き取りながら、ヘレナが悲鳴混じりに言った。


「じゃあもういいよ。お姉ちゃんはその玉子割って」


「わかったよ」


 ラナは頷いて、きょろきょろ辺りを見回した。

 冷蔵庫にマグネットで貼りつけたペン立てに、油性のマジックペンを発見する。


 姉はそれを借り、玉子の側面に×印をひとつ描いた。

 深めの皿に印つきの玉子をそっと入れて床に置く。


 そして右手に先ほどのサイレンサーつきマシンピストルを握ると、スライドを引き、ためらうことなく照準を合わせて、撃った。


 ポスポスポスン……ビシャドギャガシャンッ!!!


「ちょーちょー、ちょっと待ってよお姉ちゃん!!」


「だからなんだよさっきから。おまえに言われた通り、玉子を割っただけだろ」


「確かに割れてるけど! お皿も床も割れちゃってるじゃないっ!」


 その時、またキッチンの入り口で人の気配がした。

 振り返ると、小さなイリアが覗き込んでいた。


「ひどい音が聞こえたよ? ゆーにぃちゃんに言っちゃおっかなあー」 


 キヒヒ、と笑うイリアだった。


「だ、大丈夫だよ。なぁ~んにも問題ないからね! ちょっとお姉ちゃんがバック転して電子レンジに片足を突っ込んじゃっただけなの! それだけだから大丈夫、ウフフ」


「なぁんだ。──ン? まあいいや。後で一緒にゲームしようよ」


「そ、そうだね。終わったら行くね!」


 スキップしながらイリアは行ってしまった。


「嘘つきは舌を──」


「その前にお姉ちゃんはキッチンで発砲するの禁止っ! 禁止ったら禁止!!」


 床に飛び散った玉子を拭き取り、皿の欠片を拾いながら、ヘレナは悲鳴混じりに続けた。


「お姉ちゃんは、硝煙臭いハンバーグをユージンさんに食べさせる気?」


 ヘレナのその言葉には、さすがのラナも口を閉ざした。


 ──まさか、ユージンに対してそんなこと出来るわけがない。


 エプロンの裾をフリルごと握り締め、ラナは唇を噛んだ。


「──ヘレナ、悪かった。美味いハンバーグを作ろう。あたしとおまえとで、ユージンのやつをぎゃふんと言わせて驚かせてやろう」


 ヘレナの表情が輝く。


「そうだね、そうしようお姉ちゃんっ」

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