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俺が銃器店を抜け出した理由(ワケ)  作者: 榛原ユリト
第六章 姉妹の祈り
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闇の帝王

 鱗のような胸当てをギラギラとちらつかせながらディベルトが迫ってくる。

 黒いマントを纏い、魔を象った兜を被ったその姿は闇深い国から現われた帝王さながらであった。


「固まっていても無駄だユージン。二手に分かれよう」


 厳しい顔つきでラナが見上げてくる。


「……わかった。でも」


「『でも』なんだよ。時間がないんだから早くしてくれ」


「一分か二分で片をつけよう、俺の腕も君の脚も長時間は持たないから」


 もうひとつ、ディベルトが放った矢が足元へ突き刺さり、ラナは我に返って反対方向へ急いで行った。

 ユージンは全速力で駆けて木の幹を背にディベルトへと照準を合わせた。


(そこだ!)


 当たれと念じて引金を引く。

 けれど勘付かれたディベルトのマントを貫通させただけで、僅かの負傷も負わせることは出来なかった。


 矢を番えて大きく構えたディベルトがユージンが隠れた木へと狙いを定める。


「紅魔が呼んだ大地震の間をかいくぐって来たか虫けらどもめ」


 ディベルトがユージンへ気を取られている隙に、背後をラナが駆けて行くのが見えた。

 けれどディベルトもまた彼女の気配に気づかないはずがない。

 体を反転させると構えていた矢をすかさず気配が横切った方向へ放つ。


 ダッ、ダッ、ダ──……ンッ


 撃ち返したラナの銃声が森中にこだまし、ディベルトはすでに背中に背負った矢筒から次の矢を抜き取っていた。


「シュクラの血も懲りないものだ。我々を追ってきた勇気だけは認めてやろう。しかし残念ながらその血もこれまでだ。わたしがここを貴様の墓場にしてやる」


 ユージンは怒りを力に変えて腰を低く構え、射撃体勢を取る。

 ディベルトの気を他へ逸らせなければ、ラナがヘレナのところへたどり着くのは難しそうだ。


(黙れよ、時代遅れの甲冑野郎)


 狙いを定めて、ユージンは引金を引く。

 その瞬間、ディベルトが振り返った。


 ガ──……ンッ


 放った弾はディベルトの胸部ど真ん中を射抜いたかのように思われた。が……。


「うそ──だろ……」


 目に留まったのは、矢を放った後の姿勢のままニヤリとほくそえんだディベルトであった。

 ユージンが放った弾丸はディベルトを貫きもしなかったし、ディベルトが即座に放ったと思われる矢もユージンを貫いていない。


 弾丸はいずこへと見失い、矢の残骸が草の生えた地面に突き刺さっていた。

 双方が信じがたい確立で空中衝突し、弾き合ったらしい。


 次の瞬間もうひとつ銃声が鳴り、ディベルトの頸部を狙ったラナの弾丸が飛んできたが、彼は頭を傾けただけで振り返りもせずにそれを避けた。


「貴様らのような若造ごときが敵う相手ではない。この二本の矢を見ろ、一瞬にして屍にしてやろう。それとも紅魔の餌食にしてやろうか?」


「うるさい。あんた、ヘレナになにをした」


 やっとヘレナの元へたどり着いたラナが、射撃体勢を取ったままでディベルトの後姿を睨みつけていた。

 彼女が扱う銃は三点撃ちだ。

 いよいよ弾も残り少ないはずである。


 ラナの傍らには紅魔と化したヘレナの巨木のような大腿が聳えているが、彼女が傍に寄ろうが拳銃を発砲しようが微動だにしない。

 中空を見上げたままで、ただボンヤリとしているようなのだ。


 ディベルトの露わになった口元が、卑屈に持ち上がる。

 それから彼は静かにシュクラ姉妹へと向き直った。


「なんということはない。碧魔に会わせてやっただけさ。碧魔の血を──」


「飲ませたのかヘレナに!」


 ディベルトの背が震え、押し殺した笑い声が低い。


「山賊どもが放った魔の毒血を受けながらもこれまで生きながらえたのは、さすが紅魔に宿られた娘。しかし、今はその紅魔も片割れである碧魔の血を飲み込んで恍惚としているのだよ。離れ離れになった碧魔と引き合わせたわたしの願いをなんでも聞き入れようとする」


 ディベルトは腰に下げてあった革の水袋を取り、手元で揺らして見せつけた。


「望みは捨てろ、紅魔はカバナハ族の元に帰って来たのだ。碧魔と共に一族の復興を図る。何年……何年この時を待ち焦がれたことか。新派の手先にはとても感謝しているよ、紅魔が起こした地震で皆殺しと相成ってしまったがね」


 ダッ、ダッ、ダ──ンッ


 ダッ、ダッ、ダ──……ンッ!


 ディベルトが吐き出す言葉を遮るかのように、ラナが引金を引いた。


「やめろ、ラナ! 弾が──」


 三点撃ちとはいえ、撃ち方がこんなに無茶苦茶ではフルオートマチックで彼女が不満だった無駄弾を増やす行為となにも変わらない。


 ダッ、ダッ、ダ──ンッ


「ラナ!」


 彼女のアンサラーがとたんに火を噴くのを止める。

 ユージンの声が届いたからというわけではなかった。

 最後の貴重なマガジンがとうとう空になってしまったのだ。


「残念だったな。シュクラの悪あがきもこれまでのようだ」


 マントを翻し、ディベルトがラナへと素早く駆け寄る。

 ヘレナを背に守ろうとしたラナは、足を縺れさせてその場へ倒れこんだ。


「やめろ、ディベルト!」


 ユージンは引金を引こうと照準を合わせた。

 が、ディベルトの向こうにはラナと紅魔と化したヘレナがいる。

 ラナの元へ向かうディベルトをこの位置から撃とうとすれば流れ弾が彼女たちに当たりかねない。


「くそっ」


 射撃角度を変えるためにユージンは走り出した。


 ラナの目前に迫るディベルトが、一本の矢を背の筒から抜き取る。


「武器がなければ、その辺にいる無力な娘となにも変わりないのだな」


 歯を食いしばり、ラナは立ち上がろうとする。しかしその脚をディベルトの硬いブーツが踏みつけた。


「う……あぁあぁぁぁっ!」


「おまえもカバナハ族が崇める魔の毒血に触れてみるがよい。さあ、妹が流す真の血に耐えられるかな」


 ブーツに力を込めたままディベルトは腰に下げていた水筒の口を開き、残っていた碧魔の血を矢の先にドボトボと垂らした。

 次にそれを紅魔と化したヘレナの脚部に擦りつけると、サーッと切れた傷口から垂れた血が碧魔の血と混ざり合った。


「なにが、真の血だ……妹は人間だ」


「違う。これは双頭魔の片割れ、紅魔だ」


 矢を握った両腕にディベルトが力を込めた。

 山賊によってヘレナが魔の毒血を受けたときのことがユージンの頭を駆け巡った。


「待て、やめろ──っ!」


 紅魔と碧魔ふたつの毒血を受けてラナが無事でいられるはずがないのだ。

 ユージンは夢中で引金を引いた。

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