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俺が銃器店を抜け出した理由(ワケ)  作者: 榛原ユリト
第一章 おかしな客と、胸騒ぎの祭前
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三点撃ちとリボルバー

 返事を待たずにユージンは暗い紅色の外套を着た二人組の前に立った。

 こういった客は早くさばいてしまうのが得策だろう。


「お伺いいたします。でも、今度から順番は守ってくださいね」


 拳銃と自動小銃を並べたガラスケースを挟む形で、ユージンは風変わりな客らに告げた。


「すまぬ、急ぐあまりについ。悪気はなかったんだ。許してくれ」


 小柄な方の客は、言い方こそ無愛想ではあるが案外素直に謝ってきた。

 もしかしたら外から来て、慣れない街の様子に戸惑っているのかもしれない。

 ましてや射撃祭前日のこの騒々しさである。

 それでも彼らが最低限のルールを欠いたのはまずかっただろう。


「明日に射撃祭を控えているので、誰もがちょっとしたことでも熱くなってしまうんですよ。ところでなにをお探しですか。グラムは無理でも競技用の弾ならすぐに出せますよ」


「競技に興味はない」


 小柄な方が、即座にまたもや意外なことを言った。


「連射時にぶれの少ないフルオート銃を探している。それと初心者向けのリボルバーだ」


 淡々と話す無表情に隠れたその声は、よくよく耳を傾けてみると、すごみをきかせているわけでもなく姿から受ける印象以上に幼い。

 それが妙にアンバランスであった。


「ぶれが少ない連射……今はなにかお使いですか?」


「デュランダル8だ。E型だが」


「8E──そうですね、では」


 ユージンはガラスケースの中にある高価な銃を勧める気にはならなかった。

 二人は真に使える実用的な銃を求めているからだ。


 デュランダルの8Eモデルは、最高装弾数三十三発の自動連射マシンピストルである。


 向かい合って立つと、小柄な方の客はユージンよりも手のひらひとつ分は背が低かった。


 この体型で8Eの連射反動に耐えるのはきついのだろう。


「少し重くなりますがこちらなんかどうですか。アンサラーM63Tです。三点射ちの銃でフルオートではありませんが、その分着弾精度は上がりますし無駄弾も減ります」


 ふむ、と唸って小柄な客は腕組みをした。


「三点射ちは使ったことがない」


「拳銃で精度を上げたいのなら、僕だったら断然フルオートよりも三点射ちを選びますよ。早射ちだけならフルオートで構わないでしょうけど、うっかりするとすぐに弾切れを起こしてしまいます」


 引金を引くたびに三発ずつ発射されるのが三点射ちだ。

 引金を引いてる間ずっと弾を発射し続けるフルオートより狙いもずれにくく、弾の無駄も少ない。


「装弾数は」


「ダブルカラムを使って二〇、それと薬庫に一。合計二十一発です。フルオート銃よりは少なくても、結果を見れば連射に勝るとも劣りません」


 小柄な客はもう一度ふむ、と頷いた。


「こちらはガラティンM12です。ダブルアクションのみで作動するリボルバーですから、初心者の方にも使いやすいとみんな言います。エアーウェイト仕様でアルミフレームだから持った感じも軽いですよ」


 外套を跳ね上げ、小柄な客はユージンが差し出したリボルバーを手に取る。


「M12か。確かにいいかもしれない。──ほら、持ってみろ」


 今度は小柄な方がひょろりと背の高い客にそれを差し出す。


 リボルバーを押しつけられ、もうひとりはおずおずと外套の内側から左手を伸ばしてグリップを握った。

 病的なまでに青白く細長い指に、ユージンはなんだか悪いものでも見てしまったような気にさせられた。

 右手には指なし手袋のような革の覆いまでつけていて、動かすたびに指輪と繋がった鎖がジャラリと硬質な音を立てる。


「そんなに重くないだろ」


 小柄な方が言い、ひょろりとした方が無言で頷く。

 背が高いとはいえユージンよりは低かった。

 痩躯だけに実際以上に長身に見えるだけらしい。


 巡り巡って、リボルバーはユージンの手元に返ってきた。

 長身の方は本当に銃もろくに握ったことのない初心者のようだ。

 左利きらしいがM12を勧めたのは正解だっただろう。


 両方の拳銃を二人組の客に見せながら、ユージンはこの取引の成功を祈った。


「二つとも貰おう。いくらだ」


 小柄な方が、やはり顔は上げずに外套の内側から財布を引っ張り出す。


 よっし、と内心でユージンは拳を掲げていた。


「八〇〇リダです」


「弾も頼む」


「はい、ただいま」


 交渉成立と相成れば、二人組が店内で巻き起こした騒動はもうどうでもよかった。

 ほとんど競技用の弾丸しか売れない射撃祭前日に、拳銃が一度に二挺も売れるとは景気がいい。


 脇では、先刻までのユージンよろしくジルが慌しく小間物を揃えては金と引き換えに客に手渡している。

 こんな日に銃が売れたと知れば、ジルも喜んでユージンの商売気を褒めてくれるに違いない。

 将来的にジルはユージンにこの店を継がせる気でいるのだ。


「そうだ、それともうひとつ」


 ユージンが言われた数の弾を揃えていると、小柄な方がガラスケースに手を掛けやや身を乗り出してぼそっと言った。


「なんでしょう」


「防弾ベストがあれば見せてくれ」


 ユージンの手が止まっていた。思わず愛想笑いも崩れた。


「ないのか」


 感情の希薄な声が迫る。

 このときになって、初めてユージンはこの二人組が銃を所望した理由が気になった。

 明日の競技に出るでもない。

 この街の人間でもなさそうだ。


 銃を購入し、そして防弾ベストまで所望する。

 ……なんのために?


「……いいえ、ございますが。どのようなものを──」


 それでもユージンはランハ銃器店の店員であり未来の店主だ。

 思い直して意識的に商売用の顔に戻した。


「セラミックプレートが入ったものを一着。こいつの体に合うものを」


 小柄な客は、親指を突き出して傍らの痩身を示した。


「セラミック製はお取り寄せになってしまいます。ポリエチレン製のものであればすぐにご用意できますが」


「セラミックプレート入りが欲しい。どのくらいで取り寄せられるんだ」


 フードの奥にチラチラと垣間見える口元に迷いはなかった。


「一週間ほど掛かります。似た形の品物でサイズだけ先に確認させてください」


 奥にある倉庫へ引っ込み、棚に積んである超強化ポリエチレン製の防弾ベストを引っ張り出す間中、ユージンは同じことばかりを考えていた。


(あの二人はボディガードの仕事でも始めるつもりなんだろうか)


 苦しい想像ではあるが、それならば少しは納得がいく。


 二十歳から二十三歳まで男子が兵役につくのがお決まりのヒースベルでは、それぞれの家に突撃銃を始めとする軍支給銃が必ず置いてある。

 それでも家計を削って防弾ベストまで揃えようという人間はあまりいないし、ましてやセラミックプレートの入ったものを必要とするのは、実際に身を銃弾の危険に晒さざるを得ない者たちばかりである。


 店舗へ戻ると、二人組の客は言葉を交わすこともなく静かに佇んでいた。


「男子用Sサイズです。軽く羽織ってみてください」


「いやいい、そのサイズで用意してくれ。一週間後に取りに来る」


 小柄な客は、ユージンが差し出した防弾ベストをろくに見もせずに即答した。


「サイズ交換するにもまたさらに一週間掛かりますよ」


「そのサイズで構わない。料金はその時でいいだろうか」


「ええ構いませんよ、一〇〇リダになります。では、念のためお名前とご連絡先をいただけますか?」


「念押しはいらない。必ず取りに来る」


 間髪を容れず、きっぱりとその客は言ってみせた。


(強引な性格というか、大雑把というか──)


 二人組の顔がフードに隠れているのをいいことに、ユージンは小さく息をついた。

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