銃器店の常連客
空が遠く、風が吹き方を変え、陽は早くに落ちてしまう。
店の中にいても、窓越しに忙しく飛び交うとんぼの姿が目につく季節だ。
言われた品物を用意していると、家へと続く扉がキィと鳴いて開いた。
「ジーン、今いいかし──……あら、ごめんなさい。お客様だったのね」
顔を覗かせたのはニナであった。
ニナは富豪の男と目が合うと、「いらっしゃいませ」と言って長い髪を揺らしながら頭を下げた。
「構いませんよ奥さん。相変わらずお美しいですな」
「いいえ、わたしなんかにはとてももったいないお言葉ですわ。いつもご来店ありがとうございます」
ニナはもう一度小さく頭を下げると、ユージンの方へ向き直った。
「郵便よ、ジーン宛のがこっちへ混ざっていたの。店名が書いてある郵便物は店に届けるようにってあれだけ言ってあるのに」
「明日郵便屋が来た時にでもまた言っとくよ。ありがとう、母さん」
ニナは、そうねお願いね、と言って戻って行った。
受け取った封書を机の上に置きかけたユージンだったが、その手がふいに止まっていた。
見たことのある文字。
店名が書かれてなければ届かなさそうな、中途半端な記述の住所。
「どうしたんだい? 重要な手紙かい?」
富豪の男に答えるよりも、ユージンは封書を手に取り直して裏返してみた。
そこになにも書かれていないことを知り、ユージンはギクリとした。
期待と不吉な予感とがいっぺんに押し寄せる。
「先に開けてごらんよ。わたしのは別に急ぐ買い物じゃあないから」
他の手紙ならば「いいえ、いいんです」と言って男の心遣いを断っていただろう。
ジルがここに居れば、当然叱られるのでこの場では開けようともしなかっただろう。
「すみません、すぐに済みますから」
ペーパーナイフを探すのももどかしく、ユージンは手で封を千切った。
折りたたまれた便箋を取り出して、開く。
罫線の引かれた殺風景な紙に、小さなインクの文字が並んでいた。
ユージン=ランハ 様
前略。どうしても妹が書けというのでこうして手紙を書くことにした……
この進歩はどうしたことか。
ユージンは夢中で読み進めた。
レイクバレイでの一件について心から感謝していること、ユージンの怪我のことを妹も心配しているということ、姉も妹も元気にいることが彼女らしいそっけない文章で書かれてある。
最後になるが、やっとあのときの約束が守れそうだ。
連邦政府は約ひと月もかけてあたしたちのことを魔とは関りのない者と認めた。ひと月だぞ? バルトルの連邦政府の悲惨さが窺えるだろ?
新派だろうが旧派だろうが、あたしらにとっては敵だったからな。でもそんな生活からもとうとうおさらばだ。
今度は顔を上げてきちんと店の入り口からお邪魔するよ。
『草々』という言葉で最後は締めくくられていた。
ヘレナの教育だろう、とユージンは思った。
「いい知らせかい?」
富豪の男にそう言われて、ユージンは自分の口元が綻んでいるのを知った。
「ええ、とても」
ユージンは狩猟用の弾を四〇、袋に包みながら答えた。
いつ頃に来られるとか、そういったことの一つも書かれていない手紙であった。
けれどそんなところもラナらしいのだ。
「そりゃあよかった。浮かない顔の店員よりも、明るい方が商売も上向きになるだろうよ」
ニヤニヤして、富豪の男も言った。
その時であった。
カラ──……ンッ
ベルの音が鳴り、店のドアが開いた。
と、同時に飛び込んで来た聞き覚えのある声。
「待ってってば、おねえちゃん」
トタトタと二つの足音が入ってきたと思ったら、そこに二人のお客が立っていた。
ひとりは背が高く、もうひとりはそれよりも拳ひとつ分ほどは低い。
背が高い方は白金色の髪を長く下げた色白の少女で、背が低い方は太陽のような金髪が顎の辺りで揺れるユージンと同い年くらいのお客。
髪の長い少女は白いワンピースに身を包み、髪の短い方は陽に焼けた肌にしっくりくるパンツ姿であった。
驚いたユージンは、富豪の男が差し出す金をよそ目に二人の姿に目を奪われた。
約束を守れそうだという彼女からの手紙を、今受け取ったばかりなのだ。
手紙を読んだ後で幻を見るほど自分がぼんやりとしているとは思えなかった。
ただ、やっぱり姉妹は姉妹らしくて。
手紙も、こうして約束を守りに来てくれたことも、服装も。
たったひと月と少し前の出来事だというのに、ただただ懐かしくて、自分がどれほどこのときを待ちわびていたのかをユージンは思い知ったのだ。
「ほら、やっぱりユージンさんびっくりしちゃってるじゃない。お姉ちゃんが、いつまでも手紙を出し渋るから……」
ヘレナの耳打ちもしっかりユージンには聞こえていた。
姉を突くヘレナの指には、もう鎖も覆いもつけていない。
「いらっしゃい」
商売用の顔ではなく、ユージンは微笑んでいた。
「約束だからな」
ヘレナに突かれやや顰め面だったラナも、そう言って唇の両端を持ち上げた。
「銃器店へ来るには似合わない、随分とかわいらしいお客たちだな。見かけない顔だが」
冷やかすつもりで富豪のお客は言ったのだろう。
「彼女たちも常連ですよ、ウチの」
ユージンが金を受け取りながら言うと、男は目を丸くした驚いた。
「そりゃ驚いたな。ランハ銃器店にやってくるお客は実に幅が広いってもんだ。じゃあな、ジーン。ジルによろしくな」
富豪の男はやはりニヤニヤしながら店を出て行った。
ランハ銃器店の小さな店舗で、ユージン、そしてラナとヘレナは互いに見詰め合う。
「せっかくだからもっとオシャレして来ればよかったのに。わたし、何度も言ったんだよ。お化粧もヤダってお姉ちゃん逃げ回るんだもん──」
ヘレナが肩を竦める。
「いいんじゃないの? 君たちはそのままで。そのままの方が、たぶんいいよ」
ユージンは気づいていなかったのだ。
さっき受け取った手紙の消印が昨日の日付で、パースタウンで押されたものであったことを。
「随分と勇気づけられたな、この約束に」
そしてラナは明るく微笑んだ。
《了》
この話はこれで終わりです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
もし時間が許せば、関連する話をちまちまと書いたりするかもしれません。
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