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俺が銃器店を抜け出した理由(ワケ)  作者: 榛原ユリト
第六章 姉妹の祈り
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魔の血

 ガ──……ンッ


 ガ──ンッ


 接近戦では武器が手元にないラナは圧倒的に不利だ。

 ユージンの撃った弾丸はディベルトの左大腿へ食い込み、左肩にも確かに当たったはずであった。

 けれどその時にはすでにディベルトが振り上げた矢もまた、ラナの首筋へ深々と突き立っていた。


「ラ──……」


 名前を呼ぼうとして口を半分開いたまま、ユージンはその場に立ち尽くした。

 狩猟に倒れた小鹿のような姿で、ラナが声もなくユージンのことを見詰めたかと思うとその場にバッタリと倒れてしまったのだ。


 鎖骨の上。

 あの辺りには確か人にとって重要な太い血管が通っていたのではなかっただろうか。


 助からない。

 ユージンは咄嗟にそう思った。

 どんな野草にも致命傷となり得るほどの大怪我を治す力はない。


 呆然としたユージンの脇腹をディベルトが放った矢が掠め飛んでいった。

 ディベルトはユージンが放った弾丸を受け一度は地面へ膝をついたが、間もなく起き上がっていたのだ。


 ディベルトは穴の開いたマントを捲り上げてみせる。

 その中には胸部だけではなく、脚や他の部分も覆う鱗状の防護板をつけていた。


「そんなもので魔の鱗が射抜かれるものか。次はおまえだ」


「よくもラナを!」


 ただ闇雲に弾丸を撃ち込んでもユージンに勝ち目はなかった。

 ディベルトが体の要所を覆うものは魔の鱗だという。

 その強度は計り知れなかった。


 デュランダルが放てる弾も残り数発のはずである。

 ユージンは考えた。

 そして今一度射撃体勢を取った。

 角度を目測する。

 これまで自分のことを心から信じた覚えなどひとつもなかったが、この瞬間、望みをかけるのは不完全なこの腕にしかなかった。


「まだやるつもりか。何度撃っても無駄なことだ」


「見くびるなよ、ディベルト。俺はランハ銃器店の跡取り息子だ」


 ディベルトが背の筒から矢を抜き取り弓へと番える。

 それが放たれるよりも早く、ユージンは引金を引いた。


 ガ──……ンッ


 ガ──ンッ


 ガ──……ンッ!


 ディベルトは今まさに矢を放とうとする格好のまま、ユージンのことを険しく睨みつけていた。

 その視線に射抜かれた心地で、ユージンは眩暈を覚え両足を踏ん張った。


(俺たち帰るって約束したんだ──三人で)


 ディベルトは並みはずれた強靭な体の持ち主だ。

 だからどんな反撃をされてもおかしくないとユージンは覚悟していた。

 地獄の亡者となって襲い掛かって来ようとも。


 しかし。


「……っう、──んぐっ」


 ディベルトは膝から崩れ、地面へ突っ伏した。

 極限状態でユージンが目測した角度。

 それは碧魔の鱗で出来た防護板の継ぎ目を狙ったものだった。

 防弾ベストを含むボディアーマーの類には、一定の法則で隙間や継ぎ目が出来てしまう。

 古今東西、大きな変化を遂げられずにいる欠点のひとつかもしれない。

 けれどそこを狙うのも、容易い技ではなかった。


「──ハァ」


 ユージンは肩で息をしながら、軽くなったデュランダルを下ろすことが出来なかった。

 今まさにディベルトがむっくりと起き上がってきそうな気がしてならないからだ。


 けれど、ディベルトはカッと目を見開いたままであれきり動かない。

 ディベルトの脇下から心臓を狙ったユージンの弾丸に彼は倒れたのだ。

 ディベルトが事切れたと判断したユージンは、ようやく銃を握った腕を下ろして姉妹の元へと駆け寄った。


「ラナ──ラナ! ヘレナ!」


 闇に染まり始めた天をぼんやりと仰いだままヘレナは振り向きもしない。

 ラナは草の中に打ち倒れていた。

 花さえ咲いていない地面へ落ちた視線には生気がなく、震える気配もない。

 首筋に突き立ったままの矢が痛々しかった。


 目頭にこみ上げたモノをぐっとこらえ、ユージンはデュランダルを放り出しその矢へと手を掛けた。

 が、抜くことは出来なかった。


 ラナを忌々しい毒矢から自由にしてやりたいのに、抜けば辺りが惨状になる予感がしたからだ。

 これ以上彼女の血を流すことになるなら、その行為は辛いばかりだ。


「……ラナ。俺、やっぱり君たちの役には立てなかったのかな」


 堪えようとしても堪えられないものが、ユージンの目からこぼれていた。


「……ヘレナ。君のお姉さん──お姉さんがね……」


 紅魔と化したヘレナは神々しくさえあった。

 大地震を起こして多くの命を奪った魔である。

 けれどユージンにはあの明るく笑うヘレナの姿が恋しかった。


「──死んでしまったんだ。君は魔の姿になって……」


 それきり言葉は声にならない。


 情けなかった。

 嗚咽と涙ばかりがつむぎ出されて、思いも望みも、頭に浮かんだ傍から猛スピードで後方へと流れていった。

 結局最後にはなにも変わらなかった。

 思うことをやり遂げられず、後悔ばかりに苛まれる。


(いや……)


 ゴシゴシと袖で顔を拭い、ユージンは今一度ラナの骸を見据えた。


(まだだ。ラナとヘレナの願いが──終わってない)


 そう思ったとたんに、ユージンの体は動いていた。

 ベストを脱いでラナの体にそっと掛け、ヘレナを見上げる。


(ここで待ってて。お姉さんは君のことを守ろうとした──今度は君がお姉さんのことを守るんだ)






 ユージンは走り出した。

 姉妹の姿が見えなくなるまで何度も後ろを振り返っては躓きそうになった。


(──俺に出来ること、あとはこれしかない)


 疲れきった体に鞭打って、ユージンはヘレナがつけた道筋をひたすら駆け戻った。

 途中でなんども気が遠くなりかけた。

 昨日からなにも食べていない、水分だってろくに取っていない。

 見知らぬ山中でディベルトと撃ち合いになり、衰弱していないはずはなかった。


 ヘレナが地震で破壊したレイクバレイに戻った頃、辺りはすっかり夜闇に包まれていた。


「ハァ、ハァ。ハァ……」


 息をするのがやっとのユージンであった。

 立っているのも辛い。

 視界がグラグラするのは地面が揺れているせいではなく、自分の脚がふらついているせいだ。


(み……水──)


 最初に見た美しさは見る影もないレイクバレイである。

 星明りに照らされた地面は方々で隆起し、場所によっては深く陥没していて落ちたりでもしたら足の一本や二本は簡単に折れてしまいそうだ。

 景色がボウッと霞んで見えるのは、瞼が重いせいもあるがそれだけではなかった。


 山から下りてきた霧がうっすらと谷間に垂れ込めているのだ。

 視界は悪いし、足場も悪い。

 最悪な状況下で、ユージンは星明りを頼りにレイクバレイの中心を目指した。

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